離婚

たかじん本 付箋だらけの殉愛
たかじんの最期を書いたノンフィクション小説「殉愛」の信憑性は地に堕ちた。
次々と明かされるさくら未亡人・驚愕の正体とは・・・。

さくらを通り過ぎた男達

★「殉愛」の中のさくらとの乖離

殉愛で、さくらがたかじんと過ごした741日間の中で、肉体関係がなく、入籍の日も抱き合って眠っただけと記されており、最も濃い描写で「ディープ・キス」、それだけでさくらは「ドキドキした」と書かれている。この結ばれていない描写が、約400ページの中で十回近くも強調されている。
俗人の自分にとって「にわかには信じられない話」では有るが、さくらの弁なのか作者の思いなのか、或いはたかじんの意志だったのか、少しの間思いめぐらせる事象ではあった。しかし、ネット上でさくらの数度の結婚履歴が明かされたことで、この「生娘」設定も短い時間で終息するが、驚きはまだ残されていた。生々しい愛人生活までもが裁判記録で明かされたのだ。

★一回目の結婚

さくら最初の結婚は2002年20才の時、大阪難波にある高島屋内アパレルショップ店員として勤務していた時で、お相手は岸和田市内に住む会社員のM氏、結婚後もさくらはショップで働き、岸和田のM氏実家で過ごした。
しかし結婚生活は短かく、2003年に別居生活が始まり2004年に離婚が成立している。それもそのはずだ、結婚翌年の2003年1月には、高齢の会社社長との愛人関係が始まるのである。
この離婚に際して、さくらはM氏の浮気を理由に慰謝料を受け取っている。自分の愛人関係はどうなのか?

★パパさん F氏

高齢の会社社長は、さくらが結婚間もない頃の2002年ショップに現われてひとめぼれし、交際を申し込まれたとされている男性で、大阪でAVソフト配信会社を経営しているF氏のことだ。
後にF氏にストーカー行為が有ったとして、さくらが慰謝料を求める裁判があるが、その大阪地裁裁判記録によると、二人の愛人契約は2003年1月に始まっており、M氏と夫婦関係にあった時期と被り、まぎれもない不貞行為である。
さくらとはF氏とデートする度に五万円もらっており、いつか結婚を思いめぐらすようになる。そしてこの年にM氏と別居、翌年に離婚が成立し、F氏と月6回会う約束で三十万円もらう契約となる。
さくらは2005年から勤めを辞め大阪外語専門学校に通い出すが、さくらといる時間を長くしたいというF氏の希望に沿ったもので、初年度学費はF氏が負担したという。F氏はさくらが入学間もない同年5月から、自分(会社)が所有するマンションでさくらを一人暮らしをさせ、引越費用として二千八百万円渡し (渡した総額とする説もある)、月々のお手当は四十三万円に増額している。
さくらが大阪外語専門学校を卒業する際の進路表に「V社秘書」と掲載されていたが、それはF氏の会社のことであり、二番目の夫・ダニエルは(※殉愛の真実)、V社秘書ではなく、F氏個人の秘書だったと証言している。つまり専門校生時代の月三十万円から増額された、月四十三万円での愛人生活を送っていたことになる。
だが、さくらの多情性はこれで終わりではない。F氏と愛人関係にあった最中、アメリカ人男性ダニエルと交際を始め、2007年1月さくらはF氏に関係解消を申し出るが、ずるずると続くことになる。
後述にあるダニエルとの交際・入籍において、さくらはF氏側のストーカー行為があったとして警察に通報し、F氏は警察から警告を受けることになった。示談を申し出たF氏に対して、さくらは合計三百三十万円の慰謝料を請求するが、F氏の反訴が有り2007年11月、F氏が40万円払う事で和解が成立した。

この裁判記録は、2ch既婚女性版に投稿された大阪地裁事件番号を元に、複数の可愛い奥様有志が閲覧したことにより判明したものだ。

★二回目の結婚
サクダニ





二番目のアメリカ人の夫・ダニエルとの出会いは、さくらが専門校時代に通っていたマンツーマンの英会話教室だ(※殉愛の真実)。さくらの猛烈なアタックで交際が始まったそうだ。2006年夏にダニエルとペアのTシャツで洗礼式に参加した写真が掘られているので、この時には交際がスタートしていたと見て間違いないだろう。そして同年12月にはアメリカ北東部にあるダニエルの実家を訪ね、彼の家族や親戚に紹介されている(※殉愛の真実)。
当然、結婚を前提とした行動である、さくらは宝塚市の特優賃住宅を気に入り、ここに住みたいと言い出す。その為には入籍しないと賃貸を受けれない為、二人は2007年4月5日婚姻届を提出し特優賃住宅にはさくらが一人で住む。この時、同居しなかったのは夏に予定されていた結婚式を終えてから、とダニエルが考えていたからだ。
しかしダニエルは、同居することも結婚式を挙げることもなく離婚を決意することになる。原因はさくらの特異な人格と、F氏の存在があったようだ(※詳細は殉愛の真実に掲載されている)。2008年3月に離婚が成立、ダニエルはさくらに慰謝料六十万円を払うことになる。

★ダニエル~伊夫イヴァン~たかじんまでの空白期間

「殉愛」によると、さくらの伯父は会社を経営し、さくらもそこで秘書として働き、洗礼を受けた時のグランドファザーを務めてくれたとある。実はこの伯父は先に記した愛人関係のF氏であることが、殉愛の真実で判明した。裁判記録では2007年11月にF氏が慰謝料を払う事で和解している。
では、2011年にさくらが日本に帰国し、たかじん自宅マンションの真向いに引越するまで住んでいたマンションも、F氏が所有する物件なのだろうか。又、2012年4月に一億円を貸してくれ、同年5月に5000万円をポンとくれた伯父もF氏なのだろうか。ならばその後も、さらに伊夫・ダニエルと結婚中も、慰謝料を取った男性と続いていたことになる。
ネットでは別の高齢男性の存在も話題に出ているが、真偽は定まっていない。さくらのSNSによると、ダニエルとの離婚後は仕事絡みで海外へ何度も出かけていることが分るが、明確な勤務先・業種等の記述はなく、殉愛でも筆者が把握していないと思われる表現に終わっている。
これまでに明らかになったさくらの生き様から、お金持ちの男性の傍らにいたことが予想される。ドラマチックな事実が次々と飛び出すさくらの半生、この空白期間について斯様なストーリーが飛び出すのだろうか。

★三回目の結婚
サク伊庭





殉愛騒動の中で、最初に明らかになったさくらの結婚歴がイタリア人イヴァンだった。きっかけはイタリア在住邦人女性からあるブログに投稿された記事を手掛かりに、2ch既婚女性板の可愛い奥様達が発見した画像・SNS等からである。たかじんとの重婚疑惑が出ていたからか、結婚・離婚の時期について、さくらの供述は辻褄が合わないのだが、まずはさくらの主張をもとに書こう。

2008年春、ステイ先のイタリアで男性と知り合い遠距離交際を始め、その年の12月に日本で入籍した。
2009年、イタリアに移住し生活を開始、日本人に勧められてブログを始めた。結婚式の準備を進めていたが7月頃、結婚生活を続けるのは難しいと感じた。
2010年3月、夫とはほぼ別居状態で、ベネチア、パリ、ミラノを行ったり来たりしていた。
2011年5月から離婚について話し合いを始め、夫婦生活はすでに破綻していた。同年11月に離婚手続きのため日本に帰国、同月イタリア夫が来日し離婚同意書にサインし、離婚手続きに入った。2012年3月離婚届けが受理され、正式に離婚が成立した。

この供述は、現実をほぼ1年前倒ししたものである。
(詳細はこちらで・
ミステリアスな伊人イヴァンとの結婚と離婚)

さくらの話しによると、二番目の夫・ダニエルと離婚が成立した直後の春に、海外ステイ先でイヴァンと知り合い交際が始まったことになる。しかし移住した半年後には結婚生活に問題が生じ、一年後には別居、二年後には離婚協議が始まり、その年末に離婚手続きに入ったという、又してもスピーディな破局ぶりである。
とは言えさくらの供述は、web上に残された様々な証拠から信用するには至らない。離婚成立にしても日本国内での手続きだけに過ぎず、それもさくらの供述にあるように、たかじんのガンが発見された後の成立だ。さくらのブログでの幸せそうな来日時画像、イヴァンのTwitter等から読み取れるように、それまで離婚を意識していたようには見えない。又、イタリアの法律に則せば、イタリアでの離婚が成立していないのはほぼ確実と見られている。
結論からいうと、さくらは資産持ちのたかじんに取り入ることが出来たので、イタリアの田舎っ子のイヴァンは捨てられて(一旦の可能性もあるが)しまったのだと思う。

(※詳細は打算と逆襲カテで)

イタリア人夫・イヴァンはさくらの7才(位)年下の、画像で見る限りではそこそこのイケ面男性だ。出会いはステイ先で知り合ったとなっているが、ショートステイなのかロングスティなのか。
さくらのMIXIの2009年8月19日アップ分に次の記事がある。
『とてもハードなスケジュールだったけれど、イタリアへ行ってから、パリのあらゆるところを回りました。・・・・・現地集合、解散は・・・やです』
これまでに発掘されたさくらのSNSに於いて、イタリアとの接点はこれだけである。この点だけで断定は出来ないが、様々な状況証拠からほぼ確定と言える、2009年入籍、2010年イタリアで挙式との整合性から、イタリア・パリ旅行の際に接触があったとみていいのではないだろうか。
現地集合・解散の旅行とは、何らかの目的でイタリアへ行き、イタリア発パリ周遊ツアーに参加したのだと思うが、旅行動機は何だったのだろうか。そしてイヴァンと知り合ったきっかけはなんだろう、 ナンパでもしたのか、もしかするとお得意のSNSを通じて知合ったのか。

★四回目の結婚
さくたか2





殉愛によると、たかじんとさくらが最初に会ったのは、2011年12月のクリスマスオフ会で、たかじんのマンションに女一人で入室し、プロポーズされたのは12月30日となっている。さくらの「都会っ子ブログ」によると、これらは全てイタリア夫・イヴァンが来日中の出来事だ。たかじんとの初めてのキスも離婚届受理前のことだ。ここでも多情性が窺えるわけである。
その後、たかじんのガンが見つかり、余命半年と宣告された約4ケ月後、たかじん死亡の3ケ月前に入籍を果たした。くどいようだが、たかじんとは結ばれた性行為が一度もない夫婦だった。
殉愛では「さくらはなにもいらない」と語りながら、たかじん死後は様々な策略を駆使してたかじん利権を一人占めし、たかじんの金庫にあった現金一億八千万円を自分のものと主張、相続遺産と合わせて三億数千万、さらには大阪のタワーマンションの居住権を手中にした。(金額はたかじん長女遺留分勘案、今後の裁判結果で変動することがある)

★多情な人生
さくら散歩





振り返ってみると、いずれの結婚生活も短期間であることに驚く。そして、一回目の結婚生活中におけるF氏との愛人契約、その契約継続中のダニエルとの恋愛、F氏の影がちらつく中でのダニエルとの入籍と離婚、謎の空白期間に続くイヴァンとの結婚と、その離婚前からのたかじんとの邂逅。
さくらにはいつも複数の男が交差する「多情な人生」と言えるが、自分には「男達はさくらを通り過ぎて行った」だけに見えてしようがないのてある。次に通り過ぎていく男は誰なのか? 興味が尽きない下衆な気分にさせられるが、さくらの本性と題された報道を紹介する。

『いわゆる“ジジイ殺し”の典型的タイプ。百田さんも彼女に骨抜きにされたクチですよ。“人たらし”というか、相手にふところに入るのが抜群にうまいんです』 (芸能プロ関係者)
(ライブドアニュース)

これまでの結婚・交際相手の中でマスコミ取材に応じたのは、殉愛の真実取材班に詳細なエピソードを伝えた、二番目の夫・ダニエルだけである。М氏は結婚・離婚の事実を認めただけ、伊夫・ダニエルへの取材はなされておらず、パパさんだったF氏も取材に応じていない。まだ明かされていないさくらを通り過ぎた男達がいるのかもしれない。これらの男性から新事実が語られる時があるのだろうか。
だが、たかじんに至っては鬼籍の人、文字通り「死人に口なし」なのだ。

★三番目の夫の存在が明らかになった際、作者の百田尚樹は次のツィートを残したが、次々と出た結婚・離婚・愛人歴と、それらに伴った金銭を求める訴訟歴に対して、今は何を思うのか。おそらくは想像を超えた展開に作者自体が驚いていることと思う。ならば、物書きとしての説明責任を果たすことが求められる。




ミステリアスな伊人イヴァンとの結婚と離婚

★騙されたたかじん

次の引用を読むと分る通り、殉愛でさくらは独身女性として登場しており、これは全編を通じて言えることだ。しかし早々に過去の結婚歴が暴露されるに至り、同時に重婚疑惑も持ち上がった。
 (※詳細はちらで さくらを通り過ぎた男達 偽りの独身 )

【引用:殉愛 39P】
「イタリアには彼がいるの?」
「親しい男性はいます」
「恋人じゃないの?」
「違います」とさくらは答えた。「でも、父は彼と結婚したらいいと言いました」
たかじんは少し驚いた顔をした。
一年前、さくらの父がイタリアに来た時に、その彼を見ていたく気に入ったのは事実だ。また、彼からはプロポーズもされていた。もっとも彼と結婚するイメージは湧いていなかった。


これらの経歴の中で、さくらの不可解な証言が繰り返されるのが、最初に判明したイタリア人男性イヴァンとの結婚から離婚に至る時系列だ。まずはさくらの手記を引用する。

出会いは2008年春、遠距離恋愛の末、同年12月に日本で入籍した。
2009年の春にイタリアで夫婦生活をスタートさせたが、すれ違いにより、2010年の春に別居。
家族を安心させるため、
和気あいあいとした写真をブログにアップした。
2011年5月から離婚に向けての話し合いを始め、2012年3月1日正式に離婚が成立した。
(Will 2014.12月発売号)

2008年の春に私はイタリア人男性とステイ先で知り合い、その年の12月に入籍をし、2009年にはイタリアに移住しました。しかし、文化の違いからか結婚生活が難しいと判断し離婚を考えるようになりました。

当時私はイタリアでネイルサロンを開いており、知人の勧めでブログを始めました。そこでは実際には異国での生活に心身ともに疲弊していましたが、あえて夫婦仲が良好であるがごとく内容をブログに書くことで日常生活を忘れることができました。

2010年3月頃から夫婦は別居状態となりました。そして2011年ころから二人は離婚に向けた話し合いを始めました。そして正式な離婚手続きをするために日本に帰国しました。そして12月に夫が日本を訪れ、離婚合意書面にサインをし (※註・2012.3.1) 離婚が成立したのです。
(FRIDAY 2014.12.12号)

百田尚樹が「作家タブー」を利用して掲載させたと言われる、週刊新潮、FLASH等も同内容の手が掲載された。複数の天下の大出版社がミスプリントするとは思えないが、そうではないのなら、さくらの証言は真っ赤なウソだと思う。さくらと妹のSNSから事実を追ってみる。

2009/12/6 さくら「mixi」
ルミナリエ通り横のホテル・ヴィラマーレリザーブ
彼からプロポーズは受けたが指輪はまだだったが、レストランで受け取る。
・・・ここで指輪なら、2008年入籍一年後に貰ったことになる。常識的には考えられない。プロポーズを受けたと表現してるのは、結婚に至っていないという意味だ。

2010/2/17 さくら「都会っ子ブログ」
一個違いの日本に残した妹が結婚します。(正確には入籍は済ませていたので、結婚式です)

2月22日だから、ふ(2)ーふ(2)の日であります( ´艸`)

よく考えると・・・姉妹揃って同じ年に入籍をし、同じ年に結婚式を挙げる・・・そりゃあお父さんは寂しがっています。幸い妹のおうちは近くだけれど、あたしはそうとう遠いし・・・ヽ(;´ω`)ノ

ちなみに・・・あたしたちはクリスマスに入籍をし、2010年10月10日に式をしようと思いましたが・・・日曜日のため、クリスチャンにとっては大事なサンデーサービスの日ですから、もちろんできません。
・・・同じ年に結婚式とは2010年のことですね。

2010/2/22 さくら「都会っ子ブログ」
妹ちゃんの結婚式のため、前泊でホテルにいます。なんだか、自分のくらい緊張(>∀<)
・・・そう、2010年ですね

2010/03/17 さくら妹のブログ
「そんなイバンくんも5日にイタリアへ帰国。
ねーたんは今日イタリアへ発ちました。 」
「そうなんです、ふたりはこっちで入籍を済ませ
イタリアでの新婚生活に入ります。 」
・・・新婚生活に入るためイタリアへ向かった3月に、別居生活に入ったとはこれいかに!!

2010/4/14 さくら「都会っ子ブログ」
さてさて、あたしたちはカトリック教徒として、結婚前に「フィアンセコース」なるものを他のカップルたちと受けたんです。「離婚」が良しとされていないので、事実婚が多いのもイタリア。それでも結婚するのだから、失敗がないように・・・結婚とは何ぞや?っていう勉強をドン(牧師)とします。

約2ヶ月、7回にわたり行われたコース…(あたしは最後の1回だけ参加(・Θ・;))
・・・2010年9月の結婚準備ですね

2010/9/25 
イタリアでの結婚式。イヴァンの親類がF.Bにアップした結婚式画像が発見される。さくらの父・妹が参加した画像も。
・・・別居中に結婚式ですか!?父と妹も出席していますが。

2010/9/26 さくら妹のブログ
イタリアで過ごす3日間と題されたブログ記事で、9月26日はベネチア周遊へ出掛けた様子をアップ。イヴァンの実家と、イヴァンと妹の2ショット画像が貼られる。
・・・前日の結婚式参加に続く旅行ですね。

2011/12/24 さくら「都会っ子ブログ」
クリスマスイヴですね~!
皆さんは、いかがお過ごしなんでしょうか??
あたしにとっては、「結婚2周年イヴ」「ハニー、日本来日イヴ」でもあります。
・・・結婚二周年イブなので2009年12月入籍ですね。イヴァンが来日して二人がクリスマスをエンジョイしている画像がたくさんアップされていますね、リザーブしたヒルトン大阪のルームも素敵でした。

2011/12/28 さくら「都会っ子ブログ」
イタリアから、たくさんプレゼントを持ってきてくれたハニー。
無事にハニーを迎えて、ホテルに着くと、ホテルの方にもお祝いしていただきました。
あたし、日本でしか買えないであろう、本人の欲しい物をあげようと思っていたので用意していませんでしたが、ハニーからはアクセサリー。新年のランジェリーは今年は回避できました!!
・・・離婚協議を重ね、離婚合意書にサインするために来日した夫との姿とは思えないショットの数々でした。イタリアでは離婚記念にアクセサリーをプレゼントされるのですか。

さくらが百田尚樹の圧力で書かせた週刊誌掲載の手記は、時系列が子供でも不思議に思うほど滅茶苦茶であることが分る。なぜ、こんな愚挙に出る必要があったのか。それはネットでも騒然となった「重婚疑惑」を原因とする。重婚が事実なら、さくらが一人占めを目論んだ遺産相続資格を失うことになるからだ。まずは次のブログを読んでおいてもらいたい。

2012/3/12 さくら「都会っ子ブログ」
帰国予定日近くに父に癌が見つかりました。。。一人の方から、わざわざ何度も、夫をイタリアに残してとか、実家に帰りすぎで甘えてるとか書かれました。母がいない中で、病気の自分の親を優先するのが間違いでしょうか?
また、夫婦で話し合い、今の形を納得して、毎日連絡して話しているにも関わらず、。。
・・・父と言ってますが、付添いしていたのはたかじんですよね。と言うより、3月1日に離婚が成立しているのに、「夫をイタリアに残して」とか、「夫婦で話しあい、今の形を納得して、毎日連絡して」とはどんな意味??もしかして離婚は成立していない!?或いは、イヴァンが離婚を知らないだけ!?それなら離婚届けは勝手に提出したことになりますが。

さくら「都会っ子ブログ」 さくらmixi さくら妹ブログ

退屈なイタリアの結婚生活と、有名な芸能人であり経済的に裕福、かつ余命が短いことが予測されるガン患者であるたかじんの妻の座を天秤にかけたのだと思う。

★重婚疑惑、イタリアでの離婚は未成立か

重婚疑惑が白熱し、鎮静化を謀るさくらは週刊新潮誌上で「離婚届受理証明書」を掲載させる。これは日本国内での離婚手続きを意味するものだ。

▼週刊新潮に掲載された日本での「離婚受理証明書」
受理証明書 離婚















この証明書では「届出日」「受理日」「さくら」「イタリア共和国」の文字が判読可能なだけ、さくらの姓、本籍、生年月日、イヴァンの姓名、生年月日、二名必要な保証人名、発行者名が伏せられた、厳密には信用に足ると言えない代物である。個人情報保護の観点は理解できるが、もう一歩、信憑性に足る形であれば納得出来たであろう。

一方、イタリアでの手続きはどうなっているのであろうか。この点について、さくら側は一切触れていないのだが、触れられない事情があるのだ。イタリアでの離婚手続きについては専門家の見解を引用する。

国際結婚や離婚は、双方の国で書類を提出するのが原則。
イタリアで婚姻届を提出していた場合、離婚するにはまず別居の申し立てが必要。
そこから3年後を待って裁判所へ申請し、離婚が成立する
さくらの主張では離婚への話し合いを始めたのは11年5月。
イタリアで結婚届を提出していれば、離婚が成立するのは早くて14年5月以降。
(行政書士・荒木康宏/女性自身)

イタリアでの協議離婚の第一ステップは「別居」の申請から始まります。
この申請は、正式書類を作成の後、この書類を裁判所の事務所に届け出て、裁判の予約をします。
市町村にもよりますが、ミラノでは、この予約から通常5~6ヶ月後に、裁判の日程が設定されるようです
(excite bit)

さくらはイタリアでの離婚が成立する法律を知っていたのか、重婚疑惑が持ち上がってから調べたのか、2013年10月のたかじんとの入籍が正当だと主張したかったことは間違いない。2009年12月の入籍を2008年と偽り、新婚生活をスタートさせるべく渡伊した2010年3月に別居が始まったと狂言し、家族も出席した2010年9月の結婚式は家族を安心させるためと言い訳する。重婚と認定されると相続欠格となるので、別居から三年経ないと離婚が成立しない国際結婚ルールを踏まえた作り話であり、全て、遺産相続権を守るための"真っ赤なウソ"以外の何物でもない。

たかじんと知り合ったとされる2011年のクリスマスシーズンは、イタリア夫と大阪で過ごしている。ブログでの様子からは、さくらが言う離婚合意書にサインをしたとは考えられない親密さである。「受理証明書」のとおり2012年3月に離婚届を提出したのであれば、たかじんと何度もキスをした後の出来事となり、経済的に申し分ないたかじんを選んだのだろうと思う。
その後のさくらのブログに、「夫婦で話し合い、今の形を納得して、毎日連絡して話している・・・」と書かれているが、日本に留まる原因を父のガンと言い含め、イヴァンとの間には夫婦としての認識が継続していたのではないか、としてもおかしくない。次のツイートは離婚が成立した2012年3月1日以後に投稿されたものだ。

2012.3.15 (伊夫・イヴァンtwitter)
75日も嫁さんと離れ離れ、気が変になりそう、日本に移住を考える時期に来たかな。

・・・伊夫は離婚した意識など毛頭ないコメントだ

FRIDAYが掲載したさくら手記によると、たかじんはさくらの離婚歴を知っていたと書かれている。要旨は次の通りだ。

イタリア人夫の離婚のこと、過去の出来事を打ち明け、弁護士などいろいろサポートすると言われた。
イタリア人夫と知り合う前にも離婚歴があったが、そのことを話すと、「おもろいやん!」と笑ってくれて救われた。 (Friday)

信用するに足る手記かどうかは不明だが、ならば、冒頭に殉愛から引用した、「イタリアには彼がいるの?」「親しい男性はいます」「恋人じゃないの?」「違います」。恋人にとどまらず夫までいた身において、この会話が書かれる「殉愛」とは何なのだ。

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