★週刊文春の変り身、「ボツになった長女手記」

事情を知る文藝春秋関係者が語る。
実はたかじんが亡くなった直後から、さくらの素性に疑いを持ち、いち早く報じてきたのが、いまや百田さんの“広報誌”と化してしまった。
『週刊文春』は、たかじんがガンで再休養していた13年末段階から「長期療養中やしきたかじん 再々婚した32歳下一般女性の正体」(12月19日号)、たかじんの死後も「やしきたかじん『参列者5人』葬儀の謎」(14年1月23日号)、「親族から噴出 やしきたかじん32歳下未亡人への怒り  遺骨を『マカロンみたい』」(同年2月6日号)と、さくらの正体や、彼女と遺族との確執について詳報し、まさに独走状態だった。

そして『週刊』は、さくらに対するトドメの一撃として、昨夏のお盆休みの合併号に、たかじんの長女の手記を掲載する予定でしたが、校了直前になって掲載が見送られたのです。
関係者によると、『文春』では、長女の手記を記事にまとめた後、最終的な事実確認のため、さくらが、たかじんの生前から同居していた大阪のマンションを訪問。取材を申し込んだという。


「ところがその直後に、編集部からストップがかかり、取材班は大阪から撤退。記事掲載も見送られたのです」

表向きの理由は『さくらと長女は現在、遺産をめぐって係争中で、法務(部門)が係争中の案件を記事にするのはまずい、と難色を示した』というものでした。が、さくらと長女が遺産をめぐる係争中であることは企画段階から分かっていた話ですし、そもそも『係争中』を理由に記事掲載を見送っていたら週刊誌など作れない。編集部内でそんな“理由”を信じる者は誰一人、いませんでした。

これは後になって社内で分かったことですが、
取材班がさくらに取材を申し込んだ直後、百田さんから新谷学『週刊文春』編集長の携帯に直接、電話があったそうです。おそらく、さくらから依頼を受けてのことでしょう。
それ以降、『文春』編集部では「さくら」がタブーとなり、今や百田センセイの“広報誌”と化したことは前述の通り。
(宝島)

週刊文春は2015年1月1・8日号から、百田尚樹の最新作「幻庵」の連載を開始する直前という事情を抱えており、大作家先生のご機嫌を損ねては一大事と考えたのだろう。
しかし連載の初回から文中の誤りを指摘され、作者がツイッター上で「浅学非才の身」と自らを嘆く醜態を晒す結果となり、多くの嘲笑を招くこととなったが、週刊文春も等しく信用を落とす羽目となった。

同誌は日本で最大の発行部数を誇る週刊誌だ。タブーを恐れない取材記事に定評が有り、多くのスクープを連発してきた歴史がある。その編集部と言えど、ベストセラー作家からの電話一本で記事をボツとし、編集方針を転換させる程度の週刊誌であったとは、ジャーナリズム魂はどこを彷徨っているのか、驚き以外の何物でもない。

★長女取材内容を百田に漏らした週刊文春記者

さらに驚きの事実が百田尚樹のツイッターで明らかになる。ボツとなった長女手記の取材で知った内容を、主張が相反し、著作が「名誉棄損」で告訴されている著者に告げた週刊文春記者がいたのだ。

下は<2014/12/17>の百田尚樹のツイートだ。ここで明確に「週刊文春の記者に・・・」と記し、情報の出所が同記者であることを示唆している。これは記者にとって命取りとなる事実だ。
twiter、net上で批判が相次ぐと、百田尚樹もさすがにマズイと思ったのか、<2014/12/20>のツイートで表現を微妙に変える。「世間のバカ」と余計な一言を付け加えてだ。
どうやら「本当のバカ」は誰なのか理解していない大先生のようだ。


高校時代からバイト代で「文藝春秋」を購読、行ける範囲は参加して来た「文藝春秋文化講演会」、いい想い出だった。
たった一冊の読者より、売れる(かも知れない)作家一人の方が大事なのだから仕方ない。

「信じてきたな~、ワシら~」
「文春、買わんとこ~」