登場人物の正体

たかじん本 付箋だらけの殉愛
たかじんの最期を書いたノンフィクション小説「殉愛」の信憑性は地に堕ちた。
次々と明かされるさくら未亡人・驚愕の正体とは・・・。

さくらの親族

【引用 :殉愛26P】
この日は妹の出産予定日でホテルの部屋で待機していたが、午後になってもその兆候はなく、夜に友人のイタリア人女性と食事をする予定を入れていた。

【引用 :殉愛34-36P】
翌二十八日の昼、たかじんにメールを入れた。
「今日もいいお天気ですね。妹はまだまだ気配がなく、生まれそうにないので、今日お会いできるのを楽しみにしています」
(中略)
ところがその直後、妹の様子がおかしくなった。どうやら破水したようだった。さくらはすぐにたかじんに「妹が破水したので、今から病院に行きます。今日は合えません」と慌ててメールした。
(中略)
病院に到着すると、すでに赤ちゃんは無事生まれていた。女の子だった。さくらは妹と彼女の夫に祝福の言葉を送り、記念写真を撮った。
病室が落ち着いたあと、その場からたかじんにメールを送った。
゜生まれたよーー。2850グラム、45センチの女の子。二人とも元気。祈ってくれてありがとう」
(中略)
さくらは赤ちゃんの名前が決まったことをたかじんにメールした。

【引用:殉愛 88P】
その夜、さくらは父に電話した。
「明後日、イタリアに帰るんやな」
(中略)
「お父さん」とさくらは言った。「実はイタリアには帰らないことにした」
「なんでや?」
「好きな人ができたから、暫く日本にいる」
「そんな人がいつ出来たんや?前から、付き合っていた人か?」
「違うの。去年の暮れに知り合ったの。家鋪さんという人なの」
「やしきではわからんがな」
「やしきたかじんと言うの」
「何や、たかじんかーー何っ、たかじん!」電話の向こうで、父は驚いた声を上げた。「あの、やしきたかじんか?」
「そう」
「お前、何を考えてるんや!頭がおかしくなったんか」
父は怒った。さくらは父の戸惑いと怒りは当然だと思った。
(中略)
次に兄に電話したが、兄からも「どうかしてるぞ」と言われた。妹には父から電話が入るだろうから、敢えて電話はしなかった。


【引用:殉愛 89P】
下宿先のママには、「しばらく帰ることができないので、さーちやんの面倒を見てほしい」とお願いした。ママは快く引き受けてくれた。

【引用:殉愛 110P】
三月二十日、さくらに父から電話があった。
父は会社の健康診断で初期の前立腺ガンが見つかったという。さくらはショックを受けた。
「お前は今、どこで何をしてるんや」
「たかじんさんの看病」
父は黙っていた。やしきたかじんが食道ガンで芸能活動を休養しているのはとっくに報道されている。
「お父さんの手術はいつ?」
「ゴールデンウィークあたりにしようと思ってる」
「決まったら教えて、お見舞いに行くから」

【引用:殉愛 131P】
手術中に、妹から電話がかかってきた。
「お父さんが二十三日から入院するの」妹は言った。「それで二十五日に手術することに決まった」
まさかこんなときに父の手術の話を聞かされるとは思わなかった。
「お姉ちゃん、帰ってこれる?」
「ごめん、今は無理。たかじんさんが大変なときなの」
事情を説明すると、妹は「仕方がないね」と言った。十二月に赤ちゃんを産んだばかりの彼女に父の世話を押し付けて申し訳ないと思ったが、今、東京から離れることはできない。
さくらはすぐに父に電話して、手術には立ち会えないことを伝えた。父はかんかんになって怒った。
「夫でもない男にそこまでするか、ちょっと顔を見せに来るくらいできるやろう」
(中略)
「親より大事というなら、好きにせい。もうお前なんか、娘と思わん」
父は怒鳴るように言うと、電話を切った。これ以降、さくらは父から勘当状態にされた。

【引用 :殉愛137P】
二歳上の兄が通学途中に部活の先輩たちにいじめられているのを見たさくらは、兄を助けたい一心で、近所に住むやくざの家に行き、「お兄ちゃんを助けてください」と頼んだ。見知らぬ女の子の切なる願いを聞いたそのやくざは、すぐに家を飛び出し、兄をいじめている先輩たちを一喝した。それ以後、兄へのいじめはなくなった。

【引用 :殉愛258P】
相原が口をはさんだ。
「結婚と言えば、師匠のほうが先にさくらちゃんとせなあきませんやん」
(中略)
たかじんは急に真面目な顔をした。
「さくらのお父さんにまだ挨拶していない。お嬢さんをくださいってきちんとお願いしてからもらう」
さくらはその言葉を嬉しく思ったが、自分は父親に勘当されているに等しい状態だ。はたして父とたかじんが会う日が来るのだろうか。

謎の「伯父」

【引用 :殉愛27P】
2005年に帰国してから、大阪で会社を営む伯父のもとで秘書を務めながら、海外を何度も往復した。

【引用 :殉愛44P】
病院に行くことを強く勧めると、たかじんも少しその気になったむ。
「どこがいいかなあ」
「北野病院なら、私の伯父が会員だから、すぐに行けますよ」

【引用 :殉愛88P】
それとマンションを貸してくれていた伯父に、「二月三日まで日本にいる」と連絡した。

【引用 :殉愛88P】
さくらは伯父から頼まれた通訳の仕事があって、たかじんのマンションに行けなかった。

【引用 :殉愛111P】
三月二十四日、さくらは昨年秋から借りていた伯父のマンションを引き払い、たかじんの向かいのマンションに引っ越した。

【引用 :殉愛136-137P】
四月二十三日、さくらは思い切って伯父に電話した。
彼女はイタリアに渡るまで、伯父が社長を務める会社で秘書をしていた。伯父は七十歳を超えていたが年齢を感じさせない精力的な男だった。「おさないころからさくらを非常にかわいがってくれ、彼女が二十一歳でカトリックの洗礼を受けた時のゴッドファザー(代父)でもある。さくらに第二の人生を与えてくれた人だった。
余談だが、さくらは秘書時代に伯父の株式の運用を任され、二年間で一億円近い利益を出していた。伯父は姪に実業家の才能があると見て、「いつか起業するなら、いつでも投資してやるぞ」と言っていた。彼は実際に、起業する若者に投資した事もある。
伯父は姪からの久しぶりの電話に喜んだ。
「マンションを引き払ってイタリアに帰ったと思っていたのに、まだ日本におったんか?」
伯父はさくらがたかじんと一緒にいることを知らなかった。
「その話しはいずれ詳しくします。今日は、伯父さんに投資してもらおうと思って電話しました」
「会社を興すのか?」
「そうではないんですけど、どうしてもやりたいことがあって、お金が必要なんです」
「何に使うんや?」
「今は言えません。ですけど、必ず返します。お金を貸して下さい」
「事業内容も聞けないのに、金は貸せんな」
「ある医療器具を買いたいのです。多くの人が助かります」
伯父はしばらく黙っていたが、やがて言った。
「なんぼいるんや」
「一億円」
(中略)
「お前な」と伯父はたしなめるように言った。「一億と言うのはすごい金やぞ。担保もなしに貸せる金やない」
「はい」
「そやけど、お前がそこまで言うんや。五千万円なら貸してやる」
「一億円貸してほしいんです」
伯父は電話の向こうで大きなため息をついた。
「住んでるのはどこや?」伯父は言った。「小切手を持っていかせる」
「伯父さん、ありがとうございます」

【引用 :殉愛153P】
午後、さくらは仕事で東京に出て来ていた伯父と日本橋の「マンダリン オリエンタル東京」で食事した。
前に電話で話してはいたが、会うのは半年ぶりだった。
「随分痩せたなあ」
伯父はさくらの変わりように驚いた。
「伯父さん、前に送ってもらった小切手、使わなかったから返します」
さくらは一億円の小切手を伯父に渡した。
「この金、何に使うつもりやったんや」
「好きな人の病気を治すために使うつもりでした」
「それは誰や」
「やしきたかじんさん」
伯父は一瞬ぽかんとした顔をしたが、すぐに納得したようにうなずいた。
「まさか、たかじんとはなーーー。ガンらしいな」
(中略)
「いつ死ぬかわからへんのにーーー」伯父がぼそっと言った。「それでもええのか」
さくらはうなづいた。
伯父は小さな声で「そうか」と言うと、バックをさくらの前に置いた。
「五千万円ある。本当に困った時に使え」
さくらは伯父の優しさに泣きそうになった。
「やるんと違うぞ。貸してやるだけや」
伯父はぶっきらぼうに言った。

さくらを讃える人達


【引用殉愛 97P】
「かわいい人です。でも、とてもしっかりした人です。そして素晴らしい女性です」(そこまで言って委員会チーフディレクター・砂野信)

【引用殉愛 97P】
たかじんのスタイリストを十年前から務めている吉田真規子は、スタジオでさくらを見た印象を私にこう語った。
「控え目で清楚な感じ。それまでのたかじんさんが連れてきた女とは正反対の雰囲気の子でした。それで、次の日にたかじんさんに、歴代ナンバーワンやねと言うたら、はにかんでいました」


【引用殉愛 141P】
「長いことナースをやっていますが、ここまで夫のために看護する奥さんなんか見たことがありません」
「単に、頑張るだけじゃなく、勉強量がすごい。自分でも調べるし、医師やナースたちの勉強会にも参加する。最初は、すぐに音を上げるんじゃないかと思っていましたが、最後まで頑張り抜いたのは、本当にすごい」(三田病院看護師長・竹中陽子)

【引用殉愛 142P】
「今だから言いますが、初めてお二人を見たときは、六十歳を過ぎた有名タレントに若い女性というカップルですから、ナースたちの間で、あの女性の目的って、やっぱりお金かな、と話したこともあります。でも、その後のさくらさんを見ていると、お金目的ではとてもできることじゃないと思いました。本気でたかじんさんを愛しているのがわかりました」(三田病院看護師・細井純子)

【引用殉愛 143P】
「さくらさんの指摘は当然と思うことばかりでした。彼女は看護師が気付かないような患者の変化も見つけましたし、看護師以上に頑張っていましたから」(三田病院看護師長・竹中陽子)

【引用殉愛 143P】
「あのときは、正直、ファンがうまいこと言うて、たかじんさんに近付いたと思っていた。病気で弱気になったたかじんさんが騙されたんやろと思った。そやから、看病なんてできるはずがない、そのうちにケツを割って逃げるやろと、けど、哲郎さんから看病の話を聞いて、そうやないとわかった。ほんまにようやってくれた。ごめんやで、堪忍してな」(京都こずこんオーナーシェフ・鵜川誠二)

【引用殉愛 207P】「師匠がデレデレなので驚きました。今まで何人も女性を連れてきたけど、接する態度が全然違いました。ああ、師匠、マジやなと思いました。あんな彼を見たのは初めてでした」(ハワイで会った三浦雅)

【引用殉愛 217P】
松本は目に涙を浮かべながら言った。「さくらちゃん、ありがとう」
「師匠が今こうしていられるのは、さくらちゃんのおかげですよ」(テレビ制作会社ボーイズ社長・相原)

【引用殉愛 217P】
「柔和な雰囲気になっていました。病気のせいで、気が弱くなっていたせいもあるかもしれないけど、それよりもさくらちゃんといることで性格が変わった気がします」
「師匠は前の嫁さんや女をハワイに連れて来た時は、必ずホテルに泊まらせて、コンドミニアムには自分一人で寝るんです。女とずっと一緒におるのが嫌な人やったんです。それがさくらちゃんとは、どこへ行くにもずっと一緒なんで、びっくりしました」(テレビ制作会社ボーイズ社長・相原)

【引用殉愛 223P】
「テニスの良きパートナーという感じでした。あるい大工の棟梁に対する弟子と言う感じです。男と女の関係という雰囲気はあまり感じなかったです」(制作会社AZITO社長・井関猛親)

【引用殉愛 239P】
「一番びっくりしたのは、ぼくらの前でも、さくらさんを"ハニー"と嬉しそうに呼んでることです。もうその顔もデレデレ。そんな顔も態度も、この十年一度も見た事がなかったです。たかじんさんにとって、さくらさんが特別な女性だというのはすぐにわかりました」 (テレビ大阪プロデューサー・徳岡敦郎)

【引用殉愛 243P】
「この娘が薬みたいなもんだね。抗ガン剤よりも手術よりも効く。たかじんさんが復帰できたのはさくらさんのおかげ以外のなにものでもない」
「昔の日活の青春ドラマの純愛みたいでした。山西から、献身的な女性が付いていると聞いたときは、家政婦みたいなおばさんをイメージしてたけど、全然違っていて、びっくりしました」 (読売テレビ・越智会長)

【引用殉愛 245P】
越智は、何度もさくらの手を握りながら、にこにこして「こんな若い娘をつかまえて」と言った。
 (読売テレビ・越智会長)

【引用殉愛 252P】
山西から電話が有った。
「今日はお疲れさまでした。一年間、よく支えてくれました」
「いいえ、皆さんのおかげです」
「越智がさくらさんも来たらよかったのに、と言ってましたよ」

【引用殉愛 254P】
「たかじんさんがさくらさんに精神的に依存している事でした。もう完全に依存していることでした。もう完全に頼り切っている。さくらさんは強さと優しさを備えた女性だという印象を持ちました」(大阪市長・橋下徹)

【引用殉愛 260P】
「師匠に言いたいことがあります」
「何や」
「師匠が今こうして元気な姿でいるのは、さくらちゃんがいてこそです」
「そんなこと、アホ原に言われんでもわかっとるわ」
「それやったら、さくらちゃんを泣かすようなことをしたら絶対あきまへん」(テレビ制作会社ボーイズ社長・相原)

【引用殉愛 319P】
「処置している間、たかじんさんが何も言わないのに、さくらさんはすぐに痛みや異変を察知していました。まるでテレパシーみたいだなと思ったのを覚えています」(札幌すまいる歯科・阿部雄一裕一院長)

【引用殉愛 326P】
「第一印象は、癒しの人。それと、配慮がすごい人と思いました。(中略)たかじんさんの心が読めてるのかなと思いました。たかじんさんも本気で惚れてるのがわかりました。これまで、女にはめちゃくちゃ高圧的で奴隷のような扱いをしていたたかじんさんが、さくらさんにはまったくそんな素振りは見せなかったのも驚きでした」(遥洋子)

【引用殉愛 326P】
「今回は当たりですねと言ったんです。するとたかじんさんが嬉しそうに「逆転満塁ホームランか?」と訊いたから、「リーグ優勝でしょう!」と答えました。でもあとで、なんで「日本シリーズ優勝」と言わなかったのか後悔しました。だって彼女は日本でただ一人の女性でしたから」(遥洋子)

【引用殉愛 413P】
彼女の意思を尊重し、関西テレビ、読売テレビ、テレビ大阪の番組スタッフおよびチーム林のメンバーたちも沈黙を守った。番組のスタッフたちは局の垣根を越えて団結し、やしきたかじんが愛した女性を陰に日向に支え続けた。毎日のように入れ替わり立ち替わり、彼女の元を訪ね、元気づけ励ました。


【引用:眞鍋かをり Twitter】


【引用:竹田恒泰ブログ】
 
『殉愛』で涙腺崩壊 2014-11-11 14:49:55 

そして、2年に及ぶ二人の闘病生活がはじまります。
その、あまりに過酷で壮絶な様は想像の域を超えるものでした。
たかじんさんは、死期を間近にして、ようやく最愛の人と巡り会ったのですね。
そして、さくらさんの献身的な看病の様子は、「人はそこまで人を愛することができるのか」と思わせるものです。
たかじんさんの、これまで知られていなかった面も見ることができ、終始、涙を流しながら読ませて頂きました>
必読の書です!
(中略)
ところで、さくらさんについては、週刊誌が酷いことを記事にしていますが、簡単に信じてはいけません。
僕は、何度かさくらさんと会っていますが、さくらさんの人柄は、この本に書かれているとおりです。
さくらさんの、たかじんさんを思う気持ちは本物ですし、さくらさんは、控え目で、気立てがよく、どこから見ても、至極素敵な方です。
女性のことを知り尽くしているともいわれるたかじんさんが、最後に選んだ女性が、一体どんな方なのか、という興味はありましたが、さくらさんとお会いして、「なるほど!!!」と、納得した次第です。
こういう方に献身的に看病してもらって、あの世に旅立つことができたら、幸せだったろうな、と想像しました。
たかじんさんは、本当の幸せ者だと思います。
さくらさんには、心ない誹謗中傷など気にかけず、たかじんさんと過ごした日々を大切にして、誇りを持って生きていって欲しいと思います。

【引用:収納王子ことオーケイ小島】 
タイトル『一生の宝物』 2014.11.7

今夜、金スマ(TBS「中居正広の金曜日のスマたちへ」)で、私が恩師と慕う“やしきたかじん”さんの特集が放送されました。
世間では色んなことがウワサされていますが、今回の放送で少しでもたかじんさんの奥さま・さくらさんに対する誤解が解けたなら、私はスゴく嬉しいです。
実は今年の4月頃、番組関係者の方を通じて、「たかじんさんの奥さまが、小島さんの都合のいい時にお会いしたいとおっしゃってますよ!」というご連絡をいただきました。私は次の日すぐに大阪のたかじんさんのご自宅に伺いました。
3月に行われた「偲ぶ会」が最後のお別れだと思っていただけに、遺骨の前でお線香をあげることができた時は涙が止まらず、おそらく30分以上泣いていたと思います。

その間、さくらさんはずっと私の背中をさすってくれていました。そして私が落ち着いた頃、こんなお話をしてくれました。

ハニー(たかじんさん)は、小島さんの出演しているテレビを見る度に「こいつはオレが東京に行け!言うたんや…」といつも心配していましたよ。
さくらさんはこのことを私への遺言とし、わざわざ連絡を取り、伝えてくださったんです。
このあとの収録がたかじんさんとご一緒させていただく最後の仕事となり、たかじんさんにとっては最後の収録となりました。そして帰り際、さくらさんに承諾を得て、この写真を遺骨の前に飾らせていただきました。
するとさくらさんが、「このピンクのニット、すごく覚えています。普段ハニー(たかじんさん)はピンクなんか着ないのに、少しでも元気が出る色をと思って着せたら、照れながら出かけて行きました(笑)」
その何日か後、さくらさんから私宛に小包が届きました。開けてみると、なんとあのピンクのニットが入っていました。
手紙には「オレより小島の方が似合うから送ってやって!ということなので、着てやってください。」と書かれていました。さくらさん、着れる訳ないでしょ(笑)
ただ、一生の宝物にします。
さくらさん、そしてたかじんさん、ありがとうございました。

【引用:TVTVTV 山田晃F.B】 
2014年11月13日FBより

私は2012年12月、ハワイで療養中のやしきたかじんさんとさくらさんのお会いしました。
その時の印象や感想は百田尚樹氏の「殉愛」の中で書かれている通りですが、その時さくらさんとたかじんさんの2人から直接、病気の発覚から入院、手術、その後の大変だった状況を聞きました。
その上で、今回「殉愛」を読んだのですが、書かれていた内容に2012年当時に聞いた内容と矛盾する点は全くありません。
通常、自分以外のことについての話は裏が取れることが少ないので、全面的な信用はできないものですが、ことのとについては胸を張って証言できます。
「殉愛に」書かれてることにウソはありません。
だって、さくらさんだけでなく、たかじんさん本人から聞いたのですから。
その確信があるので、いまネット上に溢れかえっている、裏の取れていない誹謗中傷には胸が痛くなるばかりです。
僕のこの証言だけではネットの悪意に対してあまりにも無力ですが、書かずにはいられません。
少なくともこれを御覧頂いた方には知っていただきたいです。
「殉愛に」書かれている内容は、僕がハワイで聞いた内容と同じで、そこに不必要な誇張も虚偽もありません。


悪意で書かれた人達

【引用: 殉愛 168P】
ちなみにたかじんはNには全幅の信頼を置いていたが、後にNが起こしたある問題により、金銭面で信頼が置けなくなり、共同経営者の契約を解消した。

【引用: 殉愛 413P】
国会議員でもある某医師は、主治医でもないのに主治医のように言い、一度も診察をしたことがないのに間違った病状を週刊誌などで話し、担当医の処置を批判したりもした。

※たかじんのヘルニア手術を成功させ、長年の付き合い゛がある伊東医師のこと。腹膜播種が見つかる直前の異常を指摘し専門医の診察を勧めた。

【引用: 殉愛 412P】
多くの週刊誌ゆスポーツ紙がさくらを非難する記事を載せた。以下にいくつかタイトルだけを挙げるが、それを見るだけで中身は想像つくだろう。
・遺産10億円握った結婚生活3ヶ月疑惑の未亡人
・「やはり遺産が目当てで」実母落胆させた「32才年下嫁の言葉」
・「傷心のたかじん母急逝」の葬儀で焼香しない嫁に遺族激怒

【引用: 殉愛 412P】
また記事の中には、「未亡人は元ホステスだった」「長年たかじんの世話をしてきたマネージャーを追い出した」「P、I、S」を乗っ取った、などという内容もあった。さくらを最も傷つけたのは、「たかじんはさくらと別れて前妻とよりを戻すつもりだった」という記事だった。いずれも事実無根である。

【引用: 殉愛 413P】
またたかじんの友人と名乗る某は、ブログでさくらの過去を捏造した記事を何本もアップした。その人物は週刊誌の取材に応じたとも書いている。
※アズマラ教祖のブログを指している。

【引用: 殉愛 413P】
生前のたかじんが公表していなかった父の出自を暴く評伝も出された。(中略)その本には非常に重要なポイントでの事実誤認がが散見される。(中略)彼が仕事でも私生活でも一番信頼を置いてきた番組スタッフの証言が一切ない。(中略)後年のたかじんを語っている人たちのほとんどは、理由があってたかじんが切り捨てた人物たちだ。
※角岡伸彦著 「ゆめいらんかね やしきたかじん伝」(小学館)を指している。

悪意で書かれた人達・たかじん親族

【引用:殉愛 38P】
「実は二番目の嫁と結婚する時に、同時に離婚届も渡していた。離婚したかったら、いつでもせいやと。それであるとき、嫁が買い物したいからとお金をくれと。五百万渡すと、足らんというから、また五百万。けど、まだ足らんというから、結局二千万円渡した。それからしばらくして、嫁がマンション買いよった。あれ、と思ったら、離婚届出されとった」
(中略)
「で、その嫁が去年、ヨリを戻したいと言うてきた」
「どうしたんですか」
「別れて十年近く経つのに、復縁なんてありえへん。はっきりその気はないと言うた」

【引用:殉愛 94P】
彼がふと呟くように言った。
「おかんに頭を撫でてもらった記憶もない。今まで、こんなに体の心配をしてくれた女は一人もおらんかった」

【引用:殉愛 94P】
「ご家族に知らせなくていいの」
さくらが訊くと、たかじんは「いらん」と吐き捨てるように言った。
「どうせ、報道でわかる。それにKマネが伝えよる」
さくらは以前、「両親との縁は切れているのと同じや」という彼の言葉を聞いていたから、何も言えなかった。
「お嬢さんは?」
最初の妻との間に生まれた娘は、もうすぐ四十歳になろうとしていた。
「娘にだけは伝えようと思て、この前、大事な話しがあるから来てくれと電話したら、忙しいから行かれんと言いよった。薄情な娘や」
(中略)・・・もしたかじんがガンであると告げていたら、状況は変わっていたかも知れない。少なくとも木で鼻をくくつたような返事はしなかっただろう。

【引用:殉愛 102-103P】
その日、たかじんの携帯に娘から「なんや食道ガンかいな。自業自得やな」という内容のメールがあった。それを見た彼は激怒して、「親子の縁を切る!」と言った。
(中略)・・・・・そんな冗談が通じるのは、互いにわかり合える信頼関係で結ばれた親子でなければならない。
(中略)娘にしてみれば、かって母を捨てた父に、自分もまた捨てられたとしも不思議はない。

ただ、父として金銭的には娘に不自由はさせなかった。二十才前後の彼女がたかじんのマンションに来て、金の無心をしているところを見た者もいる。(中略)娘が三十歳を越えてからも、生活を援助するために、P.I.Sの名目上の役員にして給料を払い続けている。
ただ、二人の関係が傍目には冷たく感じられたと証言する者は多い。
(中略)
親友の松本哲郎は「娘の頭の中は金しかない! 縁を切りたい」とたかじんがこぼしているのを聞いている。
(中略)
「じんちゃん、冷静になって、たった一人の娘さんじゃないの」
さくらがなだめても、たかじんの怒りは解けなかった。

【引用:殉愛 103P】
「たかじんのNOマネー」プロデューサー徳岡敦郎は「本当か嘘かはわかりませんが」と前置きして、「たかじんさんが、この前、娘に五千万円やって縁を切った、と言っていたのを聞いたことがあります」と言った。 (NOマネープロデューサー・徳岡敦朗)

【引用:殉愛 166P】
しかし楽しいムードは、たんじんの携帯に届いた一本のメールで壊れた。娘からだった。それは退院を祝うものではなく、「なんかわけのわからん韓国女に世話してもらっているらしいな。いざとなったら、私も出るとこ出るよ」という内容だった。
(中略)・・・「たかじんの未亡人は韓国人」という記事が出たが、さくらは日本人。
(中略)・・・「命懸けで親の面倒を見てくれる人を悪く言うなんて考えられん。感謝の気持ちが有ったら、あんなメールを送らん」
次の日、また娘からメールがあった。「女のことを聞いたのはKからじゃないよ。私にもいろいろルートはある」どうやらKから連絡が行ったようだった。
(中略)・・・たかじんはあらためて「許さん」と言った。
このメールで父娘関係は修復不可能なまでになった。たかじんは死ぬ間際まで娘に対する怒りを解かなかったし、娘もまた一度も見舞いに訪れる事はなかった。
(中略)
ただ気がかりだったのは、いつか大きな問題に発展しないかということだった。

娘が送ったメール
「今お父さんを見舞えるのは限られた数名だけらしいね。しかもお世話してくれてるのが身元の怪しい韓国人の女。
話を聞けば聞くほど心配になります。占い師じゃないけど 邪魔臭いことにならないように用心してください。
万が一の時は私も爆発する覚悟です。」

【引用: 殉愛12P】
未亡人が挨拶している間、一人の中年女性が「早よ、帰やめろ」とか「帰れ」などと大きな声で野次を飛ばしていたのだ。私の周囲にいた人たちが小さな声で、「たかじんの娘さんらしいで」と言う声が聞こえた。なるほど、嫁と娘の間でいざこざがあったのだなと思った。

偲ぶ会で司会を務めた辛防治朗氏
「司会をしていたが、特に奇声は聞こえなかった」
近くにいた、たかじん知人
「さくらが挨拶中に、耳が遠い母親があの女は誰かと、少し大きい声で尋ねていた」

【引用: 殉愛393P】
炉の前で、前妻が「見たことある? 人体模型みたいで、結構グロいよ」とさくらに耳打ちした。

前妻は、絶対に言っていないとたかじん親族に証言している。(女性自身)

【引用: 殉愛 392P】
弁護士が顔を見せた途端Hが「遺言書に何て書いてありました?」と訊いた。弁護士は「それはここでは言えません」と答えた。するとHは「あなたはさくらさんに雇われた弁護士ですか?彼女の味方ですか」と問い詰めるように言った。弁護士は取り合わなかった。

【引用: 殉愛395P】
娘は弁護士に遺言書の件を聞きたいと言って残った。松本は「あんなんだから、じんちゃんも嫌いになったんや」と言った。その後、弁護士から「娘が遺言の事でかんかんに怒っている」と連絡が入り、さくらはトラブルの予感がした。

【引用: 殉愛411P】
娘のHは火葬のあとしばらくして、遺言書は無効であると主張した。彼女は親密な関係であった父が自分に遺産を与えないのは不自然だと言い、正常な判断力を失った状態で書かれたものだから無効という主張をした。

【引用: 殉愛411P】
Hはまた2014年3月3日にリーガロイヤルホテルで行われた「やしきたかじんを偲ぶ会」にも強引に出席した。最初、会を主催する在阪のテレビ5局のスタッフは、Hを呼ぶつもりはなかった。しかしHから「自分を出席させなければ、会の中止の仮処分申請を裁判所に出す」と言われたために、トラブルに発展することを恐れ、やむなく会に招待したのだ。
(中略)
この会には私も出席していたが・・・会の半ば、さくらがマイクを持って挨拶を始めると、Hと見られる人物が野次を飛ばしているのを目撃している。それは異様な光景であった。


悪意で書かれた人達・KとU

【引用: 純愛72P】
翌五日の夜も電話が有ったが、声は前日よりもさらに辛そうだった。
「マネージャーが来て、体調が悪くなった」と彼は不機嫌そうに言った。
「心臓痛いから病院探せと言ったら、知りませんと言いよった。最初から探す気もないんや。ほんま使えん奴や」

【引用: 殉愛85P】
そしてマネージャーのKを取材したが、Kは挨拶もろくにせず、荷物を持ってとっとと歩き去った。たかじんは「せっかちな奴や」と笑ったが、さくらは自分がよく思われていないような気がした。
(中略)
マンションに着くと、たかじんはKに「さくらちゃんを秘書にするから、名刺を作れ」と言った。Kは無言でうなずいた。

【引用: 殉愛98P】
この日、マネージャーのKは「インフルエンザになったため、一緒に行けません。代わりに、Uさんに頼みました」という内容のメールをたかじんに送っていた。たかじんは「役立たずめ!」と怒った。
「せめて電話してくるもんやろう。それに、頼むんやったら、相原がベストやろう」

【引用: 殉愛106-107P】
二月二十一日、さくらはKとUから食事に誘われた。何か話があるようだった。
(中略)
席に着くなり、Uが命令口調で言った。
「あんたにかかってるんやからな。ちゃんとやってや」
「もちろんです。頑張ります。二人の将来もかかっていますし」
UとKは馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
「二人の将来って、あんた、何を言ってるの」Uが言った。「あの人にとって女なんかただの遊び相手やで、今は病気で気が弱っているから、あんたにたよってるけど、病気が治ったら、すぐに捨てられるで」
隣でKがにやにやしていた。
「私はたかじんさんを信じています」
「あんたのために言うてるんやで。あんまり期待せんほうがええで。とにかく、今は復帰することだけを考えて頑張ってや。たかじんさんが元気になったら、あとのことはそれから考えたらええ。あんたも若いんやから」
(中略)
「あんた、たかじんさんのことを何も知らんのやなぁ」

【引用: 殉愛144P】
二日後、見舞いに来たKとUがそれを知り(※たかじんが尿意を催したがさくらは眠っており、看護師が処置した)「100パーセントやれないなら、意味がない!」となじった。さくらは悔しい思いをしたが、今後は絶対に寝たりしないと心に誓った。

【引用: 殉愛152P】
5月16日、KとUが見舞いに来た。たかじんは二人に近況を説明しようとするが、舌が回りにくく、詰まりながらでしか話せなかった。二人は話している途中に、次々に質問を投げかけた。
「Kさん、Uさん、お願いです。じんちゃんが話し終えるまで、じっと聞いてあげてください」
さくらが言うと、二人は無言で彼女を睨みつけた。
たかじんが回復に向かっていると知ると、Uは復帰の話しを切り出した。具体的な日付まで挙げて、今後のスケジュールをどうするかと訊いた。退院がいつになるかわからないのに、そんな話をされて彼は明らかにいらいらし始めた。さくらはたかじんを休ませたいからと言って、二人に引き取ってもらった。

【引用: 殉愛166P】
6月9日、たかじんは退院して六本木のマンションへ戻った。
夕方、「退院パーティーをしましょう」と食べ物を大量に持ったKとUがやってきた。
彼らは早速、今後のスケジュールについて口にした。できれば9月、遅くても年内には番組に復帰してほしい。正月特番の企画も有る、などなど。たかじんはだんだん喋らなくなり、一時間もしないうちに「しんどくったから」と言って二人を帰した。
(中略・・・※たかじんは長女からメールを受け取る「なんかわけのわからん韓国女に世話してもらっているらしいな」)
たかじんは不機嫌になり、さくらのことを長女に言ったのはKしか考えられんと言い、Kに電話し「お前が娘に余計な事を言うたんか」と怒った。
(中略)・・・さくらの携帯にKから電話が入った。さくらは何も訊きもしないのに娘の悪口をさんざん語った。
更に、娘にさくらのことを話したのはP.I.SのS事務員であろうと告げた。


【引用: 殉愛167P】
Kは当初かばん持ちで採用、のちに運転手をつとめた。Kはうっかりミスが多くたかじんに怒鳴られて姿をくらませた。数年後運転手として再雇用され、マネージャーとなったが、誰もKをマネージャーとしては見てなかった。

「仕事の話をした記憶はほとんどないですね。大事な話はたかじんさんと直接話していました」(そこまで言って委員会プロデューサー・相島良樹)

「こんな言い方をして申し訳ないけど、ぼくらは彼を運転手としてしか見ていませんでした」(NOマネープロデューサー・徳岡敦朗)

「胸いっぱい」のプロデューサー・中澤健吾・日置圭信も同じようなことを言っている。

【引用: 殉愛210P】
(札幌に来て)ホッとするもうひとつの理由は、KとUに会わないで済むことだった。彼には言わなかったが、さくらは二人が苦手だった。自分に対する悪意のようなものを感じていたからだ。

【引用:殉愛 210P】
11月26日、KとUがハワイにやってきた。しかしたかじん「来んでええのに」とぶすっとした態度で、その日の朝には腹痛を起こしたほどだった。あまりの激痛に急遽病院へ行くと「大腸けいれん」と診断され、尻に太い注射を打たれた。(中略)・・・久保田医師はストレスからきたのかも知れないと言った。・・・たかじんに伝えると「Kのせいかも」と笑った。

【引用: 殉愛214P】
たかじんは橋下を招き入れた。一緒にいたKも入ろうとしたが、たかじんは「お前はええ。帰れ」と言った。Kは「そうっすか」と不満そうな顔をして帰って行った。

【引用: 殉愛221P】
会話の途中、たかじんを呆れさせた話が出た。それはKが番組収録のスタジオに顔を出していなかったというものだ。Kはたかじんには、毎回収録に立ち会っていると言っていた。そのためにたかじんは「これで差し入れを持って行ってくれ」と金も渡していたのだ。
私の取材に対して、三局のプロデューサーたちは言った。
「たかじんさんの休養中の二年間に、Kさんの顔を見たのは一回か二回です」
(読売テレビ制作局長・山西敏之、制作会社レジスタエックスワン役員・日置圭信、橘庸介)

【引用: 殉愛251P】
スタジオでKに会ったスタイリストの吉田真規子は「さくらちゃんもスタジオに呼んだったらええのに」と言ったが、Kに「なんでお前にそんなこと言われなあかんねん」し言われている。

【引用: 殉愛276P】
さすがに体力の限界を感じたのか、彼はUに電話して、「明日の委員会の収録は無理や」と伝えた。
「Kさんに電話しなくていいの」
さくらが訊くと、彼は「あいつはテレビ局のスタッフと交渉なんかでけへん」と苦笑しながら言った。

【引用: 殉愛294P】
もうひと時も目を離せなくなった。それで買い物にも行けず、何度かはKにも頼んだが、そのたびに嫌そうな顔をされ、千円くらいの買い物にも一万円を渡し、お釣りを駄賃代わりにした。
これまでにもKからは何度も非協力的な態度をとられていたが、さくらにはその理由がわからなかった。師匠のためになぜ働いてくれないのか。
(中略)
それはともかくとして、たかじんがこの二年近くさくらだけを信頼し、反対に期待通りに動かないKをむげに扱ったことも、彼のプライドをいたく傷つけ、さくらへの憎悪を増幅させた可能性として大いにある。

【引用: 殉愛294P】
「男のやきもちですね」とこともなげに言った。(松本哲郎、読売テレビ・相島、関西テレビ・中澤、TV大阪・田中、徳岡、ボーイズ・相原、制作会社・日置)
「はたから見ていても、さくらさんに対する嫉妬ははっきり感じましたね」(中澤、日置ほか)
相原は「そこまで仲がいいなら、あなたがマネージャーになったら、いいじゃないですか」とすねられたことがある。

【引用: 殉愛297P】
さくらはKに突発性難聴になったと診断書を見せた。
「あー、そうっすか。大変すね」
Kは何事でもないかのように言った。さくらは事情を説明して、自分が一週間入院する間、たかじんの看護をしてくれないだろうかと頼んでみた。しかしKの返事はそっけなかった。
「ぼくには無理っすね。何とかならんすか」
さくらはKに頼むのは無理だと諦めた。初めから期待はしていなかった。それに大切なハニーをKなんかに任せられない。

【引用: 殉愛314P】
「たしかに復帰の目がないとなれば、番組は終わった方がいいよなあ。番組があるとプレッシャーになるし」
「本人は終わってほしいとは思ってないですよ」
「いや、本当は終わってほしいと思ってるはずや」
「失礼ですが、Uさんはやしきたかじんのテレビに懸ける気持ちを全然わかってないと思います」
Uはさくらを睨み付けた。
「えらそうな言い方するようになったなあ」
Uはそう言い捨てて、エレベーターに乗った。

【引用: 殉愛313P】
24日の午後、大阪からUがやってきた。
「ちょっと元気になってるじゃないすか」
Uは調子のいいことを言ったが、たかじんは無反応だった。
「そのうち、どっかへ遊びに行きましょう」
「ああ、さくらと温泉にでも行きたいなぁと思っている」
「いいっすね、温泉。ぼくも一緒についていきますわ」
たかじんは露骨にいやな顔をしたが、Uは気付いていない様子だった。

【引用: 殉愛314P】
エレベーターの前でUが口を開いた。
「たしかに復帰の目がないとなれば、番組は終わった方がええよなあ。番組があるとプレッシャーになるし」
「本人は終わってほしいとは思ってないですよ」
「いや、本当は終わってほしいと思ってるはずや」
「失礼ですが、Uさんはやしきたかじんのテレビに懸ける気持ちを全然わかってないと思います」
Uは彼女を睨みつけた。
「えらそうな言い方するようになったなあ」
Uはそう言い捨てて、エレペーターに乗った。さくらは嫌な予感がした。

【引用: 殉愛320P】
この日(9.17)たかじんは上機嫌で、焼肉を食べようと言い、「叙々苑」で食事を摂った。しかし一緒に行ったKが、たかじんの目の前で焼肉をもりもり食べるので、さくらは少しうんざりした。お腹一胃杯食べることができない人の前では、少しは遠慮してほしかった。案の定、たかじんは途中からあまり喋らなくなった。しまいには「もう帰る」と言い出し、Kに向かって「早よ、残りを食え!」と怒鳴った。

【引用: 殉愛409P】
急遽、テレビ大阪の徳岡敦郎たちが調べると、毎日放送に「たかじんが三日に亡くなった」という情報を報せたのはKであることが判明した。しかも驚いたことに、毎日放送から制作協力費がUに入ることになっていた。
井関猛親が毎日放送の常務に電話し、「遺族の許可を取ったのか」と訊くと、常務はKとUから許可を取ったと答えた。井関は「KとUには何の権利もない。これを流すと大変なことになるぞ」と言った。放送は直前で中止になった。

【引用: 殉愛410P】
Kはそれ以外にも嫌がらせとしか思えない事をしている。四月にさくらが東京のマンションに行くと、電気、ガス、水道が彼女に無断で止められていた。六月に札幌のマンションへ行くと、鍵が付けかえられて、中に入れなくなっていた。Kは「札幌のマンションはP、I、Sが借りているから、ただちに立ち退くように」と主張した。

【引用: 殉愛410P】
大阪のマンション、東京のマンション、札幌のマンションから、たかじんの私物のいくつか、それに金庫の中の多額の現金が紛失していたのだ。マンションの鍵を持ち金庫の暗所番号を知っている人物は限られる。札幌のマンション、からは、たかじんのノートが何冊かと記録用の古い携帯電話も消えていた。

※註)上記の記述は全てK氏への取材は行わずに書かれたものである。
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