イヴン

たかじん本 付箋だらけの殉愛
たかじんの最期を書いたノンフィクション小説「殉愛」の信憑性は地に堕ちた。
次々と明かされるさくら未亡人・驚愕の正体とは・・・。

ミステリアスな伊人イヴァンとの結婚と離婚

★騙されたたかじん

次の引用を読むと分る通り、殉愛でさくらは独身女性として登場しており、これは全編を通じて言えることだ。しかし早々に過去の結婚歴が暴露されるに至り、同時に重婚疑惑も持ち上がった。
 (※詳細はちらで さくらを通り過ぎた男達 偽りの独身 )

【引用:殉愛 39P】
「イタリアには彼がいるの?」
「親しい男性はいます」
「恋人じゃないの?」
「違います」とさくらは答えた。「でも、父は彼と結婚したらいいと言いました」
たかじんは少し驚いた顔をした。
一年前、さくらの父がイタリアに来た時に、その彼を見ていたく気に入ったのは事実だ。また、彼からはプロポーズもされていた。もっとも彼と結婚するイメージは湧いていなかった。


これらの経歴の中で、さくらの不可解な証言が繰り返されるのが、最初に判明したイタリア人男性イヴァンとの結婚から離婚に至る時系列だ。まずはさくらの手記を引用する。

出会いは2008年春、遠距離恋愛の末、同年12月に日本で入籍した。
2009年の春にイタリアで夫婦生活をスタートさせたが、すれ違いにより、2010年の春に別居。
家族を安心させるため、
和気あいあいとした写真をブログにアップした。
2011年5月から離婚に向けての話し合いを始め、2012年3月1日正式に離婚が成立した。
(Will 2014.12月発売号)

2008年の春に私はイタリア人男性とステイ先で知り合い、その年の12月に入籍をし、2009年にはイタリアに移住しました。しかし、文化の違いからか結婚生活が難しいと判断し離婚を考えるようになりました。

当時私はイタリアでネイルサロンを開いており、知人の勧めでブログを始めました。そこでは実際には異国での生活に心身ともに疲弊していましたが、あえて夫婦仲が良好であるがごとく内容をブログに書くことで日常生活を忘れることができました。

2010年3月頃から夫婦は別居状態となりました。そして2011年ころから二人は離婚に向けた話し合いを始めました。そして正式な離婚手続きをするために日本に帰国しました。そして12月に夫が日本を訪れ、離婚合意書面にサインをし (※註・2012.3.1) 離婚が成立したのです。
(FRIDAY 2014.12.12号)

百田尚樹が「作家タブー」を利用して掲載させたと言われる、週刊新潮、FLASH等も同内容の手が掲載された。複数の天下の大出版社がミスプリントするとは思えないが、そうではないのなら、さくらの証言は真っ赤なウソだと思う。さくらと妹のSNSから事実を追ってみる。

2009/12/6 さくら「mixi」
ルミナリエ通り横のホテル・ヴィラマーレリザーブ
彼からプロポーズは受けたが指輪はまだだったが、レストランで受け取る。
・・・ここで指輪なら、2008年入籍一年後に貰ったことになる。常識的には考えられない。プロポーズを受けたと表現してるのは、結婚に至っていないという意味だ。

2010/2/17 さくら「都会っ子ブログ」
一個違いの日本に残した妹が結婚します。(正確には入籍は済ませていたので、結婚式です)

2月22日だから、ふ(2)ーふ(2)の日であります( ´艸`)

よく考えると・・・姉妹揃って同じ年に入籍をし、同じ年に結婚式を挙げる・・・そりゃあお父さんは寂しがっています。幸い妹のおうちは近くだけれど、あたしはそうとう遠いし・・・ヽ(;´ω`)ノ

ちなみに・・・あたしたちはクリスマスに入籍をし、2010年10月10日に式をしようと思いましたが・・・日曜日のため、クリスチャンにとっては大事なサンデーサービスの日ですから、もちろんできません。
・・・同じ年に結婚式とは2010年のことですね。

2010/2/22 さくら「都会っ子ブログ」
妹ちゃんの結婚式のため、前泊でホテルにいます。なんだか、自分のくらい緊張(>∀<)
・・・そう、2010年ですね

2010/03/17 さくら妹のブログ
「そんなイバンくんも5日にイタリアへ帰国。
ねーたんは今日イタリアへ発ちました。 」
「そうなんです、ふたりはこっちで入籍を済ませ
イタリアでの新婚生活に入ります。 」
・・・新婚生活に入るためイタリアへ向かった3月に、別居生活に入ったとはこれいかに!!

2010/4/14 さくら「都会っ子ブログ」
さてさて、あたしたちはカトリック教徒として、結婚前に「フィアンセコース」なるものを他のカップルたちと受けたんです。「離婚」が良しとされていないので、事実婚が多いのもイタリア。それでも結婚するのだから、失敗がないように・・・結婚とは何ぞや?っていう勉強をドン(牧師)とします。

約2ヶ月、7回にわたり行われたコース…(あたしは最後の1回だけ参加(・Θ・;))
・・・2010年9月の結婚準備ですね

2010/9/25 
イタリアでの結婚式。イヴァンの親類がF.Bにアップした結婚式画像が発見される。さくらの父・妹が参加した画像も。
・・・別居中に結婚式ですか!?父と妹も出席していますが。

2010/9/26 さくら妹のブログ
イタリアで過ごす3日間と題されたブログ記事で、9月26日はベネチア周遊へ出掛けた様子をアップ。イヴァンの実家と、イヴァンと妹の2ショット画像が貼られる。
・・・前日の結婚式参加に続く旅行ですね。

2011/12/24 さくら「都会っ子ブログ」
クリスマスイヴですね~!
皆さんは、いかがお過ごしなんでしょうか??
あたしにとっては、「結婚2周年イヴ」「ハニー、日本来日イヴ」でもあります。
・・・結婚二周年イブなので2009年12月入籍ですね。イヴァンが来日して二人がクリスマスをエンジョイしている画像がたくさんアップされていますね、リザーブしたヒルトン大阪のルームも素敵でした。

2011/12/28 さくら「都会っ子ブログ」
イタリアから、たくさんプレゼントを持ってきてくれたハニー。
無事にハニーを迎えて、ホテルに着くと、ホテルの方にもお祝いしていただきました。
あたし、日本でしか買えないであろう、本人の欲しい物をあげようと思っていたので用意していませんでしたが、ハニーからはアクセサリー。新年のランジェリーは今年は回避できました!!
・・・離婚協議を重ね、離婚合意書にサインするために来日した夫との姿とは思えないショットの数々でした。イタリアでは離婚記念にアクセサリーをプレゼントされるのですか。

さくらが百田尚樹の圧力で書かせた週刊誌掲載の手記は、時系列が子供でも不思議に思うほど滅茶苦茶であることが分る。なぜ、こんな愚挙に出る必要があったのか。それはネットでも騒然となった「重婚疑惑」を原因とする。重婚が事実なら、さくらが一人占めを目論んだ遺産相続資格を失うことになるからだ。まずは次のブログを読んでおいてもらいたい。

2012/3/12 さくら「都会っ子ブログ」
帰国予定日近くに父に癌が見つかりました。。。一人の方から、わざわざ何度も、夫をイタリアに残してとか、実家に帰りすぎで甘えてるとか書かれました。母がいない中で、病気の自分の親を優先するのが間違いでしょうか?
また、夫婦で話し合い、今の形を納得して、毎日連絡して話しているにも関わらず、。。
・・・父と言ってますが、付添いしていたのはたかじんですよね。と言うより、3月1日に離婚が成立しているのに、「夫をイタリアに残して」とか、「夫婦で話しあい、今の形を納得して、毎日連絡して」とはどんな意味??もしかして離婚は成立していない!?或いは、イヴァンが離婚を知らないだけ!?それなら離婚届けは勝手に提出したことになりますが。

さくら「都会っ子ブログ」 さくらmixi さくら妹ブログ

退屈なイタリアの結婚生活と、有名な芸能人であり経済的に裕福、かつ余命が短いことが予測されるガン患者であるたかじんの妻の座を天秤にかけたのだと思う。

★重婚疑惑、イタリアでの離婚は未成立か

重婚疑惑が白熱し、鎮静化を謀るさくらは週刊新潮誌上で「離婚届受理証明書」を掲載させる。これは日本国内での離婚手続きを意味するものだ。

▼週刊新潮に掲載された日本での「離婚受理証明書」
受理証明書 離婚















この証明書では「届出日」「受理日」「さくら」「イタリア共和国」の文字が判読可能なだけ、さくらの姓、本籍、生年月日、イヴァンの姓名、生年月日、二名必要な保証人名、発行者名が伏せられた、厳密には信用に足ると言えない代物である。個人情報保護の観点は理解できるが、もう一歩、信憑性に足る形であれば納得出来たであろう。

一方、イタリアでの手続きはどうなっているのであろうか。この点について、さくら側は一切触れていないのだが、触れられない事情があるのだ。イタリアでの離婚手続きについては専門家の見解を引用する。

国際結婚や離婚は、双方の国で書類を提出するのが原則。
イタリアで婚姻届を提出していた場合、離婚するにはまず別居の申し立てが必要。
そこから3年後を待って裁判所へ申請し、離婚が成立する
さくらの主張では離婚への話し合いを始めたのは11年5月。
イタリアで結婚届を提出していれば、離婚が成立するのは早くて14年5月以降。
(行政書士・荒木康宏/女性自身)

イタリアでの協議離婚の第一ステップは「別居」の申請から始まります。
この申請は、正式書類を作成の後、この書類を裁判所の事務所に届け出て、裁判の予約をします。
市町村にもよりますが、ミラノでは、この予約から通常5~6ヶ月後に、裁判の日程が設定されるようです
(excite bit)

さくらはイタリアでの離婚が成立する法律を知っていたのか、重婚疑惑が持ち上がってから調べたのか、2013年10月のたかじんとの入籍が正当だと主張したかったことは間違いない。2009年12月の入籍を2008年と偽り、新婚生活をスタートさせるべく渡伊した2010年3月に別居が始まったと狂言し、家族も出席した2010年9月の結婚式は家族を安心させるためと言い訳する。重婚と認定されると相続欠格となるので、別居から三年経ないと離婚が成立しない国際結婚ルールを踏まえた作り話であり、全て、遺産相続権を守るための"真っ赤なウソ"以外の何物でもない。

たかじんと知り合ったとされる2011年のクリスマスシーズンは、イタリア夫と大阪で過ごしている。ブログでの様子からは、さくらが言う離婚合意書にサインをしたとは考えられない親密さである。「受理証明書」のとおり2012年3月に離婚届を提出したのであれば、たかじんと何度もキスをした後の出来事となり、経済的に申し分ないたかじんを選んだのだろうと思う。
その後のさくらのブログに、「夫婦で話し合い、今の形を納得して、毎日連絡して話している・・・」と書かれているが、日本に留まる原因を父のガンと言い含め、イヴァンとの間には夫婦としての認識が継続していたのではないか、としてもおかしくない。次のツイートは離婚が成立した2012年3月1日以後に投稿されたものだ。

2012.3.15 (伊夫・イヴァンtwitter)
75日も嫁さんと離れ離れ、気が変になりそう、日本に移住を考える時期に来たかな。

・・・伊夫は離婚した意識など毛頭ないコメントだ

FRIDAYが掲載したさくら手記によると、たかじんはさくらの離婚歴を知っていたと書かれている。要旨は次の通りだ。

イタリア人夫の離婚のこと、過去の出来事を打ち明け、弁護士などいろいろサポートすると言われた。
イタリア人夫と知り合う前にも離婚歴があったが、そのことを話すと、「おもろいやん!」と笑ってくれて救われた。 (Friday)

信用するに足る手記かどうかは不明だが、ならば、冒頭に殉愛から引用した、「イタリアには彼がいるの?」「親しい男性はいます」「恋人じゃないの?」「違います」。恋人にとどまらず夫までいた身において、この会話が書かれる「殉愛」とは何なのだ。

さくらの足跡・たかじん逝去後

2014.1.5 (殉愛)
Y弁護士がさくらに電話、娘が「娘に一切相続させない」と知って、カンカンになって怒っていると知らせる。

2014.1.5 (Y弁護士解任陳述書)
さくらがY弁護士に、「長女への遺産相続を1億円で納得させてほしい」と持ちかける。


2014.1.6 (殉愛)
骨壺と共に新幹線で大阪へ。
車中、遥洋子にメール「明日お茶しないかと、ハニーが言ってます」
夕方6時、中澤・木村・長谷川・日置・山西・徳岡・田中がマンションへ。たかじんの死亡を伝え、死亡告知文書原案を見せる。
井関に電話でたかじんの死を報告。

2014.1.7 (殉愛)
遥洋子が訪問、たかじんの死を知らされる。この時「おこずかいを貰った」と本人が証言。
夕刻、相原康司・井関猛親がマンションへ、相原はここでたかじんの死を知らされる。
山西達7名が告知文原稿を持って訪問、「今夜11時に流して下さい」。
TVTVTV山田晃が訪問、告知文サイトアップを約束。
さくらはたかじん長女に電話、親族へ知らせることを許可。

2014.1.7 (殉愛)
深夜「たかじん追悼番組」を流そうとした毎日放送へ井関猛親が電話、「これを流すと大変なことになるぞ」と脅し、番組は中止。

2014.1.7 (殉愛)
Y弁護士がPISへ乗込み、「KとUには一切の権利がない」と伝え、会社の帳簿と関係書類を持ち出す。
(※殉愛の真実では、実印、通帳、帳簿類や契約書となつており、後に実印と決算書などをさくらに手渡したとされている)


2014.1.17 (サンデー毎日)
たかじんの実弟と実母が遺骨と対面、キリスト教式祭祀のため線香はあげられず。


2014.1.17(or23) (週刊朝日)
さくら、Y弁護士に「自宅金庫の中の現金は、私のものだったことにしてほしい」と依頼するが拒否される。たかじん氏との間の業務委託契約書を見せる。

2014.1.18 (つるべのヤングタウン/ニッポン放送・日曜日のそれ)
鶴瓶、ハワイから帰国、成田-伊丹空港からたかじんマンションへ直行し、お参りする。その際に"つるべぇ"と書かれた、たかじんメモ(日記)を見せられる。ハワイ滞在中にさくらから、逝去とメモがあるとの電話が入っていた。

▼当時の様子を話す「つるべのヤングタウン」


2014.1.19 (宝島・殉愛の真実)
たかじん長女がY弁護士と羽田空港で会い、「遺言書」を書き写す。

2014.1.28 (週刊朝日)
呼び出されたY弁護士にさくらは、「実はたかじんとの業務委託契約書がある、認めてもらいたい」と主張。弁護士は「裁判所の判断をあおぐべきだ」と主張し、話し合いは平行線となった。

2014.1.29  (宝島・殉愛の真実)
さくらとボーイズ相原代表、「先生、遺言執行者を降りてください」とY弁護士に要求、Y弁護士は拒否。

2014.2.5  (宝島・殉愛の真実)
さくらが桃山学園へ寄付放棄交渉に出向く。温井校長に「寄付は1億円あります。実は私はお金に困っていて、寄付を放棄して下さい」と訴える。

2014.2.8  (宝島・殉愛の真実)
さくらは、たかじんが書いたとされる「メモ」と「骨壺」を持参し、桃山学園温井校長と面談。いわゆる「温井メモ」を渡した。不信感を抱いた温井校長が却下。

2014.2月 (宝島・殉愛の真実)
さくらがY弁護士に対し、金庫内を写したビデオ()2013.12.29撮影)を返せと要求。Y弁護士は拒否。

2014.2.21 (宝島・殉愛の真実)
さくらの代理人弁護士からY弁護士に、遺言執行者に就職すべきでない、就職するなら解任申立てをするとの文書が届く。

2014.2.22 (宝島・殉愛の真実)
さくらが2億7千万円入っているはずの自宅金庫を開ける。Y弁護士の制止を聞かなかった。

2014.2.25  (大阪家裁)
遺言書検認される。

2014.3.3
たかじん権利管理会社「Offise TAKAZIN」が設立される。さくら一人役員。
それまでPISに支払われていた「冠料」などの振込先を、OffiseTakazinに変更される。

2014.3.3
大阪リーガロイヤルホテルにて「TAKAJIN MEMORIES 2014 あんたのことが ICHIZUに やっぱ好きやねん」開催される。主催は在阪テレビ局5社。
昼の部(一般)3.700人が献花、夜の部は500人が参加。さくらは中央席、親族は末席が用意された。

2014.3.10 (宝島・殉愛の真実)
Y弁護士に「遺言執行者解任」の申立てがされた。委任理由は「自宅金庫内を撮影したビデオを返せ、との要求を拒否した」。その後Y弁護士は自ら辞任。
(週刊朝日は3.20としている)

2014.4.29 (伊夫twitter)
伊夫イヴン、ホンダバイク購入


2014.6.2
「やしきたかじんメモリアル」設立。「やしきたかじんオフィシャルウェブサイト」からの名称変更。
運営会社は株式会社OfficeTAKAJIN、TVTVTV株式会社、責任者 相原康司ボーイズ代表(当初はTVTVTV 山田晃)。

2014.6
たかじん実母死去。
さくらは葬儀に参列するも焼香、親族との会話はなし。

2014.6
さくら、ボーイズ取締役就任。たかじんの持株を継いだと思われる。
ボーイズ(代表・相原康司)とはテレビ番組制作会社で、たかじん冠番組を制作している。

2014.7.17 (スポニチ)
たかじん銅像建立計画が伝えられる。

2014.9.11 (宝島・殉愛の真実)
大阪あかるクラブ2億円寄付放棄交渉へ出向く。
訪問者はさくらと「殉愛」著者・百田尚樹、「AZITO」代表・井関猛親の三人。
さくらは数ヶ月前から、あかるクラブ役員個別に意向を打診していた

2014.10.16 (宝島・殉愛の真実)
大阪あかるクラブと寄付金放棄再交渉。
あかるクラブ側が妥協案を提示するも、さくらが一方的に拒否し決裂。さくらはあかるクラブ側にたかじん冠を使用しないように発言。
同席した百田があかるクラブ役員に対し、「たかが2億円で卑しい」と発言。

2014.10.17 (百田尚樹Twitter)
純愛執筆校了

2014.10.20
Kマネ、26年勤めたP、I、Sを退任する。

2014.秋 (宝島・殉愛の真実)
「遺言目録」が作成される。
金庫内現金は1億円と記載された。当初有った2億8千万円から、1億8千万円減っているが、それはさくらのものと主張した(担当F弁護士)。遺産総額8億6千万円で確定。

2014.11.7
幻冬舎刊、百田尚樹著「殉愛」発売。初版25万部。

2014.11.7
TBS「金曜日のスマたちへ」で殉愛特番放送。
この番組で放映された、さくら画像、たかじんメモ、看病日記が、後に殉愛とさくらの命取りとなる。

2014.11.11
さくらの「都会っ子ブログ」の読者だった、イタリア在住者からのあるブログへの書込みが発端となり、さくらの結婚歴(伊夫・イヴン)があきらかになる。

2014.11.21
たかじん長女が、名誉棄損、プライバシー侵害、父への敬愛追慕の念の侵害を訴え、出版差し止めと損害賠償を求めて「殉愛」の出版元である幻冬舎を提訴した。


2014.1.23
読売テレビ「そこまで言って委員会」、殉愛の特集部分がすべてカット。

2014.12.20
O.T社から「やしきたかじんメモリアルフレーム切手」を限定5万セットを4.530円で発売。

2014.12.22
さくら、打越もとひさ氏を名誉棄損と損害賠償請求で大阪地裁に提訴。
打越もとひさ氏のインターネットラジオでの発言について「全く事実に反し、名誉を棄損するもの」「妻としての品性、信用に重大な疑いを生じさせた」と主張している。慰謝料の請求額は1000万円。

2014.12.24
大阪あかるクラブ、桃山学園へ遺言執行人が寄付実行。
大阪あかるクラブ2億円、桃山学園1億円。

2015.1.13 (スポニチ)
たかじん銅像建立計画頓挫報道。

2015.1.13 (週刊朝日)
たかじんの長女が「殉愛」著者の百田尚樹に対し東京弁護士会へ人権救済申し立てを予定、理由はtwitter上で脅された。

2015.1.21
やしきたかじんの友人であるアズマラ氏を名誉棄損と損害賠償請求で提訴した。損害賠償の請求額は1000万円。

2015.1.21 (日刊スポーツ)
大阪市橋下市長が、たかじんから大阪市への寄付受取を再検討していると返答

2015.1.21 (長女弁護士)
長女は減殺請求権(法律で定められた遺産の相続分を請求する権利)をめぐり訴訟を起こす考え。

2015.2.23
宝島社「百田尚樹 殉愛の真実」発売

2015.3.2 (リテラ)
さくらが殉愛の検証本「百田尚樹殉愛の真実」の出版差し止めを申し立て

2015.3.3
たかじん偲ぶ会が二ヶ所で開催される。

(※詳細は打算と逆襲カテ・二つの偲ぶ会 (一周忌))

2015.3.9
関西テレビは最長寿冠番組「たかじん胸いっぱい」を、4月4日放送分から番組タイトルを「胸いっぱいサミット!」にリニューアルすると発表

2015.3.12
読売テレビは冠番組「たかじんのそこまで言って委員会」のタイトルを、4月5日放送回から「そこまで言って委員会NP」に変更すると発表。


2015.3.18 (サンスポ 2015/4/16)
さくらがサンデー毎日誌を名誉棄損で提訴。請求額は計2.200万円。

2015.3.18
さくらが女性自身誌を提訴
損害賠償請求事件、訴訟物の価格 3,300万円

2015.3.31
さくら、ボーイズ(制作会社)取締役を退任。

2015.5.26 (azumaraブログ)
たかじん友人アズマラ氏、ブログ上で家鋪さくら宛謝罪文掲載。
さくらは同氏ブログ記載内容に対し名誉棄損で提訴していた。今回の謝罪文掲載は和解しその条件の一端と思われる。

2015.5.57 (たかじんメモリアルサイト)
アズマラ氏の謝罪を受け、家鋪さくらは「たかじんメモリアルサイト」上に、裁判と謝罪に至る経緯を掲載した。


さくらの足跡・生誕~たかじんとの出会い

★SNS系日付はアップ日です。

赤字部分は、殉愛騒動後のさくらの弁
※「都会っ子ブログ」「mixi」はさくらアカウント


1981.5.27
兵庫県明石市で生まれる。三人兄妹の長女。実家はJR魚住駅から数分のところにある。
旧姓はS Y子

1997.4月
地元の公立中学を卒業後、明石商業高校入学。

2000.3月
高校卒業

2000.4月
地元アパレル店に就職。その後数店を転々とする。


2000-2001年?(引用:殉愛46P)
さくらは高校卒業後、大阪の某百貨店に勤めたのち、二十一歳のときに単身アメリカへ渡り、そこで一年半暮らした。

2002年
大阪難波高島屋内ショップ店員として働いていたとき、大阪府岸和田市在住男性M氏と結婚。
岸和田市に住み、S姓からM姓に変わる。


2002年(大阪地裁裁判記録)
難波高島屋でAV会社社長F社長に接客。F氏からの積極的なアプローチを受ける。
※事件番号 平成19年(ワ)5879 平成19年(ワ)9650


2003.1月(大阪地裁裁判記録)
AV会社社長F社長と交際が始まる。F社長は55歳だとさくらに告げる。デートの度にお小遣いとして5万円をもらう。Fとの結婚を夢見る。
※事件番号 平成19年(ワ)5879 平成19年(ワ)9650


2003年(宝島社・殉愛の真実)
日本に帰化、さくら名取得も同時か?。
(※M氏と結婚後帰化)

2003年(宝島社・殉愛の真実)
M氏と別居。

2004年(宝島社・殉愛の真実)
M氏と離婚成立。姓はそのままMを名乗る。


2004.3月(大阪地裁裁判記録)
天王寺のコーチブランドショップに勤務。AV会社社長F氏より月に6回会う約束で月額30万円もらう。
※事件番号 平成19年(ワ)5879 平成19年(ワ)9650


2005年~(引用 :殉愛27P)
2005年(平成十七)年に帰国してから、大阪で会社を営む伯父の元で秘書を務めながら、海外を何度も往復した。

2005.3月(大阪地裁裁判記録) 
AV会社社長F社長の希望で仕事を辞め、専門学校入学へ。
※事件番号 平成19年(ワ)5879 平成19年(ワ)9650


2005.4月
大阪外語専門学校入学

2005.5月(大阪地裁裁判記録)
平成17年5月  さくらが一人暮らしを始めるにあたり、月額43万円のお手当となる。
※事件番号 平成19年(ワ)5879 平成19年(ワ)9650


2005.5月(大阪地裁裁判記録)
AV会社社長F氏から一人暮らしの引越費用2.800万円受取る
(※F氏から渡された総額とする説もある)
※事件番号 平成19年(ワ)5879 平成19年(ワ)9650


2006.7.17(宗教的なblog)
洗礼式写真が載る、ペアTシャツ。
※二番目の夫、アメリカ人ダニエル


2006.11.26(宗教的なblog)
アフロヘア―の子との写真掲載


2006年末-2007年始(大阪地裁裁判記録)
アメリカ短期留学。
※事件番号 平成19年(ワ)5879 平成19年(ワ)9650

2007.1月(大阪地裁裁判記録)
AV会社社長F氏と交際解消
※事件番号 平成19年(ワ)5879 平成19年(ワ)9650


2007.2月(大阪地裁裁判記録)
さくら、AV会社社長F氏から社員旅行に誘われ同行、復縁。
※事件番号 平成19年(ワ)5879 平成19年(ワ)9650

2007.3月
大阪外語専門学校卒業、進路表にヴェース社秘書
※森田さくら名
※実際はAV会社社長F氏のV社

2007.4.1(大阪地裁裁判記録)
外国人男性との結婚を考えていたさくら、ストーカー行為を受ける
※AV会社社長F氏が雇った探偵事務所(宝島社・殉愛の真実)
※事件番号 平成19年(ワ)5879 平成19年(ワ)9650

2007.4.5(※宝島社・殉愛の真実)
二番目の夫、アメリカ人ダニエルと入籍。


2007.4.16(大阪地裁裁判記録)
さくらはAV会社社長F氏から示談を提案され、示談書を送付。慰謝料300万と諸経費30万。
※事件番号 平成19年(ワ)5879 平成19年(ワ)9650

2007.5月(大阪地裁和解調書)
AV会社社長F氏がさくらに反訴
※事件番号 平成19年(ワ)5879 平成19年(ワ)9650

2007.5.26(ブリーダーblog)
色白で背が高いアメリカ人の好青年ダニエルさんと小柄で華奢な日本人のお嫁さんのさくらさんが・・・と写真付きで掲載される。

2007.6月(※宝島社・殉愛の真実)
二番目の夫、アメリカ人ダニエル氏が離婚を決意。


2007.10.21(mixi)
二週間滞在していたお部屋、小さなお友達も公開。

2007.11.12(大阪地裁和解調書)
AV会社社長F氏より、ストーカー行為に対する慰謝料40万円受取で和解
※事件番号 平成19年(ワ)5879 平成19年(ワ)9650

2008.2.10(mixi)
ニューヨーク出張、今までのアメリカと違って、見るもの全てが驚き。
※タイムズスクエア、セントラルパーク、グランドセロ等

2008.2.13(mixi)
ニューヨークからラスベガスへ。べラジオホテル泊
※二つのショー「KA」「O」を観る

2008.3月(※宝島社・殉愛の真実)
二番目の夫、アメリカ人ダニエルと離婚成立。


2008春(fridayさくら手記)
ステイ先でイタリア人男性と知り合い遠距離交際を始める


2008.4.6(mixi)
京都へ桜見。銀閣寺、清水寺、ねねの路等

2008.5.8(mixi)
香港旅行。ネパール人とフィリピン人からパリ式エステを受ける。会話は全部英語。

2008.7.22(mixi)
ハワイ出張。怪我したまま行った。

2008.9.16(mixi)
弾丸韓国ツアー、急遽行った。面白い国。

2008.10.8(mixi)
サンノゼから来た友達を大阪案内。
※USJ、通天閣、日本橋・・・

2008.11.10(mixi)
〇〇ちゃんの誕生日(妹)。

2008.11.26(mixi)
ハワイ旅行。
※婚約パーティ、YSL・FENDYパーティ、社員旅行下見

2008.12月(fridayさくら手記)
イタリア人男性と日本で入籍


2009.1.4(mixi)
サンノゼ旅行
※一週間のリラックス休暇

2009.1.9(mixi)
十日戎、ヤクザやさんがカステラくれる。
※社長と一緒

2009.3.17(mixi)
ハワイ社員旅行、まさおと一緒。

2009春(fridayさくら手記)
イタリアへ移住

2009年(fridayさくら手記)
移住してすぐの頃、知人の紹介で知り合った日本人の方からブログを勧められ、バナーのデザインやタイトルまで作っていただいたため、自分のブログを始めました。家族や友人を心配させないようあえて夫婦仲が良好であることを書いたり、また、ショッピングや食事など、楽しい内容のブログを書くことで、日常生活を忘れることもできました

2009.4.9(mixi)
中国からのお客さんを案内。
※大阪城の桜

2009.6.9(mixi)
沢山の人から祝福受ける
??

2009.7.7(mixi)
先週末、仕事で韓国へ

2009.7月(fridayさくら手記)
結婚式の準備を始めるが、結婚生活を続けるのは難しいと感じる。
当時、イタリアでネイルサロンを開いていた。


2009.8.19(mixi)
イタリアへ行ってから現地集合・解散のフランス周遊旅行

2009年~(引用 :殉愛28P)(引用 :殉愛136P)
その後、ネイリストの資格を取り、二00九(平成二十一)年、二十八歳の時にイタリアへ行き、そこでネイルサロンを立ち上げた。サロンの経営は順調で、多くの顧客とともに友人もできた。

彼女はイタリアに渡る直前まで(※時期不詳、伯父が社長を務める会社で秘書をしていた。

2009.12.6(mixi)
ルミナリエ通り横のホテル・ヴィラマーレリザーブ
※彼(伊夫・イヴン)からプロポーズは受けたが指輪はまだだったが、レストランで受け取る。
※翌日は妹と三人でオークラホテルの鉄板焼きを楽しむ

2009.12.20(mixi)
妹夫婦を伴い有馬温泉へ。彼は初めての温泉で大はしゃぎ。

2009.12.23(妹blog)
先日の有馬温泉旅行の写真をアップ
※妹夫婦、さくら、イヴン

2009.12.30(mixi)
関空からイタリアへ、途中アムステルダム泊。
※彼のパパとママが出迎え、グランバ宅でランチ。

2010.1.3(mixi)
ニューイヤーは彼の家で
※イタリア

2010.1.28(都会っ子ブログ開設)

2010.2.17(都会っ子ブログ)
「あたしたちはクリスマスに入籍をし、10月10日に式をしようと思いました」
※2009.12.25、日本で入籍を意味する

2010.2.22(都会っ子ブログ)
妹の結婚式の為、帰国中。
※2.11-3.20日本滞在

2010.2.24(都会っ子ブログ)
妹の結婚式写真アップ

2010.3.1(mixi)
日本へ帰国中、さくらがいっぱい泣いちゃっています。

2010.3.5(都会っ子ブログ)
伊夫・イヴンイタリア帰国

2010.3.17(妹blog)
3.5に伊夫・イヴン帰国、本日姉帰国。「ねーたん、イヴン君、結婚おめでとう」
ふたりはこっちで入籍を済ませ、イタリアでの新婚生活に入ります。
※200912.25入籍のことと思われる

2010.3.20(都会っ子ブログ)
イタリア帰国。

2010.3.23(mixi)
イタリアへ旅立つ準備。
※アクセサリー販売をしてくれていたカフェへ挨拶

20010.3月頃(fridayさくら手記)
私はサロンとは別に、日本とヴェネチア・パリ・ミラノなどを行き来しており、夫とはほぼ別居状態でした

2010.4.14(都会っ子ブログ)
さてさて、あたしたちはカトリック教徒として、結婚前に「フィアンセコース」なるものを他のカップルたちと受けたんです。

2010.4.22(都会っ子ブログ)
イタリア滞在許可書が発行され一安心。

2010.5.27(都会っ子ブログ)
伊夫とローマへ誕生日の旅行。

2010.6.17(都会っ子ブログ)
イタリアへ来て、ママ以外で初めてのネイルのお客さんを受ける。
お代を頂いたのでイタリアへ来て初めて自分の力でお金を稼いだことになる。

2010.9.26(伊人FBから)
伊夫・イヴンとイタリアで結婚式。
※父と妹が出席している
けっこん










2010.10.8(妹blog)
9.26からイタリアで過ごす3日間、ベネチア観光。

2010.11.24(都会っ子ブログ)
ハニーを残して日本へ帰りたいと思います。
※月曜日からとあるので11.29の事か?

20011.5月頃(fridayさくら手記)
2011年5月から離婚に向けての話し合いを始めました。夫婦生活はほとんど破綻していた。

2011.8.5(都会っ子ブログ)
日本帰国中。日本へ戻って10日、体調も怪我したところもずいぶんと良くなりました。 
一人で歩いて動けるほどに回復。

20011.9月(fridayさくら手記)
一部の荷物をイタリアから日本に送った。

20011.11月(fridayさくら手記)
正式な離婚手続きをするため、また妹の出産もあり日本に帰国しました

20011.11月(fridayさくら手記)
夫が日本を訪れ、離婚合意書面にサインし、離婚の手続きに入りました

2011.12.24(都会っ子ブログ)
あたしにとっては、「結婚2周年イヴ」、「ハニー、日本来日イヴ」でもあります。
(※詳細は殉愛の正体で・嘘から始まる物語)

2011.12.24(伊夫・イヴンtwitter)
ローマ行きの飛行機を待つ。
※日本到着は25日か26日と思われる


2012.12.25(引用:殉愛30P)
男性は自分の席の右側を空けると、「ここに座って下さい」と言った。後にわかるが、彼は女性を隣に座らせるときはいつも自分の右側に置いた。さくらが座ると、彼は「たかじんですぅ」と挨拶した。さくらは「ああ、前にテレビで見た男性はぼくです、と言っていたのは本当だったのだ」と思った。
※たかじんと最初に会った日
(※詳細は殉愛の正体で・初めて会ったクリスマスオフ会)

2011.12.28(都会っ子ブログ)
妹出産記事掲載。伊夫・イヴン来日中。

2011.12.29(伊夫・イヴンtwitter)
バカンス中に風をひいた。


2011.12.30(引用:殉愛37P)
家を出る時、余計な誤解をされないよう、スカートをやめてパンツを穿いた。
夕、五時過ぎ、メールで教えられた場所に行くと、マンションにはすぐにわかった。入口に赤いダウンを着て、キャップをかぶり、サングラスをかけたたかじんが立っていた。目立ちたいのか目立ちたくないのかわからなくて、おかしかった。(中略)
近くの鉄板焼きの店に行こうと誘った。

※初めて二人で会った日、たかじんがプロポーズしたとされている。
(※詳細は殉愛の正体で・プロポーズ)
(※詳細は殉愛の正体で・いつわりの独身)

2012.1.3(伊夫・イヴンtwitter)
伊夫・イヴン、イタリアへ帰国。
※The Gaijin is back to Italy
※都会っ子ブログでは1/2と書かれているので、日本出発がその日と思われる。

2012.1.6(引用:殉愛83P)(引用:殉愛46P)
さくらはメールを送ったあと、バッグに入っていたイタリア行きのチケットを取り出して、縦に引き裂いた。

年が明けた一月二十日にはイタリアに戻る予定だった。


2012.1.22(伊夫・イヴンtwitter)
長い間、妻と会話が無い。
奥さんと2日間しゃべってない、これまでで最長期間だ

2012.1.13 (殉愛)
たかじんから秘書代として300万円受取る。
初めてのディープキスでドキドキした。

2012.1.27(都会っ子ブログ)
イタリアに帰る前に、髪を切るかどうか悩み中。

2012.3.1(都会っ子ブログ)
都会っ子を満喫してまーす、ハニーに切った髪形を見せれた。
※日本滞在、ハニーは誰のことか不明

2012.3.1(fridayさくら手記)
2012年3月1日にイタリア人の夫との離婚届が受理され、正式に離婚が成立しました。


2012.3.11(都会っ子ブログ)
帰国予定日前に、父にガンが見つかった。
※当初帰国予定は1月下旬。

2012.3.15(伊夫・イヴンtwitter)
75日も嫁さんと離れ離れ、気が変になりそう、日本に移住を考える時期に来たかな


2012.5.9(都会っ子ブログ)
ガン手術は成功、術後は完全看護、付きっ切りで大変。

プロポーズ 偽りの独身

★たかじんの身の上話し

クリスマスオフ会から5日後の12月30日、今度は二人でたかじんのマンション近くの鉄板焼き店へ行っている。たかじんの押しの強さで約束はしたものの、さくらの胸中として、何か用事が出来てキャンセル出来ないかと記されている。又、クリスマスの日に渡されたタクシー代のお釣りを返す目的もあったと書かれている。
食事中、たかじんは2度の離婚歴、1度目の妻との間に出来た一人娘と、2度目の妻の名前が同じであることを話している。

【引用:殉愛 38P】
「で、その嫁が(註・2度目の妻)去年、ヨリを戻したいと言うてきた」
「どうしたんですか?」
「別れて十年近く経つのに、復縁なんかありえへん。はっきりその気はないと言うた」


★前妻への想い

たかじんに復縁を断わられた元妻は、その後すぐに別な男性と結婚したとさくらに話している。
殉愛ではたかじんが断ったと話しているが、彼の死後、たかじんの親族から興味深い話しが出ている。

話は逆で、たかじんさんのほうから前妻に『やり直してほしい』と何度も言ってきていた。食道がんとわかってからより熱心になりましたが、その頃、前妻はすでに再婚。それでも『僕が死ぬまでだけでも一緒にいてくれ。今の夫と籍抜いてくれ。財産はお前に全部やりたい』と。私もたかじんさんに『あいつしか看取ってくれる人はおらん。なんとかしてくれ』と説得を頼まれた。13年8月頃までそういう連絡があったが、前妻には新しい家庭もあり、断ったんです。(たかじん親族談) (週刊朝日 2014.12.24)

たかじんさんの携帯に登録されている前妻の電話番号が変わっていたそうです。090が080になっていて……。(女性自身 2014.12)

2013年8月頃と言えば、たかじんが余命半年を宣告された時期でもある。
たかじんが最期を看取ってほしかったのは2度目の妻だった、死を覚悟した時にこそ本心が出るものだ。
そして前妻の電話番号登録が変更されていた事実をどう理解するといいのか。前妻と交信されたくない動機を持つのは誰なのだろうか? 全財産を渡したいと考えた人間とのホットラインを断たれた、たかじんの心境はいかばかりであったか。

前妻はたかじんの長女とも仲がよく、いろいろと相談するなど慕っていたとの報道も有った。

★偽りの独身

たかじんは身の上話をした後、さくらにいつイタリアへ戻るのか訊くと1月20日に戻るとの返事だった。


【引用:殉愛 39P】
「イタリアには彼がいるの?」
「親しい男性はいます」
「恋人じゃないの?」
「違います」とさくらは答えた。「でも、父は彼と結婚したらいいと言いました」
たかじんは少し驚いた顔をした。
一年前、さくらの父がイタリアに来た時に、その彼を見ていたく気に入ったのは事実だ。また、彼からはプロポーズもされていた。もっとも彼と結婚するイメージは湧いていなかった。


前月28日付のブログで、ダーリンが来日して楽しいクリスマスを過ごしたとアップしたばかりである。さらに24日付ブログでは「妻として、イタリアへカードとスイーツを送りました」とある、イタリアで一緒に住む彼の家族へのものだろう。

▼来日中の夫と楽しんだクリスマスウイーク、さくらのブログに写真撮りまくり、と記されている。
イヴン









★たかじんのプロポーズ

鉄板焼き店を出ると二人でたかじんのマンションへ向かう。彼がさくらの妹への出産祝いを渡したいと強く望んだからだ。部屋にはお祝い金とフルーツバスケットが用意されていたが、突然、たかじんは正座した。

【引用:殉愛41-42P】
突然、たかじんはそれまでニコニコしていた表情を険しくすると、さくらの目の前に正座した。
(中略)
「二十五日に会ったとき、これやっ!と思った」
「どういう意味ですか?」
「昔、すごく好きやった女がいて、その人にそっくりなんよ、店に入ってきたとき、その女が入ってきたと思った」
(中略)たかじんの目は真剣そのものだった。いや、自分を眩しそうに見つめている感じさえした。
「ぼくは六十二歳で、あと何年生きるかわからへんけど、最後の女に決めました。だから・・・・・結婚してくれへんか」
いきなりのプロポーズで驚いた。
「突然、こんなこと言われても答えられへんと思う。すぐに返事が無理なら、結婚を前提に付き合ってもらえないか」
「気持はうれしいです」とさくらは言った。
「でも、どうして良く知らないのに、そんなことを言うんですか。それに、もうすぐイタリアに刈りますし」
「これは直感や!ぼくにはわかる。僕が最後の女にすると言ったからには、絶対にそうする」

はっきりしているのは次の点だ。
・殉愛で、1月13日にたかじんから秘書になってほしいと300万円を渡され、「秘書にしたいという真摯な気持ちは、十分に伝わってきた」と書かれている。
・たかじんは1月7日に別の女性をマンションに呼びこみ、翌1月8日は合コンに出かけている。
・さくらは遺産相続に関する陳述書の中で、こう述べている。「私と主人との間では2年前に業務委託契約書を作成し、毎月一定額の支払いを受ける約束にもなっていた」
・たかじんの長女の殉愛出版差し止め訴訟担当弁護士は、「(金庫の現金)さくらは私に対するコーディネート料と言っている。訳わからん」とコメントしている。

つまり、たかじんが結婚の意志を持っていたとは考えにくく、秘書的な雇用形態と考えていたのだろう。当然、さくらも同じ認識だ。
本当にプロポーズがあったと言うなら、この時点で人妻である事実を告げなかったのは、お金持ちに心が揺らいだとしか思えない。


★決定的な結婚式画像

これは掲示板2ch既婚女性板の可愛い奥様達が発掘した画像である。殉愛疑惑騒動が加熱する
ターニングポイントとなつた画像の中の一枚だ。
ここには父と妹が写っている。作中の会話の中にある「一年前、さくらの父がイタリアに来た時・・・・・気に入った」の実態は、何と結婚式参加の為に来ていたのだから驚き。
彼と結婚するイメージは湧いていないとは・・・・もう、笑止千万だ。


▼さくらの結婚式 (2010.9.25イタリア)
 イタリア夫の名は「イヴァン」(伊名 Ivan Signore)

けっこん









その後の報道で、さくらは数度の結婚歴を認めたが、イタリア夫との入籍~別居・離婚時期の発言が、本人・関係者のブログ・SNS・画像等の照合と時系列が合わず、重婚疑惑が生じることになった。これらの詳細については別ページで記述する。
(※イヴァンとの結婚詳細はこちら・ミステリアスな伊人イヴァンとの結婚と離婚)

★開き直り


さくらは百田尚樹の盟友である花田が編集長を務めるWill誌上に手記を掲載したが、泣き落としにも値しないとの評価だった。

イタリア人以外にも離婚歴があるのは事実です。それをすべて主人に話したところ、「完璧な人間などおらん」と励ましてくれた。彼の言葉に救われ、「白馬の王子様」だと思えた。(さくら)

さらにさくらと百田尚樹は週刊フラッシュ(2014.12)のインタビューで開き直り、迷言を残した。

「私は他にも離婚歴がありますし、そんな立派な女じゃありません。でも、離婚歴があったらそれだけで殉愛じゃないんでしょうか。主人を愛していたのは本当なんです」 (さくら)
(※さくらの結婚歴詳細はこちら・ さくらを通り過ぎた男達)

「僕は事実を伏せただけで、虚偽を書いたわけじゃありません」 (百田尚樹)

当初、百田尚樹はtwitterで威勢がよかったが、決定的な事実が明らかになり釈明するまで6日間だった。


嘘から始まる物語

【引用:殉愛26-27P】
この日は妹の出産予定日でホテルの部屋で待機していたが、午後になってもその兆候はなく、夜に友人のイタリア人女性と食事をする予定を入れていた。 (2011.12.25)

★ノンフィクションの書き出しから嘘が散りばめられている。食事をする予定のイタリア人は、女性ではなく男性、しかも「夫」である。このことが後の殉愛騒動の発端となるのだ。

可愛い奥様達が発掘した未亡人のブログによると、イタリア人夫「ハニー」がクリスマスに来日、ヒルトンホテルの部屋でプレゼントを受け取り、和食やお好み焼き、たこ焼きを食べた様子が画像付でアップされている。

▼ブログ「都会っ子、イタリア・カントリーサイドに嫁ぐ」に掲載されている日本食
25さくら食事




ブログ
https://web.archive.org/web/20120109030333/http://ameblo.jp/tiamo-italia/


【引用:さくらのブログ 2011.12.28】
クリスマスに到着したハニー。 
車で空港に迎えに行くと・・・まさかの!まさかのーーーー!!!
あたし、スピード違反で捕まる・・・
え?!?!なんでー???80キロでしょ?? 空港の近く、強風で60キロに変更になったらしい・・・全くつい
いないぜ・・・( ̄ー ̄; とんだクリスマスプレゼントだぜってブチブチブチブチ・・・どうせなら、初パトカーで記念撮影でもしたらよかったよ~!
でもま~、無事にハニーを迎えて、ホテルに着くと、


★愛犬家サークル

たかじんとさくらの出会いはFacebook、犬好き同士の「いいね!」機能からやり取りが始まった。さくらの愛犬は10年も一緒に暮らす雌の「さーちゃん」、たかじんは「一人暮らしなので飼えない」とされている。
さくらはイタリア在住でネイルサロンを営んでいるが、妹の出産の手伝いのため近々日本に帰省する予定等のやりとりが有ったと記述されている。

たかじんはFacbookを開設していたが、生前のタイムラインは削除されている為これらのやり取りは確認出来ない。

★「さーちゃん」この愛犬がさくら結婚歴の発見に重要な役割を持つことになる
いぬ










★たかじんを知らない関西人

驚きなのは、さくらがたかじんを知らなかったことだ。
後に判明するのだが、さくらは高校は明石商業、専門校は大阪、1回目・2回目の結婚も関西だ。
殉愛でも大阪のデパートに勤務したことが書かれている。本人は否定しているが、メディアから北新地でホステスをしていたとの情報も発せられている。中学までの生い立ちは明らかにされていないが、芸能界に最も興味を示す年代は、関西で過ごしたのは明らかだ。「関西の視聴率男」「新地の帝王」と称されたやしきたかじんを知らなかったと言うのは著しく不自然である。

【引用:殉愛 27P】
さくらは日本にいたころから、家庭でテレビを観る習慣がほとんどなく、「やしきたかじん」の名前を知らなかった。それで「日本の犬好きのおじさん」として、たまにフェイスブックでやりとりを交わす間柄になっていた。

【引用:殉愛 28P】
(中略)・・・テレビを眺めていると、面白いおじさんを見た。彼は好き勝手なことを喋ってスタジオ中を歩き回り、揚句は床の上にひっくり返ってみせたりした。「チャーミングなおじさん」と思ったさくらはフェイスブックに「テレビでチャーミングなおじさんを見た」とその様子を書いた。
すると家鋪から「それ、ぼく」というメールが来たが、冗談だと思った。「家鋪隆仁」と「やしきたかじん」が結び付かなかったのだ。(さくらは家鋪隆仁の読み方を知らなかった)

本の代名詞となる「無償の愛」へのエビロークとして大事な部分ではあったのだろう。さくらとしてなのか、作家としてなのか。

(※伊夫との結婚詳細はこちらで・ミステリアスな伊人イヴァンとの結婚と離婚)

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