出会い

たかじん本 付箋だらけの殉愛
たかじんの最期を書いたノンフィクション小説「殉愛」の信憑性は地に堕ちた。
次々と明かされるさくら未亡人・驚愕の正体とは・・・。

初めて会ったクリスマスオフ会

★サロン105

2011年12月25日はたかじんとさくらが初めて会った日、たかじんの体調が悪く、恒例のハワイ旅行の代わりに開いたクリスマスオフ会の日だ。さくらが妹の出産手伝いで帰国中なのを知ったたかじんが、以前から誘っていた。
この日の夜、来日したイタリア夫(註・殉愛ではイタリア女性)と食事中に、たかじんから何度も誘いの電話が有り、少しだけ顔出しすることになる。
会場は南堀江にあり、ドアに「たかじんのバー」という暖簾がかかっている「サロン105」だ。

【引用:殉愛29P】
(中略)・・・・「行けたら行く」と返事をした手前、嘘をつきたくないという思いもあった。

【引用:殉愛30P】
男性は自分の席の右側を空けると、「ここに座って下さい」と言った。後にわかるが、彼は女性を隣に座らせるときはいつも自分の右側に置いた。さくらが座ると、彼は「たかじんですぅ」と挨拶した。さくらは「ああ、前にテレビで見た男性はぼくです、と言っていたのは本当だったのだ」と思った。

★夫を置いて出かける人妻

行けたら行くは約束にあたらないと思う。まして、イタリア夫の来日に合わせてホテルをリザーブしている夜である。
ホテルはヒルトン大阪と記されており、殉愛では妹の出産予定日なのでホテルで待機していたとなっているが、一方で、今回の里帰り中は叔父が所有する大阪市内のマンションに仮住まいしているとも記している。妹さんがどこの病院で出産したのか不明であるが、わざわさ大阪駅前のホテルで待機する必要が有るのだろうか。クリスマスに来日した夫の為にリザーブしたと考える方が自然である。
その夜の21時を過ぎ、さほど興味を持っていない中年男性に誘われて、人妻が一人出掛けるものだろうか。少なくとも自分が知っている範囲の一般女性で、このような行動をとる人はいないので理解に苦しむ。
さくらには行かなければならない必然性が有ったのだろうと考えると納得がいく。それは面接だったのかも知れない。後にたかじんから秘書代として受け取った300万円との合点が行く。300万円の範疇が分らないが、一応高額なので、※※が〇〇してのお駄賃込みだったのかなとの勘繰りが働く。
面接だとしたら誰かの紹介だろうが、それは誰だろうか。 個人なのか組織なのか、今現在は怪しいという仮説しか立てられないが、別項で検証していくとしたい。


★「順子」

たかじんが女性を右側に座らせる理由は斜視の影響なのだろうか。 勘ぐり過ぎかもしれないが、後にさくらが主張する左耳の難聴と関連性が有るのだろうか?

この時たかじんは「さくらちゃんのために歌う」と言って、自分の曲である「順子」を、順子のところをさくらと変えて歌い、会に参加していた他の女性の嫉妬をかっている。これは二年後にさくらのために最期に歌ったとされる曲と同じである。

★チョル

【引用:殉愛31P】
歌の途中、別の男性が隣にやってくると、「どこかで会うた?」と訊いてきた。後に何度もさくらを助けてくれることになるこの男性は松本哲郎という男で、たかじんとは三十年来の親友だった。
「会ってないと思いますけど、どうしてですか?」
「じんちゃんが昔、好きやった女に似てる。一緒に皿を買いに行けへんかったかな?」


チョルこと松本哲郎は金スマSPに出演し、「たかじんの昔の彼女とさくらが激似だった」と証言している他、二人の殉愛ぶりの紹介をした。又、たかじんが信頼していたKマネ―ジャーを執拗に批判した人物だ。たかじん死去の報を受け、一番最初に東京へ駆け付けたとされているのも彼だ。
その「昔、好きだった女」は、たかじん京都時代に同棲していた女性を指しているとの説が有るが、たかじんが20代後半の頃の話しだ。それから三十年位経ているのでそれなりの年齢だろう。その女性と間違え「会うたことあるか」と訊くのはナンセンスだ。
さくらの過去の何らかのシーンで出会っていると考えた方が自然だと思う。

嘘から始まる物語

【引用:殉愛26-27P】
この日は妹の出産予定日でホテルの部屋で待機していたが、午後になってもその兆候はなく、夜に友人のイタリア人女性と食事をする予定を入れていた。 (2011.12.25)

★ノンフィクションの書き出しから嘘が散りばめられている。食事をする予定のイタリア人は、女性ではなく男性、しかも「夫」である。このことが後の殉愛騒動の発端となるのだ。

可愛い奥様達が発掘した未亡人のブログによると、イタリア人夫「ハニー」がクリスマスに来日、ヒルトンホテルの部屋でプレゼントを受け取り、和食やお好み焼き、たこ焼きを食べた様子が画像付でアップされている。

▼ブログ「都会っ子、イタリア・カントリーサイドに嫁ぐ」に掲載されている日本食
25さくら食事




ブログ
https://web.archive.org/web/20120109030333/http://ameblo.jp/tiamo-italia/


【引用:さくらのブログ 2011.12.28】
クリスマスに到着したハニー。 
車で空港に迎えに行くと・・・まさかの!まさかのーーーー!!!
あたし、スピード違反で捕まる・・・
え?!?!なんでー???80キロでしょ?? 空港の近く、強風で60キロに変更になったらしい・・・全くつい
いないぜ・・・( ̄ー ̄; とんだクリスマスプレゼントだぜってブチブチブチブチ・・・どうせなら、初パトカーで記念撮影でもしたらよかったよ~!
でもま~、無事にハニーを迎えて、ホテルに着くと、


★愛犬家サークル

たかじんとさくらの出会いはFacebook、犬好き同士の「いいね!」機能からやり取りが始まった。さくらの愛犬は10年も一緒に暮らす雌の「さーちゃん」、たかじんは「一人暮らしなので飼えない」とされている。
さくらはイタリア在住でネイルサロンを営んでいるが、妹の出産の手伝いのため近々日本に帰省する予定等のやりとりが有ったと記述されている。

たかじんはFacbookを開設していたが、生前のタイムラインは削除されている為これらのやり取りは確認出来ない。

★「さーちゃん」この愛犬がさくら結婚歴の発見に重要な役割を持つことになる
いぬ










★たかじんを知らない関西人

驚きなのは、さくらがたかじんを知らなかったことだ。
後に判明するのだが、さくらは高校は明石商業、専門校は大阪、1回目・2回目の結婚も関西だ。
殉愛でも大阪のデパートに勤務したことが書かれている。本人は否定しているが、メディアから北新地でホステスをしていたとの情報も発せられている。中学までの生い立ちは明らかにされていないが、芸能界に最も興味を示す年代は、関西で過ごしたのは明らかだ。「関西の視聴率男」「新地の帝王」と称されたやしきたかじんを知らなかったと言うのは著しく不自然である。

【引用:殉愛 27P】
さくらは日本にいたころから、家庭でテレビを観る習慣がほとんどなく、「やしきたかじん」の名前を知らなかった。それで「日本の犬好きのおじさん」として、たまにフェイスブックでやりとりを交わす間柄になっていた。

【引用:殉愛 28P】
(中略)・・・テレビを眺めていると、面白いおじさんを見た。彼は好き勝手なことを喋ってスタジオ中を歩き回り、揚句は床の上にひっくり返ってみせたりした。「チャーミングなおじさん」と思ったさくらはフェイスブックに「テレビでチャーミングなおじさんを見た」とその様子を書いた。
すると家鋪から「それ、ぼく」というメールが来たが、冗談だと思った。「家鋪隆仁」と「やしきたかじん」が結び付かなかったのだ。(さくらは家鋪隆仁の読み方を知らなかった)

本の代名詞となる「無償の愛」へのエビロークとして大事な部分ではあったのだろう。さくらとしてなのか、作家としてなのか。

(※伊夫との結婚詳細はこちらで・ミステリアスな伊人イヴァンとの結婚と離婚)

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