2015年04月

たかじん本 付箋だらけの殉愛
たかじんの最期を書いたノンフィクション小説「殉愛」の信憑性は地に堕ちた。
次々と明かされるさくら未亡人・驚愕の正体とは・・・。

あかるクラブ記者会見をめぐる報道の怪/公式見解追記

★新キャプテンは桂文枝

ボランティア団体OSAKAあかるクラブは、たかじん逝去後に空席となっていたキャプテンに、落語家の桂文枝さんが就任したと、2015年4月27日記者会見を開き発表した。又、新理事長にたかじんの高校時代の同級生で、今春3月まで桃山学園校長を務めていた温井史朗氏が就いたことも発表された。温井氏はたかじんが遺言書で、桃山学園へ一億円の寄付をすると書き残した件で、その後未亡人が「温井メモ」を持参して、寄付金の迂回返還を求めた相手でもある。

2日前から、殉愛の真実を手掛けたライターより、主催は明かされなかったが、この日に何らかの記者会見が行われるとの情報があり、殉愛問題に関心を寄せる人々の間で感心が寄せられていた。蓋を開けてみると冒頭のあかるクラブの発表だったわけである。

★温度差

となると、殉愛問題の新展開や、さくらが起こしている裁判関係の新情報等が明かされる展開もあるか、と耳目を集めるところとなり、掲示板やTwitterでは情報を待つ書込みが増えた。スポーツ紙の芸能記者も興味を示していたのか、会見終了直後から数社がweb版で報じたが、その内容は紙面により温度差が生じていた。

同クラブには昨年12月、たかじんさんの遺産から2億円が寄付された。しかし、一部週刊誌で、たかじんさんの妻・さくらさんが遺贈を放棄するように求めたという報道があった。
これについて同クラブが、初めて公の場で説明を次のように行った。
理事の1人が「(放棄の)要求はなかった」と、さくらさんからの返還請求はなかったとした。
(東スポweb・たかじんさんの遺産2億円 社団法人に寄付…妻さくらさん返還請求なし)

一部報道でたかじんさんの妻、家鋪さくら氏から遺贈分の放棄を要求したとされる点については、「(さくら氏から)財団を一緒に作りませんかとのご相談があり検討したが、提案は細部について合意すべき点が多く、時間切れでまとまらなかった」とし、要求などは「なかった」と否定した。
(産経west・
さくら氏2億円放棄要求「なかった」「OSAKAあかるクラブ」たかじんさん遺産問題を説明)

東スポと産経の記事は、見出しで「さくらさん、返還請求なし」「二億円放棄要求なし」と大々的に打って出たが、これには殉愛問題に詳しいたかじんファン達は驚いた。返還と放棄と言葉の違いはあれど、さくらがあかるクラブに対して放棄交渉に出向いた報道を、複数の紙媒体や書籍が掲載している。例えばサンデー毎日は、「「さくらさん側は(たかじん氏が亡くなった)1月のうちに、同クラブに2億円の寄付の放棄を申し入れたのです。10月になってからは2度にわたって自分に渡すように折衝しました」。週刊朝日は、「たかじんの死後、さくら氏から『あかるクラブ』に遺贈される2億円をさくら氏が中心になって設立する新団体に全額渡してほしいという趣旨の要請があった」と報じ、殉愛の真実では、その交渉に百田尚樹とAZITO井関猛親が同行したと書き、両名とも認めている。何より百田尚樹に至っては2014.12.17自身のツィッターで、それを暴露しているのだ。

東スポがさくらよりの情報を流すのはある程度予測出来きていた。「さくらにメロメロ」な人物(出版社関係者)が、東スポのさくら記事をウラで工作しているとの情報が出回った直後だったからだ。(詳細はこちら・自殺未遂したらどうするの!?) しかし、全国紙の一角である産経新聞ともあろうメディアが、東スポと同じ記事の扱いとはどういう魂胆なのか。政治信条が同じで、朝日新聞を宿敵とする者同士のシンパシーで、さくら側近の百田尚樹サイドに立った記事を書いたのだろうか。もしそうであるならお門違いで、是々非々主義で臨むべきだ。 
喜んで反応したのが当の百田尚樹だ。
喜んだと書いたが、殉愛問題について威嚇とも取れるツイートを繰り返していた頃と比べると、いささか気を感じないツイートに見えなくもない。この問題には触れたくないのか、さくらとは一線を引き始めているのか。


この他、スポニチ、報知、日刊スポーツも同様の捉え方で記事を流した。東スポは元々未亡人サイド寄りの記事を多く流していたが、他の四紙は殉愛発売以後は疑惑に対して殆ど記事にして来なかったに関わらず、今回の情報には揃って飛び付いたことになり、恣意的なものを感じざるを得ない。

★真実の報道

一方、デイリースポーツは、冒頭で紹介したと同じ内容、新キャプテンと新理事長の就任を報じ、寄付金にまつわる件については、公式コメントとして「会見趣旨と関係ない」と発したことを明らかにした。

就任会見では、昨年末にたかじんさんの遺言に従い、同クラブが遺産の中から寄付を受けた2億円の使い道についての質問が出た。しかし、クラブ側が「本日の会見趣旨と関係のない質問」として制止した。
同クラブは公式HPでも寄付金受領を公表しているが、今回の寄付を巡って一部週刊誌などで、たかじんさんの妻が、同クラブ側に寄付受領の放棄を求めた旨の報道があったため、敏感になったとみられる。
妻側の同席者を問われると「明らかにできない」とした。
(デイリースポーツ・
たかじんさん団体 2億円の質問NG 遺産寄付について「会見主旨と関係ない」)

新理事長の温井氏は、さくらが宝島社を相手に著作権侵害訴訟を起こした「温井メモ」を提示された当事者であり、さくらのあかるクラブに対する寄付金放棄報道をめぐり、やはり週刊誌が名誉棄損で訴えられている最中である。温井氏とあかるクラブには忸怩たる思いもあるだろうが、裁判への影響を考えてノーコメントとしたのであろう。
では、東スポと産経の記事は如何にして生まれたものであろうか。それは殉愛の真実著者の西岡氏のツイートで窺い知ることが出来た。


ツイートでわかるとおり、さくらの寄付金放棄交渉に参加していない理事の一人が、おそらくは公式会見終了後のぶら下がり取材で、穏便に済ますのが得策と考えて、つい、そう言ってしまったということなのだろう。公式見解には一切触れず、発したい意向に沿った言質を拾いまくった結果であろう。西岡氏も次のように発言している。「Yさんは本当にいい方です。だから、ああ言うしかなかったんやとも思います。それだけはちゃんと言っておきます」
又、宝島社の井野氏によると、この報道が殉愛問題に関する裁判の行方に影響することはないようだ。まずは一安心だ。
 
★たかじんさん長女 妻と訴訟視野

この日の殉愛問題に関するニュースで、最も重要なのはこちらだと思う。

歌手でタレントの故やしきたかじんさんの長女が、たかじんさんの妻に対し、法定相続人が実際に遺産を受領した人物などに法的に定められた最低限の割合額を請求できる「遺留分減殺請求」を行使するにあたり、見解の相違が生じていることが27日、分かった。

長女側の関係者によると「(双方の間で)遺産の範囲について見解が分かれ、現状では訴訟で解決するほかない状況」で、「訴訟を視野に入れて準備を進めている状況」だという。
 (デイリースポーツ・
たかじんさん長女 妻と訴訟視野)

注目点は、たかじんの遺産総額が8億6千万円とされているが、その中にはさくらが私のお金と主張した金庫内の1億8千万円が含まれていない。私のお金と主張する根拠は、長女側代理人弁護士をして「訳わからん」と言い捨てた代物だ。週刊誌取材でもその不可解さが明らかになっており、真実を求める殉愛問題フリークの注目の的にもなっている。公的機関の手で詳細が明かされるならば朗報だ。


★★追記 (2015.5.7)

大阪あかるクラブは、先日の記者会見後のぶら下がり取材で、さくら未亡人からの寄付金放棄交渉について、公式見解とは言い難い記事を複数のメディアに書かれたが、本日、クラブとしての公式見解をホームページ上で発表した。
先日の記者会見後の報道では、「さくら未亡人から寄付金交渉はなかった」とする記事を複数社が報じたが、公式発表では「放棄交渉」は有ったとした。この交渉を有ったとするか無かったとするかでは、さくら未亡人から提訴されているメディア数社の裁判に大きく影響する重要事案だった。
クラブ側が発表した状況説明を見ると解かる通り、適正と言い難い取材方法で発進したメディア各社(産経・東スポ・スポニチ・報知・日刊スポーツ等)は、クラブの公式見解を是非とも忠実に発信して頂きたいものである。

一般社団法人OSAKAあかるクラブからのお知らせ (抜粋引用)

その会見の終了後、一部の報道関係者の方々から、当クラブの理事の一人に対して前キャプテンのやしきたかじん氏からの当クラブへの遺贈金に関する質問がなされました。 本来であれば、当クラブとしての公式回答は後日にすべきところでしたが、当該理事は、このような場での報道関係者の方々の質問に対応することに不慣れなこともあり、その場でのコメントに不正確な部分がございましたので、以下、状況説明と公式回答を掲載いたします。

<状況説明>

報道関係者様より「一部週刊誌などに報じられている『たかじんさんからあかるクラブへの寄付金を奥様の家鋪さくらさんが奪い返そうとした』という話は本当のことですか?」という内容のご質問があった際、これに対し当該理事は「奪い返そうとした」というのは語弊があると判断し、その場で不正確なコメントをしてしまいました。
OSAKAあかるクラブがやしきたかじん氏からの遺贈を受領した経緯及び上記のご質問に対するご回答は、以下に述べる通りであります。

<OSAKAあかるクラブの回答>

・遺言書内容・

『金2億円を、自分が生きてきた証として、「たかじんメモリアル」を設立し、大阪のために頑張ってくれた人に対して表彰し、金100万円から500万円を授与するものとするが、当面の運営は、大阪あかるクラブが行うため、同法人に遺贈する。運営が順調になれば新法人を設立することを希望する』

上記のやしきたかじん氏の遺言書の最後に記載されている「運営が順調になれば新法人を設立することを希望する」という内容に関し、家鋪さくらさんからは、「新法人で『たかじんメモリアル』の設立を行いたいので、OSAKAあかるクラブには遺贈を放棄して欲しい」との申し出がなされました。

この申し出に対して、当クラブは「ご遺言に記されたたかじんさんのご遺志を全うできるのであれば、新法人で『たかじんメモリアル』を実施していただくことは可能であります」、つまり遺贈を放棄するという選択肢もあるということをお伝えしました。その後、当クラブ内にて、やしきたかじん氏のご意志を全うするための遺贈放棄の条件に関し再度理事会で検討した結果、「新法人における当クラブの役割や、遺贈金を放棄した場合の新法人での2億円の使途などに関する合意文書を取り交わさせていただきたい」ということになり、家鋪さくらさんとの間で協議を行いましたが、結果的には当方のご提案にはご同意いただけず、両者の合意には至りませんでした。
(一般社団法人OSAKAあかるクラブからのお知らせ・全文)

★報道の軌道修正

状況が一転、産経新聞は軌道修正記事を出した。OSAKAあかるクラブの毅然とした意思表明の前には、大手マスコミと言えど無視は出来なかったようで、あたふたしたであろう光景が目に浮かぶ。この件は東スポも報じたが、あかるクラブ側の不始末を際立たせる文面が目立つ内容だった。東スポの東スポたる所以ではある。
(産経WEST・たかじん妻から「2億円遺贈」放棄の要求、やはりあった 「あかるクラブ」が一転認める)
(LIVEDOORNEWS/東スポ配信・たかじん妻「遺贈」返還請求 OSAKAあかるクラブ認める)

自殺未遂したらどうするの!?

★東スポ記事の真意

たかじん後妻のさくらが、最近体調を崩して寝込んでいるとのニュースが、4月20日の東スポWEB版で流れた。(東スポWEB)
一つはさくらが関係する裁判の長期化をあげているが、たかじん長女が幻冬舎に起こしている「殉愛」出版差止め訴訟を除き、全てさくらが原告となって起こしている裁判であり、その数はたかじん弟子やたかじん長年の友人、出版社等を相手に7件に上ると言われている。これだけで十分元気だと言えると思うが。

もう一つはネット上での中傷を上げている。さくらの周囲の人間はネットを見ないように進言しているとのことだ。ネットの性格上、表現がきつくなる場合や多少の憶測を含むこともあり得るが、大筋では的を得た指摘が飛び交っている。例えばイタリア人とアメリカ人との結婚歴やF氏との愛人生活の果ての裁判記録、全て事実と宣言した殉愛に散りばめられた虚偽に対する検証等だ。さくらにとっては痛恨の暴露であっただろうが、元々自分自身が播いた種であり、ネット民を恨む筋合いなぞはない。

殉愛問題に向き合うネット民を的確に言い得たツィートが、執筆業の方から呟かれた。


この東スポ記事は取材ソースを彼女を知る関係者と曖昧表現をしている。裁判の原告にも被告にも、かつ寝込んでいるとされるさくら自身にも取材をしていない飛ばし記事なのだが、渦中の「温井メモ」にも触れている。
『殉愛の真実では、たかじん直筆のメモがさくらによる捏造された可能性を指摘しているが、彼女はこの部分について、絶対に有り得ないと猛反論し、証拠も揃っている』という、と報じた。

真贋は専門家の役割として、自分もこの記事を読んで殉愛の真実を何度も読み返したが、「温井メモ」をさくらが書いたとはどこにも書かれていない。「たかじんの真筆ではなく第三者の何物かによる捏造」との専門家の筆跡鑑定が掲載されているだけだ。見え透いた言いがかり記事はやめてもらいたいものだが、これに殉愛の真実を発刊した宝島社関係者も反応した。



自分には「さすが東スポ、ウソばかり」と言い切る器量はないが、この記事のソースを流した「彼女を知る関係者」とは誰だろうかと詮索している時、殉愛の真実の著者の一人である西岡研介氏が突き止めたようである。
氏のツイートで分かる通り、写真週刊誌・フライデー(講談社)関係者のようだ。副編集長となるとそれなりの権限が有ると思うが、さくらにメロメロと聞かされると、たかじん闘病中に盗撮された二度のフライデーは、もしかしてさくら側の仕込みかと連想してしまう。確かに見出しで「美人女性」と謳われた記憶が鮮明に残っている。
フライデーは殉愛騒動が持ち上がった最中の昨年12月発売号で、さくら擁護記事を掲載したことがあった。当時は百田尚樹の作家タブー発動と言われていたが、副編集長も絡んでいたとするなら「さくらメロメロコンビ」によって成された記事掲載とも言え、業界人のみならず読者の多くも嗤うしかなくなるだろう。


OSAKAあかるクラブ寄付金放棄騒動

★たかじんの遺志

たかじんが残した遺言書の中に三件の寄付先が記されており、その中の一つにたかじんがキャプテンを務める、「OSAKAあかるクラブ」があり、その金額は二億円と記されていた。寄付の趣旨は同クラブが発表した報告書に記されている通りだ
。(下記、寄付実行後に発表された)

今後、当クラブは、故人の遺志を具現化すべく誠実な努力を重ねてまいりますが、その最初のステップとして、故人が生前から強く希望し、遺言においても口述していた「たかじんメモリアル」設立に向けた企画策定を進めていく予定です。同メモリアルは、「大阪のために頑張った人を支援」するためのアワードで、対象となる方々を表彰することを主旨とします。

あかるクラブ











具体的には、「大阪のために頑張った人」を対象に、100~500万円の賞金を授与する表彰「たかじんメモリアル」の設立を希望しており、その運営を同クラブに委ねるとし、「運営が順調になれば、新法人を設立することを希望する」との遺言を残していた。大阪にこだわり同クラブ設立の旗振り役となったたかじんらしい意図が窺がえる善行と言える。


★さくらの思惑

一方、たかじん未亡人となったさくらは、故人の遺志とかけ離れたスタンスの行動に出る。既報記事を振り返ってみると、同クラブが主体となって運営されるべき資金の受領を放棄せよと迫っているのだ。

「たかじんの死後、さくら氏から『あかるクラブ』に遺贈される2億円をさくら氏が中心になって設立する新団体に全額渡してほしいという趣旨の要請があった」
(週刊朝日)

「さくらさん側は(たかじん氏が亡くなった)1月のうちに、同クラブに2億円の寄付の放棄を申し入れたのです。10月になってからは2度にわたって自分に渡すように折衝しました」
「さくら夫人側は、遺言書はたかじん氏の意志ではない、とまで言明したという」
(サンデー毎日)

さくらは、たかじん遺書に一億円寄付すると書かれた桃山学園に出向き、温井校長(当時)に脱税の片棒担ぎとも言える寄付金の迂回返還を迫ったが、たかじんが書いたと言って持参した「温井メモ」の真贋を訝られて失敗した経緯がある。この失敗訓からか、あかるクラブへの放棄作戦は、多少巧妙だったようだ。
(温井メモ詳細・宝島web)

以下に経緯を列挙する。

・遺書に書かれた「運営が順調になれば、新法人を設立することを希望する」の一文をテコに、二億円の回収を目論んだ。
・あかるクラブは一般財団法人なので、遺贈を受けると税金が10%かかる。自分は配偶者なので50%が控除され、私が配偶者として二億円を受け取り、新たな財団を作るほうがいい。などとたかじん死後間もない頃から、複数の理事に話していた。
・自分は公益財団法人を設立する方向で大物に相談している、とも話していた。
・これらの複数理事への遺贈放棄打診は8月末まで続き、同クラブとしての対応を迫られため、理事長と複数の理事が集まって協議した。
・最終的に、未亡人が公益財団法人を設立し、たかじんの遺志を継いで「アワード」を実現してくれるなら、そのアワードの運営にあかるクラブが参加するという前提であれば、放棄を検討してもいい、と遺贈放棄に傾きつつあった。
・2014年9月11日、あかるクラブ理事長や専務理事らのメンバーが、本人の意思を確認しようとさくらと会った。大物発起人の名を教えてほしいと訊くと、「安倍晋三、橋下徹、安藤忠雄、秋元康、星野仙一、ビートたけし、越智常雄(読売テレビ会長)、百田尚樹」の名を挙げた。
・同クラブ側は、「遺言書に書かれたアワードなどの、たかじんさんの遺志を新財団のほうで実現できるなら、遺贈は放棄するつもりなので、合意文書を結んだ上で放棄しましょう」と結んでその場は終わった。
・合意文書の内容は、あかるクラブは遺贈を放棄する代わりに、「たかじんさんの遺言書にある通り二億円は、たかじんアワードを含め、すべて公的なものに使うこと」、「新財団が二億円を使って、たかじんメモリアルやアワード等のイベントを行う際には、あかるクラブからも一人、協議の場に参加させること」という2つの条件を入れた。
・2014年10月16日、あかるクラブはさくらと協議の場を持つが、合意文書を見たさくらが激怒し、最初から話にならなかった。さくらは席に着くなり、「ここまで細かく2億円の使い道に関する条件を入れてくるということは、さくらを信用していないということですね」と言い、「放棄しなくても結構です。受理して勝手にやってください」、「ただし、今後いっさい、たかじんの肖像や名称は使って欲しくない」と言い放った。
・同クラブは、収支も会計報告もすべて公開しているので、金額の多少に関わらず誰も着服出来る仕組みになっていないと説明しても、さくら側は聞く耳を持たず、交渉は決裂した。
・同クラブは緊急理事会を開催し、従来の方針どおり、遺贈を受け取ることを確認した。
(引用:殉愛の真実より抜粋)

一連の流れを見ると、あかるクラブ側のたかじんの遺志を尊重しようとする姿勢がよくわかる。本来は遺言書が現認された時点で、2億円の所在は同クラブのものであり、さくらの放棄工作に応じる必要がない立場だ。応じたのはたかじんの妻との思いが有ったからこそ協議に応じ、至極当然の妥協案を提示したのだろう。
しかし、さくらが企んだのは寄付金の回収という故人の遺志をも踏みにじる行為であるが、奥底に秘められた魂胆は、もっと利己的なものであることが窺がいしれる。

まず以て、さくらがあかるクラブに、「あかるクラブは一般社団法人なので、遺贈に課税される」と説明したが、同クラブは「非営利型法人」として登記されており、寄付金等に関しては非課税である。このような基本的なことで無知を晒しながら放棄を迫られた方は、訝しかったことだろうと思う。
同クラブが提案した、「たかじんさんの遺言書にある通り二億円は、たかじんアワードを含め、すべて公的なものに使うこと」、「新財団が二億円を使って、たかじんメモリアルやアワード等のイベントを行う際には、あかるクラブからも一人、協議の場に参加させること」の2つの提案に対するさくらの反応に、彼女の本性が垣間見えた気がする。つまりは、自分が新財団法人の代表におさまる君臨願望と、2億円を自由に采配出来る環境が必要だったと推測している。それゆえ、2億円の使途の限定と、あかるクラブからの協議参加を不服としたのであろう。

捨てゼリフに吐いた、「たかじんの肖像も名前も使うな」の行りは、まさしく子供のケンカの最後っ屁みたいなもので、紳士的に対応したあかるクラブ理事の方々も仰天したことだろう。自分がその場に座る立場にあったとしたらこう呟いたはずた。「たかじんさん、躾けわるいやん、表に出せへんで」

★放棄交渉に現われた百田尚樹と井関猛親


もうひとつ驚くべき事実がある。それは、このあかるクラブとの協議の場に、さくら氏だけでなく百田尚樹とAZITO代表・井関猛親(9月11日のみ)も同席していた。それは百田尚樹も認めている。

「さくら氏に頼まれて知人のプロダクション関係者とともに交渉に同席しましたが、それはその場の発言をちゃんと聞いた証人としてでした」 (本人談)
(週刊朝日)

しかし、この報道以前に、放棄交渉の様子の詳細がyahoo知恵袋に投稿されていた。一部を引用する。

理事の面々が報告を受けて非常に驚いたことは、その話し合いの場に、何の予告もなしに、百田氏ともうひとりの放送関係者がさくら夫人に連れられて来ていたとのこと。そしてあかるクラブに出された要求というものは、一言で云えば「つべこべ条件をつけずに全額放棄すればいいんや」ということだったらしい。誰であっても百田氏や有力な放送関係者がいれば、それだけで大きな威圧を感じざるを得なかったのではないかと友人は云っていた。しかし、そういった威圧感にも関わらず、また今後予測されるであろう有形無形の圧力を危惧しながらも、たかじんの思いがどうであるかを重視し、無条件放棄はできないという結論を出したとのことだった。結局、弁護士とも相談の上、遺言書通りに進めていくということが妥当であるという判断をしたとのことである。
(2014/11/2320:32:37 yahoo知恵袋 )

これらを受けて、百田尚樹が弁明と取れるツイートを連発した。

前述のとおり、多額の税金がかかるのはウソである。

多くの報道を見ても、放棄を迫ったのは未亡人の方である。・あかるクラブ側はそれを受けて協議をしたに過ぎない。

無駄なく使えるとの論理はどんな論理なのか。課税のことを指しているのかもしれないが、その論理は破綻している。

未亡人の生活を縛るとは斯様な意味なのか。やはり2億円を私物化しようとしていた証左ではないのか。

★暴言

百田尚樹は自ら赴いた寄付金放棄作戦の鎮静化を謀ったのであろうが、殉愛の真実によると、まだまだ驚くエビソートが明かされている。

9月11日の協議の場に同行した井関猛親は、話し合いの途中に口を挟み、「たかじんさんが本当にやりたいと思っていたことを理解しているテレビ関係者や仕事の仲間が大勢いるんや~、まずいったんは金を(さくらに)渡して、それで進めるということでええやないか」と言った。この井関の発言は、メンバーも相当疑問に感じたようだ。
又、百田尚樹は雑談の中で、「文春から、さくらさんに対する失礼な質問状が来たので、俺がすぐに圧力をかけて記事を潰した」と話した。さらに、「これまでさくらを攻撃してきた娘やマネージャーのKはとんでもない奴た」「今は詳しいことは言えないが、近いうちにKは社会的に抹殺されることになるでしょう」と言い、同クラブメンバーは「百田さんはいったい、何を言ってんだろう」と訝しがった。
10月16日にも同席した百田尚樹は、「男らしくない、この前放棄すると言ったのに、なぜ細かい条件を付けてくるのか」「いったん放棄したうえで、(さくらと)一緒に考えればいいじゃないか」「2億円とう金額を聞いて、やっぱり自分たちで使いたいと思うようになったということなんでしょ。たかが2億円で卑しい」とまで言った。

いやはやである。両人とも放棄要求に加担したと取られかねない言動を残したものだ。
実はさくらが二人の加勢を得てでも放棄を迫ったのには、もう一つの理由があると睨んでいる。たかじん遺言書に、各寄付先が遺贈を放棄した場合は、その分をさくらが受け取るとの一文がある。だからこそ、寄付分をこっちに渡してから考えればいいとの言葉が出、監視される事を嫌った理由だろう。そうであるなら、桃山学院へ生活が出来なくなるとの理由を付け、寄付金迂回を迫った事実と根底は変わらない。
百田尚樹は「その席には私も同席した。以上が、ことの顛末である」とツイートしたが、何を以てして以上なのか、子細な事実を公表する義務があるのではないか。

同年12月、あかるクラブは遺贈を受け取ることを決定し、12月25日に遺言執行者より遺贈がなされた。さくらの最後っ屁、交渉に同行した百田と井関の言動を目のあたりにした同クラブは、放棄を選択せずに良かったと安堵したことだと思う。それは三途の川の向こうにいるたかじんも同じ思いだろう。


悪意に満ちた物語 長女「殉愛」出版差止め訴訟







ここまで自信たっぷりに語っていながら、法廷に出てこなかったのだ。ツイート内容がセカンドレイプに当たるのではとの指摘が出たほどの弁が虚しい。
2015年4月17日の第三回公判を前にして、ツイッターでの問いには「自分は訴えられていないので出れない」と答える猿芝居を演じてしまった。ならば、一連のツイートはなんだったのか。本心は盛り過ぎたノンフィクションを暴かれるのが恐くて出て来れないのだろう。


★第3回口頭弁論 (2015.4.17東京地裁)

▼掲示板・Twitterへ投稿された裁判傍聴記の紹介

[Ⅰ] 奥様
原告提出書面で、名誉毀損についての場所にプライバシー侵害について書いてたか、その逆かで訂正を求められたのが1つ。
そして、裁判官がしつこく言ったのは、まとめた表への落とし込みが足りないといったこと。
概論的ではなく、繰り返しになっていいから、具体例な箇所を細かくまとめるようにとのこと。
それと、敬愛追慕の念侵害については、原告と被告の主張の論点がずれていて、審議できないから、それも表に具体例にまとめることで、解決するとのこと。原告は、2週間で表をまとめると回答。
その後被告はGWあるけど、頑張って反論をまとめて、次回裁判の1週間前までに提出するようにと指示。

[Ⅱ] 速報/週刊鬼女さん
裁判傍聴に行って来ました。
遂に、阿曽山大噴火参戦!
週刊鬼女スポークスマンの誕生か!?
閉廷後、声を掛けようかと思いましたが、恐い顔してたので止めました
生来の頭の悪さと体調不良のため、法律的なレポートは他の方に譲ります。
補足があれば、書き込みます。
今日の的場っち
紺地のストライプのスーツ、淡い青緑のYシャツ、黄系のネクタイ。
黄色の小物もお持ちでした。
黄色がお好きなようです。
今日の大井のりピー
胸元は開けず、淑女の装い。

的場「百田を訴えることは今でも出来るが、それはするつもりはない」
とにかく、的場っちは「実父に嫌われた娘」という記載内容に憤りを隠せないようでした。
敬愛追慕の念の侵害については、裁判所も認めると確信をお持ちのようです。

今日は、抽選はありませんでした。
マスコミらしき人も見掛けず、アルバイト動員がなかったためかと思います。
傍聴席に、被告側社員と思われる男性がいました。
スーツを着ていたので、編集ではなく法務関係だと思われます。
態度がデカかったです。

分かり難い書き方で済みません。
百田を被告としての訴訟を起こす気がないだけで、証人として呼ぶ可能性がなくなった訳ではありません。
的場っちの言葉の端々から、このことがにじみ出てました。
「百田はオワコン」

次回は、6月5日(金) 11時~同じ709法廷で
裁判長は、松村徹さん(的兄と同じ名前♡)
裁判官の一人は、池田幸子さんという美女でした  

[Ⅲ] 速報/週刊くノ一さん
的場っちが百田を訴えないのは、表現の自由を守るため、
表現者を訴訟で萎縮させてはいけない、との温情(報告者印象で)から。
主張や反論があるなら、「書くこと」で行えばいいし、
それがまともな内容なら、取り上げるマスコミもあるだろう、とのこと。

先生、どんな小さな質問にも、とても丁寧に応えられてましたよ。
あと、温井先生、いざという時は、いつでも法廷に立たれるようです。心強い。

[Ⅳ] 的場弁護士突撃レポさん
「サンデー毎日が訴えられたことは知っている。訴状を読んだが、訴訟記事であり名誉棄損には当たらない。そのことは喜田村弁護士もわかっているはず。温井氏には弁護士を紹介した。」
「幻冬舎は公共利害関係真実性を主張しているが、当方は調べる必要はないと考えている。よってさくらと百田の呼び出しはない。お前は父親に嫌われているぞと30万人に読まれるのがどれだけつらいか考えてもらいたい。」
「著作権物件の凍結はあり得る。証人尋問に打って出ることができないのでこのような手段に出たのだろう。」
自分で質問して自分でメモを取るのってほんとに大変で、せっかく的場弁護士がたくさんお話してくださったのにこれしかメモできませんでした。
しかも内容が正しいのかどうか…でも先生は「筆を委縮させてはいけない」とおっしゃっていたので、思い切って書くことにしました。
相変わらずマスコミの取材はなく、囲んでいたのは奥様ばかりでしたが、喜田村弁護士が奥様をコバエのようにのように追い払ったのとは違いやさしく答えてくださいました。本当にありがとうございました。
(各、原文から削除部分があります)

[Ⅴ] 愛桜さんTW















■■追記

★嘲われた東スポ記事

東京スポーツ紙は2015年4月20日のweb版で、「出口見えない「殉愛」裁判 妻はネット中傷で体調不良」と題した同裁判関連記事を発したが、この記事をめぐってネット上では批判的な意見が相次いだ。

東スポの記事タイトルにもある通り、さくらの体調不良の原因とされている中傷に対してだ。
『世間から大バッシングを浴びているのが、さくらさんだ。現在の様子について、彼女を知る関係者は「ネットを見れば誹謗(ひぼう)中傷の嵐。彼女には『ネットは見ない方がいい』と言っている。心身ともに衰弱が激しく、入院などはしていないが、具合が悪くなって2~3日寝込むことはある。外に出るのも怖いようだ」と話す』
と書かれている。
ネット故の表現の奔放さはあるにせよ、ほぼ事実に基づいた事案が主流であり、殉愛におけるさくらの天使設定が覆される焦燥の日々であることは想像に難くないが、寝込んでいるのが本当なら、自身のこれまでの生き様が起因していることを認識すべきである。
ならば、自身が手記として作者の百田尚樹に伝え刊行された殉愛で、さらに全国ネットの人気テレビ番組で、虚偽の話しで貶められた人々の立場と名誉をどう考えるのであろうか。彼らに謝罪と懺悔をすることが、体調回復にとって最高の良薬だと思う。

又、『殉愛の真実は、たかじんさん直筆のメモがさくらさんによって捏造された可能性を指摘しているが「この部分について、彼女は絶対にありえないと猛反論している。証拠も揃っている』と報じているが、殉愛の真実ではたかじんの真筆ではないとの鑑定結果を掲載しているが、さくらが偽造したとは一言も書かれていない。東スポ記者が殉愛の真実を読まずに記事にしたことが明白だ。

この記事のソースとして彼女を知る関係者と書かれているが、その関係者が特定されたフシがある。殉愛の真実の共同著者である西岡研介氏のツイートがそれである。


O氏の氏名は分からないが、フライデーは闘病中のたかじんを盗撮し、二度も記事にした写真週刊誌であり、たかじんの死因時を食事が喉につまり救急搬送されたとも報じている。
殉愛騒動後は百田尚樹が圧力をかけて掲載させたと言われ、さくらの言い分をまるごと記事にして掲載したこともある、講談社が発行する曰くつきの雑誌である。副編集長が「さくらちゃんにだだハマり」して書かせた擁護記事だとすると、流石にゴシップ誌に相応しい笑止千万ぶりである。

キーワードで見る空間模様 浮気相手を殺す

たかじんが逝去する3ヶ月前から、さくらはたかじんの妻であったが、「殉愛」でいうところの誰も知らなかった741日間において、たかじんとさくらのポジショニングはどうだったのだろうか。

★2013.4.9  一人やったら無理だった

最初の手術からちょうど一年が過ぎた。


【引用 :殉愛262P】
「生きて家に帰れるとは思わへんかった。復帰できるとは思わへんかった。ハワイに行けるとは思わへんかった。ゴルフが出来るとは思わへんかった。ワインが飲めるとは思わへんかった」
「ハニーが頑張ったからよ」
「いや、違う。 「全部ハニーがおったからや。一人やったら無理やった」
たかじんはそう言って泣いた。さくらも思わず涙がこぼれた。今日まで頑張って来てよかったと心から思った。

・・・「私がいたからでしょ? じんちゃん一人では何も出来ないのよ。お家に帰る事も、テレビ復帰も、ハワイへ行くことも、ワインを飲むことも、全部私のおかげよ。早く、籍入れてよ」 だったとしても不思議ではない。

★2013.4.30 再発

胸の痛みが数日続き、上京して三田病院で検査を受ける。久保田から宣告されたのはガンの再発。
何もしないと半年持たない、治療をしても効果が出ないと半年の余命と宣告される。これはさくらが一人で聞いた話だ。
帰りの新幹線で、たかじんはさくらの手を握った。

【引用 :殉愛271P】
「ごめんやで」とたかじんは言った。「ハニーが一生懸命やってくれたのに、再発してしもて・・・ほんまにごめん」
「ごめんは、ないよ」
「いや、ごめんや。お父さんに挨拶もしてへんのに・・・」
「そんなこといいから、今までだってダメと言われて何回も乗り越えて来たんだから、再発も乗り越えよう。逆転ホームラン打つんでしょ」
彼は泣くのを必死でこらえながら、「うん、うん」とうなずいた。さくらも懸命にこらえた。ここで自分が涙をこぼしたら、彼はきっと耐えられない・・・。
「ハニーはつよいなあ」彼は笑って言った。「たのもしいわ」
「少し休んだら」
「うんねんねするわ

・・・さくらがたかじんに最期に話しかけた「ねんねしようか」とリンクする「ねんね」の言葉。再発を言い渡された日に発された言葉として、死との直結を暗示しているようで怖い。

★2013.5.1 久保田先生


【引用 :殉愛271P】
たかじんは胸いっぱいの収録に行った。
さくらは看病日記にこう書いている。
「ハニーがいなければ生きていけない。やれることは何でもやって、少しでも、一日でも多く、笑顔の日を作ってあげたい。久保田先生と協力して早くやる

・・・さくらはこの段階で、殉愛の中で事実なら問題となる記述をされながら口を閉ざす久保田医師に、たかじんを最後まで委ねる決意をしたと思われる。

★2013.5.27 何万語、何億語

さくらの誕生後の朝、たかじんは目を真っ赤にしてさくらに手紙を渡した。メモ帳を破って書かれたそれは涙で滲んでいた。

【引用 :殉愛288P】
何万語、何億語
言葉を探しても出てくる言葉は、
「さくら、ありがとう」
こんな苦難な一年をぼく以上に
のり超えてくれて
戦ってくれて、ぼくに取って
心の支えになってくれて、
本当にありがとう。
誕生日にまた何も出来ないけど、
必ず元気になってハニーと
楽しい時間を迎えるから
待っていてね。
又、今日からヨロシク。愛しています。
To Sakura
Love       (原文ママ)


★2013.6月 赤ちゃんことば

抗がん剤の副作用でたかじの生活リズムは昼夜逆転し、さくらは殆ど眠る時間が無くなった。食事の時も、さくらがスプーンで食べさせた。


【引用 :殉愛294P】
「よーくモグモグしてね !」と言うと、彼は「はーい」と答えるのだが、口を開けた拍子に中のものが全部出てしまうこともあった。すると彼はそれを面白がり、何度も口に入れてはそれを出して遊んだ。
「ごはんで遊んだらダメよ」と叱ると、今度は震える手で、おかずを掴んでさくらの口に持ってきて、「ハニーも、アーン」と言った。さくらがそれを食べて「美味しいね」と言うと、たかじんは喜んだ。さくらにはその顔がかわいくて愛おしかった。

・・・たかじんのこれらの幼児性行動が仮に事実だとしても、真に愛情を持っている妻なら、世に知られることを望まないだろう。このエピソードだけで、自分には「仮面夫婦」だったとしか思えない。鬼籍に入ったたかじんが知る由もないが、血肉を分けた長女や親族の無念さはいかばかりであろうか。

★2013.7 さくらに捨てられる

【引用 :殉愛304P】
頭が完全に正常に戻ったとき、たかじんは「ずっと さくらに捨てられると思って不安だった」と打ち明けた。彼は仕事に復帰してからわずか一ヶ月で休養したことで、自分を「役立たず」と思い込んでいたのだ。その不安も神経症になった原因の一つだった。

・・・この時期はまだ、たかじんが前妻に最期まで看取ってほしいと連絡を取り合っていた頃だ。捨てられると思っていたのは、むしろさくらの方だったのてはないのか。この後の、親族・知人等との隔離工作が激しくなる。

★2013.8 ストレス


【引用 :殉愛308P】
札幌での生活を始めた途端、たかじんの食欲不振は消えた。やはり、大阪にいることがストレスだったのだ。たかじん自身も「大阪にいると、患者になり切れない」と言った。

★2013.8.8 約束

【引用 :殉愛308P】
八日、点滴のために鶴間医師と横内看護師がマンションに来てくれた。点滴している最中に、たかじんがふと言った。
「実は、今日は式を挙げる予定やったんや」
鶴間と横内は驚いた。
「お二人はまだ結婚してなかったんですか」
たかじんは少し悲しそうな顔でうなずいた。
「復帰したら、八月八日に結婚しようと言ってたんやけど、こんな状態ではでけへん」
その約束を覚えていてくれただけで、さくらは嬉しかった。

・・・手術まで受けたJR札幌病院の担当医師と看護師が、まだ婚姻関係に無かったことを知らないのは不自然だ。たかじんが最終的に入籍を決断したのは、ガンが移ってさくらが乳がんとなったことが最大の理由だと話している。殉愛の真実によると丁度この時期のことなので、たかじんが入籍するかどうかを思案していた頃と思われる。

★2013.8.23 結婚したい


【引用 :殉愛311P】
免疫細胞療法を瀬田クリニックで受ける事が決まった。
その夜、彼はさくらに言った。
「前に完全復帰したら結婚しようと言うてたけど、もしかしたら、もう復帰でけへんかもしらん」
「大丈夫、必ず復帰できるよ」
彼は首を振った。
「もちろん、そのために頑張る。でも、その日を待たずに、さくらと結婚したい
さくらは突然のことに驚いた。これまでのプロポーズはすべて復帰を前提としたものだった。しかし、今回は違う。それだけに彼の本気が伝わってきた。
「ハニーはそれでいいの?」
「うん」
「私、左耳が聞こえないんだよ」
「ぼくがハニーの耳になると言ったやんか」
たかじんはそう言ってさくらを抱きしめた。さくらは彼に抱きしめられながら、涙を流した。彼も泣いていた。

・・・たかじんが最期まで面倒を見てほしいと懇願していた前妻と、音信が途絶えたのがこの時期とされている。何故か、たかじんの携帯に登録されていた前妻の電話番号が、090から080に変更されていたことが、たかじん逝去後に明らかになった背景がある。
たかじんがさくらを選んだというよりは、前妻を諦めた時期だと思われる


★2013.10.1 十月十日


【引用 :殉愛322P】
たかじんは十月十日に入籍しようと言った。以前は八月八日に結婚式を挙げようと言っていたが、その八に二人の二を加えたら「十」になるからというのが、彼の理屈だった。
「取りあえずは十日に入籍や。せんで、この調子で年明けにみんな呼んで、ハワイで大々的に結婚式をやる」
たかじんは嬉しそうに言った。

・・・十月十日への拘りで思い出すのが、さくらがイタリア人夫イヴァンとの結婚式を10月10日と切望していたが、教会行事の都合で9月にしたことが、さくらの都会っ子ブログに記されている。何の理由が有るのか不明だが、十月十日入籍はさくらの希望だった気がするのだが。8月8日に二人の2を足したら10になる理屈も説得力に欠ける。

★2013.10.5 「SAKUJIN」

たかじん誕生日のこの日、さくらが相原や山西達と内緒で誕生会を企画していた。参加者は袖に「SAKUJIN」の文字が入ったピンクのポロシャツを着ていた。


【引用 :殉愛325P】
店に向かうタクシーの中で、彼は「誰が来るん?」と訊いた。さくらは「相原さんとか五人くらいに連絡した」と答えた。
「五人くらいやったら、マンションに来てもらった方がよかったなぁ」
南堀江の「サロン105」に着いたのは午後五時すぎだった。
たかじんがドアを開けると、中にいた二十人ほどの男女が一斉に拍手で迎えた。彼は驚いてさくらの方を振り返った。さくらはいたずらっぽく笑った。

・・・殉愛ではこの後に、誕生会に参加していた遥洋子がさくらを褒めそやす言葉が10行に渡って書かれている。遥陽子は参加者の中でタレントとして、つまり映像に映る側として参加している唯一の人物という不思議な設定となっている。
一方で、さくらはたかじんが闘病中の姿を見せたくないと言っているとして、第三者はおろか親族との面会さえ断った理由としているが、外出を嫌がるたかじんにウソを言ってまで連れ出したのは、辻褄が合わなく配慮が足りない話しである。この会の為に用意して参加者に配布した、「SAKUJIN」ロゴ入りのピンクポロシャツが物語る真意は、2日前に婚姻届保証人として相原に捺印させ、5日後に札幌で入籍したことと照らし合わせ、妻の座をを知らしめたいさくらの願望だったと見て間違いないだろう。

★201310.10 入籍

【引用 :殉愛329P】
二人きりになると、本当にこの人と結婚したんだという実感が湧いてきた。まさか自分が結婚するとは思ってもいなかった。しかもその相手がやしきたかじんだとは・・・。彼の命がいつまで続くかはわからないが、残された日々は、彼の妻として精一杯のことをしよう。
「結婚式はハワイでやろう」
たかじんが提案した。
「毎年、皆、ハワイに来てくれるから、この前パーティーに来てくれたメンバーを呼ぶ」
彼は早速、来年二千十四(平成二十六)年、一月八日のハワイ行きのチケットを予約した。

・・・これまでに明らかになっているさくらの結婚歴は、たかじんで四人目であり、まさか自分が結婚するとは・・・のセリフは成り立たない。まして、相手がやしきたかじんとは・・・との感慨も白々しく響くだけだ。たかじんと知り合った当時、睦まじい姿をブログにアップしていたイタリア人男性との結婚生活を破棄(国内手続き上は)し、たかじんに乗り換えて結婚にまで持ち込んだのは、どちらのどなたさんだったのか。しかも、たかじんが結婚を決断した理由は、たかじんを看病していて乳がんとなったとの、さくらのウソで追い込まれた結果のことだ。
2014年1月、たかじんがハワイで静養する計画を持っていたのは事実のようだ。芸能レポーターの井上公造とハワイ在住の友人が証言している。しかし、結婚式にまつわる話は誰も証言していない。

★2013.10.21 夫婦として貯金

たかじんが気に入ったウブロ製の時計を購入した。

【引用 :殉愛331P】
さくらが値段を訊くと、八百八十万円だった。あまりの高額に驚いたが、たかじんと二年間夫婦として貯金してきたお金で購入した。


・・・入籍約十日後に、夫婦として二年間貯金した・・・自分なら、このような厚かましい女は嫌だ。さくらはたかじんと出会って間もなくの頃から、このような接し方をして来たのだろう。たかじんがKマネに話した、「表に出せない女」の言葉がよく理解できる。

★2013.11.27 うっとうしい

たかじんの体調が悪化、悪寒、吐き気、食欲不振に見舞われていた。

【引用 :殉愛337P】
「病院へ行っても、全然ようならへん」
「そんなことないよ。久保田先生に診てもらおう」
「ぼくがやかましくてうっとうしいから、病院へ連れていきたいのか!」
たかじんは怒鳴るように言った。
「ぼくはさくらに聞いてほしいから言ってるだけや。病院に行きたいなんて言うてん!」
さくらはショックを受けた。これまでにも八つ当たりすることはあったが、こんなにきつい言い方は初めてだった。

・・・さくらと相原に、オーバートークで勧められた免疫細胞療法の効果がなく、悪化する一方の体調にイラつき、抗がん剤治療を止めさせたさくらの意図を疑い出し、きつい言い方をしたのかも知れない

★2013.12.23 余命1.2ケ月

この日は東京の聖路加国際病院で、腹膜播種であると久保田医師の診断を受けた。余命は1.2ケ月とのことだ。

【引用 :殉愛359P】
「さくら」
とたかじんは声をかけた。
「嫌になったら捨ててもええよ
「ずっと一緒にいるよ。夫婦なんだから」
さくらがそう答えると、彼はこの日初めてにっこりと笑った。


★2013.12.25 浮気相手を殺す

【引用 :殉愛362P】
「いろんな経験をしてきたけど。死ぬのは経験したことないやん」
「そうだね」
「せやからどんなんかわからへんねんけど、墓にはおらんと思う。あそこには骨があるだけや」
「じゃあ、どこにいるの」
「さくらのそばにおると思うんや。だから、大丈夫。いつも見てる」
「いつも見てるということは、お風呂も見てるの?」
「それはマナー違反やから、覗かん」
さくらが笑うのを見て、たかじんも笑顔になった。
「でも、さくらが浮気したら、相手を呪い殺す」
「男の人を殺すの?さくらじゃなくて」
「さくらは殺さない。浮気相手を殺す。せやから、さくらに近づいた男は必ず死ぬんや。そしてその現場にはいつもサングラスが落ちてる」
「何、それ?」
二人とも笑った。

・・・この日は、たかじんがKマネを東京のマンションに呼び、遺言書作成の打ち合わせをした日である。Kマネにはさくらのことを「金で黙らせる」と伝えていたこともあり、浮気相手を殺すと言うほど、さくらに執着していたとは思えない。
自分がたかじんの立場なら、三十代にして未亡人となる女性の人生を慮り、いずれはいい人を見つけて結婚してほしいと伝える。それは実の娘よりも年下の女性を娶った男の責任とも言える愛情表現だからだ。その為には、死後の祭祀にも負担を掛けたくない。遺骨は当家墓所に納めてもらい、節目毎に参って貰えれば十分な供養である。

キーワードで見る空間模様 二人でシェアしたかった

たかじんが逝去する3ヶ月前から、さくらはたかじんの妻であったが、「殉愛」でいうところの誰も知らなかった741日間において、たかじんとさくらのポジショニングはどうだったのだろうか。

★2012.6.9 女の魅力

手術から二ヶ月後、たかじんは退院し六本木のマンションに戻る。


【引用 :殉愛165P】
実はこの時点でも、さくらとたかじんは一度も肉体関係がない。出会ってからしばらくの間、たかじんは、さくらと結ばれたいという意味のことを何度か日記に書いているが、そりが果たせないうちに病気がわかった。その後はさくらを大切にするがゆえに手を出せないという心境が綴られている。手術してからは、体力的な問題でそういう行為はできなかった。
(中略)
心から愛する女性には手を出せなくても、他の女とは平気でそういう関係を持つことができた。私は同じ男として、この心理はわからなくもないが、さくらには理解できなかったようだ。
(中略)・・・自分には女としての魅力が乏しいのではないかという引け目を感じていた。


・・・「大切にするがゆえに」思い起こしてみると、自分も初恋の頃はそういう感覚があったなあ、まだまだ世の貞操観念が残っていた時代のことだが。
さくらは金銭で肉体関係を結ぶ過去を持つ女。たかじんの日記が本当だとしたら、さくらはどれほどの演技を重ねたのかと考えてしまう。


★2012.6月

さくらは朝昼晩とすべての食事の栄養を考えつつ、たかじんの好きなものを工夫して食べさせた。
掃除や洗濯や買い物はもちろん、風呂に入れて、体を洗い、パジャマを着せるところまですべてだ。
便を見るのもさくらの重要な仕事の一つだった。いい便が出たときは、抱きしめて背中をポンポンと叩く と、子供みたいに喜んだ。


二人は何かいいことがあるたびに、ハグしたり、キスしたり、ハイタッチをするようになった。一日に何度もした。人がそばにいても平気だった

・・・全編を通して言えることだが、たかじんの幼児性を際立たせる表現が一つの柱となっているが、たかじんが番組内で演じた実家との断絶を逆手にとり、実母の母性愛に欠乏した彼を訴えたい意図に思える。
外国人と二度の結婚歴があるためか、さくらはボディタッチが頻繁だと伝えられている。人前でも平気なのは、さくせにとってスペシャルなことではない。

★2012.7.7 初めてのプレゼント

【引用 :殉愛180P】
大丸に行ったとき、テイフアニーで小さなダイヤの付いたネックレスを買ってくれた。彼からもらった初めてのプレゼントだった。
三越のポッテガ・ヴェネタでは、お揃いのパスポートケースを買った。
「これを持って、いつかハワイに行こう
「そのためにも、もっと元気にならないとね」
「頑張んでぇ!」


★2012.7.11 エンゲージ・コミットメント

さくらが買い物から戻ると、たかじんが看病日記を開き、泣いていた。
「さくらがおったからや」
「それにしてもや、さくらはたかじんオタクやなあ。一日中見てるやないか」と言った。

【引用 :殉愛181P】
「前に、退院したら結婚しようと言ったけど、もう少し待ってほしい。ぼくの復帰を祈ってくれる人がたくさんいるのに、それが果たせないまま、自分だけが幸せになることはできん」
「いいよ。私もじんちゃんに復帰してもらいたい」
「ごめんな、さくら。わがままを言うて。でも、やしきたかじんが復帰したら、必ず一緒になろう。約束する。ほんで、お父さんにも胸張って挨拶できるようにする」
「じゃあ、それまではエンゲージ・コミットメントしましょう
「うん!」
二人は「将来、結婚に向けて元気になる」「それまで一緒に頑張る」「愛する人はお互いだけ」を約束した。最後に、「もし、二人の間にケンカがあっても、その日のうちに解決する」ことも決めた。


・・・エンゲージ・コミットメントの言葉は初めて知ったので意味を調べてみたが、解釈が曖昧なようで、使う人によって恋愛の始まりから婚約まで幅が広そうだ。引用文の流れからこの時は、さくらは結婚と同様の生活を意識して使ったと思う。後日出てくる「二人で貯めたお金」発言の根拠は、このコミットメントを指していると思う。
たかじんはもう少し待ってほしい理由として、ファンに申し訳ないと言っているが、この段階でさくらに対し何らかの理由で懐疑的になっていたと思う。

★2012.7月 身の回りの世話

さくらは風呂だけではなく、歯磨きを除く身の回りのすべての世話をした。たかじんが自分でおしっこができるようになっても、「(尿瓶で)取って!」と言って甘えた。


・・・この文を真に受けると、下の世話まで含め、既に完全看護状態じゃないか。
風呂で体を洗ってあげたとの表現が数ヶ所出てくる。下衆の勘ぐりになるが、さくらは衣服を着けてそうしたのだろうか。もし衣服を外していながらたかじんが性的に興味を示さなかったとしたら、さくらの懸念通り「女としての魅力」に乏しかったのかも知れない。

★2012.7.24 浮気

前日、久し振りに大阪へ戻った。
買い物に出掛けるさくらに、たかじんは「ゆっくり買い物しておいで」といい、さくらは女に会うつもりだなと直感した。
買い物後、時間を潰していたさくらがメールを入れた。「今から帰ってもいい?」「さくら、早く帰って来て」と返事が来たが、戻ると たかじんは上機嫌だった。さくらはハグはしたが、キスはしなかった。

【引用 :殉愛186P】
夜、「何か心当たりがあるんじゃないの?」とさくらが訊いた。
「ちゃうねん、電話したらすぐに来よるねん」「あいつにはずっと定期的におこずかいをやってたんや。それが急になしになったから、金に困ったらしいんや。そやから、金やるなら来いと言うたんや。金払ただけで、何もしてへん
「だからって、二人の家に入れていいの?」
「ごめん、けど、何もしてへんねんから、許してや」
さくらはため息をついた。
(中略)
二週間ほど前にエンゲージ・コミットメントしたばかりだ。簡単にその約束を破るなんて許せない。彼の言うように
、何もなかったのかもしれない。しかし二人の神聖な家に、さくらから見れば不潔な女性を入れたことは耐えられなかった。
(中略)
さくらにはそんなふうにタダをこねるたかじんが幼い子供に見えてきた。この人は理屈が通らない子供と一緒なのだ。もうこれ以上怒るのやめよう


・・・エンゲージ・コミットメントした途端、「二人の神聖な家」「入れていいの」と表現が変わっている。結婚したのでもなく、さくらが幾何かの資金を出したでもないマンションをこう言われると、たかじんの性格からすると「面倒な女」と写ったことだと思う。
不潔な女とは誰を指しての言葉なのか? 妻の座に在りながら愛人生活をしていた自分はどう表現される考えていたのか? 説明は不要だと思う。

★2012.9月 プレゼント

プラダで素敵なサングラスを見つけたさくらはたかじんにプレゼントした。天国に旅立つときにかけていたのはこのサングラスだ。

・・・さくらがプレゼントしたエピソードが数ヶ所あるが、さくらのお金なのか"二人のお金"なのか。

★2012.10.5 全部あげるよ

フエースブック事件とは「変革の誕生日」と題されたたかじんの女性関係が書かれた記事がアップされた騒動のことだ。この中でさくらだけが好意的に書かれている。

さくらは犯人捜しをするつもりはない、大事なのは、たかじんを信じてついていくことだ。自分たちのことをよく思わない人物がいたとしても、二人の信頼関係が崩れると、彼らの思う壺だ。
たかじんの誕生日のこの日、さくらがプレゼントを渡すとたかじんが言った。「もうひとつねだってもいいかな」
何が欲しいの?とさくらが訊く。
さくらの人生と時間が欲しい
「いいよ。じんちゃんに全部あげるよ

(※/詳細はこちら・フェースブック事件・変革の誕生日)

・・・彼らとはKマネ達を意味していると思うが、訴訟魔のさくらが犯人捜しをしないのは不自然だ。

★2012.11.20 ハワイ生活

二人はハワイに着いた。


【引用 :殉愛 208P】
「さくら、こっちにおいで」
「そばに行くと、たかじんは彼女を抱きしめた。
「ハワイまで連れてきてくれてありがとう」
「連れてきてくれたのは、じんちゃんだよ」
「ちゃう!」と彼は言った。「さくらが連れてきてくれたんや
その夜、彼はベットで、さくらはベッドのそばのソファで寝た
さくらは長い看病生活で、いつのまにかソファーで寝る癖がついていた。いつでもすぐに起きられるようにするためだ。

・・・たかじんはハワイまで来れる体調に戻っていたのだから、寝ずの看病は不要。さくらは自分に与えられたベッドで寝るといいだけだ。殉愛にはこのように細かな点で不自然な描写が多く、疑念が積重ねられていく。

★2012.12.12 手を切った

【引用 :殉愛 208P】
さくらが左手指の骨が見えるくらいの怪我をした
「今まで自分は何も考えないで、ただ、さくらに世話をしてもらってきただけやった。今夜、さくらが怪我をして、その気持ちがわかった。さくらがどれだけ不安やったか、それから、どれだけ優しかったか・・・。情けないけど、初めてわかった。これから、もっともっと大事にする」とさくらに言った。
(※詳細はこちら・さくらの怪我)

・・・この直後に撮られた写真では大怪我の痕跡は見当たらないと言われている。梅干し大の指輪を買う口実の為のエピソードなのだろうか。

★2012.12.18 何度目かのプロポーズ

たかじんが指輪を見に行こうと言った。
「さくらが手を切ってから、前以上に結婚について考えるようになったんや。婚約指輪を贈りたい」
テイフアニーのお店で「梅干くらい大きなダイヤが付いたのをくれ」と冗談を言った。結果的に数百万円の指輪をキャッシュで買った。
クリスマスの日、たかじんは指輪を差し出した。
「ぼくのためにありがとう。さくらに出会えて本当に幸せやった。こんなアカンタレやけど、これからも一緒にいてほしい。これからは元気になって幸せにするから、ずっとそばにいて笑っていてほしい」
言いながら、たかじんは途中から泣き出した。もう何度目かのプロポーズだったが、今までで一番感激した。しかし彼と結婚するのは、本当に復帰したときと決めていた。

・・・相手が拒んでもいないのに、プロポーズを何度もするものなのだろうか。高価なプレゼントを買わせた言い訳にしか聞こえてこないのだが。

★2012.12.31 ツーショット写真

ツーショットの写真を梅田に撮ってもらった。

・・・写真嫌いで通っていたたかじんとしては、さくらとのツーショット写真が多く残されている。この日の写真も、婚約指輪購入と関係があるのだろうか。

★2013.1.1 ハワイで結婚式

復帰したらハワイで結婚式を挙げよう」
「いつ?」
夏くらいかな。親しい仲間だけを集めて祝ってもらう」
結婚式も素敵だったが、それよりもたかじんが元気になって復帰する姿を想像しただけで、さくらは胸がいっぱいになった。

・・・婚約指輪購入からこの日まで、結婚に関するエピソードが目立つ。さくらがハワイで「このまま籍を入れなければ訴える、とたかじんに迫った」とのタレコミ(真偽不明)を掲示板で見たが、事実ならこの時期だったのだろうと思う。

★2013.2.21 女の電話

復帰前検診が終わった後大阪に戻った。たかじんは相原を伴い久しぶりに新地へ飲みに出掛けるが、忘れた携帯に何度も電話が入り、さくらが出ると、女の声でいきなり「明日、パンツ穿いていかへんから楽しみにしといてや」と言って切れた。
たかじんが戻るとさくらの機嫌が悪く、理由を聞いたたかじんは、連れ帰った相原が代わりに説明するよう求めた。
「前にも二度、家に女性を入れた。今回が三度目。・・・もう無理
翌日の朝、たかじんは「金を渡すだけや」と言い訳をする。


【引用 :殉愛 230P】
「もう、ハワイに行くのはやめる」とさくらが言った。
「さくらが行かへんやったら、ぼくもいかへん」
「勝手にしたらいい」
「ハニー(たかじん)はハワイに行ったらいいじゃない」
「さくらが行かんやったら、行かれへん」
「どうしてそんな勝手を言うの」
「ぼくのエゴイズムという歌、さくらも好きやんか。ほな、僕の言うてること、わかるやろ」
エゴイズムという歌は、タイトル通り男のエゴを歌った曲だ。さくらはこんな勝手はないと思った。
「歌が好きなだけで、歌詞の内容が正しいとは全然思っていない」
「そんな恐い顔せんといてえな、。さくらはいつもにこにこして笑ってたらええねん
・・・一時間くらいのやりとりの末に、一緒にハワイに行くことに同意させられた。
たかじんを風呂にいれながら、自分が情けなくて涙がぽろぽろ溢れた。
実は、この時点でも、まださくらとたかじんは一度も肉体関係がない
(中略)
自分には女としての魅力がないのではないかということ。もうひとつは自分がかねて「結婚する人以外とはセックスをしたくない」と言っていたからではないかということ、つまり、彼がセックスをしないのは、自分と結婚する気がないということではないのか。
もしかしたら、彼は自分を都合のいい家政婦のような存在と思っているのかもしれない。だから、あとあとややこしいことを言われないように、セックスもしないのかも・・・。
さくらは女性と会わないようにマンションを出た。「わたしはいつか彼に捨てられるかもしれない」と思った。


たかじんはマンション戻ったさくらに、「何もなかった、金だけ渡した」と言ったが、さくらはスーツケースに服を詰め出し、「自分のマンションに帰るの」と言った。

この後、さくらはたかじんの二つの携帯と、記録用の携帯に登録されている女の番号とアドレスを削除した。さくらが「早よ、出さんかい」と怒鳴ったのはこの時のことだ。

(※詳細はこちらで・早よ、出さんかい!)

・・・エンゲージ・コミットメントした日、たかじんはくらに対して懐疑を持ち出したのではないか、と書いたが、この頃は不信感に変わっていたと思う。突然の帰阪で女と会い、「男のエゴ」と言い放ち、さくらには「にこにこ笑ってるだけでいい」と突き放している。たかじん遺産相続に照準を定めたさくらは、ハワイ同行を承諾するしか術がなく、自分のマンションに帰るとのフェイントも空しい。
たかじんも「都合よく使える女」としてキープしておこうとの魂胆は間違いなく有っただろう。なぜならこの年の8月までは、前妻に遺産を相続させるので看取ってほしいと連絡をしていたのだ。さくらが時々思う「いつか捨てられる」は事実で、様々な機会に婚約・結婚の既成事実を追い求めていたと思う

(※前妻についての詳細はこちらで・直葬の日)

★2013.2.24 復帰前のハワイ

二人は、再度ハワイへ向かった。
たかじんは魅力的な人だし、自分は彼に惹かれている。彼は自分を可愛がってくれているし、大事にしてくれているが、本当に愛してくれているのだろうか

・・・惹かれているのはさくらの方である。

★2013.3.8 墓地

二人はダイヤモンドヘッドが見える墓地を買う。
ぼくがここに入ったら、いつかさくらもここに来てほしい。ずっと待ってるから」さくら黙ってうなずいた。
「せやけど、それまでは二人で生きていこう」さくらとたかじんは墓地でキスをした。

・・・墓地の購入が事実なのか不明だが、たかじん親族に分骨しない理由に使われているかと思う。

★2013.3.13 帰国

日本へ戻るためハワイを飛び立った。
「楽しかったね、ハニー」
「今回のハワイは一生忘れられへん。復帰出来るくらい元気になれたし、全部ハニーのおかげや

★2013.3.18 純愛

読売テレビ越智会長が食事会を開いてくれた。
たかじんはさくらを「ぼくの一番大切な女性です」と、さくらを紹介した。
「たかじんさんとさくらさんは、純愛なんだね」と越智が言った。
(※食事会詳細はこちらで・読売テレビ会長と食事会)

・・・さくらを一番大事なのはテレビ業界の人間。

★2013.3.20 収録前日

復帰一本目の録画を控えたこの日まで、たかじんはさくらに「復帰のスタジオに来てほしい」と言わない。この日の為にともに頑張って来たはずなのに。さくらは寂しさを覚えた

★2013.3.21 二人でシェア

さくらのスタジオ見学を、たかじんはKマネに連絡させると言ったが、Kマネから「今日は来んといてください」とメールが入る。
復帰の日のスタジオ収録に立ち会えないとわかったさくらは泣いた。なぜ、フィアンセである自分をオフィシャルな場に連れていくことを拒否するのか。
彼にとって、私は公式の場で紹介できる女ではないのだろうか。所詮は家政婦のようなものと思っているのではないか。復帰するまでの都合のいい女なのかもしれない。「私はいつか捨てられるのかもしれない・・・」と思った。
たかじんが「Kがスタジオで泣いとったらしい」と言うと、さくらは「さくらもその場にいて、泣きたかったよ」と言うと、たかじんはこれから元気になったらいつでも来れると言った。
「そうじゃない!、今日という日を二人でシェアしたかった。前に何でもシェアするって約束したじゃない」

・・・殉愛の真実によると、たかじんはさくらをこう言い表している、「人前に出せん女」。たかじんが全身全霊で取り組む復活の場に、出せるワケがないのだ。仕事人として至極真っ当な判断と言える。
さくらには録画を見ようと言うが、シェアしたかったと責める。

(※詳細はこちらで・テレビ復帰の日)

2013.3.22 終わりにしよう

この日もスタジオ収録に呼ばれず、さくらは何度も泣いた。
浮気がわかったときも悲しかったが、比べものにならなかった。やしきたかじんは冷たい人だと思った。
私を愛してはいないだけだ。完全に体調が回復したら、間違いなく捨てられる・・・。
「都合よく使われるのは、終わりにしよう」

・・・これまでの人生で男を都合よく使ってきたのがさくらと言えよう。別れには訴訟で金銭を得る成功体験を数度持つさくらが言う終わりにしようは、退却ではない。狙った獲物は外さない獰猛な野生動物の攻撃性に似て心境を持った時だったと思う。

★2013.3.23 心の変化

さくらはいつもと違う形だけのハグとキスをした。彼とはいつか別れなければならないかもしれないと思っていた。たかじんはさくらの心の変化に気付いていないようだった。

収録を終えたたかじんは、橋下大阪市長と相原を連れてきた。
たかじんはさくらを「これ、ぼくのフィアンセ、さくらや」と紹介した。相原がたかじんとさくらの式を勧めると、「さくらのお父さんにまだ挨拶していない。お嬢さんをくださいってきちんとお願いしてからもらう。そのためにも仕事をきちんとやる」と言った。

・・・さくらの心境の変化と時を同じくして、たかじんも変化したと思われる一言を残す。さくらを橋下市長に紹介する際に、「これ」との表現を使っている。関西語はよく理解していないが、フィアンセをこれと表現するのは、一種の蔑視だと自分は思っている。

キーワードで見る空間模様 じんちゃんのために死ぬよ

たかじんが逝去する3ヶ月前から、さくらはたかじんの妻であったが、「殉愛」でいうところの誰も知らなかった741日間において、たかじんとさくらのポジショニングはどうだったのだろうか。

★2012.1.25 マンションの鍵


【引用 :殉愛 96P】
一月二十五日、出会ってちょうど一ヶ月にあたる日に、たかじんはさくらにマンションの鍵を渡したそしてひと部屋を与え、さらにクローゼットの引き出しもさくらの分を空けてくれた。
たかじんは真面目な顔をして言った。
「ぼくは何日生きるかわからへん。これからすべての日が記念日みたいなもんや。いつ死ぬかわからんから、ぼくの言うたこと、したこと、全部覚えていてほしい
「わかった」とさくらは答えた」。これから胸にも耳にも頭にも覚える」

・・・マンションの鍵を渡し、一部屋を与えたということは同居が始まったと見ていいと思うが、3月に伯父から借りているマンションから向かいのマンションに越すとも書いてあり、実態がよく分らない。
推測すると、たかじんもこの時期は衝動的な行動をとっていたが、急速に冷めて向かいのマンションを提供することになったのではないだろうか。
全部覚えていてほしいと言ったのは、ガン撲滅チームの書記係としてではないかと思う。


★2012.1.27 ・スタジオ見学

たかじんが「最後になるかもしれないので、一度見ておいてほしい」と言い、そこまで言って委員会の収録を観覧する。
さくらはテレビ局へ行く前に、長い髪を切った。たかじんはこのヘヤ―スタイルを大喜びした。たかじんが愛した「京都の女性」と同じだった。

・・・京都の女性とは、たかじん不遇時代に付き合った女性を指すが、その人と姿形が似ているとの理由で喜ばれても、心はここに非ずと言える。自分が女性なら「代用品かっ!」と突っ込みを入れるだろう。

★2012.1.30 ・ステージⅢ

三田病院でステージⅢを宣告され、にこりともしない たかじんの背中を、さくらがさすり続けた
その後、買ったばかりの東京のマンションへ行った。
「ここはどの女も入れていない。二人だけの新居や。さくらちゃんが思うように自由にリフォームしてもらったらいい」
自棄になったたかじんは、「最後まで無茶苦茶して死んでいくような男でないとあかん、毎日飲み歩いて、新地で死にたい」と言った。

【引用 :殉愛 96P】
さくらはメールを送った。
「じんちゃんがそういう考えであれば、さくらは支えることができません。私が好きになったのは、目の前の屋鋪隆仁で、みんなのやしきたかじんではない。だから、治る可能性があるのに、元気になる可能性があるのに、一緒にいられる時間が長くなる可能性があるのに、そっちのやしきたかじんの生き方を望むならもう私には何もできません
翌朝、たかじんから返事があった。
「一緒に頑張る」

・・・背中をさするボディランゲージは、さくらの得意技のようで、たかじん死後も含めて各所に登場する行為である。
有名な人気者になったことがないので良く解らないか、本名の自分を好きになったと言われると嬉しいものなのだろうか。さくらはそこらのミーハーと一線を画した存在を演じたかったのだろう。
「もう私には何もできません」の言い回しは、奥様掲示板にも似た書込みがあり、本人降臨か!と話題になったが、弱者(病人等々)にとっては堪える追い込みの言葉だ。
死後のMoney事情では、「家鋪隆仁」と「やしきたかじん」の両方を独占しようすることになるのだが


★2012.2.5 ・検査入院

たかじんが入院中、さくらは東京のホテルに泊まる。退院後、大阪に戻る。

★2012.2.21 遊び相手

この日、さくらはKマネとUの三人で食事に出かけ、その席上でUから言われる。「あの人にとって女なんか ただの遊び相手やで。今は病気で気が弱っているから、あんたに頼っているけど、病気が治ったら、すぐに捨てられるで」
さくらはマンションに戻り泣いた。二人の言う事は出鱈目だと思おうとしたが、もしかしたら本当かもしれないと考えると不安でいっぱになった。自分はやしきたかじんのことを何も知らない。もしかしたら自分はとんでもない過ちを犯したのかもしれない。
翌日、たかじんに言うと、「記にすんな、。あいつは昔から一言多いねん。あいつにはぼくから言っておく」と答えたが、明確な否定はなかった。さくらは少し悲しかった。

・・・今は病気で気が弱っているからは、言い得て妙である。この段階では「とんでもない過ち」に繋がる事実はない。伊夫イヴァンもTwitterの書込みを見る限り、さくらの帰国を首を長くして待っているのだから。

★2012.3.11

抗がん剤治療で入院中、たかじんが胸の痛みを訴えたため、さくらも病室に泊まり込むようになった。

★2012.3.24 浮気

さくらはたかじん自宅の向かいのマンションに引っ越す。片付けを終えたかじんのマンションへ行くと、エレベーター前で派手な服装の女とすれ違う。女は「あんた、遊ばれているで。私、今、じんちゃんとやってきてん」と言った。
玄関の三和土に、女性もののハンカチとメモが落ちており、メモには「消えろ、ブス」と書かれていた。さくらはたかじんに「誰か来たの?」と訊くが、Kマネしか来ていないと言い張る。
さくらはいつものように足裏マッサージをして帰った。

【引用 :殉愛 113P】
失望とかショックという言葉で表せるものではなかった。心がナイフでえぐられるようだった。私がいったいどんな悪いことをしたというのか。イタリアに戻るチケットを引き裂いてまで彼のために残ったのに、その仕打ちがこれか。なぜ、こんなひどい目に遭わなくてはならないのだ。
(中略)
実は、この日までたかじんとは一度も肉体関係がなかった。性的な意味での体の愛撫もない。さくらも最初は意外に思えた。(中略)・・・私のいない間に、彼は他の女とそういう関係を結んでいたのだ。
私は「女性」として見られていなかったのか。彼にとっては、ただ病気の世話をするだけの女だったのか。
(中略)この人を支えていくことはできない!もうお別れしよう

・・・「今、やってきてん」まさしく下品な言葉であるが、たかじんをよく知る人は「あんな下品な女とは付き合わない」とも言う。殉愛ではたかじんの周囲の女性は、ことごとく下品に扱われている。社会性に欠しいさくららしい取材だったのだろう。
病気の世話をするだけの女だったのか疑わしいが、オンリー・ワンでなかったことは確かだ。しかし、それがどうしたと言うのか。さくら自身、常に複数の男性間を行き来している身であり、この時間も人妻であるのにだ。
結果論になるが、ここでお別れしてくれていたなら、たかじんは親族やファンを悲しませる結果とならずに済んだと思う。本心とは思えない「お別れ」の言葉が虚しい。

★2012.3.25 許してほしい

さくらはKと会い、たかじんと一緒に東京の病院へは行けないと告げるが、Kマネは「その女と師匠は何もない、師匠を見捨てないでほしい」と言った。
たかじんの部屋へ行ったさくらはたかじんに言った。「昨日、マンションに来たとき、下で女の人に声かけられて・・・」
「何、その女、誰?」
「その人、すれ違うとき、じんちゃんと今、してきたって、言った」
たかじんはいろいろ説明するが、さくらは納得しない。
「さくらは心から信頼できない人のそばにいる自信がないし、一緒に頑張れない。じんちゃんはその人に看病してもらったらいい
たかじんは、その女はただの遊び相手だと言うと、さくらは「さくらも遊び相手の一人?」と訊いた。
「ぼくが本当に結婚したいと思っている女はさくらちゃんだけや」「もう二度と会わん、だから許してほしい
真剣な顔を見ていると、見捨てることは出来ない。決して許せない・・けれど、許す努力をしよう。

・・・東京の病院へ行かない、他の人に見てもらえ。さくらは許してほしいと言わせる話法に長けている女だと感じる。

★2012.4.6 お利口さん

二人は芝公園まで桜見学に出かける。
たかじん「さくらってええ名前やな、でも家鋪さくらのほうがええで。森田さくらよりもええ」
来年も見に来ると約束してと言うたかじんに、さくらは心の傷は癒えていなかったが「お利口さんにしていたらね」と答えた。

★2012.4.9 結婚しよう

たかじんは初めて「さくら」と呼び捨てにした
「さくら、手術が無事に終わったら、結婚しよう
さくらはうなずいた。

・・・もうやっていけないかもしれないと言って2週間、結婚に同意する不思議。

★2012.4月 夜間譫妄

たかじんの夜間譫妄が強くなり、ひとり言を言い出す。殆どが他の女性との経験談であったが、「さくらは本気で惚れた女や」とも言った。
「夜間譫妄でいろんな話を聞かされたことで、ようやく浮気を許す気になった ような気がします。彼が本当に私を愛しているということもわかりました」

・・・譫妄は無意識のうちに起こるものであるが、たかじんの頭の中には「女」のことしかなかったのか。夜間譫妄の症状まで持ち出して、自分への想いを強調する技法に思えてならないのだが。

★2012.4.19 再手術の日

たかじん「この恩返しをせなあかん」
さくら「じゃあ、幸せにしてくれる? 」「言うたことは絶対にやる」と指切りした。


・・・恩返しには様々な形があると思うが、結婚を持ち出して迫っているのは、むしろさくらの方である。

★2012.4.20 お父さん

【引用 :134P】
「さくらのおかげで頑張れた」たかじん言った。「元気になったら、さくらのお父さんに会いに行きたい。ほんで、お嬢さんがどんなに素晴らしいかを伝えたい
さくらはそれよりもたかじんが目を覚ましたことが嬉しかった。

・・・さくらは父と会われたら困る立場、伊夫イヴァンの存在と併せて、さくらの過去をいろいろ知っているからだ。

★2012.4.22 伯父.

病院にプジ―の購入を打診するが難色をしめすと、さくらは伯父に電話し、一億円を無心する。

・・・ここで書かれている伯父と会ったとしても、プジ―とは無関係な用件だった可能性が高い。伯父と表現しているが、殉愛の真実では元愛人だったF氏とされている。
(※F氏についてはこちら・ さくらを通り過ぎた男達)

★2012.4月 じんちゃんのために死ぬよ

【引用 :134P】
そして何度もおしっこにトライした。もちろん尿瓶でおしっこを取るのはさくらの役目である。
「他になにかしてほしいことある?」とさくらは訊いた。
ずっとそばにいてほしい
「さくらでいいの?」
そう訊くと、たかじんは嬉しそうに「当然」と答えた。そして、
女は尽くして尽くして死ぬもんなんや。さくら、そうやな」と言った。
「いいよ。じんちゃんのために死ぬよ
本心だった。彼のためなら死んでもいいと思った。


・・・殉愛騒動後、マスコミ取材に対して自殺未遂もあったと答えているが、当時のSNSから窺がえるウキウキ振り、遺産に対する執念、祭祀の扱いを見る限り、じんちゃんのために死ぬの言葉は虚しい。

★2012.5.5 ひとつになりたい

「さくら」と呼ばれ近くに行くと、たかじんが ぎゅっと抱きしめた。それを何度も繰り返した。
「そばにいれて良かった、色々なことを許してしまう。彼がこれまで付き合ってきた人とさくらはまるで違うと思う。それでも選んだのはじんちゃんだから。こんなにそばにいられるのだから、心もカラダもひとつになりたい


・・・これまで付き合ってきた人とまるで違う、の意味は何だろうか。殉愛で描かれた他の女は、打算的な汚い女ばかりだ。自分は違うと言うのか!? 抱いてもらえない悔しさなのかも知れない、カラダも一つになりたいのだから。

★2012.5.13 嬉しい

たかじんは「もう、仕事はええ。ひらがなのやしきたかじんやなくて、漢字の屋鋪隆仁になって、さくらと二人で静かに暮らしたい」と言った。さくらはやしきたかじんに戻してあげたいと思った。
「私は幸せな女だと思う。きっと色々な人がじんちゃんを大好きで、ファンで、お世話したいに違いない。お世話できるのが嬉しい

・・・知合った初期は「家鋪隆仁」を好きになったと言って近付き、距離が近まると「やしきたかじん」側近を嬉しがるさくら。

★2012.5.25 いつ死ぬかわからない

一億円を借りた伯父と会い、不要となった小切手を返す。五千万円入りのボストンバッグを渡される。

【引用 :殉愛 154P】
「なんで、そんな奴にそこまでするんや」
「私にとって大事な人だから」
「あんな女たらしと真剣に付き合ってるつもりか。遊ばれてるだけかもしれん。都合よく使われているだけと違うんか」
いつ死ぬかわからへんのに・・・、(中略)それでもいいのか?」
さくらはうなずいた。

たかじんにはさくらの誕生日だから伯父が会いに来たと説明。たかじんは指輪をもっているふりをし、さくらの指にはめる仕草をしてった。「結婚してな」。さくらは嬉しくて泣いた。

・・・たかじん死後この五千万円は、たかじんの金庫に入っていた2億8千万円の内の一部だと主張することになる。作り話だとすると、べストセラーとなった書籍・殉愛の中でアリバイ工作をしたことになる。著者は伯父への取材で確認しただろうか、そうでないなら遺産工作を幇助したことになる。
この伯父が愛人として出て来たF氏なら、会話の端々にさくらに対する未練が読み取れ、さくらが傾注しているたかじんが憎かったことだろう。「いつ死ぬかわからへんのに」と言ったのはたかじんの病状をさくらから聞いたのだろう、殉愛の真実で明かされた海戦山戦な伯父の正体から、「たかじん遺産獲得」へ向けた方策を伝授された可能性もある。

★2012.5.29 私がなにもかもやる

久保田医師は、「さくらさんが自宅でそれができるなら、来月の初旬には退院できます」と言った。「私がなにもかもやるので、退院させてほしい」と言う。

・・・たかじんの最期を看取った久保田医師の言動には、不可解な点が多数見受けられるのだが、ここでの「さくらがそれができるなら」の発言の真意は、患者、或いは付添い人から強く要望されたのではないだろうか。或いは、クレーマーなさくらに病院側が辟易した可能性もある。そうでなければ条件付き退院を勧めるはずはない。

★2012.6.1 家に帰れるなんて

退院日を打診されたさくらは「六月九日」を選び、たかじんに伝えた。「家に帰れるなんて・・・」と呟き、「それにしても、シックスナインの日というのは、いかにも縁起がええなあ」と言った。
その後、さくらを札幌とハワイに連れて行きたいと話した。

・・・この後、特に札幌は頻繁に行き来し、多くのエピソードを残す地となる。

★2012.6.4 料理

さくらに京都こずこんオーナーシェフの鵜川から電話があり、さくらは「料理の師匠になってください」と頼む。たかじん好みの味を知るためである。

・・・たかじん好みの味を、と言えば聞こえはいいが、さくらの都会っ子ブログでは、料理が殆ど出来ないとカミングアウトしている。幾度もの結婚歴を残すアラサーとしては情けないことだ。

★2012.6.8 お別れするとき

退院前日、たかじんはエルビス・プレスリーの「愛さずにはいられない」のサビの部分を英語で歌った。
さくらは再発した時は最後だ、いつかお別れするときが来た としても、笑顔でいよう思った。


・・・この段階で、再発したら終わりなことを認識している。多くの遺産を残すであろうたかじんと、離れるわけにはいかないのだ。


キーワードで見る空間模様 恋に落ちるまで

たかじんが逝去する3ヶ月前から、さくらはたかじんの妻であったが、「殉愛」でいうところの誰も知らなかった741日間において、たかじんとさくらのポジショニングはどうだったのだろうか。

★2011.12 ・出会い前~電話番号・アドレス交換


フェイスブックに「チャーミングなおじさんを見た」とその様子を書いた。
すると家鋪から「それ、ぼく」というメールが来たが、冗談だと思った。「家鋪隆仁」と「やしきたかじん」が結び付かなかったのだ。(さくらは家鋪隆仁の読み方を知らなかった
)
たかじんは自分の携帯電話の番号を知せてきた。さくらは少し迷ったが、
自分の携帯番号とアドレスを教えた。


・・・携帯番号を教えたたかじんに対して。自らアドレスをプラスして教える積極的策に出たということ。普通に考えて、女性が会ったこともない男性に対する行動ではない。たかじんを知らなかったことも信じられないのだが、一歩譲ったとして、有名人と知って売込みにかかったと思われても仕方ない。
事実、殉愛の真実の取材に応じたKマネの話しでは、さくらの方から猛アタックがあり、F.Bに顔写真を載せていない人は信用しないと言うたかじんに対し、載せたものを送ってきたとのことだ。


★2011.12.25 ・最初の出会い

【引用 :殉愛 26p】
しかし、憂鬱の理由はそれだけではない。フェイスブックで知り合った男性に、何日も前から「クリスマスのオフ会に来て下さい」としつこく催促されていたことだ。さくらは「行けたら行きます」と返事していたが、男性からは当日にも「何時ころ来れますか?」というメールが入っていた。

【引用 :殉愛 30p】
ところがさくらを横に座らせておきながら、彼はまったく話しかけてこない。ときどき、ちらっとさくらの顔を見るとすぐに目を逸らし、にやにや笑って酒を飲むという具合だった。さくらは少し腹が立った。自分から隣に座れと言っておいて話もしないなんて、イタリアでは考えられない。

【引用 :殉愛 31p】
たかじんが歌ったのは「順子」という曲だ。奇しくも二年後にさくらのために最後に歌った曲と同じだった。
たかじんは歌詞の中にある「順子」という名前を「さくら」に替えた。

【引用 :殉愛 31p】
店に来てから二十分以上経っている。もう十分約束は果たしたと思い、「そろそろ失礼します」と言って席を立った。引き止められはしなかった
(中略)
「フェイスブックのオフ会と聞いていましたが、実際はやしきの友人がフェイスブックで綺麗な女性を集めた合コンみたいなものでした。やしきはそんな女の子たちに囲まれて嬉しそうに酒を飲んでいるおじさん、というイメージしかありませんでした。

・・・この日は伊夫イヴァンがヒルトンホテル大阪に来ている日である。その中で人妻がFBのやり取りしかない男性の誘いで、のこのこと出掛ける神経が理解出来ない。何らかの意図・使命が有ったとみる方が自然だろう。もしかすると愛人経験を持つさくらの「多情な性分」が騒いだのかもしれない。

★2011.12.27 ・最初のメール


彼から来た初めての携帯メールだった。
「落ち着いたら、いつでも遊びに来てください。近所だし、僕も是非またお会いしたいです」
さくら「年末は仕事ないんですか、会えたらいいですね」
たかじんは「明日、鉄板焼き屋へ行こう」と提案した。さくらは「はい」と返信したが、半分以上は本気でなかった。「明日も沢山お友達がいらっしゃいますか?」と訊くと「ぼく、一人」との返信メールだった。
一対一で会うと聞いて困った。これでは完全にデートじゃないか。なぜこんなに積極的なのか。

・・・たかじんが積極的と言うが、即座に「はい」と答えたさくらも十分積極的だ。また、伊夫は大阪滞在中なのに。

★2011.12.28 ・再会の約束

さくらはたかじんにメールを入れた。
「妹はまだ生まれそうにないので、今日お会いできるのを楽しみにしています
その後妹が出産し、この日は会えなくなったが、三十日に会う約束をする
メールを終えたさくらは不思議な気持ちだった。この人はもしかしたら寂しがり屋なのかも知れない。ただ、デートの気分ではなかった。優しいおじさんに会うだけだ


★2011.12.30 ・最初のデート~たかじんマンション入室~プロポーズ~たかじんが手を握る


【引用 :殉愛 36-43p】
(前の日の夜)部屋に行くのは絶対にやめようと思った。
三十日になると、憂鬱さは一層増した。できたらドタキャンしたい気分だった。彼に急用が出来たらいいのになあと思っり、あるいは誰かと一緒ならいいなと思ったりした。しかし夕方に「待ってるよ」というメールが来て、覚悟を決めた。
家を出るとき、余計な誤解をされないよう、スカートをやめてパンツを穿いた

二人は約束した鉄板焼き屋へ入ると、たかじんは自分の身の上話を始めた。離婚歴や昔付き合った女のエビソートだった。

「どうして、私にそんな話をするんですか」とさくらは訊いた。「あまりいい話じゃないと思います」
「ぼくのことを知ってもらいたいからや。いいところはあとからゆっくり見てもらつたらええ。だから、悪いところを先に言っておきたい」
なるほどな思った。
(中略)
午後七時を過ぎたころ、「ところで」とたかじんは言った。
「妹さんにお祝いを用意してるんやけど、家まで取りにけえへん?」
さくらは内心で、やっぱりそうきたか、思いながら、「やめておきます」と答えた。
「何もせえへんから」
「わかっています。でも、帰らないといけないし」
「だから、お祝いを渡すだけ」
たかじんはしつこく食い下がった。
「それでは、受け取ったら帰ります」
さくらはたかじんのマンションに行き、玄関を入ったところで、「ここで待っています」と言った。廊下の壁にはたかじんの写真が何枚も飾られていた。いかにもプロのカメラマンが撮った、魅力的な写真ばかりだった。
「素敵な写真ですね」
「中にもいっぱいあるよ。写真も見てほしい」
「じゃあ、写真だけ」
(中略)部屋の中央の座卓には祝い用のフルーツがバスケットに山盛りにされていた。

たかじんは更に、お金と「Love Sakura」とサインしたCDを渡したが、さくらは「結構です」と言って押し戻した。゜「ほくにそんなこと言うの君くらいやで。そのんのおばちやんやったら、卒倒するで」とたかじんが言い、ビデオのスイッチを入れると「たかじんのそこまで言って委員会」の映像が流れた。画面に映っている人が今、自分の横にいるのが不思議な気がした。その間にたかじんはパジャマに着替えた。

突然、たかじんはそりまでニコニコしていた表情を険しくすると、さくらの目の前に正座した。
「テレビの仲ではあんなふうやけど、実際のぼくはこんな人間や」
さくらはどう答えていいかわからず、うなづいた。
「二十五日に会ったとき、これやっ!と思った」
「どういう意味ですか?」
「昔、すごく好きやった女がいて、その人にそっくりなんよ。店に入ってきたとき、その女性が入ってきたと思った」
(中略)・・・しかしたかじんの目は真剣そのものだった。いや、自分を眩しそうに見つめている感じさえした
「ぼくはもう六十二歳で、あと何年生きるかわからんけど、最後の女に決めました。だから・・・結婚してくれんか」
いきなりのプロポーズに驚いた
「突然、こんなこと言われても答えられんと思う。すぐに返事が無理なら、結婚を前提に付き合ってもらえないか」
「気持ちは嬉しいです」とさくらは言った。「でも、どうしてよく知らないのに、そんなことを言うんですか。それに、もうすぐイタリアに帰りますし」
「これは直感や、ぼくにはわかる。ぼくが最後の女に言ったからには、絶対にそうする」
返答のしようがなかった。はぐらかそうとしたが、彼の顔は真剣そのものだった。
「ぼくのことを全部わかってほしい。借金もないし、おかしな連中とも付き合っていない。女は何人かいるけど、全部、切る
(中略)
「今夜はこの辺で失礼します」
さくらが告げると、たかじんは「もう行っちゃうの?」と悲しそうな顔をした。少しかわいそうになって、立上るのに一瞬躊躇した。すると突然手を握られた。やばい、と思った。情に流されてはいけない

(中略)

たかじんは胸が痛くなり、さくらはたかじんが服用している薬のことを調べた。違う病気じゃないかと言い、東京の山王病院をすすめる。

(中略)
たかじんは「待って」と言って、頬にキスしてきた。・・・どきどきした。たかじんの手が震えていたからだ。
家に着くと、たかじんからメールが届いていた。
「さくらちゃん、運命の出会いが出来た日ですね。・・・新年早々会いたいです。いつがいいか、また教えてください。では、おやすみなさい」
さくらは素直に嬉しいと思った

・・・会って二回目でプロポーズするのは信じ難い。失礼な言い方になるが"あのたかじん"であり、付き合っていた女性は他にも多数いたのにだ。「女は・・・全部、切る」とあるのは物語上のカモフラージュとしか思えない。
「何もしないから・・」随分と古典的な誘い文句を用いたことと思うが、意図するところは所詮身体だ。「スカートをパンツに」「そう来たか」、さくらは予測していたにかかわらず入室している。実際に何が起こったのかは不明だが、実はコトを期待していたのだろう、「・・・ドキドキ」「嬉しい」のセリフがマッチする。

★2012.1.1 明日も


たかじんの「明日、会いたい」いう誘いにすんなりと応じた

★2012.1.2 ・初めてのキス

たかじんはおでんや尾頭付きの鯛塩焼きなどを用意していた。さくらは鯛の頭を見て、「怖い」と呟く。

【引用 :殉愛 66-70p】
「魚の目がこっちを見ているみたいで・・・」
彼はキッチンペーパーで鯛の頭を隠し、自慢げに「これでどうや」と笑った。その瞬間、さくらは自分の胸がキュンとした気がした。
(中略)
「こないだの話しやけど・・・」
プロポーズのことを言っているのはすぐにわかった。
「すぐに結婚は無理でも、彼女になってほしい
「もうすぐイタリアに帰りますし、彼女も無理です」
たかじんの気持は嬉しかったが、付き合う事は出来ない
「仕事や金のことなら心配いらん。日本に帰って来てほしい。それでぼくの彼女になってほしい」
「今すぐには答えられません。考えさせて下さい」
「考えている間に、他に男を造らないと約束してほしい」
「考えると言ったから、その間は作りません」
そう言うと、たかじんは嬉しそうな顔をした。
「ほな、彼女ということでええな」
「え、そうなるんですか」
「うん、そうなるんや」

そんなやりとりが一時間近く続いた。さくらは半ば根負けして言った。

「わかりました。でも、先のことはわかりません」
たかじんは、「やった!」と大喜びした。
すると、さっきまでの強引さは影を潜め、急にもじもじし始めた。そしてうつむきながら、「彼女になった記念にキスしてええ?」と訊いた。「だめです」と答えても、たかじんは諦めなかった。さくらは半ば押し切られるような形で唇にキスされた。唇を合わせるだけの軽いキスだつたが、彼女はあまりの強引さに傷ついて、少し泣いた

帰り道、さくらはいろいろ考えた。「どうしてキスしてしまったのか?」「彼女になるってどういうことなのか?」「イタリアと日本で遠距離恋愛なんて出来るのか?」

さくらはいつしか恋に似た気持ちを抱き始めていた。でもみしかしたら遊ばれているのかも知れないという怖さもあった。
(中略)クリスマスのオフ会のときにいた女の子たちも皆、彼の彼女ではないのだろうか。自分がその一人になるのだったら、絶対に嫌だ。

・・・伊夫イヴァンはまだ大阪滞在中で、帰国を翌日に控えた日であることが前提にある。
男性の自宅に正月料理をふるまわれに訪問すること自体で、さくらの人間性が疑わしいが、「キュンとした」「恋に似た気持ち」の言葉は、やはり積極的に出たからこそだろう。案の定「キス」され、恋愛を意識している。

★2012.1.3 ・たかじんの友達


午後八時すぎに着くと、たかじんの友人が七人もいた。友人たちはさくらに向かい、たかじんの素晴らしさを語った。皆で さくらを説得にかかっているようだった。
さくらは、このためにわざわざ友達を集めたのかと呆
れたが、一方で、自分の為にそこまでしてくれることが嬉しくもあった


★2012.1.4 ・二回目のキス

さくらはデパートでお粥を買って、午後九時ころにたかじんのマンションに行った。
お粥を少しだけ食べると、さくらにキスした。
唇を合わせるだけのキスだったが、二日前のときより時間は長かった

・・・伊夫イヴァンが帰国したら、「キスの時間」が長くなったのか。

★2012.1.5 ・初めての足裏マッサージ

【引用 :殉愛 72p】
さくらは「顔だけでも見たい」と言われたので、午後十時すぎに訪ねた。
たかじんは相当に疲れた顔をしていた。イライラしているときはフットリフレクソロジー<足裏マッサージ>がいいという話ををすると、彼は「行ってみたい」と言った。
「私がしてあげます」とさくらが言った。
実はこの日、たかじんのためにマッサージ用のオイルも持参していた。自分がネイルサロンで使っているものだ。
(中略)
たかじんはマッサージ中に眠りについた。

・・・話題をマッサージに振り、興味を示すと私がしてあげます、さらにオイルも持参していたとは用意周到過ぎて驚く。実は、マッサージ付きの秘書契約なのかと思ってしまう。V社秘書と言いながら、実はF社長と月43万円の愛人契約だった事実と連想させられる。

★2012.1.6 ・五日連続で会う

朝、たかじんからメールが入る。「・・・四時くらいに来てもいいよ。待ってます」
いつのまにか恋人みたいな関係になっていると思いながらも、嫌な気はしなかった。
これで一月二日から五日連続で会っていることになる。少し話してから、昨日と同じく足裏マッサージを施した。


・・・「恋人みたいな」とあるが、たかじんが時間指定で「来てもいい」と言っているのは、主従の関係とも、さくらが求めたともとれる。

★2012.1.7 他の女

たかじんは他の女をマンションに呼ぶ。

・・・この日は、毎日呼んでいたさくらでなく「他の女」を呼んでいる。たかじんは、さくらを都合のいい女の一人に仕立てあげようとしていた証しだ。やはり、12月30日のプロポーズは無かったと考える方がしっくりくる。

★2012.1.8 合コン

たかじんは友人達と合コン

★2012.1.9 ・求めないたかじん

お好み焼きを食べながら、さくらは彼が迫ってきたらどうしょうと不安だったが、その時は断る気でいたが、オイルマッサージを施すと、たかじんは眠った。
さくらは、たかじんはなぜ求めないのだろうか考える。
会うたびに軽いキスと、肩を抱いたりするスキンシップはあった。
「しんどそうだから、そういうことをする気にならないのか」
「おじいちゃんだから欲望がないのか」
「私を守ってくれているのか」
「私に女性としての魅力がないのか」
「派手な女性たちが好みなのか」

・・・人妻なのに、「もとめない」理由を思いめぐらすのは、やはり「多情」が為せる業なのか。

★2012.1.10 電話

電話で二時間話す。

★2012.1.11 ・向かいのマンション

たかじん「イタリアから日本に帰ってきて」ほしいと告げるが、さくらは「簡単ではない」と答える。
たかじんが向かいのマンションで暮らすことを提案、さくらは「面白いかも」と思った。
足裏マッサージをするとたかじんはそのまま眠った。

・・・向かいのマンションへは、約二ヶ月後に越すことになるのだが、この行はその為の前提を意識して書かれた作り話だと思う。それにしても「面白いかも」とは、既にイタリア帰国をしない意図が透けて見える。

★2012.1.13 ・初めてのディープキス

たかじんが夜七時ころに来てほしいとメール。さくらは黒船のどら焼きを買って行く。DVDのキスシーンがあり、たかじんが「ディープキス」をしてきた。さくらはものすごくドキドキした
さくらは収録で疲れたたかじんを見て、入院が必要なほど悪いのじゃないかと思う。
たかじんが三百万円を渡す。「秘書をしてほしい」「病気になるかもしれないので、そばにいてほしい」
さくらは「秘書にしたいという真摯な気持ちは伝わってきた」

・・・この三百万円の真偽は不明だ。もし渡していたとすると、愛人契約を結んでいたV社F社長から渡された2.800万円と同じ意味合いのものだと思う。遺産相続に絡む言い訳の可能性も考えられる。
「ディーブキスでドキドキした」とは、数回の結婚歴と愛人生活から思うに、失笑ものだ。
(※F社長の件はこちらで・さくらを通り過ぎた男達)

★2012.1.14 ・秘書の形

さくらは三百万円を返そうとするが、たかじんは受け取らない。さくらは「じゃあ、少しずつ経験していきます」と答える。
たかじん「秘書の件もいい形を考えよう」

★2012.1.16 ・チケットを引き裂く

たかじん「検査したら、食道のところにビラビラがあるみたいねん。まあ、食道ガンらしいわ」
さくらはネットで調べ、ステージⅢなら五年生存率30%以下なことを知る
さくらは「これから少しずつ少しずつ、大変も、嬉しいも、シェアして、半分ずつにしましょう」とメールを送ると、バッグに入っていたイタリア行のチケットを、縦に引き裂いた
さくらは電話で「もし、一緒に闘うなら、お婿さんにしてあげる」「だから、ウソだけはつきっこなしにしよう」と伝える。

・・・イタリア行きチケットが不要になったのは、もっと以前からだと思うが、五年生存率が30%以下なのを知って、チケットキャンセルチャージなどは比較にならない損得勘定に、胸をときめかせた記念日となったことだろう。

★2012.1.17 ・秘書

東京の病院で検査を終え大阪に戻るたかじんを、さくらが新大阪駅まで迎えにでた。
ワゴン車の後部座席に座ったたかじんが、さくらの手を強く握った。こんなに強く握られたのは初めてだった。
マンションに着くと、たかじんは「さくらちゃんを秘書にする、名刺を作れ」とKマネに指示した。
さくらはイタリア行きのチケットを引き裂いたことをたかじんに言った。たかじんは「お婿さんにしてくれるのは、ほんま?」と驚き、さくらが「はい」と答えると、たかじんは元気が出て来た。

さくらは三百万円を戻そうとするが、たかじんは受け取らずに言った。「そのお金はさくらちゃんに対する期待の表れやと思ってほしい。秘書としていろいろ勉強したり、ケアしてくれたら嬉しい」
さくらはその夜、いつもより長めにマッサージして帰った。

・・・秘書の立場となれば、会社(PIS)との雇用契約となるが、諸手続きはどうなっていたのか。Kマネ談(殉愛の真実)によると、再三、履歴書提出を求めたにもかかわらず、ついに提出することはなかったとのことだ。当然、戸籍関係書類も提出されていないであろう。
殉愛の真実によると、たかじんの「ガン撲滅チーム」のメンバーとなったとのことだ。

★2012.1.18 ・しばらく日本に

さくらは父に電話し、イタリアに戻らない事を告げる。理由は「好きな人が出来たからしばらく日本にいる」

・・・「しばらく日本にいる」とは、たかじん死亡までととれる。伊夫イヴァンへは言い訳しながら関係を続けようとしていたのだろう、父への電話は口実合せも想像出来る。

★2012.1.21 ・初めて泊った。

たかじんはさくらを連れて京都へ行き、友達にさくらを「フィアンセ」だと紹介する。
ラボーという店でたかじんはさくらに「別れよう」と言い出す。
「よう考えたら、自分のエゴで、こんな病気の人間を押し付けられへん」「ぼくは死ぬかもしれへん。途中で捨てるんやったら、今のうちに捨ててほしい
さくらが守るから大丈夫」
さくらはたかじんを抱きしめて、初めて自分からキスをした。彼は何も言わずに泣いていた。
朝の四時に帰宅し、さくらはたかじんのベッドの脇で座ったまま眠り込んでしまい、たかじんのマンションに泊った最初の日になった。

・・・殉愛で描かれているたかじんのここまでの言動が真実なら、もっとオフィシャルな取り巻き達への紹介があっていいはずだ。たかじんにとっての京都は、所詮、プライベートな遊びの場としての側面が強い。その程度の評価だったのだろう。
自分からキスをしマンションに泊った、やはり、過剰なボディタッチが得意な体質である。

★2012.1.22 ・「じんちゃん」と最後まで一緒

【引用 :殉愛 92p】
家に帰ると、手紙を書いた。
「じんちゃんは私の人生のことを心配してくれて、離れようと言ってくれたけど、私はじんちゃんの友達に会って、じんちゃんのことを、もっと好きになったから、支えると決めた。もうイタリアには帰らない。最後まで一緒にいるから、大丈夫。どんな結果になっても一緒にいるよ。・・・」
夕方、再びたかじんのマンションに行き、二人で今後のことをいろいろと話した。
(中略)
さくらはいつものようにマッサージしてたかじんを寝かしつけると、昼に書いた手紙を彼の枕元に置いて帰った。


・・・さくらの人生のことを心配してとあるが、人生までの心配とはどこにも書かれていない。たかじんは長生き出来ないと悟った風であることと、なにより年齢的に、さくらの人生を長く拘束するはずもないと分かっていただろう。今のうちに捨ててくれと言われながら、もっと好きになったと言い喰い付いたのはさくらの方だ。その心は"Money至上主義"から来るものだろう。一二歩先取りして距離を縮めて来る女は「実にやっかい」な場合が多い。

★2012.1.24 ・恋に落ちた

検査した東京の病院から、ガンが悪性だったとの連絡が入る。
たかじんの部屋を訪れたさくらは、たかじんに駆け寄って抱きしめた
この日は初めて会った日から一ヶ月、あっという間に恋に落ちた


・・・さくらの本質を知ってしまった今となっては、たかじんにとって二重の苦悩を抱える日となったと言える。抱きしめたは違うと思う、さくらに憑りつかれてしまったと思えてならない。

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