直葬

たかじん本 付箋だらけの殉愛
たかじんの最期を書いたノンフィクション小説「殉愛」の信憑性は地に堕ちた。
次々と明かされるさくら未亡人・驚愕の正体とは・・・。

さくらの足跡・再発後~直葬

2013.5.10 (殉愛)
三田病院で若い医師から放射線治療の説明を受ける。さくらは医師の説明の仕方に不満を持つ。
[大阪-東京]


2013.5.13 (殉愛)
三田病院で一回目の放射線治療。その後さくらは一人で東大病院へ出向き、中川准教授に症状説明。中川は放射線治療で第一人者と言われている。


2013.5.14 (殉愛)
三田病院で放射線治療を受けた後、たかじん、Kマネ、さくらの三人で東大病院で中川准教授と会う。放射線治療計画を立てる約束をしてくれた。

2013.5.17 (殉愛)
大阪へ帰る途中、品川駅でFRIDAY記者に撮影され、翌週掲載された。
[東京-大阪]

2013.5.19 (殉愛)
伊丹から羽田に向かう機内で鶴瓶と会う。さくらは鶴瓶と電話番号を交換する。

2013.5 (殉愛)
中川准教授が監修した治療計画にのっとり、三田病院で放射線治療を受ける。
調べると180度回転させながら放射線を当てる新型機器の方がいいことが解る。

2013.5.23 (殉愛)
さくらは新型機器を持つ大阪成人病センター西山副院長と電話で話す。「明日、来てください」と言わる。

2013.5.24 (殉愛)
三田病院で放射線治療を受けた後大阪へ向かい、成人病センターで西山副院長と会う。プライバシーが守れない事がわかり、西山が同じ機器を持つX病院を紹介してくれ、西山が同行して治療計画を立ててくれた。
[東京-大阪]

2013.5.27 (殉愛)
大阪X病院へ入院。ポイント照射と同時に、4日連続の抗がん剤投与を行う事になった。
朝、この日が誕生日のさくらにたかじんがメモを渡した。「何万語、何億語・・・To Sakura Love」と書かれたものだ。
(※詳細は殉愛の正体で・放射線治療をめぐる転院)

2013.6.1 (殉愛)
X病院を退院、通院で放射線治療を受けることにした。

2013.6.2 (殉愛)
たかじんが吐き気を訴え、X病院へ行く。一時間放っておかれたと不満。
たかじんの精神異常が始まり、アカシジアかと疑う。

2013.6.23 (殉愛)
さくら耳鳴りが始まる。

2013.6.24 (殉愛)
さくらはX病院で「左耳の突発性難聴」と診断され、入院を勧められる。医師にたかじんが借りていた特別室へ二人で入院することを申し出るが却下される。
(※詳細は殉愛の正体で・さくらの難聴)

2013.6.25 PIS(登記簿)
P、I、S役員変更。松本哲郎、たかじん母退任、たかじん長女、Kマネ重任。

2013.6.26 (殉愛)
さくらはX病院で、難聴の治療薬一週間分の処方を受ける。

2013.7.1 (殉愛)
X病院での全36回の放射線治療を終える。
さくらが目眩で倒れ、額から出血し意識を失う。
さくらは「免疫療法」をやると決めていた。

2013.7.8 (殉愛)
JR札幌病院鶴間医師が「知り合いの神経科医師を紹介する」と言ったので札幌へ向かう。
[大阪-札幌]

2013.7.9 (殉愛)
たかじんが夜中に吐いたため、AM5時にJR札幌病院で緊急受診、吐き気止め薬を注射される。
昼過ぎにJR札幌病院鶴間医師が往診、採血と点滴を行う。
午後、神経科診療所で減薬の相談をするが、「薬はどんどん増やせばいい。副作用は仕方がない、そのうちに慣れます」と言われる。
さくらは思い切った減薬を決心し、翌日から始める。
(※詳細は殉愛の正体で・減薬と免疫細胞療法)

2013.7.23 (殉愛)
三田病院で放射線治療の一ヶ月検診を受けるため、東京へ。(何故かX病院ではない)
[札幌-東京]

2013.7.24 (殉愛)
三田病院でPET検査を受け、ガンが縮小していると言われた。
樹状細胞ワクチンを作るため、食道ガン細胞と採取した血液を三重大学へ送る。
夜、大阪へ向かう。
[東京-大阪]

2013.夏 (殉愛の真実)
久保田医師が余命半年であることをさくらに伝える。
さくらはKマネ、U、たかじん親族等に報告せず。

(※テレビ局、制作会社へは話した可能性大と思われる)

2013.7.25 (殉愛)
ワクチン治療適合検査の為、神戸のクリニックで採血。

2013.8.1 (殉愛)
神戸のクリニックから、細胞は適合すると連絡が入る。三重大学の検査結果を待つことにする。

2013.8 (女性自身)
「食道がんを患う彼の看病を続けているうちに自身も乳がんとなり、大阪市内の病院で日帰り手術を受けた。お金を下さい」さくらさんがこう言いだしたというのだ。


2013.8 (SPA)
余命宣告を告げられていたやしきさんに、さくらさんが「あなたのがんが感染して私も乳がんになったから、日帰り手術を受けてきま」と言ったという記事がすでに出ていますが、あれは本当の話。
このやり取りを病室で聞いた近しい人が「あの奥さん、アカンで」とやしきさんに忠告したのですが、これに本人も「病気がようなったら別れる」と答えており、やしきさんの奥さんに対する純愛も疑わしい

2013.8 (殉愛の真実)
たかじんは責任を感じて結婚を決意。・・・たかじんさんは「本意ではないが、仕方ない」と漏らしていたんです


2013.8.5 (殉愛)
札幌へ移動。たかじんは「大阪にいるとストレスになる」と言う。
[大阪-札幌]

2013.8.8 (殉愛)
東大附属病院免疫細胞治療学准教授の垣見から連絡が入る。「東大の研究施設と民間の共同で検査してみましょう」と告げた。
次の日、久保田医師が食道ガンの細胞を研究施設に送った。

2013.8.13 (殉愛)
三重大学から、細胞検体から「MAGE-A4」「NY-ESO-1」が見つからなかったとの連絡が入る。

2013.8.19 (殉愛)
たかじんが左の脇下が痛いと言い出し、JR札幌病院で受診するが異常はなかった。
東大垣見医師から電話が入り、「ワクチンを作るために必要なHLAの型が適合した」と告げた。

2013.8.22 (殉愛)
垣見から連絡が有り、「東大は時間がかかる、瀬田クリニックなら速い」と告げられ、瀬田クリニックを選択する。

2013.8.26 (殉愛)
たかじんは試験管3本分の採血をし、東大ラボに送る。脇下の痛みを継続的に訴える。
読売テレビ山西から電話が入り、「たかじんさんが番組を終わらせたがっていると、Uさんが言っているが本当か」と話し、たかじんは、「そんなことはない」と言った。Kマネに、「Uを辞めさせろ」と告げた。
(※詳細は殉愛の正体で・たかじん番組終了騒動)

2013.8.29 (殉愛)
前日のCT検査の結果、左脇下のしこりはガンの可能性も考えられると言われる。
相原からUの件で電話が入る。さくらは、今後仕事のことは私に言って下さいと告げた。

2013.8 (週刊朝日)
前妻はすでに再婚していた、それでも「僕が死ぬまでだけでも一緒にいてくれ。今の夫と籍抜いてくれ。財産はお前に全部やりたい」と説得していた。
私もたかじんさんに「あいつしか看取ってくれる人はおらん。なんとかしてくれ」と説得を頼まれた。13年8月頃までそういう連絡があった。(たかじん親族)

 
2013.9.2 (殉愛)
JR札幌病院でしこりの摘出手術を受けた。組織を冷凍し、待機していた瀬田クリニックスタッフが至急持ち帰った。

2013.9.4 (殉愛)
東大病院垣見医師から電話があり、しこりは転移したガンだったと告げられ、「その細胞からワクチンが作られ、自分のガン細胞から作られたワクチンは最強だ」と言われる。10日、再度連絡があり、6回分のワクチンが作れると言われる。

2013.9.13 (殉愛)
山西と相原が札幌へ来た。たかじんはさくらが作ったスケッチブックのパネルを使い、これまでの闘病記を説明した。

2013.9.17 (殉愛)
瀬田クリニック東京で、アルファベータT細胞療法を受ける。
[札幌-東京]

2013.9.18 (殉愛)
札幌へ戻る機中でたかじんがKマネに言った。「Uを辞めさせたんか?」 Kマネは「僕の方から言います」と答えた。
[東京-札幌]

2013.9.25 (殉愛)
胸いっぱいのスタッフ、中澤、日置、木村が札幌へ来た。

2013.10.1 (殉愛)
体重が58キロまで回復。たかじんが10月10日に入籍しようと言った。

2013.10.3 (殉愛)
戸籍謄本を揃えるために大阪に戻る。相原に婚姻届保証人を依頼。
[札幌-大阪]

2013.10.5 (殉愛)
たかじんがアカペラで「順子」をiPADに吹き込む。
サロン105でたかじん最後となるバースデイパーティを開く。さくらと相原、山西が内緒で企画したもので、テレビ関係者等が19人参加した。揃いのシャツが用意され、
(※詳細は殉愛の正体で・最期のバースデイ)

2013.10.7 (殉愛)
瀬田クリニック東京で「アフェレーシス」を受ける。
[大阪-東京]

2013.10.8 (殉愛)
札幌へ戻る。誕生会の写真を参加者に発送する。
[東京-札幌]

2013.10.10 (殉愛)
たかじんがすまいる歯科で治療を受ける。さくらは札幌市役所へ行き、婚姻届を提出。
たかじんは明年1月8日のハワイ行きのチケットを予約した。二人はただ抱き合って眠った。
(※詳細は殉愛の正体で・札幌での入籍)

2013 (女性自身)
周囲には「さくらとの結婚は本意ではない。最期は2番目の妻に看取ってほしいし、遺産も受け取ってほしい」と漏らしていた。

2013.10.21 (殉愛)
東京へ向かい、たかじんへの結婚記念プレゼントに、渋谷ヨシダ時計店でHUBLOTの時計を購入、シリアルナンバーが8だった。
880万円だったが、たかじんと二年間夫婦として貯金してきたお金で購入した。
[札幌-東京]

2013.10.22 (殉愛)
瀬田クリニック東京で樹状細胞ワクチン療法を受ける。その後大阪へ向かう。
その後、たびたび腹痛を起こす。
[東京-大阪]

2013.10.29 (殉愛)
東京へ向かう。機内で井関猛親とばったり会う。
久保田医師が転院した聖路加国際病院へ行き、診察を受ける。ストレスからくる過敏性腸炎かも知れないとの診断。
[大阪-東京]

2013.10.31 (殉愛)
大阪に戻り、Kマネに入籍を報告し記念のマグカップを渡す。
たかじん「お前にとったら、さくらは社長の奥さんや。そやから気に入らんとか言わんと助けなあかんぞ」
[東京-大阪]

2013.11.8 (殉愛)
腹痛がおさまらず、大阪X病院でCT撮影、胃カメラ検査を受ける。ガンも大きくなっておらず、その他の異常も見つからす。体重は55キロまで落ちている。

2013.11.13 (殉愛)
胃の内容物が逆流、病院の検査では異常なしだった。
瀬田クリニック大阪で樹状ワクチン治療を受ける。神垣医師から腸のためにステロイドを処方される。

2013.11.14 (殉愛)
相原とメッセンジャー黒田がマンションに来た。
相原は冠料の話しを持ち出し、多額の金がPISに振り込まれていると言い、帳簿を調べた方がいいと進言した。
(※詳細は殉愛の正体で・病状悪化とKのトラブル)


2013.11.24 (殉愛)
東京へ行き、聖路加国際病院で受診。多少の狭窄があったが、再発部分に異常はなかった。
[大阪-東京]

2013.11.25 (殉愛)
聖路加国際病院で食道を拡げる施術。
食事を殆ど摂れず、薬も飲めないのですりつぶして服用。

2013.11.26 (殉愛)
聖路加国際病院でプジ―処置と点滴。高カロリー栄養液を処方される。
胃カメラ、腫瘍マーカーに異常なし。

2013.11.27 (殉愛)
悪寒が始まる。食事も喉を通らない。聖路加国際病院でプジ―処置をしたが効果がない。久保田はステント留置を提案した。

2013.11.28 (殉愛)
ステント留置手術を受ける。

2013.11.29 (殉愛)
たかじんのi-padに、男女のあられもない画像が送られてきた。差出人はKマネだった。

2013.12.1 (殉愛)
聖路加国際病院を退院、たかじんはKマネの「解任通知書」作成を知人に依頼。

2013.12.2 (殉愛)
三田病院で栄養点滴。

2013.12.6 (殉愛)
井上公造からさくらにメールが入った。「今日のスポーツ紙に、たかじんさんの結婚報道が出る、日付だけでも教えてほしい」との内容。たかじんは「余計な事は書くな」とだけ指示した。
三田病院で点滴、聖路加国際病院でステントの確認を行った。

2013.12.9 (殉愛)
たかじんに大阪の女からメールが入った。゜「もう結婚しているから、メールは送らないでほしい」と返事し、着信拒否にした。

2013.12.10 (殉愛)
瀬田クリニック東京でワクチン治療を受ける。

2013.12.13 (殉愛)
大阪に戻る。Kマネが駅まで迎えに来た。
たかじんはKマネに、「会社をたたむ、お前もやめろ」と言ったとさくらに言う。さくらは「解雇しなかったのか」と訊くが、たかじんは言葉を濁した。
[東京-大阪]

2013.12.15 (殉愛)
たかじん、尿道の痛みを訴える。久保田医師の指示で抗生物質を投与。痛みが引かず、腹も張っている。X病院へ電話すると、明朝9時に熱が37.5度以上の熱があれば抗生物質が効いていないことになる、と言われる。

2013.12.16 (殉愛)
Iクリニックの看護師が来て点滴。玄関のチャイムを鳴らして逃げていく女性がいた。

2013.12.18 (殉愛)
瀬田クリニック大阪で6回目のワクチン治療。チャイムを鳴らして逃げる女性が現れる。

2013.12.19 (殉愛)
熱が下がらないので久保田医師に電話すると、炎症反応を調べるように言われる。Iクリニックの看護師が来て採血。結果は後日となる。
さくらは東京へ行くことを打診、たかじんが応じる。

2013.12 (週刊朝日)
年末になって、尿の出が悪いということで、血液検査をしたら、体内の炎症を示す数値『CRP』が通常の約50倍出ました。次に測った時には、約90倍に増えており、これはきちんと調べたほうがいいということになり、12月22日、たかじんさんは東京の先生の病院へ行かれました」 (友人の伊東クリニック院長・伊東医師)


2013.12.22 (殉愛)
たかじんの左脇下にしこりを発見。ガスが出ずお腹が張る、熱も高い等の症状があり、久保田医師に連絡すると明日検査しようと言った。

2013.12.23 (殉愛)
東京へ行き、聖路加国際病院で検査を受ける。結果は「腹膜播種」だった。たかじんがベッドで点滴をしているとき、久保田医師はさくらを診察室に呼び告げた、「あと、一、二ヶ月でしょう」
マンションに戻るとたかじんはタバコを吸った、「味もわからん」
(※詳細は殉愛の正体で・絶望の腹膜播種)
[大阪-東京]

2013.12.23 (メモ記入日付)
桃山学園温井校長宛ての「温井メモ」を書いたとされる日


2013.12.25 (殉愛)
エンディングノートを書く。夜、Kマネが来て、たかじんと二人で打ち合わせをする。
(※詳細は殉愛の正体で・エンディングノート)

2013.12.26 (殉愛)
聖路加国際病院入院、皇室も使う特別室だった。
(※詳細は殉愛の正体で・最期の入院 知らされない長女)

2013.12.27 (殉愛)
昼間は麻薬で殆ど寝ていた。たかじんは「親族には知らせるな」と言ったとされている。

2013.12.28 (殉愛)
久保田医師「林さんは、よく頑張っています」と言った。
さくらはテイフアニーの指輪と喪服を買いに行く。

2013.12.29 (殉愛)
Y弁護士が来て、たかじんと遺言書の打ち合わせをする。
Y弁護士、たかじん金庫内の現金2億8000万円確認。
さくらが1000万円持参するよう依頼。

2013.12.30 (殉愛)
朝、久保田医師が来て麻薬を投与。その後「やしきたかじんの意識はしっかりしており、正常な判断力を持っている」と証明書を書く。
午後、Y弁護士と二人の立会人が来て「危急時遺言」を作成。
さくら、Y弁護士から1000万円受取る。
(※詳細は殉愛の正体で・遺言書作成
)

2013.12.31 (殉愛)
たかじん、下顎呼吸始まる、酸素マスク装着。
久保田医師は正月のスキー旅行をキャンセルした。

2013.12.31 (たかじん胸いっぱい2014.1.11放送)
北野誠が未亡人から聞いた話として、「たかじんがNHK紅白歌合戦を見て"綾瀬はるか、これどやねん?"とつっこんでいた」と番組内でコメント。

2013.12.31 (さくら証言・フライデー)
Y弁護士に依頼した1.000万円を受け取る際、受領サインを求められたことをたかじんに話すと、最後の力を振り絞メモに「現金さくら」と書いてれた。


2014.1.1 (殉愛)
たかじん、さくらに指輪を渡す。
家鋪さくら名でFacebook開設、相原・山田等のテレビ関係者と友達となる。

2014.1.2 (殉愛)
さくら「ねんねしようか」、たかじん「アイラブユー」
さくらはたかじんに睡眠薬を投与。

2014.1.3 (殉愛)
久保田医師が確認、1時34分、たかじん永眠。
この日、たかじんマンションを訪れたのは、松本哲郎、Y弁護士、Kマネ、Uの四人。
(※詳細は殉愛の正体で・揉めた葬儀の段取り)

2014.1.3 (週刊文春)
たかじん長女に連絡しないと言うさくらと、そんな訳にいかないと言うKマネが激しく口論となり、さくらは娘への連絡を渋々了承した。


2014.1.4 (殉愛)
たかじん長女がマンションで、遺体となったたかじんと会う。
(※詳細は殉愛の正体で・長女とさくら初対面の日)

2014.1.4 (女性自身)
たかじんの携帯に登録されている前妻の電話番号が変わっていたことが判明、090が080になっていた。
さくらさんが彼の携帯から彼女に訃報を知らせてきたとき、「登録していた電話番号が変わっていて連絡できませんでした」と言った。

2014.1.5 (殉愛)
たかじん直葬の日、参列者は、長女夫妻、前妻、Y弁護士、松本哲郎、さくら。
(※詳細は殉愛の正体で・直葬の日)

2014.1.7 (女性自身)
実母が息子の訃報に接したのは死から4日後。
「何で言ってくれんかったんや……」と泣き暮らしていたという。

2014.1.8 (伊夫・イヴンtwitter)
mercenary [...] - any person who works solely for money
Essentially a bitch..................
【銭ゲバ】-金でどうにでもなる人。中身は売女…ピッチ.

直葬の日

★火葬場

1月5日、マンションに集まったのは、松本、前妻、Hとその夫、弁護士だ(*Kも参列とする報道もある)。


【引用: 殉愛 392P】
弁護士が顔を見せた途端Hが「遺言書に何て書いてありました?」と訊いた。弁護士は「それはここでは言えません」と答えた。するとHは「あなたはさくらさんに雇われた弁護士ですか?彼女の味方ですか」と問い詰めるように言った。弁護士は取り合わなかった。


さくらは柩の中に、パイプ、タバコ、さくらの手紙、テレビリモコン、腕時計、帽子、レギュラー番組DVDを入れた。火葬炉に入れられたとき、過呼吸を起こしたさくらの背中を前妻が抱きかかえた。

【引用: 殉愛 393P】
待合室に戻ると、Hはお腹すいた」と言って、ビールとつまみを頼んだ。そして泣いているさくらに向かって、「喪主なんやから、しっかりしいや」と言った。
(中略)
炉の前で、前妻が「見たことある? 人体模型みたいで、結構グロいよ」とさくらに耳打ちした。しかし出て来た骨はバラバラだった。Hは「なんや、ボロボロやん」と言い、「係の人に火力が強いんですか」と訊いた。
(中略)
しかし、文春にこう書かれた。
「彼女(さくら)は遺骨を見るや、へらへら笑って『うわあー、焼き上がったマカロン見たーい』と言い放ったそうなのです。これには参列者全員が唖然としたそうですよ(たかじんの親友)」
これは真っ赤な嘘である。


骨上げが終わると全員で食事に向かった。

【引用: 殉愛 395P】
「じんちゃんはええ人間やった」と松本は言った。「松本哲郎の名前で、寄付とかもしょっちゅうしてた」
たかじんが生前から恵まれない子供たちの施設や盲導犬協会に寄付を頻繁にしていた話は、彼自身からも聞かされていたし、彼が亡くなったあとはさくらが続ける約束をしていた。
「そんなことより、おばあちゃんとおじさんにいつ知らせるのよ」
Hがさくらに言った。
「やしきの遺志で、まずテレビ局のスタッフの皆さんに知らせなければならないので、親族の方に知らせるのは、七日の夕方以降まで待ってほしいのです」
弁護士も「はい」と言い、松本も「そらそうや」と同意した。すると、前妻が突然、口を開いた。
「私が言うのもなんやけど、じんちゃんは口ではそう言ったかもしれないけど、本心は違う。家族の立場から言わせてもらうと、じんちゃんすごく優しい人だから、皆に知らせてほしいと思ってるはず」
「でもやしきはまずスタッフに知らせてほしいと言ったんです。それ以外には連絡するなと言われたのに、ここにおられる皆さんには連絡したんです」
「妻が連絡するのは当たり前やろう。お父さんが連絡するなと言ったとしても、それを説得するのが妻の役目ちゃうん」
Hが言うと、前妻も同調した。
「テレビ局のスタッフよりも、親族のほうが大事やろう」
Hはきつい口調で言うと、弁護士に向かって、「そうでしょう」と同意を求めたが、彼は「私は口を出すことは出来ません」と答えた。


さくらが明後日まで待ってほしいと言い、娘は連絡をいれてほしいと言った。
娘は弁護士に遺言書の件を聞きたいと言って残った。松本は「あんなんだから、じんちゃんも嫌いになったんや」と言った。その後、弁護士から「娘が遺言の事でかんかんに怒っている」と連絡が入り、さくらはトラブルの予感がした。

★葬儀形式は直葬だった

さくらはたかじんが希望した密葬を行っていない。密葬とは親近者のみで行う通夜を含む葬儀のことを指す。つまり親族と極近い関係者が参列されるものだ。たかじんの場合は直葬と呼ばれるものだ。(*下記参照)
密葬なのでたかじんは親族と最期のお別れが出来るものだと考えていたはずだ。さくらは当初、娘と前妻も呼ばない算段をしているが、松本と二人で事を済まそうとしたのはどんな秘密があるのたろうか。献身的な妻を世にアピールしていた姿は借り物で、さくらのこころの奥底は・・・真逆の魂が潜んでいるのだろう。


[直葬] 通夜や告別式などの宗教儀式を行わない、火葬のみの葬儀形態。近親者や友人など限られた関係者のみで執り行うケースが多い。葬儀費用が平均18万円程度と安価で、時間が軽減できることが利点である。一方で、十分な別れの時間が取れない、招待しなかった人々からの反感を招く、葬儀後に個別の弔問が多発するといった問題が起こるリスクもある。経済的な問題や宗教観の変化、人間関係の希薄化などにより、2000年以降、都市部を中心に増加している。NHKが2013年に行った調査によると、地域別では関東地方が特に多く、葬儀全体の5件に1件を占めている。

[密葬] ひそかに死者を葬ること。特に、身内だけで内々に葬式をすること。また、その葬式。
本来は、身内だけで簡単な葬儀を行い火葬もすませること。後日、死亡通知を出し本葬を行う。著名人にこの形式をとることが多い。

殉愛文中にある娘と前妻の見解が一般的な社会通念である。この主張をする人達と、秘密裏にことを運ぼうとするさくらとの比較では、どちらを信用出来るかは一目瞭然である。
弁護士も「何も申し上げられない」と言ってるが、密葬の意味を理解しているなら、的確な見解を述べて然るべきだっただろう。

★母の悲痛

「お母さんは、息子が亡くなったことを1月7日に知ったそうです。死から4日後ですよ 関東に住むたかじんの長女から夕方5時すぎに電話があったそうですが、『葬式もすでに済ませた』と言ったそうなんです。お母さんは。息子の死を現実のものと受け止めることができないようで、涙を見せるのでもなく絶句していました」
なんと、実母が知ったときには、息子はすでに荼毘に付されていたのだ。 
(女性自身 2014年01月14日)

★マカロン・人体模型発言

週刊文春では、1月23日号、2月6日号と2号にわたって、未亡人がたかじんの死を彼の実母や実弟にも知らせず、参列者5人だけの火葬ですませてしまったことが報道され、火葬場でたかじんの骨を見て「うわぁ~、焼き上がったマカロンみた〜い」と言い放ったと書き立てられた。 (リテラ) 

殉愛には、この前妻がたかじんさんの葬儀で「人体模型みたいで、けっこうグロイよ」とさくら氏に耳打ちしたとも書かれているが、彼女の親族は憤りを隠さずこう語る。
「本が出て、すぐ彼女から怒りのメールが来ました。『そんなことは絶対に言っていない』と言っていました」
(女性自身 2014年12月19日)

★前妻の携帯電話

たかじんは前妻に看取ってほしいと親族に連絡していたが、2013年8月頃を境に連絡が途絶えたそうだ。この頃にさくらがたかじんの携帯電話を操作し、登録変更や着信拒否設定などを行い、外部との接触を断った可能性が高い。たかじんに電話するとさくらが出た、とのコメントが出始めるのもこの時期頃からだ。

この前妻へのたかじんさんの思いについて、生前の彼を知る複数の人が同様の証言をしている。親族は「闘病中もたかじんさんから連絡があり、細かく検査の数値や治療法などを知らせてきていたそうです。そして何度も復縁したいと伝え、『お前に最期を看取ってほしい』とも言っていたそうです。
最後にそうした連絡があったのは13年8月ごろ。彼女は『一度は愛した人。主人の許可が得られたら私が看取るという選択肢も考えた』と言っていました」と続ける。13年8月といえば、たかじんさんが再発したがんと闘っていた時期。だが急に連絡は途絶え、2カ月後に彼はさくら氏と結婚したのだ。前出の親族がこう語る。
「たかじんさんの携帯に登録されている彼女(前妻)の電話番号が変わっていたそうです。090が080になっていて……。さくらさんが彼の携帯から彼女に訃報を知らせてきたとき『登録していた電話番号が変わっていて連絡できませんでした』と言ったそうです」
それでは、彼からいくら前妻に連絡していてもつながらない状態だったということになる。
さくら氏は「主人は嫌なメールはかたっぱしから消す人だった」と語っており、今となっては前妻とのやりとりを示す証拠はない。
だが彼の弟子の打越元久氏(56)も言う。
「マネージャーのKでさえ、たかじんさんと連絡が取れなくなっていたと言っていました。さくらさんの電話はつながるのですが、彼女が『誰とも話したくないと言っています』と言うので、会うのを控えていたそうです」  (女性自身 2014.12.19)

★さくらと松本の寄付話

火葬後の食事会で、さくらと松本が恵まれない子供の施設と盲導犬協会への寄付の話しをしている。これはたかじんとさくらがエンディングノートについて話した記述と同様だ。しかし後日判明した遺言書での寄付先は、大阪市、大阪あかるクラブ、桃井学園となっていた。
たかじんも松本名で寄付をしていたとの記述と、その後さくらが、大阪あかるクラブと桃井学園へ寄付辞退交渉を行っている事実からの推測として、当初二人は、松本を窓口として子供たちの施設と盲導犬協会への寄付をし、還流させる案を立てていたのではないだろうか。故人に鞭打つ憶測で恐縮だが、たかじんもその形でマネロンをしていたのかも知れない。ならば、たかじんにとって松本の利用価値はそこに有ったのだろう。
さくらと松本が再度同じ形のマネロンを謀ったが、遺言書で違う団体に変わったのは、弁護士に不適格な遺贈先と指摘されたか、或いは何らかの不都合な事情が起きたのだろうと思う。もしそうならこの二人には、たかじん生存中から遺産をめぐる企みが始まっていた事になる。

殉愛のエンディングノート作成時の描写では、たかじんメモリアルを作るとサラッと書かれているが、具体的な創設方法と資金面には触れられていない。遺言書作成時の記述でも同様だ。発刊後に判明するのだが、さくらは9月11日、「たかじんメモリアル」設立を口実に、大阪あかるクラブへ返還交渉に出向いた。この場には著者の百田尚樹とAZITO代表の井関が同行しているが、これは殉愛が発刊される二ケ月前のこと。つまり、百田尚樹は正式な寄付先を知っていながら、殉愛でウソの描写をし、さくらの企みをアシストしたと言える。

(遺言書内容は2014.12発売・女性自身が掲載した。詳細は打算と逆襲カテゴリーにて)

揉めた葬儀の段取り

★湯灌

1月3日

寺田は入浴用の移動ベッドにたかじんを乗せ、入浴室へ向かった。たかじんをベッドに乗せたまま湯船で体を洗った。午前4時頃葬儀社の人が来て、事務手続きを終えて病院を出た。


【引用純愛 385P】
葬儀社の人が遺体を袋に入れてファスナーを閉めるのを見て、さくらはたまらない気持になった。
(中略)
ワゴン車の後ろに遺体を乗せ、さくらはその横に座った。マンションに戻る途中、さくらはファスナーを少し開けた。
「こんなことを言うと変に思われますが、ハニーの息が詰まるような気がしたのです」

マンションに戻ってたかじんをベットに寝かせると、赤いジャケットを着せた。
葬儀社の人と、密葬とする、戒名は付けないことを告げた。葬儀場、柩、花などの打ち合わせをし、火葬は1月5日に行うことにした。

午後、松本哲郎、Kマネ、弁護士に電話すると、それぞれ今日行くとの返事だった。Kマネは「ああ、そうですか。お疲れさまでした」と、あっさりした口調で言った。松本にだけは来てから死を知らせた。
Kが来た。「Uも下に来ている、呼んでくる」と言ったがさくらは断り、押し問答となった。さくらは「ハニーが密葬を望んだ、皆に言うと報道される、それは個人の意思ではない」と言った。

【引用純愛 389P】
「何じゃあ、お前!」Kは大きな声を上げた。「師匠の気持は俺が一番わかっとるんや。俺のオカンが死んだときみたいに、みんな呼んで顔触らせるんや」
「Kさんのお母さんと一緒にしないでください」さくらも負けずに大きな声で言い返した。
「やしきたかじんは私の夫です。妻の私が、夫に言われた通りにやります」
「お前なんか、妻でも何でもないわ、俺のほうが師匠をずっと思ってるわ」
「それなら、どうして、彼が一番大事なときに女遊びなんかしてたんですか」
「なんでお前にそんなこと言われなあかんねん、師匠が何も言わへんかったんやから、ええやないか」
(中略)
「ハニーから私を助けろって言われたでしょう。誰にも言うなって言われたでしょう」
「うるさい!」とKは言った。「誰がお前なんか助けるか、会社も何も勝手にせいや。俺は辞める」
「わかりました。それでは、後日、やしきたかじんが亡くなったことを知らせるために、会社関係のリストをください。それくらいはしてください」
「何でそんなんせなあかんねん。お前一人でやれや。P、I、Sも一人でやれ。俺は辞めたらあ」

Kが帰った後、さくらと松本が話しして、長女と前妻を呼ぶことにした。松本がじんちゃんは前妻に来てほしいはずだと進言した。

★湯灌と納体袋

まず以て驚くのは、死後のたかじんを病院の入浴室で湯灌を行った事だ。そこは一般の入院患者が使用するところなのでにわかに信じ難い。もし本当なら聖路加国際病院の倫理管理が疑われる。通常はエンジェル・サービスまでが病院の役割で、遺体を入浴させる場合は葬祭業者が専用設備で行うのが通例である。
疑うときりがないが、たかじんの遺体を第三者に見られたくない事情が有ったのだろうか。食べ物を詰らせて救急搬送されたとの報道、遺体を「納体袋」に入れてマンションまで運んでいる事と併せて疑問が増幅する。

▼湯灌・納体袋については下記引用を参照

湯灌とは、葬儀に際し遺体を入浴させ、洗浄すること。簡易には遺体を清拭(せいしき)することで済ませる場合もある。故人が男性の場合はその際に髭を剃られ、女性の場合は死に化粧が施される。地域差があり、一般的ではない地域もあるとされる。
葬祭業者の手によって行われ、自宅で葬儀を行う場合などでは給排水装置を積んだ専用車が手配され、葬儀会場へ専用の湯船が搬入される。看護師による簡易な清拭は「エンジェル・サービス」と称される(ウィキペディア)

この本に登場する葬儀屋さんは故人の写真を撮ることを優しい声ですすめた、として好意的に書かれています。しかし病院から自宅へ搬送するときご遺体を納体袋(腐乱死体や警察業務などの際、遺体を収める袋)に収めたため搬送途中で奥さんが「息が苦しそう」ということで、こっそり袋のファスナーを下ろす描写があります。
一般的な病院業務では布担架は使うかもしれませんが、納体袋はコストもかかるうえ
モノ扱いの印象を与えるので、通常使いません。もちろん普段から使っている葬儀社は存在しない、とはいえませんが・・・
あんまり良い葬儀屋さんではなかったのかもしれません。 (考える葬儀屋さんのブログ)

▼納体袋用途
1.一類感染症、二類感染症、三類感染症又は新型インフルエンザ等感染症の病原体に汚染された遺体。
2.血液・体液・排泄物等による接触感染リスク暴露の防止。
3.屋内や野外の遺体の一時期的な安置。
4.又、その後の腐敗臭の防止。
5.損傷のある遺体や腐乱したご遺体におけるプライバシー保護など。
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(モレーンコーポレーション/納体袋が必要な場合)

さくらがたかじんの希望として密葬を主張しているが、さくらが考えているのは事実上「直葬」であり、通夜も葬儀もなく火葬とする形だ。身寄りも側近もいない天涯孤独の身とは比較にならない、著名人であるたかじんの送り方としては異常事態であり、Kマネが激怒するのは当然である。
それにしても松本哲郎に一番最初に連絡し、誰よりも早く掛け付けていたのは何故なのか。その後もさくら側に立った発言を繰り返すのだが・・・。


★殉愛では松本が長女と前妻を呼ぶことを打診したことになっているが、実際は違うようだ。

たかじん長女に連絡しないと言うさくらと、そんな訳にいかないと言うKマネが激しく口論となり、さくらは娘への連絡を渋々了承した。 (週刊文春)

さくらはたかじんの遺言で、さくらとたかじんが親しかった大阪の会社社長だけで密葬を済ませてくれと言われていると主張した。(角岡伸彦著・ゆめいらんかね やしきたかじん伝)

たった一人の娘や親族にも知らせようとせず、Kマネの参列をも阻止しようとするさくらは、一体、何を企んでいたのか。遺産狙いで次々と夫を殺害した京都の筧千佐子と親族縁者を遠ざける発想が似ている。


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