三田病院

たかじん本 付箋だらけの殉愛
たかじんの最期を書いたノンフィクション小説「殉愛」の信憑性は地に堕ちた。
次々と明かされるさくら未亡人・驚愕の正体とは・・・。

さくらの足跡・再発後~直葬

2013.5.10 (殉愛)
三田病院で若い医師から放射線治療の説明を受ける。さくらは医師の説明の仕方に不満を持つ。
[大阪-東京]


2013.5.13 (殉愛)
三田病院で一回目の放射線治療。その後さくらは一人で東大病院へ出向き、中川准教授に症状説明。中川は放射線治療で第一人者と言われている。


2013.5.14 (殉愛)
三田病院で放射線治療を受けた後、たかじん、Kマネ、さくらの三人で東大病院で中川准教授と会う。放射線治療計画を立てる約束をしてくれた。

2013.5.17 (殉愛)
大阪へ帰る途中、品川駅でFRIDAY記者に撮影され、翌週掲載された。
[東京-大阪]

2013.5.19 (殉愛)
伊丹から羽田に向かう機内で鶴瓶と会う。さくらは鶴瓶と電話番号を交換する。

2013.5 (殉愛)
中川准教授が監修した治療計画にのっとり、三田病院で放射線治療を受ける。
調べると180度回転させながら放射線を当てる新型機器の方がいいことが解る。

2013.5.23 (殉愛)
さくらは新型機器を持つ大阪成人病センター西山副院長と電話で話す。「明日、来てください」と言わる。

2013.5.24 (殉愛)
三田病院で放射線治療を受けた後大阪へ向かい、成人病センターで西山副院長と会う。プライバシーが守れない事がわかり、西山が同じ機器を持つX病院を紹介してくれ、西山が同行して治療計画を立ててくれた。
[東京-大阪]

2013.5.27 (殉愛)
大阪X病院へ入院。ポイント照射と同時に、4日連続の抗がん剤投与を行う事になった。
朝、この日が誕生日のさくらにたかじんがメモを渡した。「何万語、何億語・・・To Sakura Love」と書かれたものだ。
(※詳細は殉愛の正体で・放射線治療をめぐる転院)

2013.6.1 (殉愛)
X病院を退院、通院で放射線治療を受けることにした。

2013.6.2 (殉愛)
たかじんが吐き気を訴え、X病院へ行く。一時間放っておかれたと不満。
たかじんの精神異常が始まり、アカシジアかと疑う。

2013.6.23 (殉愛)
さくら耳鳴りが始まる。

2013.6.24 (殉愛)
さくらはX病院で「左耳の突発性難聴」と診断され、入院を勧められる。医師にたかじんが借りていた特別室へ二人で入院することを申し出るが却下される。
(※詳細は殉愛の正体で・さくらの難聴)

2013.6.25 PIS(登記簿)
P、I、S役員変更。松本哲郎、たかじん母退任、たかじん長女、Kマネ重任。

2013.6.26 (殉愛)
さくらはX病院で、難聴の治療薬一週間分の処方を受ける。

2013.7.1 (殉愛)
X病院での全36回の放射線治療を終える。
さくらが目眩で倒れ、額から出血し意識を失う。
さくらは「免疫療法」をやると決めていた。

2013.7.8 (殉愛)
JR札幌病院鶴間医師が「知り合いの神経科医師を紹介する」と言ったので札幌へ向かう。
[大阪-札幌]

2013.7.9 (殉愛)
たかじんが夜中に吐いたため、AM5時にJR札幌病院で緊急受診、吐き気止め薬を注射される。
昼過ぎにJR札幌病院鶴間医師が往診、採血と点滴を行う。
午後、神経科診療所で減薬の相談をするが、「薬はどんどん増やせばいい。副作用は仕方がない、そのうちに慣れます」と言われる。
さくらは思い切った減薬を決心し、翌日から始める。
(※詳細は殉愛の正体で・減薬と免疫細胞療法)

2013.7.23 (殉愛)
三田病院で放射線治療の一ヶ月検診を受けるため、東京へ。(何故かX病院ではない)
[札幌-東京]

2013.7.24 (殉愛)
三田病院でPET検査を受け、ガンが縮小していると言われた。
樹状細胞ワクチンを作るため、食道ガン細胞と採取した血液を三重大学へ送る。
夜、大阪へ向かう。
[東京-大阪]

2013.夏 (殉愛の真実)
久保田医師が余命半年であることをさくらに伝える。
さくらはKマネ、U、たかじん親族等に報告せず。

(※テレビ局、制作会社へは話した可能性大と思われる)

2013.7.25 (殉愛)
ワクチン治療適合検査の為、神戸のクリニックで採血。

2013.8.1 (殉愛)
神戸のクリニックから、細胞は適合すると連絡が入る。三重大学の検査結果を待つことにする。

2013.8 (女性自身)
「食道がんを患う彼の看病を続けているうちに自身も乳がんとなり、大阪市内の病院で日帰り手術を受けた。お金を下さい」さくらさんがこう言いだしたというのだ。


2013.8 (SPA)
余命宣告を告げられていたやしきさんに、さくらさんが「あなたのがんが感染して私も乳がんになったから、日帰り手術を受けてきま」と言ったという記事がすでに出ていますが、あれは本当の話。
このやり取りを病室で聞いた近しい人が「あの奥さん、アカンで」とやしきさんに忠告したのですが、これに本人も「病気がようなったら別れる」と答えており、やしきさんの奥さんに対する純愛も疑わしい

2013.8 (殉愛の真実)
たかじんは責任を感じて結婚を決意。・・・たかじんさんは「本意ではないが、仕方ない」と漏らしていたんです


2013.8.5 (殉愛)
札幌へ移動。たかじんは「大阪にいるとストレスになる」と言う。
[大阪-札幌]

2013.8.8 (殉愛)
東大附属病院免疫細胞治療学准教授の垣見から連絡が入る。「東大の研究施設と民間の共同で検査してみましょう」と告げた。
次の日、久保田医師が食道ガンの細胞を研究施設に送った。

2013.8.13 (殉愛)
三重大学から、細胞検体から「MAGE-A4」「NY-ESO-1」が見つからなかったとの連絡が入る。

2013.8.19 (殉愛)
たかじんが左の脇下が痛いと言い出し、JR札幌病院で受診するが異常はなかった。
東大垣見医師から電話が入り、「ワクチンを作るために必要なHLAの型が適合した」と告げた。

2013.8.22 (殉愛)
垣見から連絡が有り、「東大は時間がかかる、瀬田クリニックなら速い」と告げられ、瀬田クリニックを選択する。

2013.8.26 (殉愛)
たかじんは試験管3本分の採血をし、東大ラボに送る。脇下の痛みを継続的に訴える。
読売テレビ山西から電話が入り、「たかじんさんが番組を終わらせたがっていると、Uさんが言っているが本当か」と話し、たかじんは、「そんなことはない」と言った。Kマネに、「Uを辞めさせろ」と告げた。
(※詳細は殉愛の正体で・たかじん番組終了騒動)

2013.8.29 (殉愛)
前日のCT検査の結果、左脇下のしこりはガンの可能性も考えられると言われる。
相原からUの件で電話が入る。さくらは、今後仕事のことは私に言って下さいと告げた。

2013.8 (週刊朝日)
前妻はすでに再婚していた、それでも「僕が死ぬまでだけでも一緒にいてくれ。今の夫と籍抜いてくれ。財産はお前に全部やりたい」と説得していた。
私もたかじんさんに「あいつしか看取ってくれる人はおらん。なんとかしてくれ」と説得を頼まれた。13年8月頃までそういう連絡があった。(たかじん親族)

 
2013.9.2 (殉愛)
JR札幌病院でしこりの摘出手術を受けた。組織を冷凍し、待機していた瀬田クリニックスタッフが至急持ち帰った。

2013.9.4 (殉愛)
東大病院垣見医師から電話があり、しこりは転移したガンだったと告げられ、「その細胞からワクチンが作られ、自分のガン細胞から作られたワクチンは最強だ」と言われる。10日、再度連絡があり、6回分のワクチンが作れると言われる。

2013.9.13 (殉愛)
山西と相原が札幌へ来た。たかじんはさくらが作ったスケッチブックのパネルを使い、これまでの闘病記を説明した。

2013.9.17 (殉愛)
瀬田クリニック東京で、アルファベータT細胞療法を受ける。
[札幌-東京]

2013.9.18 (殉愛)
札幌へ戻る機中でたかじんがKマネに言った。「Uを辞めさせたんか?」 Kマネは「僕の方から言います」と答えた。
[東京-札幌]

2013.9.25 (殉愛)
胸いっぱいのスタッフ、中澤、日置、木村が札幌へ来た。

2013.10.1 (殉愛)
体重が58キロまで回復。たかじんが10月10日に入籍しようと言った。

2013.10.3 (殉愛)
戸籍謄本を揃えるために大阪に戻る。相原に婚姻届保証人を依頼。
[札幌-大阪]

2013.10.5 (殉愛)
たかじんがアカペラで「順子」をiPADに吹き込む。
サロン105でたかじん最後となるバースデイパーティを開く。さくらと相原、山西が内緒で企画したもので、テレビ関係者等が19人参加した。揃いのシャツが用意され、
(※詳細は殉愛の正体で・最期のバースデイ)

2013.10.7 (殉愛)
瀬田クリニック東京で「アフェレーシス」を受ける。
[大阪-東京]

2013.10.8 (殉愛)
札幌へ戻る。誕生会の写真を参加者に発送する。
[東京-札幌]

2013.10.10 (殉愛)
たかじんがすまいる歯科で治療を受ける。さくらは札幌市役所へ行き、婚姻届を提出。
たかじんは明年1月8日のハワイ行きのチケットを予約した。二人はただ抱き合って眠った。
(※詳細は殉愛の正体で・札幌での入籍)

2013 (女性自身)
周囲には「さくらとの結婚は本意ではない。最期は2番目の妻に看取ってほしいし、遺産も受け取ってほしい」と漏らしていた。

2013.10.21 (殉愛)
東京へ向かい、たかじんへの結婚記念プレゼントに、渋谷ヨシダ時計店でHUBLOTの時計を購入、シリアルナンバーが8だった。
880万円だったが、たかじんと二年間夫婦として貯金してきたお金で購入した。
[札幌-東京]

2013.10.22 (殉愛)
瀬田クリニック東京で樹状細胞ワクチン療法を受ける。その後大阪へ向かう。
その後、たびたび腹痛を起こす。
[東京-大阪]

2013.10.29 (殉愛)
東京へ向かう。機内で井関猛親とばったり会う。
久保田医師が転院した聖路加国際病院へ行き、診察を受ける。ストレスからくる過敏性腸炎かも知れないとの診断。
[大阪-東京]

2013.10.31 (殉愛)
大阪に戻り、Kマネに入籍を報告し記念のマグカップを渡す。
たかじん「お前にとったら、さくらは社長の奥さんや。そやから気に入らんとか言わんと助けなあかんぞ」
[東京-大阪]

2013.11.8 (殉愛)
腹痛がおさまらず、大阪X病院でCT撮影、胃カメラ検査を受ける。ガンも大きくなっておらず、その他の異常も見つからす。体重は55キロまで落ちている。

2013.11.13 (殉愛)
胃の内容物が逆流、病院の検査では異常なしだった。
瀬田クリニック大阪で樹状ワクチン治療を受ける。神垣医師から腸のためにステロイドを処方される。

2013.11.14 (殉愛)
相原とメッセンジャー黒田がマンションに来た。
相原は冠料の話しを持ち出し、多額の金がPISに振り込まれていると言い、帳簿を調べた方がいいと進言した。
(※詳細は殉愛の正体で・病状悪化とKのトラブル)


2013.11.24 (殉愛)
東京へ行き、聖路加国際病院で受診。多少の狭窄があったが、再発部分に異常はなかった。
[大阪-東京]

2013.11.25 (殉愛)
聖路加国際病院で食道を拡げる施術。
食事を殆ど摂れず、薬も飲めないのですりつぶして服用。

2013.11.26 (殉愛)
聖路加国際病院でプジ―処置と点滴。高カロリー栄養液を処方される。
胃カメラ、腫瘍マーカーに異常なし。

2013.11.27 (殉愛)
悪寒が始まる。食事も喉を通らない。聖路加国際病院でプジ―処置をしたが効果がない。久保田はステント留置を提案した。

2013.11.28 (殉愛)
ステント留置手術を受ける。

2013.11.29 (殉愛)
たかじんのi-padに、男女のあられもない画像が送られてきた。差出人はKマネだった。

2013.12.1 (殉愛)
聖路加国際病院を退院、たかじんはKマネの「解任通知書」作成を知人に依頼。

2013.12.2 (殉愛)
三田病院で栄養点滴。

2013.12.6 (殉愛)
井上公造からさくらにメールが入った。「今日のスポーツ紙に、たかじんさんの結婚報道が出る、日付だけでも教えてほしい」との内容。たかじんは「余計な事は書くな」とだけ指示した。
三田病院で点滴、聖路加国際病院でステントの確認を行った。

2013.12.9 (殉愛)
たかじんに大阪の女からメールが入った。゜「もう結婚しているから、メールは送らないでほしい」と返事し、着信拒否にした。

2013.12.10 (殉愛)
瀬田クリニック東京でワクチン治療を受ける。

2013.12.13 (殉愛)
大阪に戻る。Kマネが駅まで迎えに来た。
たかじんはKマネに、「会社をたたむ、お前もやめろ」と言ったとさくらに言う。さくらは「解雇しなかったのか」と訊くが、たかじんは言葉を濁した。
[東京-大阪]

2013.12.15 (殉愛)
たかじん、尿道の痛みを訴える。久保田医師の指示で抗生物質を投与。痛みが引かず、腹も張っている。X病院へ電話すると、明朝9時に熱が37.5度以上の熱があれば抗生物質が効いていないことになる、と言われる。

2013.12.16 (殉愛)
Iクリニックの看護師が来て点滴。玄関のチャイムを鳴らして逃げていく女性がいた。

2013.12.18 (殉愛)
瀬田クリニック大阪で6回目のワクチン治療。チャイムを鳴らして逃げる女性が現れる。

2013.12.19 (殉愛)
熱が下がらないので久保田医師に電話すると、炎症反応を調べるように言われる。Iクリニックの看護師が来て採血。結果は後日となる。
さくらは東京へ行くことを打診、たかじんが応じる。

2013.12 (週刊朝日)
年末になって、尿の出が悪いということで、血液検査をしたら、体内の炎症を示す数値『CRP』が通常の約50倍出ました。次に測った時には、約90倍に増えており、これはきちんと調べたほうがいいということになり、12月22日、たかじんさんは東京の先生の病院へ行かれました」 (友人の伊東クリニック院長・伊東医師)


2013.12.22 (殉愛)
たかじんの左脇下にしこりを発見。ガスが出ずお腹が張る、熱も高い等の症状があり、久保田医師に連絡すると明日検査しようと言った。

2013.12.23 (殉愛)
東京へ行き、聖路加国際病院で検査を受ける。結果は「腹膜播種」だった。たかじんがベッドで点滴をしているとき、久保田医師はさくらを診察室に呼び告げた、「あと、一、二ヶ月でしょう」
マンションに戻るとたかじんはタバコを吸った、「味もわからん」
(※詳細は殉愛の正体で・絶望の腹膜播種)
[大阪-東京]

2013.12.23 (メモ記入日付)
桃山学園温井校長宛ての「温井メモ」を書いたとされる日


2013.12.25 (殉愛)
エンディングノートを書く。夜、Kマネが来て、たかじんと二人で打ち合わせをする。
(※詳細は殉愛の正体で・エンディングノート)

2013.12.26 (殉愛)
聖路加国際病院入院、皇室も使う特別室だった。
(※詳細は殉愛の正体で・最期の入院 知らされない長女)

2013.12.27 (殉愛)
昼間は麻薬で殆ど寝ていた。たかじんは「親族には知らせるな」と言ったとされている。

2013.12.28 (殉愛)
久保田医師「林さんは、よく頑張っています」と言った。
さくらはテイフアニーの指輪と喪服を買いに行く。

2013.12.29 (殉愛)
Y弁護士が来て、たかじんと遺言書の打ち合わせをする。
Y弁護士、たかじん金庫内の現金2億8000万円確認。
さくらが1000万円持参するよう依頼。

2013.12.30 (殉愛)
朝、久保田医師が来て麻薬を投与。その後「やしきたかじんの意識はしっかりしており、正常な判断力を持っている」と証明書を書く。
午後、Y弁護士と二人の立会人が来て「危急時遺言」を作成。
さくら、Y弁護士から1000万円受取る。
(※詳細は殉愛の正体で・遺言書作成
)

2013.12.31 (殉愛)
たかじん、下顎呼吸始まる、酸素マスク装着。
久保田医師は正月のスキー旅行をキャンセルした。

2013.12.31 (たかじん胸いっぱい2014.1.11放送)
北野誠が未亡人から聞いた話として、「たかじんがNHK紅白歌合戦を見て"綾瀬はるか、これどやねん?"とつっこんでいた」と番組内でコメント。

2013.12.31 (さくら証言・フライデー)
Y弁護士に依頼した1.000万円を受け取る際、受領サインを求められたことをたかじんに話すと、最後の力を振り絞メモに「現金さくら」と書いてれた。


2014.1.1 (殉愛)
たかじん、さくらに指輪を渡す。
家鋪さくら名でFacebook開設、相原・山田等のテレビ関係者と友達となる。

2014.1.2 (殉愛)
さくら「ねんねしようか」、たかじん「アイラブユー」
さくらはたかじんに睡眠薬を投与。

2014.1.3 (殉愛)
久保田医師が確認、1時34分、たかじん永眠。
この日、たかじんマンションを訪れたのは、松本哲郎、Y弁護士、Kマネ、Uの四人。
(※詳細は殉愛の正体で・揉めた葬儀の段取り)

2014.1.3 (週刊文春)
たかじん長女に連絡しないと言うさくらと、そんな訳にいかないと言うKマネが激しく口論となり、さくらは娘への連絡を渋々了承した。


2014.1.4 (殉愛)
たかじん長女がマンションで、遺体となったたかじんと会う。
(※詳細は殉愛の正体で・長女とさくら初対面の日)

2014.1.4 (女性自身)
たかじんの携帯に登録されている前妻の電話番号が変わっていたことが判明、090が080になっていた。
さくらさんが彼の携帯から彼女に訃報を知らせてきたとき、「登録していた電話番号が変わっていて連絡できませんでした」と言った。

2014.1.5 (殉愛)
たかじん直葬の日、参列者は、長女夫妻、前妻、Y弁護士、松本哲郎、さくら。
(※詳細は殉愛の正体で・直葬の日)

2014.1.7 (女性自身)
実母が息子の訃報に接したのは死から4日後。
「何で言ってくれんかったんや……」と泣き暮らしていたという。

2014.1.8 (伊夫・イヴンtwitter)
mercenary [...] - any person who works solely for money
Essentially a bitch..................
【銭ゲバ】-金でどうにでもなる人。中身は売女…ピッチ.

さくらの足跡・発病~再休養

2012.1.2 (殉愛)
たかじんマンションへ行く。お節料理と鯛の尾頭付きが用意されていた。鯛の目を見て「怖い」と言う。

2012.1.3 (伊夫・イヴンtwitter)
伊夫・イヴン、イタリアへ帰国。
※The Gaijin is back to Italy


2012.1.3 (殉愛)
たかじんのマンションへ行くと、友達が7人いた。酔いつぶれたたかじんの枕元に「二日酔いの薬」を置いて帰る。

2012.1.4 (殉愛)
お粥を買って夜9時にマンションへ行く。

2012.1.5 (殉愛)
足裏マッサージをする。マッサージ用オイルはあらかじめ持参していた。

2012.1.6 (殉愛)
足裏マッサージをして帰る。

2012.1.9 (殉愛)
たかじんがお好み焼きを作ってくれた。足裏マッサージをして帰る。

2012.1.11 (殉愛)
たかじんから「イタリアから日本に帰って来てくれへんか」と言われる。さくらは「イタリアと日本に暮らしながら結婚生活をするのも可能じゃないですか?」と答える。
たかじん「向かいのマンションに暮らすねん、あるいは、同じマンションの上と下とか」と言った。
足裏マッサージをして帰った。

2012.1.13 (殉愛)
たかじんのマンションで、300万円渡される。

2012.1.14 (殉愛)
さくら、イタリア行きのチケットの搭乗日変更をした。マンションを貸してくれている伯父に、「2月3日まで日本にいる」と連絡した。

2012.1.15 (殉愛)
たかじんは山王病院で人間ドックを受けるため、Kマネと東京へ向かう。
[大阪-東京]

2012.1.16 (殉愛)
たかじん「食道ガン」が見つかる。さくらはイタリア行きのチケットを縦に引き裂く。

2012.1.17 (殉愛)
帰阪したたかじんを新大阪駅まで迎えに行く。たかじんはKマネに、「さくらをマネージャーにするから、名刺を作れ」と言った。
[東京-大阪]

2012.1.18 (殉愛)
さくらは伯父から頼まれた通訳の仕事があって、たかじんのマンションに行けなかった。
父と兄に、イタリアには帰らないことにした、と伝える。

2012.1.19-20 (殉愛)
住民票や健康保険証等の必要な書類を揃えるために、役所を回る。
イタリアのネイルサロンはスタッフに電話して店をたたんだ。下宿先のママに暫く帰れないので、さーちやんの面倒を見てほしいと頼む。

2012.1.21 (殉愛)
たかじんと京都へ行く。こずこん、アクアマリン、ラボー。朝4時にマンションへ帰り、さくらはベット脇で眠った。初めて泊まった日となった。

2012.1.22 (殉愛)
たかじんは、ガンのことは家族には知らせないと言った。「娘にだけは知らせようと、大事な話があると電話したら、忙しいから行かれへんと言いよった。薄情な娘や」
足裏マッサージをして帰った。

2012.1.22(伊夫・イヴンtwitter)
長い間、妻と会話が無い。
奥さんと2日間しゃべってない、これまでで最長期間だ


2012.1.24 (殉愛)
ガンは悪性だったことが判明。

2012.1.25 (殉愛)
さくらにたかじんのマンションの鍵を渡す。

2012.1.26 (殉愛)
たかじんの番組収録見学の為、さくらが読売テレビに行く。その前に髪を短く切った。

2012.1.30 (殉愛)
医師説明を受けるため、東京三田病院へ行く。さくらとUがたかじんに同行した。診断はステージⅢだった。
たかじんは購入した東京のマンションの決済をする。
(※詳細は殉愛の正体・ステージⅢ)

[大阪-東京]

2012.1.31 (殉愛)
夜、たかじん休養が公表される。

2012.2.1 (殉愛)
たかじんに娘からメールが来た。「なんや食道ガンかいな、自業自得やな」

2012.2.1 (週刊朝日)
Hさんの携帯の記録によれば、この時にたかじん氏に送ったメールの文面は以下の通りだという。
「話したいことあるって言うから何かあるんやろうなと思っていたけど、そういうことかいな。 ショックやな。今週末大阪行くから会いましょうよ」


2012.2.5 (殉愛)
三田病院に検査入院。久保田医師から抗がん剤治療をすすめられる。

2012.2.7
一旦、大阪に帰る。
[東京-大阪]

2012.2.12 (殉愛)
三田病院へ入院。さくらは東京のマンションに住む。抗がん剤治療は13日-17日まで。
[大阪-東京]

2012.2.23 (殉愛)
三田病院退院。東京のマンションで過ごす。

2012.2.26 (殉愛)
大阪に戻る。
[東京-大阪]

2012.2.28 (殉愛)
京都の酵素風呂に数日間通う。

2012.3.1(fridayさくら手記)
2012年3月1日にイタリア人の夫との離婚届が受理され、正式に離婚が成立しました。


2012.3.5 (殉愛)
東京三田病院へ検査入院、二回目の抗がん剤投与。
[大阪-東京]

2012.3.11 (殉愛)
このころから、たかじんが胸の痛みを訴える。さくら病院に泊まり込む。

2012.3.11 (都会っ子ブログ)
帰国予定日前に、父にガンが見つかった。
※当初帰国予定は1月下旬。

2012.3.14 (殉愛)
手術日が4月9日に決まる。退院し大阪に戻る。
[東京-大阪]

2012.3.15 (伊夫・イヴンtwitter)
伊夫、75日も嫁さんと離れ離れ、気が変になりそう、日本に移住を考える時期に来たかなとつぶやく。

2012.3.20 (殉愛)
さくらの父から、「前立腺ガンが見つかった」と連絡が入る。

2012.3.24 (殉愛)
伯父から借りていたマンションから、たかじん自宅真向いのマンションに引っ越す。
派手な女とエレベーター前ですれ違い、「私、今、じんちゃんとやってきてん」と言われる。さくらは足裏マッサージをして帰った。
(※詳細は殉愛の正体・今、やってきてん)

2012.4.1 (殉愛)
東京へ行き三田病院で検査を受け、緊急入院する。カロリー輸血を行う。
[大阪-東京]

2012.4.9 (殉愛)
食道ガンの手術を行う。
(※詳細は殉愛の正体・手術の日)

2012.4.10 (殉愛)
痛み止めの麻薬で幻覚が起きる。

2012.4.11 (殉愛)
夜間譫妄も起き、ICUシンドロームの可能性があると診断される。
(※詳細は殉愛の正体・ICUシンドローム)

2012.4.15 (殉愛)
ICUから病室へ移る。

2012.4.19 (殉愛)
縫合不全と診断され、すぐに手術が行われる。手術中にさくらの妹から電話があり、父の手術日が4月23日に決まったと伝えられる。さくらは父に電話し、立ち会えないと伝える。
夜、たかじんが暴れ出したので、医師たちは縛るしかないと言ったが、さくらは私が見ますと言い、縛るのを辞めさせた。さくらはICUに泊まり込むことになった。
(※詳細は殉愛の正体・縫合不全再手術)

2012.4.22 (殉愛)
病院のプジ―購入資金提供を申し出るため、さくらは伯父に電話し一億円の借金を申し込む。二日後、小切手が届く。
(※詳細は殉愛の正体・プジ―)

2012.4.24 (殉愛)
さくらは一億円の小切手を見せ金に、三田病院にプジ―機器購入を迫る。病院側はお金は受け取れないと断る。

2012.5.1 (殉愛)
たかじん、プジ―治療を始める。
(※プジ―は三田病院が自己資金で購入)

2012.5.9 (殉愛)
病室へヘアーメイクアーチストの和野陽介を呼び、たかじんの髪を切ってもらう。
たかじんは、麻薬と睡眠薬の副作用で、手先が震え声が出にくくなっていた。

2012.5.25(殉愛)
さくらが異形狭心症と診断される。
東京マンダリンホテルで伯父と会い、一億円の小切手を返す。伯父は五千万円入りのバッグをさくらに渡し、「困った時に使え」と言った。

2012.6.5 (殉愛)
マックでフィレオフィッシュとチキンナゲットを買い、たかじんに食べさせる。

2012.6.9 (殉愛)
三田病院を退院し、東京・六本木のマンションに住む。
夜、娘からメールが届いた。「なんかわけのわからん韓国女に世話してもらっているらしいな。いざとなったら、私も出るとこ出るよ」

2012.7.6 (殉愛)
二人の写真が掲載されたFRIDAYが発売される。
(※詳細は殉愛の正体・一回目のフライデー)

2012.7.7 (殉愛)
札幌のマンションに移動する。
[東京-札幌]

2012.7.23 (殉愛)
大阪に戻る。
[札幌-大阪]

2012.7.24 (殉愛)
たかじんはさくら留守中に、マンションに女を呼んで金を渡す。さくらにバレる。

2012.7.下旬 (殉愛)
三田病院で抗がん剤治療の説明を受ける。
[大阪-東京]

2012.7.30 (殉愛)
札幌へ戻る。
[東京-札幌]

2012.8.16 (殉愛)
三田病院で再発防止の抗がん剤投与。
[札幌-東京]

2012.8月 (殉愛)
札幌へ戻る。
[東京-札幌]

2012.9.5 (殉愛)
三田病院で再発防止の抗がん剤投与(2回目)。
[札幌-東京]

2012.9.9 (殉愛)
札幌へ戻る。
[東京-札幌]

2012.9.19 (殉愛)
三田病院で再発防止の抗がん剤投与(3回目)。
Kより娘から預かった手紙を渡される。娘の恋人からのもので、「お嬢さんと結婚します」と書かれていた。同時に娘からは『結婚祝いをして」と言われている。たかじんは不快感を隠さなかった。「一度も見舞いに来んと、・・・・・これからは旦那に養ってもらえ」
[札幌-東京]
(※詳細は殉愛の正体・長女からの手紙)

[東京-札幌]
2012.9.27 (殉愛)
JR札幌病院で腸閉塞と診断される。4回目の抗がん剤治療をキャンセルした。

2012.10.5(殉愛)
たかじん63回目の誕生日。フェースブック事件が起き、「変革の誕生日」がアップされる。

(※詳細は殉愛の正体・フエースブック事件)

2012.10.24 (殉愛)
イタリアに預けていた「さーちゃん」がガンにかかる。

2012.11.12 (殉愛)
札幌駅地下街で「海賊と呼ばれた男」を購入。

2012.11.16 (殉愛)
東京でPET検査を受ける。異常なし。
タカじんメモ「死ぬ前にさくらとやりたい。そのまま腹上死もええ、たかじんウケるで、ハワイで何とかする!勝負や!!」
[札幌-東京]

2012.11.20 (殉愛)
羽田空港からハワイ到着。
さくらはソファで寝る。
[東京-ハワイ]

2012.11.29 (殉愛)
さーちゃん、死亡。イタリアのママは「今、一緒にいる彼を大切にして」と言った。

2012.12.12 (殉愛)
さくら、手を切る。(※詳細は殉愛の正体・さくらの怪我)

2012.12.20 (殉愛)
三浦とゴルフに出掛ける。
アラモアナショッピングセンターのティファニーで、「梅干し大のダイヤの指輪」を買う。数百万円をキャッシュで払った。たかじんからさくらへの婚約指輪と書かれている。

2012.12.24 (殉愛)
たかじん、さくらに指輪を渡す。

2012.12.25 (殉愛)
ハワイへ、相原康司、山田晃、松本哲郎が来た。三浦夫妻を加えてクリスマス・パーティーを開く。
席上、相原がたかじんの復帰を打診する。

2012.12.31 (殉愛)
カウントダウンパーティに参加、新しい服を買い、カメラマンの梅田にツーショット写真を写して貰う。

2013.1.15 (殉愛)
ハワイへ、読売テレビ・山西敏之、エックスⅠの日置圭信、橘庸介が来た。復帰に向けての話題とKマネの誹謗中傷話しが有った。

2013.1.19 (殉愛)
エックスⅠの長谷川社長がハワイへ来た。たかじんの体重は61キロまで回復し、復帰を前倒ししようかと考え始める。

2013.1.30 (殉愛)
相原康司 と井関猛親がハワイへ来た。井関はさくらに、「たかじんのお世話をしてくれてありがとう」と頭を下げた。
井関は2011年春に、胸が痛いと言うたかじんに、大阪市内の総合病院を紹介している。そこで突発性狭心症と診断されており、これは誤診だった。
この時の話し合いで、三月末のたかじん復帰が決まった。

2013.2.17 (殉愛)
復帰前健診のため、一時帰国。
[ハワイ-東京]

2013.2.18 (殉愛)
三田病院でPET検査。何ヶ所か光る部分が有ったが、マーカー値に異常がなかったため、炎症痕とだろうと診断され、復帰がほぼ決まった。

2013.2.19 (殉愛)
大阪に戻る。
[東京-大阪]

2013.2.21 (殉愛)
たかじんは相原と新地へ飲みに行く。たかじんが忘れた電話が鳴った。さくらが出ると女の声で言った。「明日、パンツ穿いていかへんから楽しみにしといてや」

2013.2.22 (殉愛)
さくらは電話の女と会いたくないと思い、街を歩いた。「私はいつか捨てられるかもしれない」と思った。
さくらが部屋に戻るとたかじんは「金だけ渡した」と言った。さくらはたかじんの二つの携帯と記録用の携帯に登録された女のアドレスと番号を削除した。「早よ、ださんかい」と怒声をあげたのは、この時のことだ。 (※詳細は殉愛の正体・早よ、出さんかい)

2013.2.24 (殉愛)
二人は再びハワイへ向かう。
[大阪-ハワイ]

2013.2.26 (殉愛)
二人で行ったゴルフ場で、島田紳助に会う。

2013.3.7 (殉愛)
テレビ大阪・田中威士と徳岡敦朗がハワイに来る。

2013.3.8 (殉愛)
ダイヤモンドヘッドが見える墓地を購入。

2013.3.9 (殉愛)
アラモアナショッピングセンターのティファニーで、ダイヤの指輪のグレードアップをする。

2013.3.13 (殉愛)
ハワイから日本・大阪へ向かう。
[ハワイ-大阪]

2013.3.20 (殉愛)
読売テレビ・越智会長、山西局長と食事会。
(※詳細は殉愛の正体・読売テレビ会長と食事会)

2013.3.21 (殉愛)
たかじん「たかじん胸いっぱい」で復帰。さくらはスタジオ行きを希望したが、叶わず。

2013.3 (女性自身)
たかじんは母親をスタジオに招待していた。実現しなかったが、脳梗塞で大変だった母親を励ましたかったのでしょう。


2013.3.22 (殉愛)
「たかじんのそこまで言って委員会」収録。さくらはスタジオに呼ばれず。
収録後、たかじんは、カメラマンの梅田、藤田和也、富田龍一を連れて帰宅した。彼らはKマネの計らいでスタジオに招待されていた。
(※詳細は殉愛の正体・テレビ復帰の日)

2013.3.23 (殉愛)
「たかじんNOマネー」収録。帰宅したたかじんは、橋下徹大阪市長を連れていた。
相原、徳岡も合流した。

2013.4 (週刊ポスト)
週刊ポスト紙に、謎の「30才年下看病妻と婚約、復帰報告パーティ!!」の招待FAXが届く。
記者が「ご結婚おめでとうございます」と声をかけると、たかじんは怪訝な顔をした。

(※詳細はこちらで・やしきたかじん 婚約の真相は)

2013.4.21 (殉愛)
安全地帯コンサートに行くが、たかじんは「しんどい」と言い、途中で帰ってきた。

2013.4.21 (殉愛)
早朝、たかじんは胸の痛みで目を覚ます。伊丹空港から東京へ行き、三田病院で検査を受けた。
結果は再発。久保田医師は、抗がん剤治療と放射線治療を行うと言い、これが効いたとしても余命は半年から来年の夏ーー」と告げる。
たかじんとKがマンションに帰ったあと、さくらは一人で久保田と会った。「治療をしなければ、半年も持たないでしょう」と宣告された。
その夜、大阪に戻った。
[大阪-東京]
(※詳細は殉愛の正体・ガン再発)

2013.5.2 (殉愛)
たかじん、Uに連絡し「明日の収録は無理」と伝える。

2013.5.8 (殉愛)
PISがたかじん再休養発表。

プジ―

★1億円

さくらがネットで調べると、食道が手術後に狭窄を起こした場合、「プジ―」という医療器具を使うと回復が早くなると知った。しかし、三田病院に旧式のものしかなく、順天堂大学等数病院に電話して詳しく訊くと、最新式の機器の方が効果が格段に高いとのことだった。
三田病院に導入を願い出るも「予算の問題」で難しいとの事だった。さくらはお金で済む問題なら自分でなんとかしようと考えた。
4月22日、伯父に電話して一億円をを無心する。病院にそれを見せて自家談判するつもりだったようだ。伯父はあまりの巨額に躊躇した。


【引用 :純愛 137P】
「そやけど、お前がそこまで言うんや。五千万円なら、貸してやる」
「一億円貸してほしんです」
伯父は電話の向こうで大きなため息をついた。
「住んでるのはどこや、小切手を持っていかせる」
(略)・・・・・さくらはプジ―の金額を知らずに一億円を見せると決めたが、病院はそのお金は使えない、導入は検討するとの返答だった。
たかじんは二カ月の絶食が必要と説明に来た医師達の伝え方が事務的だと批判している。「彼らにとって、たか
じんは患者の一人にすぎない」それが悔しかった。

★正体不明な伯父

またまた伯父さんの登場である。空いてるマンションを貸してくれたり、一億円をポンと貸してくれたり、5.000万円をくれたり、カトリックの洗礼を受けた時の代父であったりする。お金持ちなのは間違いないのだろうが何者なのだろうか、名前も職業も明かされていない。
何よりこの件を知るとたかじんは怒るはずだ。見しらぬ人からの借金は嫌がるだろうし、それ以上のお金を彼は持っている。
借りた一億円も所詮見せ金の意図が窺え、当然、病院はにべもなく拒否した。金額の割にあっさりとした記述に呆気に取られてしまい、意味のある項であったか疑問、さくらのこけおどしに百田尚樹が乗せられてしまったのか。(※伯父の詳細はこちら・謎の伯父)

▼たかじんが手術を受けた三田病院
三田










★クレーム

病状説明は事務的に聞こえるものだ、余計な形容詞を使われると謝った認識を持つことになるからだ。さくらは「自分の家族がそうなったら淡々としていられるか」と泣きながら訴えたと言うが、失礼な言動を除き、言い方が悪いとの批判はクレーマーそのものだ。
しかし久保田医師だけは別だったと記してあり、たかじんの希望で主治医になった。この久保田医師こそが後に聖路加国際病院に移動し、たかじんの死亡診断書を書いた医師である。金スマにも出演した。

縫合不全再手術

★ぺちゃんこになった肺

4月18日夜、久保田が縫合不全の疑いがあるとして、ドレーンを挿入して肺近くの膿を抜いた。たかじんは、痛みで「うーん!」と大きな声をあげた。

4月19日、検査の結果「合併症・縫合不全」と診断され再手術を受けることになった。ほころびから洩れた膿が流れ出し、肺を押しつぶしてぺちゃんこになっていたのだ。
肺を取り出してドレーンを三本入れる大手術となり、たかじんの手術は六時間で終え、竹中看護師長に「生きてるのが不思議なくらい」と言われた。


★でしゃばり気質

【引用: 純愛133P】
今回の縫合不全は自分が異変に気付いたから発見できたとも言える。
(中略)
すべてを医師と看護師まかせにしてはいけないと思った。彼の命を守るのは四六時中そばにいる自分の役目だ。・・・・・自分も病気と治療に真剣に向き合い、もっと勉強しようと決めた。


「自分が見つけた」「四六時中そばにいる」「父よりたかじんが大事」、"純愛設定"に重要なパーツの言葉が並ぶ。
医師と看護師に任せておけないとは、知識も経験もないさくらが何を出来るのか。周囲の者が知識を持っておくのは大事だが、聞きかじりの知識で中途半端に口を出すのはクレーマー予備軍と化すだけで、病院にとっては迷惑なことだろう。

又、再手術後の譫妄状態がひどく、医師はドレーンを抜こうとするたかじんをロープで縛ろうとしたが、さくらは「夜の間は私が見ますから、彼の手足を縛らないで」と訴えた。医師が認め、これ以降、ICUに泊まり込むことになったとある。
医師が指示した処置を曲げてまで付添いをICUに泊まらせたり、患者を見させたりする病院はないはずだ。三田病院はこんな表現をされて黙認してるが、本当に大丈夫なのか。

★手術への指摘

「縫合は医療機器を使って自動的に止まるんですね。それを使っている以上、医師の腕に差はないんです。ただ手術の前に抗がん剤とか放射線とかを入れると、分かりやすい話が筋肉がボロボロになるんです。」
(たかじんの長年の相談役である形成外科医「伊東信久」の証言)
たかじんは、伊東医師から紹介された大阪市立大病院に当初入院していたが、さくらが紹介したとされる三田病院へ転院した。
(角岡伸彦著/小学館・ゆめいらんかね やしきたかじん伝)


伊東医師が言う医療機器を使った縫合とは、4月9日に施術された一回目の手術のことを指している。この手術は内視鏡手術(今回は腹腔鏡)と言われるもので、創が小さく術後回復も早いのが利点とされている。しかし、食道がん手術の場合はガンに冒された食道を切り取り、食道の代用として持上げられた胃と残された食道を繋ぐことになるが、縫合機器を利用した場合は繋ぎ目ぎりぎりを縫合する為、ほころびが出る可能性が高い。伊東医師が指摘しているように、特に細胞が脆くなっている抗がん剤を利用した後の手術では、開腹により縫い代に余裕を持たせた処置が必要になる。
たかじんの場合はまさにこのケースに該当している。
殉愛では腹腔鏡手術に一切触れておらず、むしろ手術のミスではなく、患者の誰にでも起こりうると記している。この時の執刀医は宇山医師とされているが、主治医はたかじんの死亡を確認した久保田医師である。久保田医師は殉愛の重要なポイントに登場し、金スマにも出演してさくらの看病ぶりを高評価した人物であるが、その殉愛の中で表現されている不可解な医療行為やたかじん死亡のシーン等に関しては一切無言である。
医師の守秘義務はあるだろうが、殉愛は圧倒的なノンフィクションとふれ込まれた小説である。あまりにものミステリーゾーン化に、久保田医師をグレー視するたかじんファンやネット民が多い現状であり、さくら未亡人に呈されている問題を抱えているのかとの疑念も沸く。それがあるとするなら自分の推測では、結果的に縫合不全を起こした一回目の内視鏡手術が、その突端だったのではと思う。


★父のガン

【引用: 純愛131P】
(4月19日)手術中に、妹から電話がかかってきた。
「お父さんが二十三日から入院するの」妹は言った。「それで二十五日に手術することに決まった」
まさかこんなときに父の手術の話を訊かされるとは思わなかった。
「お姉ちゃん、帰ってこれる?」
「ごめん、今は無理。たかじんさんが大変なときなの」
事情を説明すると、妹は「仕方がないね」と言った。

その後、父に電話をするとかんかんに怒り、これ以降勘当状態にされたというが、父のガンはイタリアで待つ夫と家族へのいい口実になった。実情は乳飲み子を抱えた妹さんに任せたわけだが。

ICUシンドロームとドレナージ

★夜間譫妄

痛み止めの麻薬を投与したので夜間譫妄が起きていた。医師はICUシンドロームかも知れないと言った。


【引用: 純愛 127P】
ある夜。
「さくらはぼくが本気で惚れた女や。あんな女はおらん」
譫妄状態で会話しているとはいえ、自分のことをそんなふうに言ってくれるのは嬉しかった。
しかしこんなこともあった。
「えらいこっちゃ、さくらにTのことがバレてもうた」
どうやらこの前の浮気の件のことらしい。
「Tはあれをするだけの女やけど、さくらにはわかってもらえへん」
これには、苦笑いするしかなかった。
(中略)
「変な話しなんですけど・・・・・」とさくらは笑いながら私に言った。
「夜間譫妄でいろんな話をきかされたことで、ようやく浮気を許す気になったような気がします。それに、彼が本当に私を愛してるということもわかりました」


こちらも苦笑いするしかないのだが、一人語りは変幻自在だ。
まず基本的な事だが、三田病院は付添いがICUに長時間滞在することが許される病院なのか。 しかも夜のことだ。通常は面会時間の範囲内で短時間が常識だ。特にICUでは感染の問題が出てくる。この記述が本当なら三田病院の管理体制には不備があると言えるだろう。

自分も術後にモルヒネを使った人を数人見てるが、譫妄が起きた人はいなかった。看護師達も夜間譫妄が起きないために、昼間は寝せないような薬調整をしたり運動をさせたりするからだ。
たかじんは数夜にわたり、かなりの人数の女性関係を話したようだ。同じICUでも重篤状態での治療と違い、一応手術は成功と言われた患者が、そこまで重いICUシンドロームを起こすものか疑問だ。たかじんは薬品に過敏な体質だったり、その設定が必要だったのかも知れないが、看護計画の甘さを指摘したい。

▼ICUシンドローム
無音のICUに長時間居続けると、死の恐怖と不安で、不眠になったり、幻覚を見たり、鬱になったり、幻覚を見たり妄想を抱くようになったりすることがあるという。 (純愛・三田病院医師)

★傷口に針をさした

【引用: 純愛 129P】
四月十八日の夕方、たかじんが傷口の痛みを訴えたため、腫れている傷口に針をさすと、中から大量の膿とリンパ液が出てきた。たかじんは顔が真っ白になって、そのまま気を失った。ただ、まもなく呼吸がヒューヒューという音に変わった。さくらは何か異変が起こっているに違いないと思い、すぐに検査をしてほしいと看護師に伝えたが、担当の医師たちはたまたま学会に出席中で不在だった。
(略)夜、学会から戻った久保田医師から縫合不全の疑いがあるのでドレーンを入れると説明がある。

★違反行為

その後傷口に針をさす行為が書かれている。他の行為は担当者名か職名が書かれているので、さくらが行ったのかとネットで指摘されている。純愛133Pにも自分が縫合不全を発見したとも言えるとの記述がある。そうだとすると「皮下膿瘍に対する穿刺ドレナージという医師法違反行為」の可能性がある。

▼ネットでの書込みで次のように指摘されている

医療関係者です
殉愛読んでませんので、詳細分かりませんが、分かる範囲で。
「傷口に針を刺したら膿を出す」の描写ですが、医学的には「皮下膿瘍に対する穿刺ドレナージ」と表現します。状況から察するに、たかじんの食道癌手術が頸部吻合だったと予想されます
(吻合部位が大きく分けて頸部と胸腔内とに分けられますが、胸腔内吻合であれば、縫合不全が
発生してしまうと、胸腔内に膿瘍を形成しますので、表皮から針を刺す程度では排膿できません)。
だとすると、傷口は前頸部にある創ということになります。これだと、【頸部吻合部の縫合不全→皮下膿瘍形成→穿刺ドレナージ】という流れが説明できます。
ただ、この行為を医師が行う場合、まず①エコーで液貯留を確認、②消毒、③局所麻酔、④穿刺という過程を必ず踏みます。膿はドロドロしてますし、縫合不全からの膿瘍であれば、通常は穿刺排膿だけで済ませるということはなく(また膿が貯まるから)、メスで切開してドレナージすることの方が多いです。
これらの行為を本当に医師でない者が行ったとすれば、医師法違反(医師以外が医業をなしてはいけない)のみならず、傷害罪に問われかねません(麻酔してない?針は滅菌されたものなの?)。
この描写が事実だと主張されるなら、違法行為であることに間違いはないでしょう。

(※医療系サイトでも同様の見解が掲載されている)

★医師不在

又、担当の医師達が学会等で全員不在となることは有り得ない。夕方の出来事とぼかしているが当直医も必ず待機している。三田病院はこんな書き方をされて黙認するのだろうか。

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