打算と逆襲

たかじん本 付箋だらけの殉愛
たかじんの最期を書いたノンフィクション小説「殉愛」の信憑性は地に堕ちた。
次々と明かされるさくら未亡人・驚愕の正体とは・・・。

さくらのMONEY勘定~リボンでくるんだお金

★「私のものにしてほしい」

たかじんが残した遺言書全文と、作成にまつわる出来事の経緯は前項で分けて書いた。
今現在、たかじんの全遺産額は、遺言執行人より8億6千万円とされている。しかしこの金額には、たかじんが自宅金庫に約3億円の現金があるとして、Y弁護士が証人を伴って確認した2億8千万のうちの、1億8千万円は含まれていない。なぜなら、さくら未亡人がたかじん死後になって、その1億8千万円を「私のものにしてほしい」と主張しだしたからだ。さくらの主張内容はいかなるものなのか、整合性があるものなのか、これまでに明らかとなった事実を紡いでみたいと思う。


【引用:殉愛の真実 218p】 (2013.12.29)
(たかじんが)遺言書に必要な実印と自分の現金は、大阪の自宅マンションの2つの金庫の中にある。(2つの金庫の中には)おそらく(合わせて)3億円ぐらい入っているはずだ」
それを聞いたY弁護士は、たかじんにこう返答したという。
「遺言書作成のためには、大阪のマンション(2つの)金庫にいくら入っているか、正確に(金額を)数える必要があります」
このため、誰かが、Y弁護士に同行して大阪のマンションに戻り、金庫の鍵を開けなければならなくなったのだが、その時、さくらが突然たかじんに猛アピールしたというのである。
「私が行って来ます! 私が大阪に帰ってマンションの金庫を開けます!!」
(中略)
そんな彼女の様子を訝しげに見ていたたかじんは、さくらではなく、横にいたKに「Kよ、お前が大阪まで行って金庫を見てきてくれんか」と、紙に金庫の暗証番号を書いてKに手渡した。


【引用:殉愛の真実 220p】 (2014.1.23or17)
Y弁護士は前述の陳述書の中でこう述べている。(中略)
その内容は、自宅金庫の中の現金は、私のものだったことにして欲しいというものでした。
私は遺言執行者として、自宅金庫内の現金は、たかじんさんの相続財産であるという認識だったので、そのようなことは、さくら氏の将来を考えても絶対にしてはいけない、と強く説得しました。
この時さくらは、なぜ、「自宅金庫の中の現金は、私のもの」になるのかについて、Yに説明することはなく、ただ、「不服そうな表情を浮かべるだけ」だったという。


金庫のお金がさくらのものであるなら、たかじんが金庫内の現金が約3億円あると述べた際に、その詳細を説明するはずだと思う。何より、さくら自身がその場で主張すべきであるし、わたしのもの"だったことにしてほしい"との言い分は、作り話の証明でもある。
金庫内現金額を、さくらがどの段階で知ったか不明だが、具体的な根拠を示すことなく、全額をさくらのものにしてほしいと言われ、拒否すると不服そうにするだけでは、弁護士職ならずとも納得しかねる話である。

【週刊朝日】 (2014.1.17)
<さくら陳述書>
1月17日になって、私はA弁護士に、改めて、なぜ自分の金庫を開けてはいけないのですかと問い合わせました。それまでA弁護士からは金庫を開けてはいけない、もし開けて「金庫内のお金を使うと奥さんを相続人から外すこともできますよ」などと言われていたからです。

【引用:殉愛の真実 220p】 (2014.1.28)
Y弁護士は再度、さくらに呼び出されたという。
すると、さくら氏は、実は、たかじんさんと契約があるとして、さくら氏とたかじんさんとの契約書を見せられました。
さくら氏が言うには、その契約書によれば、自宅金庫内の現金は、ほぼさくら氏のものになる、その契約書の内容を認めてもらいたい、との話がありました>

【引用 :週刊朝日】 (1月)
さくら氏はたかじん氏との間の業務委託契約書を見せましたが、A(Y)弁護士は『裁判所の判断をあおぐべきだ』と主張し、話し合いは平行線となりました」


【引用:殉愛の真実 222p】 (2014.1.29)
翌29日、再度、さくら氏は、私(Y弁護士)を呼び出したので、自宅を訪問しました。
すると、なぜか、ボーイズの相原社長が同じ時間に訪問してきました。
相原社長は、私の横に座り、私に、先生、遺言執行者を降りてください、と言いました。さくら氏も同じ意見でした。
(中略)
Y弁護士は「私はさくら氏や、相原社長から依頼を受けたのではなく、たかじんさんから依頼を受けた以上、自分から辞めるつもりはない」と拒否した。
が、さくらは2月に入ってからY弁護士に、「自宅金庫を撮影したビデオテープを返せ」と要求。Y弁護士がこれを拒否すると同月21日、今度はさくらの代理人弁護士から、Y弁護士は、<遺言執行者に就職すべきではない>、<仮に就職すれば、解任申立てをする>という文書が届き、3月10日には前述のとおりさくらから「遺言執行者解任」の申立てがなされたという。


【引用:殉愛の真実 224p】 (2014.2.22)
ところが、さくらはY弁護士の解任申立てに先立ち2月22日、件の自宅マンションにあった2つの金庫を開けるのだ。Y弁護士がそれまで制止していたにもかかわらず、である。


【引用 :殉愛の真実 要約】
Y弁護士が遺言執行者辞任後、大阪地裁より選出されたF弁護士が、たかじんの遺産額を確定させた。
金庫内現金は2億7千万円であったと推測される。これに対してさくら氏は遺言者の現金は1億円で、それ以外はさくら氏固有の現金と主張している。
F弁護士は結論として「家鋪さくら氏の主張によるとしても、相続開始時における遺言者の現金は1億円を下回ることがないので、財産目録においては、その金額(1億円)を遺言者が持つ現金額として記載した」としている。


庫内現金は自分のものと口頭で主張しても認められないと考えたのか、今度は業務委託契約書を持ち出して来たようだ。それが有るなら、不服そうな顔をせずともれっきとした証拠があることを、遺言執行者に主張するのが通常のやり方だ。Y弁護士はその契約書を裁判所の判断を仰ぐべきと諭したようだが、どの時期に、どのような文字で、どのような内容が書かれたものなのか、至極興味が尽きないところである。
又さくらは、現金を自分のものと認めず、その金庫を撮影したビデオテープを渡さないY弁護士を、相原康司の力を借りて解任しようとし、辞任に追い込んだ。遺言書作成から金庫内現金の所有対立に絡んだ当事者を排除した事になる。
後任のF弁護士の遺産額確定の経緯も、時間的制約の中で止む無い結論だった感が否めない。又、Y弁護士に対しては、金庫内現金の殆どがさくらのものとなる主張をしていたにかかわらず、確定時にはたかじんの現金は1億円だったと主張を変遷させているのも妙である。殉愛の真実によると、さくらの金庫内の現金が無くなったとの主張について、F弁護士曰く、「嘘か本当か分からない」話しであったとのことだ。
これまでの経緯から、「今、現在」は、金庫の1億8千万円はさくらのものとなっているが、その根拠については、さくら本人と百田尚樹の談話を中心に雑誌等に掲載されたので引用する。

ネックレス











【引用 :週刊朝日 2014.12.17】 (1月)
私と主人との間では2年前に業務委託契約書を作成し、毎月一定額の支払いを受ける約束にもなっており、私が現金を受け取ることになっていましたので、私の現金があっても不思議ではありません。

【引用 :週刊新潮 2014.12.18】
その業務委託契約書には、仕事内容は「セクレタリー業務」などとなっていた。
私と主人は業務委託契約は交わしていましたが、それはただの書類に過ぎず、私は1円ももらっていません。
一方、2人の生活費として主人は毎月、いくばくかの現金を私に渡していて、私がやりくりする中で余った分は、100万円ずつまとめてリボンでくるみ、主人が私の金庫に入れておいてくれたのです。クリスマスや誕生日には、病気でどこにも連れて行ってあげられないからと、300万円を金庫に入れてくれたこともある。
たかじんが亡くなるまで、自分の通帳も印鑑もキャッシュカードもすべてたかじんに預けていた。
金庫の暗証番号も、「開けたときのお楽しみ」と教えてもらっていなかった。金庫の暗証番号を教えてもらったのは、たかじんが亡くなる直前。亡くなって2ヶ月後に、初めて金庫を開けると、リボンでくるんだ札束があり、アクセサリーボックスには、たかじんが買っておいてくれたアクセサリーも入っていた。
たかじんの女性遍歴を記したさくらが見たくもない日記も、なぜかさくら用の金庫に入っていた。

【百田氏が語った、たかじんがさくらにお金を残しておきたい理由(週刊朝日)】
さくら氏がお店/たかじん氏と出会う前経営していたイタリアのネイルサロン/の出店をとりやめた時の賠償費用
看病中の突発性難聴で耳が聞こえなくなったことに対する慰謝料と秘書契約のお金。

【宝島 2015.3月号】
さくら夫人は『週刊新潮』のインタビューに際して、『1億8000万円のうち1億円は乳腺炎になったり、耳が聞こえなくなったために主人から貰った慰謝料』『残り8000万円は伯父から貰ったもの』と説明していました。当然、原稿もそれに沿った記述だった。しかし校了直前、全く違う内容に書き直したいと言ってきたのです」
『殉愛』では、伯父から“借りた”額は5000万円であり、一部報道ではさくら夫人は乳がんを患ったとされているが、まあ、それはおいておこう(笑)。

【東スポ :幻冬舎出版差止め第一回口頭弁論後の的場弁護士談】
さくらはそれを遺産ではなく私に対するコーディネート料だと主張している。意味がわからない。別な場所では彼と付き合い始めてからイタリアで開いていたネイルサロンを閉めた、18000万円はその慰謝料と話している。主張がコロコロ変わっていて、全く信用できない。金に対する執着はすさまじい。

【引用 :週刊新潮 2014.12.18】
Y弁護士陳述書に対するさくらの主張
「あの陳述書に書かれている私の発言は全部嘘。その後、私の弁護士が反論し、Y弁護士に対して、金庫から4000万円が消えているのはなぜかと質問した。
夫が亡くなる直前、二つの金庫に2億8000万円があったことは確認されているのに、その後、私が金庫の中を確認したところ、4000万円がなくなっていた。現状では誰が持ち出したのか全くわからない。持ち出した人間を、氏名不詳で窃盗もしくは横領で刑事告訴することも視野に入れている」
Kマネに対しては、金庫のカネとは全く別の使途不明金の返還請求訴訟を起こすことを考えている。PISに関しては、株主総会決議の取り消し訴訟を既に起こしている。

【引用 :被告幻冬舎 被告幻冬舎「殉愛」裁判原告甲5号回答書より】
「白い金庫の外側右天井部分に、テプラーでSAKURAと表示されていたことに気付かなかった」


セレクタリー契約、ネイルサロン閉店賠償費用、難聴の慰謝料、乳腺炎(乳がん)賠償費用、リボンでくるんだ現金、クリスマスや誕生日の300万円、私の通帳やキャッシュカード、伯父から貰った8.000万円~借りた5.000万円、コーディネート料・・・一体、合算するといくらになるのか。
月刊宝島によると、引用した週刊新潮の記事を書いた記者は、さくら取材時に証言がころころと変遷し、記事として上げるまでに相当苦労したという。百田からの厳命で、さくら擁護記事を書かざるを得ない立場に置かれた記者には同情する。幻冬舎を提訴した長女側代理人弁護士でさえ、「意味がわからない」との談話を残している程だ。なんとも奇妙奇天烈な主張に驚くばかりだ。
又、あるツイッター民の閲覧により、さくらが「SAKURAと記入されたテプラ」が貼られた方が自分の金庫と主張していることが判明した。これまでマスコミに出ていない新しい情報となる。
更には、金庫を開けた時に4.000万円もの現金が無くなっていたと言いながら、今、現在、警察に届け出たとの報は無く、さくらが金庫を開けられる人間は限られると話している報道も有ったが、自分自身もその一人であることを認識しているのだろうか。

さくら未亡人には、社会の一員として生きていくうえで必要な、「整合性」の観念が無いのかも知れない。目先の都合だけの言動と、都合が悪くなると開き直ることを処世術としてきたのだろう。これまでにも多くのトラブルを抱えていたことが明らかになっているが、今回の殉愛騒動は、多くの人間が錯綜して起きた問題であり、大多数の一般人が細部に渡って注視している。
今後の長女の遺留分減殺請求と遺産額確定訴訟が予定されている。又、長女による幻冬舎出版差止め申し出や、さくらの名誉棄損訴訟等で、様々な陳述書や申立書がスクランブルしているようだ。法廷の場で明かされる事実は、想像の遥か上を行っている可能性も否定出来ない。

最後の咆哮~アズマラ氏和解から

ここ数日、気分と体調がすぐれない。人生初の循環器専門医の受診予約を週明けに入れた。
きっかけはたかじん未亡人のさくらから名誉棄損で提訴されていた、たかじんの古い友人であったアズマラ氏の裁判が和解決着したようで、アズマラ氏が自身のブログ上で謝罪文を掲載したところから始まる。体調までそれが原因と言い切るのは早計かも知れないが、気分がすぐれない原因は、100%それだと言い切れる。
下記が、その謝罪文である。


【引用:azuma0220ブログ】
これまでのブログ発信のお詫び (2015-05-26 10:06:00)
 
私は、家鋪さくら様に対し、このブログに掲載した記事の中に、伝聞や憶測に基づき事実と異なる記載をしたことを認め、これにより家鋪さくら様の名誉を傷つけたことを深く陳謝します。

この謝罪文を読んだ際に、真っ先に感じたのはアズマラ氏の「忸怩たる思い」であり、血のめぐりがよくなった状態を通り越し早くなり始めた。
謝罪文掲載に至るまでの経緯を簡単にまとめておきたい。
アズマラ氏のブログにはさくら未亡人の知られざる過去や所業が書かれ、又、コメント欄にも様々な情報が寄せられ、殉愛で書かれたさくら像とあまりにも異なると話題になったが、昨年12月、突然ブログが閉鎖された。後日判明したのだが、さくら側と裁判所で話し合いをした結果との事だった。
しかし今年1月突然に、さくらから名誉棄損と損害賠償請求1.000万円の訴状が、アズマラ氏のもとに届く。ブログ削除の要請に応えていたアズマラ氏としては晴天の霹靂であったと思われ、一時はブログを再開し徹底的に争う姿勢を見せ、カンパを募った。しかし、突如カンパの返金をブログ上で表明し、ある時期から再度ブログを閉鎖していた。当然、アズマラ氏は情報源を守る意図も働いたであろう。
この段階で裁判は和解の方向で進んでいると思っていた。氏のブログ内容については、その後事実と判明した情報も数多いが、一方、確認されていない情報もあり、裁判の特性からアズマラ氏側が妥協せざるを得ないかも知れないと予測していた。さらに、ブログ上でのアクションを求められるだろうことも、未亡人の性格からして予測はしていた。
しかし、実際に謝罪文を目のあたりにすると、諸事情により裁判で争う道を断念し、謝罪による和解を選択した心中を慮ると、著しく気分がすぐれないのだ。

アズマラ氏が謝罪文を発表した日の夜、ますます気分がすぐれなくなる出来事が起きた。さくら未亡人が下記の一文を、たかじんメモリアルサイトとフエースブックに最新ニュースとして掲載したのである。


【引用:たかじんメモリアルサイトに掲載された一文】
※※※氏のブログについて (2015.5.26)

※※※氏は、自身のブログに掲載した内容について、そのほとんどが伝聞や憶測に基づいた事実とは異なる記載であることを認め、これにより家鋪さくら氏の名誉を傷つけたとして※氏より和解の申し入れがありました。最終的に、当方が同申し入れを受け入れ、和解をすることに致しました。

双方代理人が同席の上での聞き取りによる、これまでの経緯を説明させて頂きます。
※氏は、やしきたかじん氏が亡くなった直後より、「30年来の友人」としてブログを書いてきましたが、最後に直接たかじん氏本人と会ったのは15年以上前とのことでした。
家鋪さくら氏については全く面識がありませんでした。
また、元関係者や知人から聞いた話などを、裏付けや確認を取らずにそのままブログに掲載されました。その後、ブログのコメント欄に多くの書き込みがあったことで、エスカレートしてしまい、さくら氏に対する記述を裏付けを取らないまま書き続けてしまったとのことです。
しかし※氏がこれまでさくら氏について語ったり、ブログに記述した内容は、すべて客観的な裏付けは何もなく、事実と異なる内容であり、極めて安易な気持ちで書き綴ってしまっていたことを認めました。
よってここに和解の申し入れを受けることに至りました。

 (※※※はアズマラ氏本名)

同サイトは、さくら未亡人が代表を務める(株)OfficeTAKAJINと、(株)ボーイズの子会社であるTVTVTV(株)が運営母体となっており、ボーイズの相原康司代表が責任者となっている。当初は「やしきたかじんオフィシャルウェブサイト」名で運営されていたが、2014年6月2日、同サイト名に変更された、ファンのための有料会員制サイト(2015年6月からは無料)である。

第一の問題は、法人格が運営する公的サイトに、さくら未亡人の個人的な裁判結果を掲載した是非にある。同サイトは純粋なたかじんファンのためのものであり、未亡人の個人的な顛末の報告場所ではないと判断するのが、社会的責任を負った法人の責務のはずだ。
しかも、一般人であるアズマラ氏の姓名を公然と掲載する横暴振りは、もはや法人格としての矜持を失っている。おそらくは和解条件に付帯した掲載なのであろうが、弱者に対する究極の攻撃性を露呈したとしか思えず、殉愛騒動を知らずにサイトを訪れたファンも、違和感と何かしらの疑問を抱く事になるだろう。

サイト名の「たかじんメモリアル」で思い起こすのが、たかじんの遺言書に明記された、OSAKAあかるクラブへの2億円遺贈にまつわる騒動だ。遺言書には「
金2億円を自分が生きてきた証として『たかじんメモリアル』を設立し、大阪のために頑張ってくれた人に対して表彰し、金100万から500万を授与するものとするが、当面の運営は大阪あかるクラブが行うため、同法人に遺贈する」と書かれている。
未亡人はその後、同クラブに対して執拗と言える寄付金放棄交渉を行ったことが明らかになったが、交渉時の同クラブに対する未亡人の最後の言葉が、「ただし、今後いっさい、たかじんの肖像や名称は使って欲しくない」だった。これは百田尚樹も同席した2014年10月の出来事である。故人である夫が同クラブに運営を託し、名称まで指定した「たかじんメモリアル」の名を、未亡人の放棄交渉の影響で遺贈受理意志を明らかにしていない6月の段階で、自らが代表を務める法人サイトに早々とその名称を冠したのは、無償の愛を捧げたはずの故人の遺志を冒涜したことに他ならない。
 (※詳細はこちら・
 OSAKAあかるクラブ寄付金放棄騒動
)

掲載文に、「※氏は、やしきたかじん氏が亡くなった直後より、『30年来の友人』としてブログを書いてきましたが、最後に直接たかじん氏本人と会ったのは15年以上前とのことでした」とある。おそらくは、長年会っていないので友達とは言えない、直近のたかじんを知らないと強調したいのだろう。しかし、たかじんとアズマラ氏は30年間に渡ってリスペクトし合っていたのは間違いないだろう。アズマラ氏が絶縁していたなら、ブログコメント欄で執拗な嫌がらせを受けてまで、さくらへの不信を掲載する必要がない。

殉愛問題がそれなりの拡がりを見せるなかで、さくら未亡人を讃えているのは、幻冬舎、百田尚樹、制作会社を中心とする「殉愛プロジェクト」のレールに乗っかった人々だけの声で、しかもたかじんとの2年間に限定されており、目的からして脚色されたものであることは明白と言える。
他方、真実を伝える各出版物で明かされたさくらの過去は痛々しいものばかりで、ネット上に流れる情報も然りである。さくらはたかじんと出会う以前に三十数年も生きているのに、何故、美談や善良で温和な性格を表す情報の一つも出てこないのだろうか。
明らかになった結婚歴や愛人歴も概ね2年で破局し、しかも最後には必ずと言っていいほど金銭問題が絡んでいる。さくらの生き甲斐は、豪華なマンションに住み、ブランド品で着飾り、贅沢な暮らしを送る、そのためには手段を択ばない、虚飾に満ちた人生だけが彼女を満足させる全てなのだ。だから「思いで生きている人々」を理解出来ずに、長年会っていないとのフレーズを、鬼の首を取った如く並べたのだろうが、思いで生きている人は何十年経とうとも、友人は友人なのだと断言出来る資格があるのだ。

当然ではあるが今回の一文掲載に対して、掲示板、Twiter等でも未亡人に対して批判と反発が多い。一方、さくら側は致命的なミスを犯しているとの指摘もある。「当方が同申し入れを受け入れ」の文言である。文責者著名がなく何方が書き起こしたのか不明だが、家鋪さくら氏と[氏]の敬称を使用していることから、関係スタッフによる文章だろうと考えられる。これらは家鋪さくらが公人であることを宣言したことに他ならず、さくらが起こしている名誉棄損等の裁判で、私人であるとの主張が現実性に欠けるとの判断材料とされはしまいか。


今回、さくら側が発表した一文は、一見すると勝利宣言のようにも見える。彼女の性格からしても、おそらくそう思っているのだろう。発表の翌日は彼女の34回目のバースデイ―でもあり、もしご相伴する相手がいたとしたら、さぞかし満足のいく祝杯をあげた事であろう。
同サイトのトップページには、赤いジャケットを着て熱唱するたかじんの画像が貼ってある。彼からのバースデイプレゼントが、天から届く「一喝」であって欲しいと願うばかりである。

▼アスマラ氏に宛てたたかじんの手紙
あずまら手紙















アズマラ氏は簡潔な謝罪文以外は発していないので、心情的な勝ち負けについてどのように考えているかは察するしかないが、第三者的に見ると負けとは言い難い。氏のブログから発せられた情報は事実だったと証明された事案も数多く、特に、さくらのイタリア人との婚姻歴が明かされたのは、氏ブログのコメント欄に投稿された情報が元となるなど、ネットやSNSでさくらの実体を検証する人々の一里塚となったのは間違いない。
心情面から言う勝負には負けたかも知れないが、内容で勝っているのは衆目の一致するところだろう。「勝負に負けたが、相撲で勝った」と言える。
一方、さくらは自ら提訴した裁判や、たかじん長女から起こされるであろう遺留分減殺請求と、それに伴う遺産額確定訴訟等を抱えることになるが、今度は本や手記で都合よく述べたような訳にはいかない。なんと言っても法廷の場てある。これまでに明かされている陳述書等の情報から苦戦が予想され、今回の雄叫びのような勝利宣言も「最後の咆哮」と思えてならない。

さくらのMONEY勘定~時系列で見る遺言書作成

たかじんの遺言書については、寄付金以外の現金類と不動産の全てを、結婚して3ケ月足らずのさくらに相続させる、ただ一人の長女には一切の相続をさせないだけではなく、法的に認められた遺留分の請求もしないようにと念が押されたものだった。これには当の長女のみならず、赤の他人である人々にも驚愕の内容であった。
いかにして斯様な遺言書が残されたのか、他人様の懐事情ではあるが、遺産相続人となったさくら未亡人は、殉愛の中で何もいらない「無償の愛」を貫いたと書かれた人なので、至極興味深いところである。まずは、たかじんの遺言書作成にまつわる時系列を、これまでに発表された関連本や報道等を引用しながら整理してみたいと思う。

■2013年12月23日
【殉愛】
聖路加国際病院久保田医師より腹膜播種を診断され、余命1,2ケ月と宣告を受ける。

■2013年12月25日
【殉愛】
たかじんとさくらがエンディングノートを作成。さくらが書いたものをたかじんに読み聞かせた。
 ・たかじんがさくらには生活できるものを残すと言ったが、さくらは「いらない」と答えた。
 ・でも二人の貯金はさくらのものや。大阪のマンションはさくらに残す。退職金で清算できる。
 ・たかじんメモリアルを作る。
 ・たかじん名義の預金は全額寄付。寄付先は、大阪市、親がいない子供達の施設、盲導犬協会。
夜、たかじんが大阪から来たKマネと、一時間くらい打合せをした。たかじんが伝えた内容は、「余命のことを誰にも言うな」と、「俺が死んだら、さくらが全てをやるから、さくらの言う通りにしろ、さくらを助けろ」とのことだった。

【Wil掲載さくら手記】
エンディングノートには、遺言書と同様のことが書かれている。

【女性自身】
たかじんはマネージャーに、12月末には遺産配分に触れたエンディングノートの存在も明かし、長女についても金を渡すと明言していた。

【ゆめいらんかね やしきたかじん伝】
たかじんから呼ばれたKマネに「遺言書を書く必要がある。今度弁護士を呼んで来てくれ」と伝える。
 ・PIS閉鎖はKマネに任せる。
 ・年末に東京で事務所の弁護士と遺言状を作成する。

【殉愛の真実】
25日、K氏はたかじんと今後のことについて話し合った。2人の話し合いは3時間に及んだ。
 ・医者から余命2ヶ月を告げられた。
 ・弁護士立会いのもと、すみやかに遺言書をつくりたい。
 ・たかじんの死後は、弁護士や税理士と相談したうえで、事務所を閉鎖したいというK氏の要望を認める。
 ・余命の他言を制する言葉は無かった。
 ・さくらの言うとおりにしろ、さくらを助けろという言葉もなかった。
 ・たかじんはさくらのPIS介入を懸念するK氏に、「わかってる。あいつは金で黙らせる」と言った。


★殉愛の同じ項の中で、「二人の貯金はさくらのもの」と、「たかじん名義の預金は全額寄付」の相反する二つの表現がある。さらにさくらは「何もいらない」と言っていながら、出来上がった遺言書では総取りの形である。ノンフィクションと謳いながら不可解な表現を書く作者も作者だが、いい加減なエピソードを与えた方も与えた方である。
又、「二人の貯金」については、各金融機関の決まりを見ると、「個人の銀行口座は一人の名義でしか開設できません」となっている。さらに、「夫婦で共通の口座を持ちたい場合でも、夫もしくは妻の名義で新しく開設し、共通の口座とするしかありません」となっている。更に、「キャッシュカードはその名義人に対して一枚のみ発行されます。代理人カードを申し込むこともう一枚発行されるが、本人会員と生計をともにするご親族1名に限る」とされている。この決まりからすると、どれだけさくらに都合よく解釈しても、入籍後3ケ月間で貯めた分しか主張出来ないことになり、治療費や税負担を勘案すると大金とはならない。

■2013年12月26日
【殉愛】
たかじん、聖路加国際病院緩和ケア病棟へ緊急入院。

■2013年12月29日
【殉愛】
Kが弁護士を連れて来た。たかじんと弁護士の二人で打ち合わせをした。たかじんの意向で会話は録音されており、さくらに「明日、正式に遺言書を作る」と告げた。

【フラッシュ】
FLASHはこの録音が12月29日に行われたとしており、百田尚樹も同誌上で同様の証言をしている。

たかじん「もう寿命もあんまりないから(中略)法律である分配率は、絶対守らなあかんの?」
Y弁護士「いや、守らんでエエですよ」
たかじん「俺、娘にやりたくないんで、いいんですか?」
Y弁護士「いけますね」
たかじんの掠れた声が確かに聞き取れた。

【ゆめいらんかね やしきたかじん伝】
たかじんは年末の29日に弁護士立会いのもと、病室でビデオによる遺言状を作成した。

【殉愛の真実】
Y弁護士とKマネを呼び寄せ、遺産と遺言について自分の考えを伝えた。
Y弁護士に伝えた寄付先は、大阪市に3億円、あかるクラブに2億円、日本盲導犬協会大阪支部に1億円、親のいないこどもたちの施設・A学園に1億円。
 ※寄付金合計7億円。
さらにたかじんは、「遺言書に必要な実印と自分の現金は、大阪の自宅マンションの2つの金庫の中にある。おそらく(会わせて)3億円くらい入っているはずだ」と言い、「Kよ、お前が大阪まで行って金庫を見てきてくれんか」と、紙に金庫の暗証番号を書いてKに手渡した。
大阪のマンションでKが金庫を開けて退室。Y弁護士と別の弁護士がビデオカメラで録画しながら現金を数えた。現金は2つの金庫に合計2億8千万円入っていた。
たかじんが自宅マンションの金庫の中を確認してくれと言ったあと、さくらが弁護士と病院内で話し込んでいた光景をKは思い出した。事務所の運営や遺産のことで相談していたのかも知れないと思った。

【さくらの遺言執行者(Y弁護士)解任陳述書/要約】
主人の金庫と私の金庫の中のものを数えなおして、金庫内をビデオで撮影した。2つの金庫のうち1つは私のもの。私のお金と主人のお金は別にしていたのに、なぜ、勝手に一緒にしたのか。なぜ、了解なしにビデオを撮影したのか。

【Y弁護士の陳述】
さくら氏から、K氏に不信感を持っているので、自宅金庫を回扉した際は、きちんと現金を数えておいて、私(Y弁護士)がしたことをK氏にわかるようにしておいてほしいとの話があった。


★たかじんはこの日、Y弁護士とKマネに自分の意志を直接伝えている。ならば、25日にたかじんとKマネが話し合いをした内容を、Y弁護士に伝えたと考えていいだろうことを押さえておきたい。

■2013年12月30日
【殉愛】
 ・朝9時に目が覚めたたかじんは、「帰りたい」と言い出した。その後、久保田医師に麻薬を投与してもらい眠った。
 ・朝にたかじんと会話した久保田医師が「やしきたかじんの意識はしっかりしており、正常な判断力を持っている」と証明した
 ・午後3時半に弁護士三人がやってきた。今回は「危急時遺言」となるため二人の弁護士を立会人とした。 ・たかじんは会話はできるものの、文字を書けるような状態ではなかったため口述で作成された。
 ・筆記したのは、遺言執行者のY弁護士(PIS顧問弁護士)だった。
 ・遺言書作成の一部始終を録画・録音した。

【殉愛の真実】
Y弁護士が調べた結果、盲導犬協会に大阪支部がない、A学園についてはたかじん知人のМ氏が退任していた。説明を受けたたかじんはこの2件の寄付を止め、桃山学園に1億円の寄付をすることとなった。
 ※寄付金合計6億円。

【ライブドアニュース】
弁護士がこれらを●●さん(さくらさんのフルネーム)に遺すことを承知しますね? と聞かれたたかじんさんが、朦朧としながらただ『はぁい』と言っているのです。
とても弁護士の話の内容を理解しているようにはみえませんでした」
生前のたかじんさんを知る関西メディア関係者は、「余命いくばくかの病床の人に対してすることではないでしょ」と怒りを隠さない

【Will掲載さくら手記】
遺言書の作成に当たっては、娘さんの遺留分を遺産総額の半分ぐらい残しておくべき。なので、「そこは確保してください」と、私が遺言書作成の前日にきちんと伝え、「わかりました」との 回答を得ていたにもかかわらず、Y弁護士は、遺留分を 全く考慮せずに遺言を作成した。「娘には、遺言者の財産を相続させない」 との記述もあったが、いくら主人の希望とはいえ、弁護士としては書いてはいけないこと。

★この日作成された遺言書が、たかじんとKマネが打ち合わせた内容との大きな違いは、長女には遺産を一切残さずにさくらが全てを受け取ることと、PIS(たかじん個人事務所)の権利をさくらに渡すとされた2点である。前日の29日の打ち合わせにはKマネが同席しているが、この日はどの書物・報道でも病院へ出向いた記述がないので、病院へは行っていないと思われる。当然、遺言書作成時に同席できる立場にないが、PISの顧問弁護士であるY弁護士を信用していたのだろう。
この間隙と、29日のたかじんとの打ち合わせ後、Y弁護士がさくらと病院内で話し込んでいたことが意味深い。

★たかじん関連の書籍・報道では29日にビデオ撮影が行われたとするもの、29日は録音のみで30日にビデオ撮影が行われたとするものが混在している。
フラッシュが報じた、たかじんとY弁護士の会話の録音、「娘にやりたくない」「いけますね」は29日のものとされている。作家タブーの項でも書いたが、このフラッシュ記事は百田尚樹のゴリ押しで掲載されたものである。普通に考えると30日のビデオ撮影に基づいて記事にした方が、より説得力があるものになったと思うが、なぜ、29日の録音したテープを根拠に記事にしたのだろうか。さくらも百田尚樹も、そうするのには理由があるのではないのか。たかじんの「娘にやりたくない」の言葉を、29日に欲しかった点に謎があるのではないかと考えている。

■2013年12月31日
【フライデー】
Y弁護士が1.000万円(29日、さくらが当面の生活費として、大阪の金庫から持ってくるよう指示した)の受領サインを求めたことに立腹したさくらがたかじんに話すと、最後の力を振り絞って、メモに「現金さくら」と書いた。


■2014年1月5日 (たかじん直葬の日)
【殉愛の真実】
長女が遺言書内容をY弁護士から口頭で教えてもらう。
Y弁護士が長女に遺留分の主張をしてくれるなと告げる。理由は寄付が出来なくなるから。
Y弁護士が長女に、いくらかは娘さんにも渡るように、奥さん(さくら)に話して見ます。金額は1億円、と告げる。

【殉愛】
Y弁護士がさくらに電話、娘が「娘に一切相続させない」と知って、カンカンになって怒っていると知らせる

【Y弁護士の陳述書】
私(Y弁護士)と娘さんとのやりとりをさくら氏に伝えた。
さくらがY弁護士に、「長女への遺産相続を1億円で納得させてほしい」と持ちかける。もともと盲導犬協会に寄付するとした1億円がなくなった(たかじん判断で取消)ので、それを渡すと考えれば納得できる。

【Will掲載さくら手記】
Y弁護士は、ほかにも娘さんに「一億円で手を打たないか」と持ちかけるなどの問題を起こしている。
問題行動と、娘さんの遺留分の権利を守らねばと、Y弁護士の遺言執行者解任を大阪家裁に申し立て、結果的にY弁護士は辞任した。裁判費用は私が全額負担した。
娘さんは、私がY弁護士に「一億で手を打たないか」と言わせたと主張している。
 ※長女の遺留分は、遺言書内容にかかわらず、全遺産の4分の1の権利がある

★12月30日に作成したのは危急時遺言書なので、検認を受けるため裁判所へ提出するが、2014年1月5日は曜日の関係でその前である。本来は検認後に相続関係者が裁判所に呼ばれ、その前で明らかにされるのが決まりである。Y弁護士1月5日、口頭で長女に相続分はないと伝えているが、さくらが盲導犬協会への寄付が無くなった事実を知っていることから、さくらには速やかに全容を明かしていたことになる(他のエピソードもある)。

★長女の遺留分の放棄は、たかじんの遺言書に希望として書かれていたが、遺留分請求は法的に認められた権利である。「遺留分請求によって寄付が出来なくなる」「盲導犬協会への寄付が消滅した分の1億円で納得してほしい」等、さくらの言い分を受け売りした感が否めないY弁護士の言動である。
特にY弁護士は税理士資格も持っており、足算引算が苦手な訳でもあるまいに、「寄付が出来なくなる」の文言はいただけない。さくら側の何らかの事情を汲み取ったのではないかと思うが、それは不動産処分に絡むものではないだろうか。

★今更感が否めないさくらの弁であるが、Will誌に手記を寄せた期日は、OSAKAあかるクラブ、桃山学園への寄付が決定事項となった後、又、長女の遺留分請求意志が固まった後と思われる。寄付金奪還作戦や遺留分放棄工作が失敗した後なので、観念したという意味なのだろう。実は最初からこう思っていましたと言われても、空々しいとしか思えない。

■2014年1月19日
【殉愛の真実】
たかじん長女がY弁護士と羽田空港で会い、「遺言書」を書き写す。
この際にY弁護士は長女に「遺留分を主張しないでほしい、遺言書どおりに寄付が実行出来るかはあなたにかかっています」と話す。

■2014年・・月・・日
たかじん遺言書は有効であると審判された。
【大阪家裁事件番号平成26年(家)第34号遺言確認申立事件】
遺言者が平成25年12月30日にした遺言(別紙遺言書の記載内容)は真意に基づくものと認められるのであり、その方式に明白な不備がないことなども考慮すると、遺言者が別紙遺言書記載の遺言をしたことを確認するのが相当であるから、主文の通り審判する。
「主文 1 遺言者が平成25年12月30日別紙遺言書記載の遺言をしたことを確認する」

■2014年2月25日  
【大阪家裁事件番号平成26年(家)第391号遺言書検認申立事件】
遺言書検認される。


■2014年3月10日
【週刊新潮
やしきたかじんの遺言執行者だったY弁護士が数々の問題を起こしたと家鋪さくら氏が主張し、2014年3月10日に大阪家庭裁判所にY弁護士の解任を申し立てた。
 ※その後、Y弁護士が自主的に退任。

■2014年秋
【殉愛の真実】
大阪地裁選任遺言執行者(弁護士)により、遺産目録作成。
遺産総額8億6千万円。金庫内現金2億8千万円のうち、1億8千万円はさくらのものとされた。

■2014年12月24日
OSAKAあかるクラブへ2億円、桃山学園へ1億円の遺贈が、遺言執行人より実行された。

★たかじんの総遺産は8億6千万円とされたが、さくらが自分のものとした金庫の1億8千万円を含めると、10億4千万円がたかじんが芸能人生活で残した金額となる。

★長女代理人は遺留分請求前に、遺産総額確認申し出を行うと話しているので、8億6千万円とされている遺産総額の増額があるかも知れない。さくらが自分のものとした1億8千万円の正当性が問われることになり、さらには死去3年前に遡ったプレゼント品の遺産繰り入れ(※但し、遺留分減殺請求出来るのは1年前までの遡り分とする条項有)、たかじん死後の共同財産とみなされた場合の収入、有ると仮定したなら隠された財産等も対象となる。

さくらのMONEY勘定~たかじん遺言書全文

遺言書 

遺言者(東京都中央区明石町9-1所在 聖路加国際病院入院中)家鋪隆仁は病気療養のところ、重態に陥り志望の危急に迫ったので、平成25年12月30日、同所において、後記の証人3人立ち合いの上、証人〇〇〇〇に対し、次の遺言の趣旨を口授した。
   ※〇〇〇〇→Y弁護士/現衆議院議員・維新の党(以下同じ)

第1条 遺言者はその所有する現金と預貯金を遺言執行者において、すべて解約・払い戻しの上、下記のものに遺贈する。
1.金3億円を「うめきた」の緑化事業に供するため、お世話になった大阪市に遺贈する。
2.金2億円を自分が生きてきた証として「たかじんメモリアル」を設立し、大阪のために頑張ってくれた人に対して表彰し、金100万から500万を授与するものとするが、当面の運営は大阪あかるクラブが行うため、同法人に遺贈する。運営が順調になれば、新法人を設立することを希望する。
3.金1億円を母校である桃山学院高等学校に遺贈する。
4.その余のすべての現金は、妻・家鋪さくらに相続させる。
5.万一、上記1~3の遺贈について放棄された場合には、妻・家鋪さくらに相続させる。

第2条 遺言者は、その所有する京都、東京、ハワイ所在の不動産を妻・家鋪さくらに相続させる。

第3条 遺言者は、その所有する株式、動産、債権その他一切の財産を、妻・家鋪さくらに相続させる。

第4条 大阪所在のパブリックインフォメーションスタイル名義の不動産に、妻・家鋪さくらに必ず住めるようにすること。同社株式は前条の通り妻・家鋪さくらに相続させる。

第5条 遺言者は、子である家鋪(旧姓)□□には遺言者の財産を相続させない。又、遺留分の権利主張をしないことを望む。
   ※□□→たかじん長女

第6条 遺言者は、妻・家鋪さくらを遺言者の祭祀を主宰すべきものに指定する。
2.遺言者の葬儀は密葬で行うこととする。
3.遺骨は二分し、その1を大阪に、その1をハワイに埋葬することとする。
4.遺言者を偲ぶ会は、妻家鋪さくらが、在阪のテレビ局と協力して行うこととする。

第7条 遺言者は次のものを遺言執行者として指定する。
大阪市 ・・・・・・・ 弁護士 〇〇〇〇

2.遺言執行者は、不動産に関する所有権移転登記等の手続き、預貯金債権、有価証券等の名義変更、解約、払戻、その他、この遺言執行のために必要な一切の権限を有する。

3.遺言者は、〇〇法律事務所の弁護士報酬規程に基づき、遺言者の所有する現金から、上記規定に基づく報酬を遺言執行者に支払う。

第8条 前項2条の不動産は、次の通りである。
 (京都) ・・・・・・
 (東京) ・・・・・・
 (ハワイ) ・・・・・・

証人〇〇は、右遺言を筆記して、遺言者、及び他の証人に読み聞かせ、各証人はその筆記の正確なことを承認して、次に著名捺印した。
平成25年12月30日
 大阪市 ・・・・・・・ 〇〇〇〇
 大阪市 ・・・・・・・証人 ・・・・
 大阪市 ・・・・・・・証人 ・・・・

★上記遺言書は危急時遺言であるため、その後大阪家裁へ提出され、2014年2月25日付けで検認された。

▼フライデー掲載遺言書
 ①~③

遺言書①
遺言書②
遺言書③










OSAKAあかるクラブ寄付金放棄騒動

★たかじんの遺志

たかじんが残した遺言書の中に三件の寄付先が記されており、その中の一つにたかじんがキャプテンを務める、「OSAKAあかるクラブ」があり、その金額は二億円と記されていた。寄付の趣旨は同クラブが発表した報告書に記されている通りだ
。(下記、寄付実行後に発表された)

今後、当クラブは、故人の遺志を具現化すべく誠実な努力を重ねてまいりますが、その最初のステップとして、故人が生前から強く希望し、遺言においても口述していた「たかじんメモリアル」設立に向けた企画策定を進めていく予定です。同メモリアルは、「大阪のために頑張った人を支援」するためのアワードで、対象となる方々を表彰することを主旨とします。

あかるクラブ











具体的には、「大阪のために頑張った人」を対象に、100~500万円の賞金を授与する表彰「たかじんメモリアル」の設立を希望しており、その運営を同クラブに委ねるとし、「運営が順調になれば、新法人を設立することを希望する」との遺言を残していた。大阪にこだわり同クラブ設立の旗振り役となったたかじんらしい意図が窺がえる善行と言える。


★さくらの思惑

一方、たかじん未亡人となったさくらは、故人の遺志とかけ離れたスタンスの行動に出る。既報記事を振り返ってみると、同クラブが主体となって運営されるべき資金の受領を放棄せよと迫っているのだ。

「たかじんの死後、さくら氏から『あかるクラブ』に遺贈される2億円をさくら氏が中心になって設立する新団体に全額渡してほしいという趣旨の要請があった」
(週刊朝日)

「さくらさん側は(たかじん氏が亡くなった)1月のうちに、同クラブに2億円の寄付の放棄を申し入れたのです。10月になってからは2度にわたって自分に渡すように折衝しました」
「さくら夫人側は、遺言書はたかじん氏の意志ではない、とまで言明したという」
(サンデー毎日)

さくらは、たかじん遺書に一億円寄付すると書かれた桃山学園に出向き、温井校長(当時)に脱税の片棒担ぎとも言える寄付金の迂回返還を迫ったが、たかじんが書いたと言って持参した「温井メモ」の真贋を訝られて失敗した経緯がある。この失敗訓からか、あかるクラブへの放棄作戦は、多少巧妙だったようだ。
(温井メモ詳細・宝島web)

以下に経緯を列挙する。

・遺書に書かれた「運営が順調になれば、新法人を設立することを希望する」の一文をテコに、二億円の回収を目論んだ。
・あかるクラブは一般財団法人なので、遺贈を受けると税金が10%かかる。自分は配偶者なので50%が控除され、私が配偶者として二億円を受け取り、新たな財団を作るほうがいい。などとたかじん死後間もない頃から、複数の理事に話していた。
・自分は公益財団法人を設立する方向で大物に相談している、とも話していた。
・これらの複数理事への遺贈放棄打診は8月末まで続き、同クラブとしての対応を迫られため、理事長と複数の理事が集まって協議した。
・最終的に、未亡人が公益財団法人を設立し、たかじんの遺志を継いで「アワード」を実現してくれるなら、そのアワードの運営にあかるクラブが参加するという前提であれば、放棄を検討してもいい、と遺贈放棄に傾きつつあった。
・2014年9月11日、あかるクラブ理事長や専務理事らのメンバーが、本人の意思を確認しようとさくらと会った。大物発起人の名を教えてほしいと訊くと、「安倍晋三、橋下徹、安藤忠雄、秋元康、星野仙一、ビートたけし、越智常雄(読売テレビ会長)、百田尚樹」の名を挙げた。
・同クラブ側は、「遺言書に書かれたアワードなどの、たかじんさんの遺志を新財団のほうで実現できるなら、遺贈は放棄するつもりなので、合意文書を結んだ上で放棄しましょう」と結んでその場は終わった。
・合意文書の内容は、あかるクラブは遺贈を放棄する代わりに、「たかじんさんの遺言書にある通り二億円は、たかじんアワードを含め、すべて公的なものに使うこと」、「新財団が二億円を使って、たかじんメモリアルやアワード等のイベントを行う際には、あかるクラブからも一人、協議の場に参加させること」という2つの条件を入れた。
・2014年10月16日、あかるクラブはさくらと協議の場を持つが、合意文書を見たさくらが激怒し、最初から話にならなかった。さくらは席に着くなり、「ここまで細かく2億円の使い道に関する条件を入れてくるということは、さくらを信用していないということですね」と言い、「放棄しなくても結構です。受理して勝手にやってください」、「ただし、今後いっさい、たかじんの肖像や名称は使って欲しくない」と言い放った。
・同クラブは、収支も会計報告もすべて公開しているので、金額の多少に関わらず誰も着服出来る仕組みになっていないと説明しても、さくら側は聞く耳を持たず、交渉は決裂した。
・同クラブは緊急理事会を開催し、従来の方針どおり、遺贈を受け取ることを確認した。
(引用:殉愛の真実より抜粋)

一連の流れを見ると、あかるクラブ側のたかじんの遺志を尊重しようとする姿勢がよくわかる。本来は遺言書が現認された時点で、2億円の所在は同クラブのものであり、さくらの放棄工作に応じる必要がない立場だ。応じたのはたかじんの妻との思いが有ったからこそ協議に応じ、至極当然の妥協案を提示したのだろう。
しかし、さくらが企んだのは寄付金の回収という故人の遺志をも踏みにじる行為であるが、奥底に秘められた魂胆は、もっと利己的なものであることが窺がいしれる。

まず以て、さくらがあかるクラブに、「あかるクラブは一般社団法人なので、遺贈に課税される」と説明したが、同クラブは「非営利型法人」として登記されており、寄付金等に関しては非課税である。このような基本的なことで無知を晒しながら放棄を迫られた方は、訝しかったことだろうと思う。
同クラブが提案した、「たかじんさんの遺言書にある通り二億円は、たかじんアワードを含め、すべて公的なものに使うこと」、「新財団が二億円を使って、たかじんメモリアルやアワード等のイベントを行う際には、あかるクラブからも一人、協議の場に参加させること」の2つの提案に対するさくらの反応に、彼女の本性が垣間見えた気がする。つまりは、自分が新財団法人の代表におさまる君臨願望と、2億円を自由に采配出来る環境が必要だったと推測している。それゆえ、2億円の使途の限定と、あかるクラブからの協議参加を不服としたのであろう。

捨てゼリフに吐いた、「たかじんの肖像も名前も使うな」の行りは、まさしく子供のケンカの最後っ屁みたいなもので、紳士的に対応したあかるクラブ理事の方々も仰天したことだろう。自分がその場に座る立場にあったとしたらこう呟いたはずた。「たかじんさん、躾けわるいやん、表に出せへんで」

★放棄交渉に現われた百田尚樹と井関猛親


もうひとつ驚くべき事実がある。それは、このあかるクラブとの協議の場に、さくら氏だけでなく百田尚樹とAZITO代表・井関猛親(9月11日のみ)も同席していた。それは百田尚樹も認めている。

「さくら氏に頼まれて知人のプロダクション関係者とともに交渉に同席しましたが、それはその場の発言をちゃんと聞いた証人としてでした」 (本人談)
(週刊朝日)

しかし、この報道以前に、放棄交渉の様子の詳細がyahoo知恵袋に投稿されていた。一部を引用する。

理事の面々が報告を受けて非常に驚いたことは、その話し合いの場に、何の予告もなしに、百田氏ともうひとりの放送関係者がさくら夫人に連れられて来ていたとのこと。そしてあかるクラブに出された要求というものは、一言で云えば「つべこべ条件をつけずに全額放棄すればいいんや」ということだったらしい。誰であっても百田氏や有力な放送関係者がいれば、それだけで大きな威圧を感じざるを得なかったのではないかと友人は云っていた。しかし、そういった威圧感にも関わらず、また今後予測されるであろう有形無形の圧力を危惧しながらも、たかじんの思いがどうであるかを重視し、無条件放棄はできないという結論を出したとのことだった。結局、弁護士とも相談の上、遺言書通りに進めていくということが妥当であるという判断をしたとのことである。
(2014/11/2320:32:37 yahoo知恵袋 )

これらを受けて、百田尚樹が弁明と取れるツイートを連発した。

前述のとおり、多額の税金がかかるのはウソである。

多くの報道を見ても、放棄を迫ったのは未亡人の方である。・あかるクラブ側はそれを受けて協議をしたに過ぎない。

無駄なく使えるとの論理はどんな論理なのか。課税のことを指しているのかもしれないが、その論理は破綻している。

未亡人の生活を縛るとは斯様な意味なのか。やはり2億円を私物化しようとしていた証左ではないのか。

★暴言

百田尚樹は自ら赴いた寄付金放棄作戦の鎮静化を謀ったのであろうが、殉愛の真実によると、まだまだ驚くエビソートが明かされている。

9月11日の協議の場に同行した井関猛親は、話し合いの途中に口を挟み、「たかじんさんが本当にやりたいと思っていたことを理解しているテレビ関係者や仕事の仲間が大勢いるんや~、まずいったんは金を(さくらに)渡して、それで進めるということでええやないか」と言った。この井関の発言は、メンバーも相当疑問に感じたようだ。
又、百田尚樹は雑談の中で、「文春から、さくらさんに対する失礼な質問状が来たので、俺がすぐに圧力をかけて記事を潰した」と話した。さらに、「これまでさくらを攻撃してきた娘やマネージャーのKはとんでもない奴た」「今は詳しいことは言えないが、近いうちにKは社会的に抹殺されることになるでしょう」と言い、同クラブメンバーは「百田さんはいったい、何を言ってんだろう」と訝しがった。
10月16日にも同席した百田尚樹は、「男らしくない、この前放棄すると言ったのに、なぜ細かい条件を付けてくるのか」「いったん放棄したうえで、(さくらと)一緒に考えればいいじゃないか」「2億円とう金額を聞いて、やっぱり自分たちで使いたいと思うようになったということなんでしょ。たかが2億円で卑しい」とまで言った。

いやはやである。両人とも放棄要求に加担したと取られかねない言動を残したものだ。
実はさくらが二人の加勢を得てでも放棄を迫ったのには、もう一つの理由があると睨んでいる。たかじん遺言書に、各寄付先が遺贈を放棄した場合は、その分をさくらが受け取るとの一文がある。だからこそ、寄付分をこっちに渡してから考えればいいとの言葉が出、監視される事を嫌った理由だろう。そうであるなら、桃山学院へ生活が出来なくなるとの理由を付け、寄付金迂回を迫った事実と根底は変わらない。
百田尚樹は「その席には私も同席した。以上が、ことの顛末である」とツイートしたが、何を以てして以上なのか、子細な事実を公表する義務があるのではないか。

同年12月、あかるクラブは遺贈を受け取ることを決定し、12月25日に遺言執行者より遺贈がなされた。さくらの最後っ屁、交渉に同行した百田と井関の言動を目のあたりにした同クラブは、放棄を選択せずに良かったと安堵したことだと思う。それは三途の川の向こうにいるたかじんも同じ思いだろう。


悪意に満ちた物語 長女「殉愛」出版差止め訴訟







ここまで自信たっぷりに語っていながら、法廷に出てこなかったのだ。ツイート内容がセカンドレイプに当たるのではとの指摘が出たほどの弁が虚しい。
2015年4月17日の第三回公判を前にして、ツイッターでの問いには「自分は訴えられていないので出れない」と答える猿芝居を演じてしまった。ならば、一連のツイートはなんだったのか。本心は盛り過ぎたノンフィクションを暴かれるのが恐くて出て来れないのだろう。


★第3回口頭弁論 (2015.4.17東京地裁)

▼掲示板・Twitterへ投稿された裁判傍聴記の紹介

[Ⅰ] 奥様
原告提出書面で、名誉毀損についての場所にプライバシー侵害について書いてたか、その逆かで訂正を求められたのが1つ。
そして、裁判官がしつこく言ったのは、まとめた表への落とし込みが足りないといったこと。
概論的ではなく、繰り返しになっていいから、具体例な箇所を細かくまとめるようにとのこと。
それと、敬愛追慕の念侵害については、原告と被告の主張の論点がずれていて、審議できないから、それも表に具体例にまとめることで、解決するとのこと。原告は、2週間で表をまとめると回答。
その後被告はGWあるけど、頑張って反論をまとめて、次回裁判の1週間前までに提出するようにと指示。

[Ⅱ] 速報/週刊鬼女さん
裁判傍聴に行って来ました。
遂に、阿曽山大噴火参戦!
週刊鬼女スポークスマンの誕生か!?
閉廷後、声を掛けようかと思いましたが、恐い顔してたので止めました
生来の頭の悪さと体調不良のため、法律的なレポートは他の方に譲ります。
補足があれば、書き込みます。
今日の的場っち
紺地のストライプのスーツ、淡い青緑のYシャツ、黄系のネクタイ。
黄色の小物もお持ちでした。
黄色がお好きなようです。
今日の大井のりピー
胸元は開けず、淑女の装い。

的場「百田を訴えることは今でも出来るが、それはするつもりはない」
とにかく、的場っちは「実父に嫌われた娘」という記載内容に憤りを隠せないようでした。
敬愛追慕の念の侵害については、裁判所も認めると確信をお持ちのようです。

今日は、抽選はありませんでした。
マスコミらしき人も見掛けず、アルバイト動員がなかったためかと思います。
傍聴席に、被告側社員と思われる男性がいました。
スーツを着ていたので、編集ではなく法務関係だと思われます。
態度がデカかったです。

分かり難い書き方で済みません。
百田を被告としての訴訟を起こす気がないだけで、証人として呼ぶ可能性がなくなった訳ではありません。
的場っちの言葉の端々から、このことがにじみ出てました。
「百田はオワコン」

次回は、6月5日(金) 11時~同じ709法廷で
裁判長は、松村徹さん(的兄と同じ名前♡)
裁判官の一人は、池田幸子さんという美女でした  

[Ⅲ] 速報/週刊くノ一さん
的場っちが百田を訴えないのは、表現の自由を守るため、
表現者を訴訟で萎縮させてはいけない、との温情(報告者印象で)から。
主張や反論があるなら、「書くこと」で行えばいいし、
それがまともな内容なら、取り上げるマスコミもあるだろう、とのこと。

先生、どんな小さな質問にも、とても丁寧に応えられてましたよ。
あと、温井先生、いざという時は、いつでも法廷に立たれるようです。心強い。

[Ⅳ] 的場弁護士突撃レポさん
「サンデー毎日が訴えられたことは知っている。訴状を読んだが、訴訟記事であり名誉棄損には当たらない。そのことは喜田村弁護士もわかっているはず。温井氏には弁護士を紹介した。」
「幻冬舎は公共利害関係真実性を主張しているが、当方は調べる必要はないと考えている。よってさくらと百田の呼び出しはない。お前は父親に嫌われているぞと30万人に読まれるのがどれだけつらいか考えてもらいたい。」
「著作権物件の凍結はあり得る。証人尋問に打って出ることができないのでこのような手段に出たのだろう。」
自分で質問して自分でメモを取るのってほんとに大変で、せっかく的場弁護士がたくさんお話してくださったのにこれしかメモできませんでした。
しかも内容が正しいのかどうか…でも先生は「筆を委縮させてはいけない」とおっしゃっていたので、思い切って書くことにしました。
相変わらずマスコミの取材はなく、囲んでいたのは奥様ばかりでしたが、喜田村弁護士が奥様をコバエのようにのように追い払ったのとは違いやさしく答えてくださいました。本当にありがとうございました。
(各、原文から削除部分があります)

[Ⅴ] 愛桜さんTW















■■追記

★嘲われた東スポ記事

東京スポーツ紙は2015年4月20日のweb版で、「出口見えない「殉愛」裁判 妻はネット中傷で体調不良」と題した同裁判関連記事を発したが、この記事をめぐってネット上では批判的な意見が相次いだ。

東スポの記事タイトルにもある通り、さくらの体調不良の原因とされている中傷に対してだ。
『世間から大バッシングを浴びているのが、さくらさんだ。現在の様子について、彼女を知る関係者は「ネットを見れば誹謗(ひぼう)中傷の嵐。彼女には『ネットは見ない方がいい』と言っている。心身ともに衰弱が激しく、入院などはしていないが、具合が悪くなって2~3日寝込むことはある。外に出るのも怖いようだ」と話す』
と書かれている。
ネット故の表現の奔放さはあるにせよ、ほぼ事実に基づいた事案が主流であり、殉愛におけるさくらの天使設定が覆される焦燥の日々であることは想像に難くないが、寝込んでいるのが本当なら、自身のこれまでの生き様が起因していることを認識すべきである。
ならば、自身が手記として作者の百田尚樹に伝え刊行された殉愛で、さらに全国ネットの人気テレビ番組で、虚偽の話しで貶められた人々の立場と名誉をどう考えるのであろうか。彼らに謝罪と懺悔をすることが、体調回復にとって最高の良薬だと思う。

又、『殉愛の真実は、たかじんさん直筆のメモがさくらさんによって捏造された可能性を指摘しているが「この部分について、彼女は絶対にありえないと猛反論している。証拠も揃っている』と報じているが、殉愛の真実ではたかじんの真筆ではないとの鑑定結果を掲載しているが、さくらが偽造したとは一言も書かれていない。東スポ記者が殉愛の真実を読まずに記事にしたことが明白だ。

この記事のソースとして彼女を知る関係者と書かれているが、その関係者が特定されたフシがある。殉愛の真実の共同著者である西岡研介氏のツイートがそれである。


O氏の氏名は分からないが、フライデーは闘病中のたかじんを盗撮し、二度も記事にした写真週刊誌であり、たかじんの死因時を食事が喉につまり救急搬送されたとも報じている。
殉愛騒動後は百田尚樹が圧力をかけて掲載させたと言われ、さくらの言い分をまるごと記事にして掲載したこともある、講談社が発行する曰くつきの雑誌である。副編集長が「さくらちゃんにだだハマり」して書かせた擁護記事だとすると、流石にゴシップ誌に相応しい笑止千万ぶりである。

たかじんにすがるハイエナ達

★偲ぶ会を主催したテレビ局の不可解

たかじん逝去から二ヶ月後の三月三日、在阪テレビ局五社の主催で「偲ぶ会」が開催されたが、親族の出席を巡って不可解な経緯があった。殉愛の真実で明かされた事実を要約して引用する。

たかじんの親族は会が催されることを知らなかったが、或る日、長女宛てにさくらから突然、「親族は会に出席しないように」とのメールが来た。さくらへ連絡をとるが、「局に全てを任せている」との返事だった。
理不尽だと考えた親族が、知人から教えてもらった読売テレビ執行役員兼伊作局長の山西と連絡を取るが、一向に返事がなく、たかじん弟が知り合いの読売テレビ関係者にこの話しをすると、ようやく山西からメールがあった。
話し合い場所に指定された関西テレビへ行くと、山西、関テレ・菅沼、テレビ大阪・田中の三局長が集まっていたが、「今回はお呼び出来ない」と繰り返す゛かりであった。最終的に長女が、「開催中止の仮処分を申し立てる」というと、時間をくださいと言った。二日後に行われた面談でようやく「ご招待させていただきます」との回答を得た。

その偲ぶ会の様子は、各マスコミ等で既報の通りである。さくらは各テレビ局社長に囲まれた中央席に陣取り、親族は隅の末席に配席され、長女は会の最中に奇声を発したと殉愛に書かれた。この会はPISの権利を横取りしたオフイスタカジン社長に就任したさくらの、お披露目の場のようであったと証言する関係者も多い。

いやはや、何という残虐な仕打ちであろうか。たかじんの一人しかいない娘、たかじんの亡き骸にも会えず落ち込む老母、そして兄弟達。娘を除いて、荼毘に伏されるたかじんとお別れも出来ないでいた人達だ。さくらが本当にたかじんを愛していたのなら、親族の出席を自らテレビ局に訴えるべきだろう。いや、主催したテレビ局がさくらの意向を汲んだのか、自らの意向なのか。
しかし、この驚きのエピソードも、たかじん利権に群がるハイエナストーリーの一小節に過ぎない。

★一致した利害

殉愛に実名で登場するテレビ関係者は、さくらを賞賛するかたわら、KマネやUについては凄まじいばかりに貶めることで一致していた。特に、「ボーイズ」の相原康司、「AZITO」の井関猛親を筆頭とする、たかじん番組の制作に携わっていた者達は顕著であり、前出の読売テレビ・山西も例外ではない。
たかじんが腹膜播種を起こし、短い余命を知った2013年12月25日にKマネと打ち合わせ、たかじん事務所を閉めるとしたところにポイントがある。それはたかじん冠番組の終焉を意味しており、それらの高視聴率で稼いできたテレビ局と、それらの番組制作を事業収入の柱としてきた制作会社にとって大打撃である。
特に読売テレビは人気番組「たかじんのそこまで言って委員会」を放送しており、一本約4.000万円の広告収入があり、年間では約20億円前後稼ぐとされていた。レギュラー番組を持つ他の二局の事情も同様であろう。番組終焉で被ることになる減収は巨額に上る。其れゆえ、たかじん休養中も「冠」を外すこともなく続けて来たのだ。
たかじん利権を持つことになるさくらにとっても、算盤勘定は一緒である。たかじん闘病中から番組継続への、さらには死後の継続へも向けた「皮算用」が、両者間に有ったとしてもおかしくはない。
関西の視聴率男の威光は想像を超える大きさだったであろう。テレビ会社のお偉いさんや制作会社の者達が、自分の機嫌を損ねないように接してくる、たかじん未亡人の称号を持つだけで。これまで俗物的な人生を送ってきたさくらにとっては、眩いほどのチャンスと映ったことだろう。
PISの副社長でもあるKマネを、力づくでも排除し貶める必要があったのである。

★制作会社

相原康司が代表を務める制作会社「ボーイズ」は、当初はたかじんが作った会社で、読売テレビ「たかじんのそこまで言って委員会」とテレビ大阪「たかじんNOマネー」を制作している。文字通りたかじん在っての会社だ。相原はたかじんから「アホ原」の称号を与えられているが、業界の最側近の一人と言っていい人物だ。
殉愛の中でも、常にさくらを持ち上げる言動をとっている。2012年末のハワイでは、「師匠が今こうしていられるのは、さくらちゃんのおかげですよ」と言い、復帰を果たした収録後には、「師匠が今こうして元気な姿でいるのは、さくらちゃんがいてこそです」と言っている。たかじんが婚姻届を出すと知った時には、「師匠、とうとう・・・」と涙を流している等々だ。
制作会社「AZITO」は井関猛親が代表を務め、「そこまで言って委員会」と「たかじんNOマネー」の演出を手掛けている。又、殉愛の著者百田尚樹が放送作家を務める「探偵ナイトスクープ」の制作も担当している。井関は各方面に人脈を持つと言われている。
日置圭信が取締役を務める、制作会社「レジスタ・エックスワン」は、関西テレビ「たかじん胸いっぱい」の制作を担当している。同番組はたかじん番組として最も長く続いている。

特にボーイズはたじんが出資して設立した会社で役員登記もされており、子会社のTVTVTV社に至っては副社長となっていた。つまり、高い視聴率が見込めるたかじん番組を作りたいテレビ局は、同時にボーイズを使わざるを得ない仕組みとなっていたのだ。

▼たかじん利権相関図 (takoutsubo.wiki.fc2.com/m/)
相関図2














★KマネとUの排除

殉愛によると、2013年8月28日、読売テレビ・山西からたかじん電話が入り、「たかじんが番組を終わらせたいと、Uが言っているが本当か」と質問があり、たかじんは即座に否定したと書かれている。その後、相原から同様の問い合わせがあった際にさくらは、「これから番組のことは私に直接言って下さい」といい、相原が、「そうするよ」と答えるシーンがある。
殉愛の真実によると、たかじんがKとUに番組終了の指示を出したのは事実で、相原からの問い合わせに、「そんなことはない」と答えたのも事実だ。Uにとってはヒドイ話だがそれは置いておこう。この成り行きを知っているさくらが、これからは私を通してほしいと言って野心をのぞかせ、相原が同調している点に目が行く。

2014年11月29日、たかじんのipadにKマネからメールが入り、添付された画像を見ると、女性のあられもない姿が写されたモノであった。これを見たたかじんは激怒し、Kマネをクビにすると言い解任通知書を作成したとされている。さくらは相原にことの成り行きと、Kマネをクビにすることを告げると、「今から行って、しめたろうか」と息巻いた。
その後さくらは、たかじんに何度も「Kをクビにしたのか」と迫るが、たかじんははぐらかし有耶無耶となった。

この二つの出来事からわかる通り、さくらと相原にはKマネとUを排除しようとする懸命な姿が浮かび上がるが、それはたかじんの考えを超えたものだった。

★復帰を早めたテレビ局

2013年の正月が過ぎたころ、読売テレビ・山西制作局長、レジスタエックスワン」の日置と橘、日を違えてボーイズ・相原代表とAZITO・井関代表がハワイにやって来てたかじんと会っている。
相原が「師匠、復帰出来そうですか」と訊ね、たかじんが「春くらいに復帰しようと考えている」と答えている。相原はいつまでも待つので無理はしないでほしいと言うが、たかじんは体重が戻ったのでもういけると言い、その後、三人で具体的な日取りを話し合っている。
殉愛によるとたかじんは、手術から一年検診を受け異常がなければ復帰に向けて考えると計画していた。再手術から計算する一年後とは、四月下旬となる。予定より早いこの時期に、たかじん番組に関係している面々がハワイまでやってきて、復帰の日取りまで話し合ったということは、たかじんに早期の番組復帰を迫った可能性が高い。先発隊の山西達が意向を伝え、相原とたかじんのコンドミニアムを初めて訪れた井関が、スケジュール打ち合わせに来たのだろう。

★謎のフエースブック<家鋪さくら>

殉愛をみる限り、12月初旬以降にはテレビ関係者との接点が書かれていない。腹膜播種と診断された際も、下顎呼吸が始まり予断を許さない状態となった時もだ。たかじんが荼毘に伏された後の1月6日になって、初めてテレビ関係者を大阪のマンションに集め、死を報告している。
相原に至っては、さらに一日遅れた7日になってからと、不自然な形の流れとなっている。これはにわかには信じられない話しで、少なくとも相原と井関は逐一、状況報告を受けていたと思わずにいられない。
謎なのは、たかじんが危篤状態となっていた2014年1月1日、さくらが「家鋪さくら」名でフエースブックを開設し、翌日にテレビ関係者とたかじん友人の数人と友達となっている。フエースブックのメール機能を利用すると、他人に知られず連絡をとることが出来るのだが、開設日の怪しさから、チーム間の何らかの手段に使われた可能性は高く、「ねんねする?」と言って睡眠薬を投与する直前にアップされたプロフィール画像は、男女のシューズ姿(Nマーク)だったが、何らかのシグナルだったのかも知れない。

★相続宣言

たかじんの遺骨を大阪のマンションへ運んだ1月6日の夜、さくらはテレビ局、制作会社の幹部達を呼び、たかじんの死を報せている。殉愛では見届けたさくらに対し、労いや賛辞する声を掛けられたとしているが、殉愛の真実では全く違う表現となっている。

参集された幹部達に、「全てをさくらに相続させる」と書かれた遺言書を見せ、「今後は、やしきたかじんに関するすべてを私が引き継ぎ、取り仕切る」「PISも自分が社長となる新体制となる」と伝えた。
翌7日にたかじんの逝去が正式に発表されたのだが、夜10時頃、さくらの意を受けたY弁護士がPIS事務所に現われ、「PISの次期社長はさくらさんなので」と言って、同社の実印、通帳、帳簿類、契約書を持ち出したという。

殉愛ではこの件について、弁護士がPISへ出向き、「あなたに法的な権限は一切ない」とKに伝え、会社の帳簿と関係書類を没収したと書かれている。実印や通帳、契約書のことは明記されず、カモフラージュしたと思われる。なぜなら、周囲の殆どはたかじんがPISの株式の大半を所有していると思っていたが、実は24%の所有だったのである。ならば、遺言書を盾に実印と通帳、契約書を持ち出したとなると、問題となるからだ。

この夜、制作会社AZITO代表の井関は奇妙な行動を取る。死亡を知らないはずの毎日放送が、たかじん追悼番組をこの日の深夜に流すとの情報が流れテレビ関係者達が調べた結果、KマネとUが情報を流していたことが判明する。これを知った井関が毎日放送の常務に、「遺族の許可を取ったのか、KマネとUは権利がない。番組を中止しないと低変なことになる」と電話し放映を中止させたエピソードが殉愛に書かれている。井関は遺言書を見せられたと思われるがそれは夕方以降のことだ。しかも危急時遺言なので裁判所の認定を受けなければ正式な物にはならない。それでもこれまで契約中だったPISを差し置き、遺族の権利を盾に毎日放送に対して番組中止を強要したのは、死後利権を死守する為と言えよう。しかも遺族と口実を付けるなら、長女の権利関係も精査してから発言すべきであった。

前述したが、相原は翌7日に伝えられている。二つのたかじん番組制作を担当している社の代表が、たかじん死亡の報告を後回しにされているのは不自然極まりない。遺言書内容、さくらへのPIS利権移行、PISへの弁護士派遣、全て知ったうえで井関と共に最後に訪問したのだろう。首謀者と思しき悪党が最後に登場するのは、さすがテレビ屋の演出か、と思わせてくれる。
(殉愛によると東京にいた井関は、たかじん死亡を前日に電話で知らされていた)

★Offise TAKAZIN設立

たかじんの持株比率が低く、PISの権利を引き継ぐことが不可能となったさくらは、新会社Offise TAKAZINを設立し、代表におさまった。この会社はたかじんの著作、出版物、映像等の権利の管理を目的とし、以降はさくらの許可を抜きにして、たかじん番組が成り立たない事を前提に創設されたものだ。
しかし、権利を持っているのはPISである。如何様にしてさくらが権利を獲得出来たのであろうか。

まずは骨壺作戦である。
さくらは骨壺を首から下げてテレビ局等を訪問、冠代、肖像権などの権利を「オフイス・タカジン」のものとして契約を取り付けた。決め台詞は「私の言葉は主人の言葉です」だったそうだ。(業界関係者) たかじん追悼番組の収録時には、骨壺を持参したさくらに、相原が同行したとの情報も有る。
自分もどこかの国へ出張中に見たことがある光景であるが、実際ゾッとした記憶は今も鮮明に残っている。訪問された方の心理を逆手にとった行動は、効果てき面だったことだろう。

▼骨壺行脚を目撃した、作詞家・及川眠子氏の感想


何よりスムーズに利権以降が進んだ背景は、テレビ局の思惑だろう。PISが権利を持つとたかじんの意志が優先され、冠番組が早晩消滅するのは必定である。PISが相続するには根拠が足りないとの理由を付け、いとも簡単にOffise TAKAZINと契約を結んだのだ。
さらに在阪のテレビ局が約五千万円の費用を負担して偲ぶ会を開催し、もっぱらOffise TAKAZIN代表・家鋪さくらのデビュー戦と称される場を与えたのである。

テレビ関係者はたかじん死亡を、葬儀後に突然知らされたように装っているが、三者がそれぞれに甘い蜜を貪る一連の流れは、たかじん没前から描かれていたストーリーのように思えてならない。
たかじんが長期離脱中も、復帰までの期間はいざ知らず、その後も冠番組を続け、テレビ復帰は不可能と考えたたかじんの意向を押しとどめ、さくらを介在役として全てをコントロールしていたと言えるテレビ業界。死後も然りで「冠」を継続させて視聴率を貪る。たかじんの偉大さがなせる業と言えばそれまでだが、たかじん休養から約三年もの時間が過ぎている。今尚、新しいコンテンツを産み出せず、一種の恩人とも言えるたかじんを静かに眠らせることが出来ず、すがるだけが術の関西テレビ業界には失望する。

★たかじん利権

Offise TAKAZINはさくらの一人役員会社であり、その収入の全てを管理出来る。更には「ボーイズ」の取締役にも就任し発言権を増した。
三つの「冠番組」はたかじん死後も続き、冠代は一本30万円程度と言われており、年間では約4千数百万円もの収入となる。たかじんの映像が使われる都度に発生する肖像権収入もあり、さくらは露出チェックに余念がないという。
その他にもサイト運営や記念フレーム切手発売等の関連事業も行っているが、こちらの営業成績は芳しくないようだ。ネット民、雑誌、書籍類を通じて、さくらの本性が明らかになったことも、無関係とは思えない。

関西で圧倒的な人気を誇るたかじんの冠ビジネスを取り囲む、前記のテレビ会社、制作会社、たかじん利権継承者さくらの三者は、いちご大福の形に似ているように思える。甘い餡の中心にくるまれた苺は賞味期限が短く、ただの守銭奴で業界に疎い未亡人は与しやすさで選ばれたのだろうが、実は古米が使われたカビやすい餅皮のようだからだ。

さくら「殉真」出版差止申立


こんな愚挙に打って出た背景には何があるのだろうか。本来なら「名誉棄損」や「プライバシーの侵害」を理由とした「出版差止め仮処分申立」が一般的と言われている。たかじん長女が、殉愛発行元の幻冬舎に対して行った、出版差止め訴訟の際もそうだった(現在係争中)。リテラの取材に応じた専門家の談話を要約すると、名誉棄損を理由とした場合、宝島社の徹底した反論にあい、差止めまでに時間がかかる。手っ取り早く差止めに持ち込むには、「著作権侵害」だと考えたらしい。

素人が考えても不可解な理由だが、さくら側に勝算はあるのだろうか。むしろ、殉愛の真実で偽物と結論付けされたメモが、今度は法廷で確定されると、ますます窮地に追い込まれることになるのではないのか。これまでも沢山の詭弁を重ねて来ていることと重ね合せると、今度はどんなウルトラ級の"実は~"を出してくるのか、聞き耳を立てておこう。
宝島社側はすでに「反論書面」を提出しており、4月上旬にはさくら氏側の反論が予定されている。


★Twitterで見る識者の見解






そもそも手紙とも言えない礼を欠いたものだが、数多く残したノートの一ページに書かれたこのメモ。しかも内容は寄付金を迂回させ相続税を逃れる、いわば脱税の片棒担ぎを依頼するものだ。これのどこに著作権を主張する根拠が存在するのだろうか。そもそもこのメモは、殉愛発売日に放送されたテレビ番組、「金スマ・たかじんSP」の中で紹介され世に出たものだ。さくら自身が提出したことに他ならず、前記の記者も困惑を隠さない。

「さくら側は(温井メモが)『これまで公表されたことがない』などと主張しているのですから、取材班の中でも、いったいこの人は何を言っているのかと……」(前出・記者)(リテラ 2015.3.30)

★終わりの始まり

殉愛の真実誌上で捏造メモと断定された際、鑑定の実作業をした青木鷹文氏が、リテラ記事が発せられた直後、掲示板にコメントを書込んだので紹介する。

xxxxxx 2015/03/30(月)
腹筋崩壊になりそうな著作権侵害という斜め上の争点…言い替えると「温井メモの真贋」が争点になったのよ。
宝島社側はこれで堂々と「原本出せ」と言えるわね。
ここを争点とした以上、当然お出し頂けるのでしょうね____
もちろん、宝島社側は鑑定や当事者以外も含む幅広い証言も含めて隙のない証拠を積み上げているわよ。
この裁判で宝島社が勝つ=事実上温井メモが偽造であることを証明したことになるわ。
だから「終りの始まり」になる可能性があるのよ。

xxxxxx 2015/03/30(月)
鑑定書はもう証拠として出ているわ。
京極さんも弁護士事務所も「温井メモは真筆」からスタートしているので著作権侵害でいけると思ったのよ。
実際、真筆なら裁判官次第で差し止めもあり得るから…だから喜んでたのでしょうね、期日が合いすぎなので。
あら、そう言えばあのメモが真筆でないなら、校長先生に見せて説得した訳だから偽造有印私文書の行使に当るような気がするわね__


京極さんとは殉愛著者の百田尚樹を指しているようだが、彼も弁護士もメモを本物と思っているようだ。さくらが本物だと頑として訴えたのだろうが、既に運命共同体と言える百田尚樹は別としても、弁護士は如何なる確証を得ているのか。或いは、窮地に追い込まれているさくらが、一縷の望みを託した負け戦覚悟で臨んだ争いなのか。
これまで三度の裁判で、やや理不尽とも取れる慰謝料をゲットしていることが「殉真」で明かされたが、今回は物理的証拠を要する裁判になるようだ。たかじん元弟子の打越氏、友人だったA氏、サンデー毎日(殉真著者・西岡研介氏twより)に続く、殉愛騒動だけで四度目となる訴訟魔のさくらには、そろそろ"敗北という名の鉄拳"が必要な時との思いを持つ人々は多いだろう。

▼「Nメモの真贋を問う著作権侵害がなぜ腹筋崩壊なのか」をチャートに(青木氏)
温位メモチャート










青木氏が「お出し頂けるでしょうね」と語りかけているように、件のメモを提出しない戦略も考えられるが、それならそれで氏の言葉通り、「終わりの始まり」であることに変わりはない。

元弟子・打越氏を訴えたさくら

★名誉棄損なのか?

打越元久さんは、80年代にたかじんさんの弟子をしていた歌手であるが、殉愛発売直後ブログに記した。

「本でコケ落とされてるマネージャーK氏 前マネージャーN氏ほか、たかじんスタッフ/ファン多勢。みんな怒り心頭です」
「百田氏は会った事も無ければ取材もしていないマネージャーKを仕事も出来ないミスばかりする運転手...とマネージャーK氏をコケ落とした」

たかじん側近者として初の「殉愛」に対する異論であり、同書に疑問を持つたかじんファンサイドにとって、共闘体勢を組むにふさわしい声であった。殉愛内で最も悪人非道な人物として書かれたKマネと親交が深く、殉愛では書かれなかった真実を理解している人物であった。打越氏は本当のKマネの姿を知ってもらいたいと立上ったのだ。


さらに、「金スマたかじんSP」番組内で紹介された、数々の「メモ」に対しても疑問の声をあげた。発端は自身がたかじんから渡された自筆メモ筆跡との違いが著しいと感じたとのことだ。


打越氏はラヂオ番組の中でも、殉愛に対する感想を述べた。結果的にこの番組内での発言を対象に、「名誉棄損」で訴訟することになった。しかし番組内でも分かる通り、発売された週刊誌記事を根拠に話しているのだが、それらの週刊誌を訴えることはせず、一市井人を訴えるとは「弱い立場」の人間を狙い、目に見えないネット達の追及を弱めようとする作戦に出たのであろう。たかじん長年の友人である会社社長が開設していたブログに対しても、同様の訴訟を起こした。
訴状には、殉愛で書かれた内容は「事実でない」と発言したこと、後妻のさくらが看病をしているうちに「ガンが移った」として金銭を要求したことが書かれている。後妻さくらは、妻としての品性、人格に重大な疑いを生じさせ名誉が損なわれたとして、1.000万円と巨額な損害請求をしている。


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殉愛作者・百田尚樹がツイートでこの訴訟を予告している。殉愛一派が力任せの鎮静化を謀ったものだろうが、文面から読み取れるのは「脅迫もどき」だ。このツイート発言に対して打越氏はブログ上で、「一生忘れません」と記した。


百田尚樹の予告通り、打越氏に訴状が届いたことが、本人のTwitterで明らかになった。


★支援の勢い

実は、この訴状が届く前から、反殉愛を掲げるTwitter民やネット民等の間では、さくら達が弱い立場の者を攻撃し、騒動をなかったことにする作戦に出たことへの義憤から支援機運が高まっていた。打越氏も相談すべき個所と連携し、「募金」の形で速やかに支援体制を敷いた。

「打越元久の訴訟を支える会」がそれで、趣意書には以下のように記された。

『本来、打越の責任により戦うべきではございますが、本人も不徳の致すところではございますが現状ではその資金の不足が予想されます。加えて何よりご賛同頂ける皆様の「共にある」というお気持ちをお借り致したくここに「打越元久の訴訟を支える会」の運営を発足する事になりました』

趣意書にある言葉通り、「共にある」との思いは全国に拡がっており、この日を待ち望んでいたと言える。募金方法公表から僅か10日足らずで、303名の有志から2.152.456円の募金を集まる結果となった。無論、声をあげてくれた打越氏応援の思いが一番だと思うが、事故本を世に出しながら脅迫まがいの発言を続ける百田尚樹と、私利私欲に走り、たかじんファンや親族、関係者の思いを逆なでする後妻さくらに対する怒りが、底辺を流れている証明でもある。

▼募金報告ブログに掲載された募金用口座残高。
募金1







件の裁判第一回口頭弁論は、2014年2月18日に大阪地裁で行われた。この日はさくら側弁護士2名が出廷しただけだった。打越氏は傍聴席で様子を見守り、心境を自身のブログで次のように語った。

『次回は目の前の被告席に座るのかと思うと表現し難い気持ちになりました。
先の事は分かりませんが可愛い奥様方、#アリゾウのみなさん、この問題に関心を持たれた方々のお気持ちを背に裁判に挑む事が出来て感謝の思いで一杯です。誇りを持って戦いたく思います』

第二回口頭弁論は4月15日に開かれるが、全国の支援者達は、同氏ブログコメント欄、Twitterや掲示板等で送り続けるエールは、衰えぬ勢いを見せている。

★スラップ( SLAPP) 訴訟

今回の訴訟はスラップ訴訟と似ているとの指摘がある。下記に引用した概要を見ると、弱い立場の者を標的にした点では似ている。

スラップ訴訟は威圧訴訟、恫喝訴訟とも言われる。定訳はないが「市民参加を排除するための戦略的訴訟」というのが語感に近い。

経済的に力のある団体が原告となり、対抗勢力を被告として恫喝的に行うことが多い。被告となった反対勢力は、法廷準備費用・時間的拘束等の負担を強いられるため、訴えられた本人だけでなく、訴えられることの怖さから、他の市民・被害者やメディアの言論や行動までもが委縮し、さらには被害者の泣き寝入りも誘発され、証人の確保さえ難しくなり、仮に原告が敗訴しても、主目的となるいやがらせは達成されることになる。そのため、原告よりも経済的に力の劣る個人が標的にされやすい。あえて批判するメディアを訴えずに、取材対象者である市民を訴える例もある。

そのため表現の自由を揺るがす行為として欧米を中心に問題化しており、スラップを禁じる法律を制定した自治体もある。 (Wikipedia)

二つの偲ぶ会 (一周忌)

★騒動の中で

2015年2月3日、二つの偲ぶ会が行われた。たかじんの命日は1月3日であるが正月三が日なのでこの日が選ばれたのだろう。

一つはたかじんの親族やお弟子さん、古くからの友人達が集まった「偲ぶ会」、一つはさくら未亡人が主催した「TAKAJIN MEMORIES 2015」だ。何故、こうなってしまつたのか? 原因は未亡人側にある。たかじん闘病中に親族に会わすこともなく、親兄弟が死亡を知ったのは直葬を終えた後だった。更に遺産相続や裁判等のトラブル、百田尚樹も加勢した長女に対する暴力的な発言、落としどころを失ったさくらと百田尚樹。亀裂は修復不可能なところまで来ている。

二つの会の背景と概要はニュース記事を引用する。

なぜ、敵対するように偲ぶ会の開催日時が重なってしまったのか。親族側の関係者は「先に決まったのはこっち。後から同じ日の、しかも同じ時間にぶつけてきた。音楽と放送(の関係者)で分かれたことにしたけど、こっちに来るはずだった人もいっぱいいる」と不満を爆発させた。
親族側関係者は「テレビ局を中心に『こっちに来るように』と圧力をかけていた。局の人間にしてみれば踏み絵のようなもんですよ」と反論。続けて「親族側の代表に偲ぶ会を中止するように求めてきた。もちろん、突っぱねましたが…」と明かした。
(東スポweb)

大阪umeda AKASOでは、「『たかじん』を偲んで」が行われた。約30年前、たかじんさんが月イチでライブを行っていたゆかりのライブハウス。デビュー当時から支えたコンサートスタッフ、バンドメンバー、放送作家ら約130人が集まった。(サンケイスポーツ)

大阪・中之島のリーガロイヤルホテルで、たかじんさんの一周忌を偲ぶ会が行われ、落語家の桂ざこば、フリーキャスターの辛坊治郎らテレビ局関係者ら約150人が出席した。

会の関係者が「取材は一切お断りしています」と、報道陣をシャットアウト。中の様子について、出席した新党大地の鈴木宗男代表は「(冠番組を持つ)読売テレビ、関西テレビ、テレビ大阪が挨拶して、百田もいた。奥さんもおった」と説明。辛坊が司会を務め、たかじんさんの妻のさくら氏や「殉愛」を出版した作家の百田尚樹氏(58)も出席していたという。(サンケイスポーツ)

市内のホテルでは「TAKAJIN MEMORIES 2015」と銘打った会合が非公式で行われた。出席者によると、スピーチに立ったさくらさんは「ご心配をおかけして申し訳ありません。本のことは後悔してません」と語っていたという。百田氏は「お騒がせしてます」と話したが、騒動の詳細までは語らなかったという。 (デイリースポーツ)


▼飲食物を持ち込んだ手つくり感溢れる親族達の偲ぶ会
アズマラしのぶ会















★親族達の結束

「これまで沈黙を保っていた親族から、亀裂が決定的なメッセージが発せられた」

実弟の家鋪良行さん(62)が兄の“真実”を訴えた。
献杯のあいさつに立った良行さんは「64歳で亡くなった父、長男、昨年5月に胃がんで亡くなった母の入院費、葬儀の費用もすべてたかじんが出してくれた。外では疎遠的なことを言うてたけど、本当は親族を大事にしてくれていた。そういったことを分かってくれたら」と訴えた。
死去の際は「(さくら氏側から)次の日に発表やからと連絡があっただけ。話にならん。母はすごくショックを受けていた」と明かし、昨年3月の偲ぶ会についても、「母が近所の人に『行くんやろ』と聞かれ、『何の話?』と。辛いです。絶対許せない」と語気を荒げた。 (サンケイスポーツ)

 今後については、「真実を何らかの形で伝えていく。ファンの方はわかると思うし、すぐにメッキがはがれる」ときっぱり。「これから、はっきりとわかってくる時期がくるはず。これがホンマの『やしきたかじん』だという姿を、わかってもらいたいもの…」と絞り出すように話した。
(デイリースポーツ)

★百田尚樹も出席し挨拶した「TAKAJIN MEMORIES 2015」

(画像は勝谷誠彦FB掲載分より)
勝谷fb









★削がれるさくらグループ

一方、未亡人が主催した会には異変が起きていたようだ
参加人員は主催者発表150名となっているが、実際にはもっと少ないとの情報も有る。しかし、未亡人側にとってよりショックなのは不参加の面々なのではないか。
純愛騒動の最中に未亡人擁護発言をした人達、たかじんの番組で恩義を感じ出席するだろうと見られていた人達、そして芸能関係の大物達。情報を拾ってみると・・・。


今日の偲ぶ会!?について報告致します
昨日、百田は来ないと言いましたが来とりましたwww
よみうりテレビ、関西テレビ、テレビ大阪の社長誰も来てませんw
みなさんが知ってる著名人は杉浦太陽w、ざこば師匠、井上ハム造だけ来てましたw
遥洋子、電波芸者モモコ 、トミーズ雅誰も来てませんw
明治天皇玄孫も来てません
要はそこまで言って委員会スタッフが主導の会でした
(2ch既婚女性板への書込 2.4深夜)


匿名掲示板なので真偽不明だが、その後同掲示板に意味深な書込みがある。真に受ければ未亡人側関係者が「余計な情報」を流されたくないと取れるものだ。

招待客の中に、獅子身中の虫がいたとは。
アンチの行動には、もはや怒りを通り越して呆れる。
ネット上にうじうじ書かずに、面と向かって言えばいい。
(2ch既婚女性板への書込 2.4深夜)


さくらさんは素晴らしい女性ですとテレビで公言した竹田恒泰、委員会常連の金美齢、田島陽子、津川雅彦、山口もえ。たかじんの世話になつたM・黒田、堀ちえみ、遥洋子、ハイヒールももこ、トミー雅、北野誠、そして大親友だった鶴瓶やたけし達も来てない事になる。詳細なたかじん情報を持つこれらの諸氏が騒動について発言をし出したら・・・未亡人と百田尚樹は夜も寝られない日々を過ごすことになるかも知れない。

最後にこのツイートを紹介しよう。
たかじんNOマネーMCの「眞鍋かをり」は一番最初にさくら擁護の発言をし、さくらと"飯友"で相談に乗っているとされていた。しかし会が始まる直前にツィート。これは決別を意図的に公言したと考えられる。所詮、仕事欲しさで繋がっているだけなのだろう。


百田尚樹も出席を迷った経緯が窺がえる、既に憔悴しきっている状態だと思う。


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