Kマネ

たかじん本 付箋だらけの殉愛
たかじんの最期を書いたノンフィクション小説「殉愛」の信憑性は地に堕ちた。
次々と明かされるさくら未亡人・驚愕の正体とは・・・。

揉めた葬儀の段取り

★湯灌

1月3日

寺田は入浴用の移動ベッドにたかじんを乗せ、入浴室へ向かった。たかじんをベッドに乗せたまま湯船で体を洗った。午前4時頃葬儀社の人が来て、事務手続きを終えて病院を出た。


【引用純愛 385P】
葬儀社の人が遺体を袋に入れてファスナーを閉めるのを見て、さくらはたまらない気持になった。
(中略)
ワゴン車の後ろに遺体を乗せ、さくらはその横に座った。マンションに戻る途中、さくらはファスナーを少し開けた。
「こんなことを言うと変に思われますが、ハニーの息が詰まるような気がしたのです」

マンションに戻ってたかじんをベットに寝かせると、赤いジャケットを着せた。
葬儀社の人と、密葬とする、戒名は付けないことを告げた。葬儀場、柩、花などの打ち合わせをし、火葬は1月5日に行うことにした。

午後、松本哲郎、Kマネ、弁護士に電話すると、それぞれ今日行くとの返事だった。Kマネは「ああ、そうですか。お疲れさまでした」と、あっさりした口調で言った。松本にだけは来てから死を知らせた。
Kが来た。「Uも下に来ている、呼んでくる」と言ったがさくらは断り、押し問答となった。さくらは「ハニーが密葬を望んだ、皆に言うと報道される、それは個人の意思ではない」と言った。

【引用純愛 389P】
「何じゃあ、お前!」Kは大きな声を上げた。「師匠の気持は俺が一番わかっとるんや。俺のオカンが死んだときみたいに、みんな呼んで顔触らせるんや」
「Kさんのお母さんと一緒にしないでください」さくらも負けずに大きな声で言い返した。
「やしきたかじんは私の夫です。妻の私が、夫に言われた通りにやります」
「お前なんか、妻でも何でもないわ、俺のほうが師匠をずっと思ってるわ」
「それなら、どうして、彼が一番大事なときに女遊びなんかしてたんですか」
「なんでお前にそんなこと言われなあかんねん、師匠が何も言わへんかったんやから、ええやないか」
(中略)
「ハニーから私を助けろって言われたでしょう。誰にも言うなって言われたでしょう」
「うるさい!」とKは言った。「誰がお前なんか助けるか、会社も何も勝手にせいや。俺は辞める」
「わかりました。それでは、後日、やしきたかじんが亡くなったことを知らせるために、会社関係のリストをください。それくらいはしてください」
「何でそんなんせなあかんねん。お前一人でやれや。P、I、Sも一人でやれ。俺は辞めたらあ」

Kが帰った後、さくらと松本が話しして、長女と前妻を呼ぶことにした。松本がじんちゃんは前妻に来てほしいはずだと進言した。

★湯灌と納体袋

まず以て驚くのは、死後のたかじんを病院の入浴室で湯灌を行った事だ。そこは一般の入院患者が使用するところなのでにわかに信じ難い。もし本当なら聖路加国際病院の倫理管理が疑われる。通常はエンジェル・サービスまでが病院の役割で、遺体を入浴させる場合は葬祭業者が専用設備で行うのが通例である。
疑うときりがないが、たかじんの遺体を第三者に見られたくない事情が有ったのだろうか。食べ物を詰らせて救急搬送されたとの報道、遺体を「納体袋」に入れてマンションまで運んでいる事と併せて疑問が増幅する。

▼湯灌・納体袋については下記引用を参照

湯灌とは、葬儀に際し遺体を入浴させ、洗浄すること。簡易には遺体を清拭(せいしき)することで済ませる場合もある。故人が男性の場合はその際に髭を剃られ、女性の場合は死に化粧が施される。地域差があり、一般的ではない地域もあるとされる。
葬祭業者の手によって行われ、自宅で葬儀を行う場合などでは給排水装置を積んだ専用車が手配され、葬儀会場へ専用の湯船が搬入される。看護師による簡易な清拭は「エンジェル・サービス」と称される(ウィキペディア)

この本に登場する葬儀屋さんは故人の写真を撮ることを優しい声ですすめた、として好意的に書かれています。しかし病院から自宅へ搬送するときご遺体を納体袋(腐乱死体や警察業務などの際、遺体を収める袋)に収めたため搬送途中で奥さんが「息が苦しそう」ということで、こっそり袋のファスナーを下ろす描写があります。
一般的な病院業務では布担架は使うかもしれませんが、納体袋はコストもかかるうえ
モノ扱いの印象を与えるので、通常使いません。もちろん普段から使っている葬儀社は存在しない、とはいえませんが・・・
あんまり良い葬儀屋さんではなかったのかもしれません。 (考える葬儀屋さんのブログ)

▼納体袋用途
1.一類感染症、二類感染症、三類感染症又は新型インフルエンザ等感染症の病原体に汚染された遺体。
2.血液・体液・排泄物等による接触感染リスク暴露の防止。
3.屋内や野外の遺体の一時期的な安置。
4.又、その後の腐敗臭の防止。
5.損傷のある遺体や腐乱したご遺体におけるプライバシー保護など。
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(モレーンコーポレーション/納体袋が必要な場合)

さくらがたかじんの希望として密葬を主張しているが、さくらが考えているのは事実上「直葬」であり、通夜も葬儀もなく火葬とする形だ。身寄りも側近もいない天涯孤独の身とは比較にならない、著名人であるたかじんの送り方としては異常事態であり、Kマネが激怒するのは当然である。
それにしても松本哲郎に一番最初に連絡し、誰よりも早く掛け付けていたのは何故なのか。その後もさくら側に立った発言を繰り返すのだが・・・。


★殉愛では松本が長女と前妻を呼ぶことを打診したことになっているが、実際は違うようだ。

たかじん長女に連絡しないと言うさくらと、そんな訳にいかないと言うKマネが激しく口論となり、さくらは娘への連絡を渋々了承した。 (週刊文春)

さくらはたかじんの遺言で、さくらとたかじんが親しかった大阪の会社社長だけで密葬を済ませてくれと言われていると主張した。(角岡伸彦著・ゆめいらんかね やしきたかじん伝)

たった一人の娘や親族にも知らせようとせず、Kマネの参列をも阻止しようとするさくらは、一体、何を企んでいたのか。遺産狙いで次々と夫を殺害した京都の筧千佐子と親族縁者を遠ざける発想が似ている。


最後の入院 知らされない長女

★緊急入院

12月26日、ガン細胞の悪質液が全身に回り、内臓の衰弱が激しく、聖路加病院に入院した。若い医師は肺炎の疑いがあると言った。久保田医師は「肺炎の気がある程度なので10日くらいでよくなる。聖路加で緩和ケアをして、6日からは在宅看護をしましょう」と提案した。
案内された病室は皇族が使う聖路加で一番高級な部屋だった。


【引用: 純愛 369P】
「あーあ、ひとつ心残りがあるなあ」
彼はベッドに寝そべりながら天井を見上げた。
「なぁに?」
「もっと元気な時に、さくらとしといたらよかった」
一瞬何のことかわからなかったが、気付いた時は恥ずかしかった。
「さくらだって、そうしてほしかったよ」
「さくらはずっと自分に女性として魅力がないのかなと思ってた。ハニーはほかの女性のほうがいのかなと思っていた」
「ちゃう」彼は大きな声で言った。「ハニーはめちゃくちゃ魅力的や」
「だったら、浮気なんかしないで、さくらとしてくれたらよかったのに」


たかじんは、ぼくでいいのか、お父さんとも会ってない、他の女とは違う等と言い、さくらは天使、自分は白馬の王子様と形容した。

12月27日、自力で起きあがれず、昼間は麻薬でほとんど眠っていた。
さくらが「お嬢さんに知らせる?」と訊くと、「あんな奴に知らせるな」と言った。親族はどうするかと訊ねると、「いらん!」と答えた。夜はうなされながら、「許さん」「情けない」「最低や」とか口走った。

12月28日、久保田医師は、「林さんはよく頑張っています、闘っています」と話した。さくらはたかじんの娘に近況を知らせるべきか訊ねると、「やめたほうがいいんじゃないでしょうか」と言い、緩和ケアの医師も同意した。
「これだけ頑張っているのに、会いたくない人に会えば、安らかな状態をキープ出来ません。最後まで気持ちよくさせてあげることが大切です」

★長女・Kマネへの責任転嫁

たかじんの死期が近づき、たかじんが娘、親族やKマネへの恨みを蓄積している表現が多くなって来ている。彼等のせいで病状が悪化した、どれだけ恨んでいたか、さくらにとってたかじん死後の有利な交渉を見据えたものだろう。
問題は病院側の対応だ。さくらから作り話しを吹き込まれたのだろうが、「会いたくない人に会えば・・・・・・」の発言は常軌を逸している。重篤な患者を前にして、血肉を分けた親子が本当に会いたくないと思っているのだろうか。しかも、たかじんに直接訊いてもいない。久保田医師はさくらとの結婚がホンの二ヶ月前に済ませたことを知っており、死後のトラブルも予測できる立場にあったと言える。これは8月と12月の余命宣告の際も同様で、さくら一人に対して行われたことに納得がいかない。
病院のこれらの対応は、最近話題の「後妻業」が蔓延る温床となるものではないのか。自分の経験で言うと、手術前説明時でも親族2名以上の同席を求められ、同意書への記名・捺印を行った。当時は遠方に住む子供たちに申し訳なかったが、あらためて病院側の適切な対応に感心している。

長女が発売元の幻冬舎に出版差し止めを求めた民事訴訟裁判の陳述書を読むと、殉愛の内容とは真逆だ。

 何よりもショックだったのは父が私のことをどれだけ嫌っていたかということを強調している内容です。この記述は心の底をえぐられるような打撃をわたしに与えました。何も知らない、父に会ったこともない、父の話を聞いたことすらない著者がなんで私と父の大切な大切なつながりを土足で踏みにじるのでしょうか。
 何の必要があり、何をもくろんで私を悪く言わなければならないのでしょうか。私たち親子に会ったこともない著者が、『2人の間には普通の父・娘のような交流はなかった』などと断定することが許されるのでしょうか。
 私は父の闘病中も入院先を知ることができず、死に目に会うこともかないませんでした。たった1人の親が亡くなったのに、看取ることもできず、亡くなってから知らせが来たのです。すぐに父の元に行きましたが、冷たくなった父は何も語りかけて返事をしてくれることはありませんでした。(抜粋)

長女の差し止め請求に関して、百田尚樹は恐喝まがいのツイートを繰り返した。





しかし、百田尚樹が裁判を無視しただけでなく、弁護士も出廷しなかった。
激怒したのが、原告代理人の的場徹弁護士だ。閉廷後、取材に応じ「訴訟提起から2か月もたっているのに、認否も出さないとはどういうことだ。百田も脅すだけ脅して来ない」と猛批判を展開。
また、百田氏に対しても「ツイッター上で長女を脅し、裁判を受ける権利を阻害した。すでに人権救済を申し立てているが、これから弁護士会に告発することも考えている」  (東スポWEB)


病状悪化とKのトラブル


★HUBLOT社の時計

10月21日、札幌から東京で向かう。渋谷・吉田時計店で840万円のHUBLOT社製時計を購入。世界に99個しかないもので、たかじんと二年間夫婦として貯金してきたお金で購入した。

夫婦で2年間!?まだ2週目なんだが。わざわざ怪しい言い回しを使い、わずか6行使っただけのエピソードを挿入したのは何故なのか。

★腹痛

10月22日、東京・瀬田クリニックで樹状細胞ワクチン治療を行う。終了後、大阪へ向かう。数日してたかじんが「お腹が痛い」と言い出す。

10月29日、東京・聖路加国際病院へ行く。三田病院にいた久保田医師が転院して勤めていたからだ。「ストレスからくる過敏性腸炎」の疑いで薬を処方される。

10月31日、東京から大阪に戻りKマネを呼び、二人が入籍したことを伝え、記念品のテイフアニーのマグカップを渡した。Kマネは「ああ、そうですか」と気のない返事だった。
「さくらは、Kがお祝いの言葉を言わなかったのは別の理由があるような気がした」

11月8日、腹痛が一向によくならず、大阪X病院へ行く。異常は見つからず、ガンの再発部分も大きくなってなかった。

11月13日、早朝、胃の内容物が逆流、胃痛もあった。大阪・瀬田クリニックでワクチン療法を受け、腹痛を相談するとステロイド系の薬を出してくれた。

★メッセンジャー黒田

この日の夜、相原とメッセンジャー黒田がマンションを訪れる。黒田は「ぼくもこんな人(さくら)、欲しいですけど、無理やろうなぁ」と話す。
先に黒田が帰った後、相原が、たかじん休業中も冠料支払われていることを知っているかと訊ねる。たかじんはKから聞いてるが月5万か10万だろと答えた。相原は放送一本分だけでそれを軽く超える金額をP、I、Sに払っていると告げると、たかじんは驚き、相原は会社の帳簿を調べた方がいいと進言した。
Kが会社に金がないと言ったので、2012-2013にかけてたかじん個人の金を数千万円、Kに渡しているとのことだ。


メッセンジャー黒田はたかじんは「たかじんNOマネー追悼番組」内で、マンションへお伺いしたのは12月中旬と話し、たかじんはワインをかぶがぶ飲むほど元気だった、と話しており、殉愛で書かれた11月13日は虚偽の可能性が有る。

★悪化

11月24日、体重が52キロを割り、水も飲めない。聖路加病院の久保田医師に連絡をとり東京へ向かう。胃カメラ検査を行うがガン再発部分には異常はない。

11月25日、食事を摂れなくなり聖路加病院で診てもらうと食道が細くなっており、拡げる処置を行う。

11月26日、痰がからみ、こんどは病院でプジ―で食道を拡げた。

11月27日、悪寒が始まる。久保田医師がプジ―で食道を拡げたが効果はなく、ステント留置を提案するが一晩考えることにした。ステント留置は手術に危険が伴い、一度留置すると取ることは出来ない。いわば緩和ケア処置の一種だからだ。さくらはその夜10時過ぎに久保田に電話して処置を依頼する。

11月28日、Kにステント手術を告げると、「ああ、そうすか」とだけ言った。入院して行った夕方の手術は成功した。

11月29日、たかじんがコップの水を飲むとスルスルと流れ、手術の成功が確認された。

12月15日、たかじんはおしっこをすると痛いと言い、さくらが久保田医師に連絡すると、「膀胱炎の可能性があるので抗生物質を飲ませるよう指示を受ける」。しかし痛みが続き、お腹の張りも訴えたので再度久保田医師に連絡すると、「腎盂炎の可能性があるので病院へ行くことを勧められる」。大阪のX病院へ連絡し体温の経過を見ることになった。

12月16日、体温が落ち着いたのでX病院へは行かなかった。Iクリニックの看護師が来て点滴。

12月18日、瀬田クリニック大阪でワクチン投与。

12月19日、たかじんはは落ち着かない様子で食欲もない。久保田医師は炎症反応を調べるように告げる。

12月20日、Iクリニックの看護師が来て採血、結果は後日判明とのこと。たかじんは食欲が戻らず、Kがうっとおしい、Tがピンポンダッシュするのが嫌と言い出す。

12月22日、この日の夜、久保田に下腹部の張りを説明すると、「明日、聖路加に連れてきてください」と言った。

★過酷な移動

末期がん患者を引き連れて凄まじい移動をしている。後にたかじんの親族が「どこにいるか解らなかった」と話したがもっともな話だ。例えて言うと「逃亡者」並みの行動だ。ここまでの症状になると、病人にとってはそれが公になることを避けている段階ではない。信頼できる医師の元で治療に集中するのが常識と言えるだろう。実際に電話相談での対処となって正確性を欠いていた事例も窺がえる。

炎症の数値が
通常の30倍になっているのに、何ら対応できていなかったことも伊東には腑に落ちなかった。疑念と心残りが、今も伊東を苛んでいる。」 (たかじん長年の友人・伊東整形外科医の話)
(角岡伸彦著・ゆめいらんかね やしきたかじん伝)

「去年はあまりしんどい様子が見られなかったので、今春には復帰できるだろうと思っていました。ただ、昨年末になって、尿の出が悪いということで、血液検査をしたら、体内の炎症を示す数値『CRP』が通常の約50倍出ました。次に測った時には、約90倍に増えており、これはきちんと調べたほうがいいということになり、12月22日、たかじんさんは東京の先生の病院へ行かれました」
その後、クリスマスカードを受け取ってからも、伊東氏は電話で、東京にいるたかじんさんと話をしたという。しかし、元日に送った年賀のメールは返信が来なかった。1月2日に、たかじんさんの容体は急激に悪化し、3日の朝には亡くなっていたのだ。 (週刊朝日 2014/1/24号)


殉愛ではあやふやな表記になっているが、他の情報とつなぎ合わせると次の流れとなる。
12月20日、伊東クリニックが採血検査、12月21日、検査結果で炎症数値が90倍を示し、伊東医師から専門医検診を勧められる。12月22日、その結果を久保田医師に連絡すると、聖路加に来いと指示される。12月23日、聖路加国際病院で腹膜播種の診断。

殉愛では伊東クリニックをIクリニックと表しているが、大阪X病院と同じで、自分達に都合の悪い施設なのだろうか? 百田尚樹は殉愛の中で次のように記している。

【引用: 殉愛 413P】
国会議員でもある某医師は、主治医でもないのに主治医のように言い、一度も診察をしたことがないのに間違った病状を週刊誌などて話し、担当医の処置を批判したりもした。

自分の作中で「Iクリニックで採血」と書いておきながら、同じ作中で「一度も診察した事がないのに」と書く。殉愛はゴーストライターと手分けして書いたのか、或いは悪意が事実を勝ってしまうのか、不思議な作家であるが、取材対象の偏りがもたらした矛盾だろう。
( I医師と伊東医師・国会議員でもある某医師は同人物・Iクリニック、伊東クリニックは同医院)
誤りを認める性格ではない百田尚樹はTwitterでもウソを言い張った。


★Kマネ

その日の夜、たかじんのipadにメールが届いた。男女のあられもない恰好をした画像だけが添付されていた。再度届いたメールにも同じような画像が添付されていた。写っていするのはKと付き合っている女性だったようだ。次のメールには誤送信と謝罪が書かれていた。
たかじんは激しく怒った。「Kは仕事はできんやつだったが、師匠として慕ってくれたとこだけが取り柄だった・・・・・あいつはクビにする」
その夜、さくらは相原に電話し、たかじんがKをクビにする意向だと伝えた。そして皆さんにも伝えてほしいと。
そしてたかじんが大阪に戻った12月13日、たかじんはKとマンションで話をする。
復帰出来るかどうかわからないから会社をたたむので、お前も辞めろとたんじんが言ったが、Kマネは最後までやらせてほしいと言って、解雇話はうやむやになった。問い詰めるさくらにたかじんは「解雇通知は作ってある」と言った。

病状の悪化に並行して、Kマネの暗部が書かれている。これまでも悪役、或いは間の抜けた人物描写が続いていたが、お金の話し、女性の話しとより辛辣な出来事の描写だ。
たかじん死去後の遺産等をめぐるトラブルは激しいが、特にKマネは、たかじんから後を一任されたP、I、Sの権利にまつわるトラブルに関しては当事者だ。週刊誌等によると、莫大な収入が見込めるたかじん死後ビジネスの権利を、さくらは自分が代表を務める「オフイス・タカジン」へ勝手に移動したとされている。
遺産も権利も一人占めしたい欲望むき出しの「銭メスさくら」にとって、たかじんマネーの流れと秘密を知っているKマネが邪魔者なのは容易に想像が付く。Kマネは真っすぐな性格だと古くからの知人が語っている。これは自分の想像だが、さくらはある時から「Kマネの懐柔」に失敗したのではないか。純愛でKマネの世間からの評価を貶めることを図った理由がここに有るのだと思う。

今のところKマネは黙して語らないので真偽は不明だが、Kマネは三人の子供を抱えているが、P、I、Sを退職金もなく退社したようだ。多少の優柔不断さと一本気ゆえの世渡り下手が有ったかも知れないが、近々、元弟子の打越氏やたかじんと長年の友達のA氏がさくらから訴えられた裁判が始まると、Kの証言がポイントになると見られており、純愛に書かれたKが真実なのか虚偽なのか判明するだろう。

結婚リークの件も、Kマネが疑わしいとたかじんが思っているような書き方になっている。しかしKがこのタイミングでリークして何のメリットが有るのだろうか。結婚の事実を世間に認知させるメリットは、遺産とたかじん利権に群がるさくらとテレビ業界関係者が受けるだけたろう。案の定、さくらとこのグループは冠番組を継続させWINWINの関係を築いている。

★突然の結婚報道

この間の12月6日、芸能レポーターの井上公造からさくらにメールが入り、「今日のスポーツ新聞にたかじんの結婚報道が出る」とのことだった。さくらがスポーツ新聞を買いに行くと「スポニチ」に記事が出ていた。さらにテレビ関係者からも記事を見たが、と電話が入った。入籍を報せたのは、松本哲郎、相原、久保田医師、そしてKだけだった。たかじんはリークしたのは「あいつしかおらんやろう」と言った。

▼たかじん結婚を報じたスポニチ記事
体調不良のため長期療養中の歌手でタレント、やしきたかじん(64)が今秋、交際中だった一般女性Aさん(32)と婚姻届を提出していたことが5日、分かった。たかじんは3度目の結婚となる。32歳年下のAさんは、初期の食道がん手術から1度は復帰を果たしたものの、再び長期療養中のたかじんを献身的に支え続けてきた女性で、ごく親しい関係者にはすでに結婚を報告している。
来春の復帰に向け、長期療養中のたかじんが「男のけじめ」として3度目の結婚に踏み切った。お相手は32歳の長身美女で、関係者によると2人の交際は3年近くに及ぶという。
すでに、たかじんは親しい友人やテレビ局関係者にAさんを紹介。あるテレビ局関係者は「1度目の復帰の前に紹介を受けた」とし、別の関係者によると、現在ではAさんが実質、対外的な窓口になっていることもあるという。
2度の離婚で再々婚には消極的だと伝えられていたたかじんだが、長い療養生活を支えてくれるAさんと名実ともに、二人三脚で来春の芸能活動復帰を目指すことを選んだようだ。
(スポニチ 2013年12月6日

たかじん番組終了騒動

★Uの存在

8月26日、読売テレビの山西から電話があった。番組復帰を待ち続けると公表していいかとの確認だった。その後に山西が言った。

【引用: 純愛 315-317P】
「たかじんが番組を終わらせたがっているとUが言っているが本当か」という質問だった。それを聞いたたかじんは激怒して、「そんなことはない!」と否定した。
たかじんは電話を切ったあと、さくらに「Uの奴、余計なこと言いやがって」と怒った。
(中略)
その日(9.30)の夜彼が寝たあと、相原からさくらに電話があった。
「山西さんからUが言うてたこと聞きました。ひどいよなぁ。師匠が番組やめろなんて言うはずないもんなあ」
これからは番組の事は、Uさんじゃなくて、私に直接言ってください
「そうするよ。Uはもともと音楽界の人間で、ぼくらテレビのことはわからん。バラエティのスタッフを馬鹿にしてるようなところがあるんで、前から気分が悪かったんです」

さくらは「胸いっぱい」制作プロデューサーの日置に電話すると、「Uがたかじん番組のプロデューサークラスを集めて、「番組の看板を降ろせ、これはたかじんの意向だ」と言ったとのことだった。翌日、相原からその話を聞いたたかじんは激怒し、Kマネに「今後一切、Uは仕事に関わらせるな」と告げた。

9月18日、東京から札幌に向かう機中で、たかじんはUを辞めさせたかKに訊くがまだだった。たかじんが直接言うと告げると、Kは「ぼくから話す」と言った。


【引用: 純愛 321P】
さくらはKに言った。
「ハニーはKさんに、マネージャーとして期待しているんです。Uさんがいなくなってもやれるという気持ちをわかってください」
「基本的にはぼくが全部やってるんですけどね」
Kは不満そうな顔をした。それを聞いたたかじんは大きな声で言った。
「お前、車の運転以外、何もでけへんやないか」
Kはぶすっとして黙った。

★殉愛によると、山西から電話が入った前の週、Uがたかじんと会っている。たかじんは「胸いっぱいのパネルと、委員会の人形、あれは申し訳ない」「ああやってパネルでスタジオにいるのが悪くてなあ」と言った。自身が出演出来ず、パネルや人形が堂々と鎮座しているのが心苦しかったのだろう。
Uは、復帰の目がないなら、番組は終わらせた方がいい、番組があるとプレッシャーになる、本人は終わらせてほしいと思っているはず、とさくらに話している。さくらはUに対し、「たかじんのテレビに懸ける気持ちをわかっていない」となじる。
このやりとりが殉愛で書かれたということは、たかじんとUの間で、番組終了(又は冠外し)に関する何らかの意思表示が有ったと見て間違いないだろう。死期を悟ったたかじんが12月25日にKマネを呼び、冠番組を終わらせることを指示していることもその証明だ。
番組終了で一番困るのは、たかじんを取り巻くテレビ局や制作会社と、その神輿に乗るさくら達だからだ。事実、死後も冠番組を続行し、甘い蜜を吸ったのは彼らだ。さくらは相原に対し、番組のことは私に言ってくださいと宣告したが、真実はまだまだおぞましい"ハイエナ達の密談"だったことだろう。

(※Uと弟子の打越氏は別人)


ステージⅢ 手術の日

★悪性ガン ステージⅢ

1月24日、山王病院からの電話でガンは悪性だったと連絡が入る。
1月30日、医師から説明を受ける為に、東京の国際医療福祉大学三田病院(山王病院と提携)へ、Uとさくらを伴って行く。Kマネがインフルエンザに罹ったためUに頼んだ。Uとは、たかじんのコンサートにも携わったイベントプロデューサーとのことだ。
Kからのメールでこのことを知らされたたかじんは「役立たずめ」と怒り、相原の方がベストだと言った。

病気の説明を担当したのは国際医療福祉大学学長、消化器外科医の北島政樹医師だ。

【引用:殉愛 99P】
「家鋪さんの食道ガンのステージはⅢです」
さくらはショックを受けた。
「進行ガンです。治療は一刻を争います。転移も見られます。手術は急いだ方がいいでしょう。事前に抗ガン剤を打つのがベーシックなやり方です。治療をしないと二カ月くらいで食道が気道を圧迫して、呼吸ができにくくなる可能性があります。そうなると命に係わります」


たかじんはUに大阪のテレビ局に病気の事を伝えるように指示した。たかじん個人事務所のP.I.Sが文書で病気を公表した。レギュラー番組を持つ局からは復帰するまで待つと言われた。

ここでもKマネ、Uのことが良く書かれていない。P.I.Sが出した公表文書についても難癖をつける記述が有る。ステージⅢが判明した重要な日のページに、こんな表現は読みたくない。チームさくら以外の人達の表現は一貫して悪意の臭いがプンプンしている。
悪性ガンが判明した日、マンションに呼んで伝えた相原は逆の記述が多い。相原とはさくらが取締役となっているテレビ制作会社"ボーイズ"社長のことである。


★ICU

2012年4月9日、ガンに侵された食道を切除し、胃を引き延ばして食道の代役とする手術の日だ。午前9時に手術室に向かい、午後8時に終えた大手術だった。
宇山医師と北島学長の術後説明をさくら一人で受けたようだ。「手術は無事に終わった。転移の疑いがある部分もすべて切除した」とある。
説明後、竹中看護師長がさくらを呼んでICUに入れる。病室で待っていたKとUがそれを知り、ICUへ行こうとするが竹中が拒否する。


【引用:殉愛 123p】
「すいません。他の患者さんもいらっしゃるので、ICUに入るのは奥様だけにして下さい」
竹中が断ると、kが大きな声で言った。
「この女は奥さんでも何でもない。最近、出会っただけや」
「大きな声は出さないで下さい」
「とにかく、ぼくらもICUに入る」
「それは駄目です、さくらさんだけです」
「なんで、この女が入れて、ぼくがダメなんや!ぼくはたかじんを父親のように思ってるんですよ。こんな女よりもずっとたかじんを想ってるんや!」
さくらが「病院の中で揉めるのはやめてください」と言うと、Kは「お前みたいなどこの馬の骨かわからん女に指図されたくない!」と怒鳴った。
しかし竹中はICUへの入室は頑として許可しなかった。帰り際、Uはさくらに、「あんたもKの気持ちを考えてやれや」と言った。

★次に記すのはよしんば「たかじんとさくらに愛が存在した」としての話しだ。
無論、感染症等の防止上ICU入室は制限されるのは当然である。しかし、竹山がさくらだけ入室させKとUを制した理由がわからない。私の経験で言うと術後の対面は三名程度であれば入れるので、さくらが看護師に工作した可能性が高い。
又、病院側はさくらが親族ではないと認識した事にもなり、この処置をどうしたのであろうか。術前説明は親族同席が優先して求められ同意書捺印も求められるものだけに疑問が残る。
Kが言うようにさくらは奥さんではない。たかじんは公人である故、仕事上で長年密接なKの方が優先されて然るべきである。その配慮が出来ないさくらの方が非常識であるし、何より親族を呼んでいないのが最大のミステークである。

翌日、KとUが病院へ来た時、さくらが看護師に許可を取り二人をICUに入れた。たかじんは急に笑顔を消したとある。この表現は物語のアヤだろう。

★内視鏡手術

このページには書かれていないが、この日の手術は内視鏡手術だった。腸捻転でJR札幌病院で受診した項に書かれている。

▼内視鏡手術についての指摘

ステージの進んだⅢくらいの癌だと、
手術前に抗癌剤で癌を小さくしておく、術前化学療法
そうすると癌を取りきれて完治できる見込みが高くなるので
そうするように癌治療のガイドラインでもなってると思います

でも、たかじんの場合は内視鏡を使った手術
抗癌剤を使うと正常な細胞もダメージを受けるので
胃をひっぱって食道のかわりに伸ばした、
その縫合部の細胞も抗癌剤でダメージを受けていた、だから縫合不全になりやすかった?
というようなことが「ゆめいらんかね」で書かれていたような

そんな状況なら機械使わない手術の方がはっきり状況見ながら手術できるだろうし
安全だと思うんですよね

本当にステージⅢという進んだ癌で内視鏡手術なんておかしいと思うんですよね
さくらも百田も殉愛書く段階でそれを自覚していたのではないでしょうか
だから殉愛には内視鏡使ったということが不自然ににも書かれてなく、隠されているのでは
(2ch 既婚女性板投稿より)

悪意で書かれた人達・KとU

【引用: 純愛72P】
翌五日の夜も電話が有ったが、声は前日よりもさらに辛そうだった。
「マネージャーが来て、体調が悪くなった」と彼は不機嫌そうに言った。
「心臓痛いから病院探せと言ったら、知りませんと言いよった。最初から探す気もないんや。ほんま使えん奴や」

【引用: 殉愛85P】
そしてマネージャーのKを取材したが、Kは挨拶もろくにせず、荷物を持ってとっとと歩き去った。たかじんは「せっかちな奴や」と笑ったが、さくらは自分がよく思われていないような気がした。
(中略)
マンションに着くと、たかじんはKに「さくらちゃんを秘書にするから、名刺を作れ」と言った。Kは無言でうなずいた。

【引用: 殉愛98P】
この日、マネージャーのKは「インフルエンザになったため、一緒に行けません。代わりに、Uさんに頼みました」という内容のメールをたかじんに送っていた。たかじんは「役立たずめ!」と怒った。
「せめて電話してくるもんやろう。それに、頼むんやったら、相原がベストやろう」

【引用: 殉愛106-107P】
二月二十一日、さくらはKとUから食事に誘われた。何か話があるようだった。
(中略)
席に着くなり、Uが命令口調で言った。
「あんたにかかってるんやからな。ちゃんとやってや」
「もちろんです。頑張ります。二人の将来もかかっていますし」
UとKは馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
「二人の将来って、あんた、何を言ってるの」Uが言った。「あの人にとって女なんかただの遊び相手やで、今は病気で気が弱っているから、あんたにたよってるけど、病気が治ったら、すぐに捨てられるで」
隣でKがにやにやしていた。
「私はたかじんさんを信じています」
「あんたのために言うてるんやで。あんまり期待せんほうがええで。とにかく、今は復帰することだけを考えて頑張ってや。たかじんさんが元気になったら、あとのことはそれから考えたらええ。あんたも若いんやから」
(中略)
「あんた、たかじんさんのことを何も知らんのやなぁ」

【引用: 殉愛144P】
二日後、見舞いに来たKとUがそれを知り(※たかじんが尿意を催したがさくらは眠っており、看護師が処置した)「100パーセントやれないなら、意味がない!」となじった。さくらは悔しい思いをしたが、今後は絶対に寝たりしないと心に誓った。

【引用: 殉愛152P】
5月16日、KとUが見舞いに来た。たかじんは二人に近況を説明しようとするが、舌が回りにくく、詰まりながらでしか話せなかった。二人は話している途中に、次々に質問を投げかけた。
「Kさん、Uさん、お願いです。じんちゃんが話し終えるまで、じっと聞いてあげてください」
さくらが言うと、二人は無言で彼女を睨みつけた。
たかじんが回復に向かっていると知ると、Uは復帰の話しを切り出した。具体的な日付まで挙げて、今後のスケジュールをどうするかと訊いた。退院がいつになるかわからないのに、そんな話をされて彼は明らかにいらいらし始めた。さくらはたかじんを休ませたいからと言って、二人に引き取ってもらった。

【引用: 殉愛166P】
6月9日、たかじんは退院して六本木のマンションへ戻った。
夕方、「退院パーティーをしましょう」と食べ物を大量に持ったKとUがやってきた。
彼らは早速、今後のスケジュールについて口にした。できれば9月、遅くても年内には番組に復帰してほしい。正月特番の企画も有る、などなど。たかじんはだんだん喋らなくなり、一時間もしないうちに「しんどくったから」と言って二人を帰した。
(中略・・・※たかじんは長女からメールを受け取る「なんかわけのわからん韓国女に世話してもらっているらしいな」)
たかじんは不機嫌になり、さくらのことを長女に言ったのはKしか考えられんと言い、Kに電話し「お前が娘に余計な事を言うたんか」と怒った。
(中略)・・・さくらの携帯にKから電話が入った。さくらは何も訊きもしないのに娘の悪口をさんざん語った。
更に、娘にさくらのことを話したのはP.I.SのS事務員であろうと告げた。


【引用: 殉愛167P】
Kは当初かばん持ちで採用、のちに運転手をつとめた。Kはうっかりミスが多くたかじんに怒鳴られて姿をくらませた。数年後運転手として再雇用され、マネージャーとなったが、誰もKをマネージャーとしては見てなかった。

「仕事の話をした記憶はほとんどないですね。大事な話はたかじんさんと直接話していました」(そこまで言って委員会プロデューサー・相島良樹)

「こんな言い方をして申し訳ないけど、ぼくらは彼を運転手としてしか見ていませんでした」(NOマネープロデューサー・徳岡敦朗)

「胸いっぱい」のプロデューサー・中澤健吾・日置圭信も同じようなことを言っている。

【引用: 殉愛210P】
(札幌に来て)ホッとするもうひとつの理由は、KとUに会わないで済むことだった。彼には言わなかったが、さくらは二人が苦手だった。自分に対する悪意のようなものを感じていたからだ。

【引用:殉愛 210P】
11月26日、KとUがハワイにやってきた。しかしたかじん「来んでええのに」とぶすっとした態度で、その日の朝には腹痛を起こしたほどだった。あまりの激痛に急遽病院へ行くと「大腸けいれん」と診断され、尻に太い注射を打たれた。(中略)・・・久保田医師はストレスからきたのかも知れないと言った。・・・たかじんに伝えると「Kのせいかも」と笑った。

【引用: 殉愛214P】
たかじんは橋下を招き入れた。一緒にいたKも入ろうとしたが、たかじんは「お前はええ。帰れ」と言った。Kは「そうっすか」と不満そうな顔をして帰って行った。

【引用: 殉愛221P】
会話の途中、たかじんを呆れさせた話が出た。それはKが番組収録のスタジオに顔を出していなかったというものだ。Kはたかじんには、毎回収録に立ち会っていると言っていた。そのためにたかじんは「これで差し入れを持って行ってくれ」と金も渡していたのだ。
私の取材に対して、三局のプロデューサーたちは言った。
「たかじんさんの休養中の二年間に、Kさんの顔を見たのは一回か二回です」
(読売テレビ制作局長・山西敏之、制作会社レジスタエックスワン役員・日置圭信、橘庸介)

【引用: 殉愛251P】
スタジオでKに会ったスタイリストの吉田真規子は「さくらちゃんもスタジオに呼んだったらええのに」と言ったが、Kに「なんでお前にそんなこと言われなあかんねん」し言われている。

【引用: 殉愛276P】
さすがに体力の限界を感じたのか、彼はUに電話して、「明日の委員会の収録は無理や」と伝えた。
「Kさんに電話しなくていいの」
さくらが訊くと、彼は「あいつはテレビ局のスタッフと交渉なんかでけへん」と苦笑しながら言った。

【引用: 殉愛294P】
もうひと時も目を離せなくなった。それで買い物にも行けず、何度かはKにも頼んだが、そのたびに嫌そうな顔をされ、千円くらいの買い物にも一万円を渡し、お釣りを駄賃代わりにした。
これまでにもKからは何度も非協力的な態度をとられていたが、さくらにはその理由がわからなかった。師匠のためになぜ働いてくれないのか。
(中略)
それはともかくとして、たかじんがこの二年近くさくらだけを信頼し、反対に期待通りに動かないKをむげに扱ったことも、彼のプライドをいたく傷つけ、さくらへの憎悪を増幅させた可能性として大いにある。

【引用: 殉愛294P】
「男のやきもちですね」とこともなげに言った。(松本哲郎、読売テレビ・相島、関西テレビ・中澤、TV大阪・田中、徳岡、ボーイズ・相原、制作会社・日置)
「はたから見ていても、さくらさんに対する嫉妬ははっきり感じましたね」(中澤、日置ほか)
相原は「そこまで仲がいいなら、あなたがマネージャーになったら、いいじゃないですか」とすねられたことがある。

【引用: 殉愛297P】
さくらはKに突発性難聴になったと診断書を見せた。
「あー、そうっすか。大変すね」
Kは何事でもないかのように言った。さくらは事情を説明して、自分が一週間入院する間、たかじんの看護をしてくれないだろうかと頼んでみた。しかしKの返事はそっけなかった。
「ぼくには無理っすね。何とかならんすか」
さくらはKに頼むのは無理だと諦めた。初めから期待はしていなかった。それに大切なハニーをKなんかに任せられない。

【引用: 殉愛314P】
「たしかに復帰の目がないとなれば、番組は終わった方がいいよなあ。番組があるとプレッシャーになるし」
「本人は終わってほしいとは思ってないですよ」
「いや、本当は終わってほしいと思ってるはずや」
「失礼ですが、Uさんはやしきたかじんのテレビに懸ける気持ちを全然わかってないと思います」
Uはさくらを睨み付けた。
「えらそうな言い方するようになったなあ」
Uはそう言い捨てて、エレベーターに乗った。

【引用: 殉愛313P】
24日の午後、大阪からUがやってきた。
「ちょっと元気になってるじゃないすか」
Uは調子のいいことを言ったが、たかじんは無反応だった。
「そのうち、どっかへ遊びに行きましょう」
「ああ、さくらと温泉にでも行きたいなぁと思っている」
「いいっすね、温泉。ぼくも一緒についていきますわ」
たかじんは露骨にいやな顔をしたが、Uは気付いていない様子だった。

【引用: 殉愛314P】
エレベーターの前でUが口を開いた。
「たしかに復帰の目がないとなれば、番組は終わった方がええよなあ。番組があるとプレッシャーになるし」
「本人は終わってほしいとは思ってないですよ」
「いや、本当は終わってほしいと思ってるはずや」
「失礼ですが、Uさんはやしきたかじんのテレビに懸ける気持ちを全然わかってないと思います」
Uは彼女を睨みつけた。
「えらそうな言い方するようになったなあ」
Uはそう言い捨てて、エレペーターに乗った。さくらは嫌な予感がした。

【引用: 殉愛320P】
この日(9.17)たかじんは上機嫌で、焼肉を食べようと言い、「叙々苑」で食事を摂った。しかし一緒に行ったKが、たかじんの目の前で焼肉をもりもり食べるので、さくらは少しうんざりした。お腹一胃杯食べることができない人の前では、少しは遠慮してほしかった。案の定、たかじんは途中からあまり喋らなくなった。しまいには「もう帰る」と言い出し、Kに向かって「早よ、残りを食え!」と怒鳴った。

【引用: 殉愛409P】
急遽、テレビ大阪の徳岡敦郎たちが調べると、毎日放送に「たかじんが三日に亡くなった」という情報を報せたのはKであることが判明した。しかも驚いたことに、毎日放送から制作協力費がUに入ることになっていた。
井関猛親が毎日放送の常務に電話し、「遺族の許可を取ったのか」と訊くと、常務はKとUから許可を取ったと答えた。井関は「KとUには何の権利もない。これを流すと大変なことになるぞ」と言った。放送は直前で中止になった。

【引用: 殉愛410P】
Kはそれ以外にも嫌がらせとしか思えない事をしている。四月にさくらが東京のマンションに行くと、電気、ガス、水道が彼女に無断で止められていた。六月に札幌のマンションへ行くと、鍵が付けかえられて、中に入れなくなっていた。Kは「札幌のマンションはP、I、Sが借りているから、ただちに立ち退くように」と主張した。

【引用: 殉愛410P】
大阪のマンション、東京のマンション、札幌のマンションから、たかじんの私物のいくつか、それに金庫の中の多額の現金が紛失していたのだ。マンションの鍵を持ち金庫の暗所番号を知っている人物は限られる。札幌のマンション、からは、たかじんのノートが何冊かと記録用の古い携帯電話も消えていた。

※註)上記の記述は全てK氏への取材は行わずに書かれたものである。
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