出会い

たかじん本 付箋だらけの殉愛
たかじんの最期を書いたノンフィクション小説「殉愛」の信憑性は地に堕ちた。
次々と明かされるさくら未亡人・驚愕の正体とは・・・。

三百万円の秘書代

★求めないたかじん

1月9日はたかじんがお好み焼きを作ってくれ、さくらは食べながら緊張していたようだ。彼が迫って来たらどうしょうと不安だったがそれは無かった。断るつもりではいたらしいが・・・。たかじんはその後さくらの足裏マッサージ中に眠った。

【中略:殉愛 75P】
この人はなぜ私を求めないのだろう。いつもしんどそうだから、そういう事をする気にならないのだろうか?もうおじいちゃんだから、そういう欲望がなくなったのだろうか?もしかしたらセックスなんかよりも足裏のオイルマッサージの方が気持ちいいのだろうか?
それとも「私を大切にする」と言った言葉を一所懸命に守ってくれているのだろうか? でも本当は私に女性としての魅力が乏しいだけかもしれない。

▼殉愛発売時のスポーツ紙で書かれた宣伝文
肉体関係も愛撫さえないまま同棲を始めて結婚し、一度もSEXをしないまま死別。毎晩さくらさんの足裏オイルマッサージで眠り、新婚初夜もただ抱き合ったまま眠ったという。
ただ、その一方で別の女と浮気はしており「くわえてくれる」「処理」などの言葉が記録で残っている。
さくらさんがそのたびに「私は家政婦かヘルパーか」と苦しんだ様子も描かれている。
(スポニチより)

たかじんの異性感は特殊なのだろうか?、一般的に考えるとプロポーズした相手が毎晩のように部屋を訪れ時を共にしている。さくらも断るつもりと考えているがそれは予測しているとも言える。女慣れしているたかじんがその気なら不可能ではないと思う。前日は別の女性を部屋に招き入れセックスをし、それまで毎日おいでと連絡していたさくらは呼んでいない。

誤解を恐れずに言うとアラサー女性を「天使」扱いするには無理が有る。少なくともこの頃のたかじんにとってのさくらは、身の回りのお世話係だったと見る方が正しいと思う。

★京都

1月21日、たかじんはさくらを京都へ連れて行った。
最初にたかじんがプロデュースした料理店の「こずこん」へ行った。テレビの仕事には関係のない友達が集まった。


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【引用; 90-91P】
その中にはクリスマスのオフ会会場で会った松本哲郎もいた。二人は「哲郎」「じんちゃん」と呼び合う仲で、自他ともに認めるたかじんの大親友だった。
たかじんはさくらを「フィアンセ」と紹介した。
松本は私のインタビューに対して、「たかじんは本気だなと思った」と言った。
じんちゃんはいつも女がいたけど、彼女だと言ったことは一度もなかったからね。それに、じんちゃんの目を見たら本気だというのがわかった」


こずこんオーナーシェフの鵜川誠二がさくらに接する態度はよそよそしかったようだ。
「正直、うまいこと言って近付いて来たファンだろうと思っていた。近いうちに捨てられるだろうと考えていた」と突き放した見方をしていた。

松本哲郎はP.I.Sの取締役に名を連ねていたが、たかじんが亡くなる前年に解任されている。
金スマSPにも出演しさくらサイドの証言をしている他、「胸いっぱい一周年追悼番組」に出演した際には、自らも関わるこずこんの餃子を宣伝した。殉愛物語の要所要所で登場しさくらイメージアップの貢献度は高い。

★三百万円

【引用殉愛 79P】
たかじんは「ちょっと待って」と言って、小さなポーチをさくらに渡した。
開けてみると、中には札束が入っていた。
「三百万ある。ぼくの秘書をやってほしい」

その後、さくらは貰った三百万円を返そうとする場面があり、たかじんは「秘書として経験を積んでほしい」と言い、押し問答はあったもののそれを受け取っている。その女性を「フィアンセ」と紹介するだろうか。もしそうだとしてもプライベートな友達の集まりなので、鵜川が感じたように「遊び」感覚だったのかも知れない。
何より数多の浮名を流したたかじんが、軽いキスをしただけの女性をフィアンセと呼ぶのは信じ難い。

イタリア行きのチケットを引き裂いた

★チケット

たかじんはKマネと東京の山王病院へ行き、1月16日と17日に検査を受け食道ガンが見つかる。良性・悪性は一週間後に判明するとの事だった。
連絡を受けたさくらがネットで調べると五年生存率が低かった。中途半端な気持ちでたかじんと接することは出来ないと覚悟した。

【引用殉愛 83P】
バッグに入っていたイタリア行きのチケットを取り出して、縦に引き裂いた。
(中略)
「前にプロポーズしてくれた答えを考えていたんだけど、のたれ死んだり、治療を受けないんだったら、さくらには無理・・・・」
電話の向こうで、たかじんが息を呑むのがわかった。
「でも・・・もし、一緒に闘うなら、お婿さんにしてあげる」
「ほんまに!」
たかじんは歓声をあげた。


ここで夫が待つイタリア帰国を断念したのは、たかじんのガン症状をネットで調べ生存率が低いのを知り、多額が想像出来る資産に目が眩んだのだろう。自分の倍以上の年令の初老の男に対して、無償の愛(或いは奉仕)と訴えられても白々しいのが一般的な見方だ。対象が例え人気タレントであろうとも。

翌日、さくらは父と兄に電話している。


【引用殉愛 88-89P】
「明後日、イタリアに帰るんやな」
何も知らない父は陽気な声で言った。
「お父さん」とさくらは言った。「実はイタリアには帰らないことにした」
「なんでや」
「好きな人が出来たから、しばらく日本にいる」
(中略)
「やしきたかじんっていうの」
「何や、たかじんか・・・何っ、たかじん!」「あの、やしきたかじんか?」
「そう」
「お前、何を考えているんや、頭がおかしくなったんか」
(中略)
イタリアのネイルサロンのスタッフに連絡して店をたたんだ。下宿先のママには、しばらく帰ることができないので、「さーちゃん」の面倒を見てほしいとお願いした。ママは快く引き受けてくれた。


★イタリア

父はイタリアでの結婚式に参加し、イヴンとの結婚生活を疑う状況にないので驚き、怒って当然である。下宿先のママとは、同居している夫の母親の事だ。お姑さんを下宿屋のおばさん呼ばわりすもところにさくらの人間性が出ている。ネットでは置いてきぼりにされた「さーちゃん」が可哀相との書込みが目立った。

後に閉店iに伴う慰謝料を貰ったと主張する事になるネイルサロンは、さくらが言うベネチアの店舗と思われるが、現在、実態は明らかにされていない。さくらのブログによると、自宅で夫の母と親戚女性の二人にネイルをした記事が有る。又、さくらの経歴時系列を追ってもネイリスト資格を取る期間が有ったのか疑わしい。自ら客としてネイルサロンに通った記事、イタリアへ持参したネイルキットで自分の手にネイルした画像は多数存在する。

囁かれていたたかじんのガン

★薬

たかじんはプロポーズした後、自分の胸を押さえトイレに駆け込んだ。どこか悪いのかとさくらに訊かれ、狭心症で時々痛むため薬を服用しているがあまり効かないと答えている。するとさくらはインターネットで服用している薬の事を調べた。


【引用:殉愛 44P】
「もしかしたら、狭心症じゃないかもしれませんよ」
「医者にもそう言われたんやけど・・・」
(中略)
「実は十二月に(人間ドッグ)行くはずだったんやけど・・・・・やめたんや」
「北野病院なら私の叔父が会員だから、すぐに行けますよ」
「(中略)・・・・同じ大阪の病院へ行くのは、紹介してもろた人が知ったら、気ぃわるうするし・・・・」
さくらは東京の病院を探した。
「山王病院はどうですか」
そう言うとたかじんは「それ、この前キャンセルしたところや、なんかいきにくいなぁ」と苦笑いしながら言った。
(中略)
彼は関係のあった女性に一度山王病院を紹介してもらっていた。しかしお金の貸し借りで揉め、キャンセルしたのだ。


その後1月16.17日、山王病院で検査を受ける事になる。

★周囲はガンを知っていた

食道ガンの症状は胸の痛みで発覚することが多い[食道がん症状]
人間ドック、大阪の病院、山王病院等のエピソードが次々と出てくるということは、たかじんの周囲ではさくらと出会う以前から、ガンの疑いが囁かれていたのだろう。
決定的なのは「ゆめいらんかね やしきたかじん伝」(角岡伸彦著)に書かれているエピソードだ。たかじんが前妻へ「肺がん」に罹ったので面倒みてほしいと電話している。たかじんがさくらと出会う前と思われる2011年冬のことだ。肺ガンと食道ガンの違いはあるものの、殉愛で書かれた「狭心症」は事実を書き換えられた可能性が高い。
たかじんが懇意にしている大阪の伊東医師(整形医)が、結果的に東京の病院で受診すると聞いて安堵したとコメントを出している。

山王病院についても、さくらがネットで調べて探し当てたことになっているが、関西の人間がわざわざ探し当てて行く規模の病院ではないと思う。実際にガンの疑いが生じて他の病院を紹介している。殉愛の真実によると、たかじんが山王病院へ検査に出向いた際は、当時付き合っていた東京の女性が同行したとのことだ。殉愛の表現は、東京の女性が金銭トラブルを起こす人物としての設定と、病気に関してはさくらが全て貢献したとしたいがためだろう。
殉愛の中でAZITOの井関代表がたかじんに対し、自身が紹介した大阪の総合病院が「狭心症」と誤診したことを謝罪するシーンがある。これは一年近く前のことなので、狭心症の薬を服用していたのはこの時以来なのだろうが、依然として胸の痛みが治まらずガンの疑いが出たのだと思う。


たかじんの仕事関係者・友人・知人達の中で、その後利害関係が生じる人物達は、いつから、どの程度までガンのことを知っていたのだろうか。遺産や死後ビジネス等でお金への異常な執着を見せる未亡人は、たかじんと出会う以前から体調のことを知っていたと見立てる方が自然な気がする。
掲示板2chには、ガンに罹ったたかじんのお世話係として、友人が探し出して来たのがさくらとのタレコミがあった。匿名掲示板なので真偽不明だが、さくらのMoneyMoney人生を知った今となっては全くの作り話しとも思えないのだ。


プロポーズ 偽りの独身

★たかじんの身の上話し

クリスマスオフ会から5日後の12月30日、今度は二人でたかじんのマンション近くの鉄板焼き店へ行っている。たかじんの押しの強さで約束はしたものの、さくらの胸中として、何か用事が出来てキャンセル出来ないかと記されている。又、クリスマスの日に渡されたタクシー代のお釣りを返す目的もあったと書かれている。
食事中、たかじんは2度の離婚歴、1度目の妻との間に出来た一人娘と、2度目の妻の名前が同じであることを話している。

【引用:殉愛 38P】
「で、その嫁が(註・2度目の妻)去年、ヨリを戻したいと言うてきた」
「どうしたんですか?」
「別れて十年近く経つのに、復縁なんかありえへん。はっきりその気はないと言うた」


★前妻への想い

たかじんに復縁を断わられた元妻は、その後すぐに別な男性と結婚したとさくらに話している。
殉愛ではたかじんが断ったと話しているが、彼の死後、たかじんの親族から興味深い話しが出ている。

話は逆で、たかじんさんのほうから前妻に『やり直してほしい』と何度も言ってきていた。食道がんとわかってからより熱心になりましたが、その頃、前妻はすでに再婚。それでも『僕が死ぬまでだけでも一緒にいてくれ。今の夫と籍抜いてくれ。財産はお前に全部やりたい』と。私もたかじんさんに『あいつしか看取ってくれる人はおらん。なんとかしてくれ』と説得を頼まれた。13年8月頃までそういう連絡があったが、前妻には新しい家庭もあり、断ったんです。(たかじん親族談) (週刊朝日 2014.12.24)

たかじんさんの携帯に登録されている前妻の電話番号が変わっていたそうです。090が080になっていて……。(女性自身 2014.12)

2013年8月頃と言えば、たかじんが余命半年を宣告された時期でもある。
たかじんが最期を看取ってほしかったのは2度目の妻だった、死を覚悟した時にこそ本心が出るものだ。
そして前妻の電話番号登録が変更されていた事実をどう理解するといいのか。前妻と交信されたくない動機を持つのは誰なのだろうか? 全財産を渡したいと考えた人間とのホットラインを断たれた、たかじんの心境はいかばかりであったか。

前妻はたかじんの長女とも仲がよく、いろいろと相談するなど慕っていたとの報道も有った。

★偽りの独身

たかじんは身の上話をした後、さくらにいつイタリアへ戻るのか訊くと1月20日に戻るとの返事だった。


【引用:殉愛 39P】
「イタリアには彼がいるの?」
「親しい男性はいます」
「恋人じゃないの?」
「違います」とさくらは答えた。「でも、父は彼と結婚したらいいと言いました」
たかじんは少し驚いた顔をした。
一年前、さくらの父がイタリアに来た時に、その彼を見ていたく気に入ったのは事実だ。また、彼からはプロポーズもされていた。もっとも彼と結婚するイメージは湧いていなかった。


前月28日付のブログで、ダーリンが来日して楽しいクリスマスを過ごしたとアップしたばかりである。さらに24日付ブログでは「妻として、イタリアへカードとスイーツを送りました」とある、イタリアで一緒に住む彼の家族へのものだろう。

▼来日中の夫と楽しんだクリスマスウイーク、さくらのブログに写真撮りまくり、と記されている。
イヴン









★たかじんのプロポーズ

鉄板焼き店を出ると二人でたかじんのマンションへ向かう。彼がさくらの妹への出産祝いを渡したいと強く望んだからだ。部屋にはお祝い金とフルーツバスケットが用意されていたが、突然、たかじんは正座した。

【引用:殉愛41-42P】
突然、たかじんはそれまでニコニコしていた表情を険しくすると、さくらの目の前に正座した。
(中略)
「二十五日に会ったとき、これやっ!と思った」
「どういう意味ですか?」
「昔、すごく好きやった女がいて、その人にそっくりなんよ、店に入ってきたとき、その女が入ってきたと思った」
(中略)たかじんの目は真剣そのものだった。いや、自分を眩しそうに見つめている感じさえした。
「ぼくは六十二歳で、あと何年生きるかわからへんけど、最後の女に決めました。だから・・・・・結婚してくれへんか」
いきなりのプロポーズで驚いた。
「突然、こんなこと言われても答えられへんと思う。すぐに返事が無理なら、結婚を前提に付き合ってもらえないか」
「気持はうれしいです」とさくらは言った。
「でも、どうして良く知らないのに、そんなことを言うんですか。それに、もうすぐイタリアに刈りますし」
「これは直感や!ぼくにはわかる。僕が最後の女にすると言ったからには、絶対にそうする」

はっきりしているのは次の点だ。
・殉愛で、1月13日にたかじんから秘書になってほしいと300万円を渡され、「秘書にしたいという真摯な気持ちは、十分に伝わってきた」と書かれている。
・たかじんは1月7日に別の女性をマンションに呼びこみ、翌1月8日は合コンに出かけている。
・さくらは遺産相続に関する陳述書の中で、こう述べている。「私と主人との間では2年前に業務委託契約書を作成し、毎月一定額の支払いを受ける約束にもなっていた」
・たかじんの長女の殉愛出版差し止め訴訟担当弁護士は、「(金庫の現金)さくらは私に対するコーディネート料と言っている。訳わからん」とコメントしている。

つまり、たかじんが結婚の意志を持っていたとは考えにくく、秘書的な雇用形態と考えていたのだろう。当然、さくらも同じ認識だ。
本当にプロポーズがあったと言うなら、この時点で人妻である事実を告げなかったのは、お金持ちに心が揺らいだとしか思えない。


★決定的な結婚式画像

これは掲示板2ch既婚女性板の可愛い奥様達が発掘した画像である。殉愛疑惑騒動が加熱する
ターニングポイントとなつた画像の中の一枚だ。
ここには父と妹が写っている。作中の会話の中にある「一年前、さくらの父がイタリアに来た時・・・・・気に入った」の実態は、何と結婚式参加の為に来ていたのだから驚き。
彼と結婚するイメージは湧いていないとは・・・・もう、笑止千万だ。


▼さくらの結婚式 (2010.9.25イタリア)
 イタリア夫の名は「イヴァン」(伊名 Ivan Signore)

けっこん









その後の報道で、さくらは数度の結婚歴を認めたが、イタリア夫との入籍~別居・離婚時期の発言が、本人・関係者のブログ・SNS・画像等の照合と時系列が合わず、重婚疑惑が生じることになった。これらの詳細については別ページで記述する。
(※イヴァンとの結婚詳細はこちら・ミステリアスな伊人イヴァンとの結婚と離婚)

★開き直り


さくらは百田尚樹の盟友である花田が編集長を務めるWill誌上に手記を掲載したが、泣き落としにも値しないとの評価だった。

イタリア人以外にも離婚歴があるのは事実です。それをすべて主人に話したところ、「完璧な人間などおらん」と励ましてくれた。彼の言葉に救われ、「白馬の王子様」だと思えた。(さくら)

さらにさくらと百田尚樹は週刊フラッシュ(2014.12)のインタビューで開き直り、迷言を残した。

「私は他にも離婚歴がありますし、そんな立派な女じゃありません。でも、離婚歴があったらそれだけで殉愛じゃないんでしょうか。主人を愛していたのは本当なんです」 (さくら)
(※さくらの結婚歴詳細はこちら・ さくらを通り過ぎた男達)

「僕は事実を伏せただけで、虚偽を書いたわけじゃありません」 (百田尚樹)

当初、百田尚樹はtwitterで威勢がよかったが、決定的な事実が明らかになり釈明するまで6日間だった。


初めて会ったクリスマスオフ会

★サロン105

2011年12月25日はたかじんとさくらが初めて会った日、たかじんの体調が悪く、恒例のハワイ旅行の代わりに開いたクリスマスオフ会の日だ。さくらが妹の出産手伝いで帰国中なのを知ったたかじんが、以前から誘っていた。
この日の夜、来日したイタリア夫(註・殉愛ではイタリア女性)と食事中に、たかじんから何度も誘いの電話が有り、少しだけ顔出しすることになる。
会場は南堀江にあり、ドアに「たかじんのバー」という暖簾がかかっている「サロン105」だ。

【引用:殉愛29P】
(中略)・・・・「行けたら行く」と返事をした手前、嘘をつきたくないという思いもあった。

【引用:殉愛30P】
男性は自分の席の右側を空けると、「ここに座って下さい」と言った。後にわかるが、彼は女性を隣に座らせるときはいつも自分の右側に置いた。さくらが座ると、彼は「たかじんですぅ」と挨拶した。さくらは「ああ、前にテレビで見た男性はぼくです、と言っていたのは本当だったのだ」と思った。

★夫を置いて出かける人妻

行けたら行くは約束にあたらないと思う。まして、イタリア夫の来日に合わせてホテルをリザーブしている夜である。
ホテルはヒルトン大阪と記されており、殉愛では妹の出産予定日なのでホテルで待機していたとなっているが、一方で、今回の里帰り中は叔父が所有する大阪市内のマンションに仮住まいしているとも記している。妹さんがどこの病院で出産したのか不明であるが、わざわさ大阪駅前のホテルで待機する必要が有るのだろうか。クリスマスに来日した夫の為にリザーブしたと考える方が自然である。
その夜の21時を過ぎ、さほど興味を持っていない中年男性に誘われて、人妻が一人出掛けるものだろうか。少なくとも自分が知っている範囲の一般女性で、このような行動をとる人はいないので理解に苦しむ。
さくらには行かなければならない必然性が有ったのだろうと考えると納得がいく。それは面接だったのかも知れない。後にたかじんから秘書代として受け取った300万円との合点が行く。300万円の範疇が分らないが、一応高額なので、※※が〇〇してのお駄賃込みだったのかなとの勘繰りが働く。
面接だとしたら誰かの紹介だろうが、それは誰だろうか。 個人なのか組織なのか、今現在は怪しいという仮説しか立てられないが、別項で検証していくとしたい。


★「順子」

たかじんが女性を右側に座らせる理由は斜視の影響なのだろうか。 勘ぐり過ぎかもしれないが、後にさくらが主張する左耳の難聴と関連性が有るのだろうか?

この時たかじんは「さくらちゃんのために歌う」と言って、自分の曲である「順子」を、順子のところをさくらと変えて歌い、会に参加していた他の女性の嫉妬をかっている。これは二年後にさくらのために最期に歌ったとされる曲と同じである。

★チョル

【引用:殉愛31P】
歌の途中、別の男性が隣にやってくると、「どこかで会うた?」と訊いてきた。後に何度もさくらを助けてくれることになるこの男性は松本哲郎という男で、たかじんとは三十年来の親友だった。
「会ってないと思いますけど、どうしてですか?」
「じんちゃんが昔、好きやった女に似てる。一緒に皿を買いに行けへんかったかな?」


チョルこと松本哲郎は金スマSPに出演し、「たかじんの昔の彼女とさくらが激似だった」と証言している他、二人の殉愛ぶりの紹介をした。又、たかじんが信頼していたKマネ―ジャーを執拗に批判した人物だ。たかじん死去の報を受け、一番最初に東京へ駆け付けたとされているのも彼だ。
その「昔、好きだった女」は、たかじん京都時代に同棲していた女性を指しているとの説が有るが、たかじんが20代後半の頃の話しだ。それから三十年位経ているのでそれなりの年齢だろう。その女性と間違え「会うたことあるか」と訊くのはナンセンスだ。
さくらの過去の何らかのシーンで出会っていると考えた方が自然だと思う。

嘘から始まる物語

【引用:殉愛26-27P】
この日は妹の出産予定日でホテルの部屋で待機していたが、午後になってもその兆候はなく、夜に友人のイタリア人女性と食事をする予定を入れていた。 (2011.12.25)

★ノンフィクションの書き出しから嘘が散りばめられている。食事をする予定のイタリア人は、女性ではなく男性、しかも「夫」である。このことが後の殉愛騒動の発端となるのだ。

可愛い奥様達が発掘した未亡人のブログによると、イタリア人夫「ハニー」がクリスマスに来日、ヒルトンホテルの部屋でプレゼントを受け取り、和食やお好み焼き、たこ焼きを食べた様子が画像付でアップされている。

▼ブログ「都会っ子、イタリア・カントリーサイドに嫁ぐ」に掲載されている日本食
25さくら食事




ブログ
https://web.archive.org/web/20120109030333/http://ameblo.jp/tiamo-italia/


【引用:さくらのブログ 2011.12.28】
クリスマスに到着したハニー。 
車で空港に迎えに行くと・・・まさかの!まさかのーーーー!!!
あたし、スピード違反で捕まる・・・
え?!?!なんでー???80キロでしょ?? 空港の近く、強風で60キロに変更になったらしい・・・全くつい
いないぜ・・・( ̄ー ̄; とんだクリスマスプレゼントだぜってブチブチブチブチ・・・どうせなら、初パトカーで記念撮影でもしたらよかったよ~!
でもま~、無事にハニーを迎えて、ホテルに着くと、


★愛犬家サークル

たかじんとさくらの出会いはFacebook、犬好き同士の「いいね!」機能からやり取りが始まった。さくらの愛犬は10年も一緒に暮らす雌の「さーちゃん」、たかじんは「一人暮らしなので飼えない」とされている。
さくらはイタリア在住でネイルサロンを営んでいるが、妹の出産の手伝いのため近々日本に帰省する予定等のやりとりが有ったと記述されている。

たかじんはFacbookを開設していたが、生前のタイムラインは削除されている為これらのやり取りは確認出来ない。

★「さーちゃん」この愛犬がさくら結婚歴の発見に重要な役割を持つことになる
いぬ










★たかじんを知らない関西人

驚きなのは、さくらがたかじんを知らなかったことだ。
後に判明するのだが、さくらは高校は明石商業、専門校は大阪、1回目・2回目の結婚も関西だ。
殉愛でも大阪のデパートに勤務したことが書かれている。本人は否定しているが、メディアから北新地でホステスをしていたとの情報も発せられている。中学までの生い立ちは明らかにされていないが、芸能界に最も興味を示す年代は、関西で過ごしたのは明らかだ。「関西の視聴率男」「新地の帝王」と称されたやしきたかじんを知らなかったと言うのは著しく不自然である。

【引用:殉愛 27P】
さくらは日本にいたころから、家庭でテレビを観る習慣がほとんどなく、「やしきたかじん」の名前を知らなかった。それで「日本の犬好きのおじさん」として、たまにフェイスブックでやりとりを交わす間柄になっていた。

【引用:殉愛 28P】
(中略)・・・テレビを眺めていると、面白いおじさんを見た。彼は好き勝手なことを喋ってスタジオ中を歩き回り、揚句は床の上にひっくり返ってみせたりした。「チャーミングなおじさん」と思ったさくらはフェイスブックに「テレビでチャーミングなおじさんを見た」とその様子を書いた。
すると家鋪から「それ、ぼく」というメールが来たが、冗談だと思った。「家鋪隆仁」と「やしきたかじん」が結び付かなかったのだ。(さくらは家鋪隆仁の読み方を知らなかった)

本の代名詞となる「無償の愛」へのエビロークとして大事な部分ではあったのだろう。さくらとしてなのか、作家としてなのか。

(※伊夫との結婚詳細はこちらで・ミステリアスな伊人イヴァンとの結婚と離婚)

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