★スタジオ見学を熱望するさくら

2013年3月21日、復活第一弾は「たかじんの胸いっぱい」と決まった。前日、さくらはスタジオへの同行をせがむがたかじんは躊躇し、「別々に関テレに入るから」と言い、「段取りはKマネに連絡させる」と言った。

【引用: 純愛 245-246P】
五時過ぎにKマネが迎えに来た。この日、さくらはたかじんをモデルのようにお洒落させて送り出した。退院してからは、彼の服はすべてさくらがコーディネートしていた。
「ほな、行ってくるわ」
彼は言った。
「あとのことはKから連絡させるから」
Kは黙ってうなずいた。
たかじんが出ていったあと、さくらはマンションでKからの連絡を待った。すぐに出られるように服も着替えておいた。しばらくするとKからメールがあった。
「今日は来んといてください。マネージャーは自分なんで、仕事の事は自分がやる。余計な口ははさまんどいてください」
ショックを受けたさくらは「たかじん胸いっぱい」のプロデューサーの日置に電話した。
「ぼくらはさくらさんに来てもらいたいと思っていましたが、Kが来させない方がいいと言うので・・・・・」
日置は苦しそうに答えた。
彼はこの時の事を私にこう語った。
「Kに言われたら、それは、もしかしたらたかじんさんの意向かも知れないと思うじゃないですか。こちらが勝手にさくらさんを呼んだりしたら、あとで怒られるかもしれないと思いました」
復帰の日のスタジオ収録に立ち会えないとわかったさくらは泣いた。
(中略)
私はいつか捨てられるのかもしれない・・・・・。
Kに対しても怒りが湧いてきた。(中略)・・・復帰するとなったら急にマネージャー風を吹かして、仕切りだすなんて・・・。
(中略・・・収録を終えたたかじんはマンションに戻った)
「今日、Kがスタジオで泣いとったらしい」
「さくらもその場にいて、泣きたかったよ」
「これから元気になったら、いつでも来れるから」
「そうじゃない!」さくらは言った。「今日という日を二人でシェアしたかった。前に何でもシェアするって約束したじゃない!」


▼たかじんのそこまで言って委員会 復帰版


★終わりにしよう

翌日は「そこまで言って委員会」の収録日、さくらはスタジオ見学を話すが「Kマネに言って」と気乗りしない風であった。さくらはテレビ局、制作会社の面々からはさくらのスタジオ見学を誘う電話を受けており、Kマネに連絡するがなしのつぶてだった。ちなみにKは、たかじんの友人である梅田等数人をスタジオに呼んでいた。
その日の夜、「間違いなく捨てられる・・・」と考えたさくらはその日の看病日記に書いた。「都合よく使われるのは、終わりにしよう」

さくらなどは眼中にない一つの事実を紹介する、たかじんは母を復帰のスタジオに呼んでいたことが明らかになった。殉愛で強調したかった、「家族との断絶」「愛を知らなかった男」のキャッチフレーズなぞ、微塵も感じられないエビソートだ。

「お母さんは幸いにも初期段階で脳梗塞を発見できたため、命に別状はありませんでした。ただ、手足がちょっと思い通りに動かせないみたいで、いまも自宅で療養されています。
そんなお母さんに、たかじんさんは『復帰番組を見に来てください』とスタジオに招待したそうです。母親が脳梗塞で大変だったことは、他のご兄弟を通して知っていたみたいで、何とか母親を励ましたかったのでしょう」(近所の人)
実母は残念ながらスタジオまで行けなかったというが、元気になった息子の姿をテレビで見て元気をもらったことだろう――。 (女性自身 2013.4.2)

まず自分の性分を書くと、例え妻だろうと、仕事に口出ししたり現場に介入したりすることに堪えられない。彼のような職業であれば、「完成品である番組を見てもらうのが一番嬉しい」と言うだろう。特に彼は本番前に嘔吐するほど緊張することもあったと言う。余計な神経は使いたくないのが本音だと思う。

仮にたかじんがフィアンセとして認識していたとして、この頁の記述から覗えることがある。
たかじんはさくらを面倒な女と思っていたのではないか? 思惑を持つテレビ局関係者は別として、自己顕示欲が強そうなさくらがスタジオ入りすると、共演者等と接触し自己アピールするだろう。仕事のパートナーであるKを差し置いてさい配するだろう、Kマネのプライドを傷つけることにもなり、それを目の当たりにした同業者達は「たかじんの躾けが悪い」と悪評が立つだろう。たかじんはさくらの性分を見破っていたと思える。

★決断の日

さくらは「都合よく使われるのは、終わりにしよう」と日記に書いた。
その後明らかになるさくらの異常とも言える金への執着心は、この時を境にMAXに上り詰めたたのではないだろうか。たかじんは冷たい人、私を愛していない、間違いなく捨てられる、との感情が記され、この日の日記のページは涙で字が滲み、よれよれになっていたそうだ。
いわゆる業務委託契約中のさくらに対して、たかじんも多少の甘言や誤解を生む行動は有ったと思う。それらはさくらの心の中で、自分の立ち位置が時計の振り子のように揺れていた事だろう。
この時の「終わりにしよう」は去る事ではない、たかじんが持つものすべてを手中にしようと決心した時だったのではないか。皆が待ち望み、仲間に囲まれてワインをかたむけ上機嫌なたかじん復帰の祝い日が、その陰で殉愛騒動出発の日でもあったのではないだろうか。

★復帰後、週刊ポスト誌に送られた謎のFAX

午後11時過ぎ、京都祇園の喧噪から離れた通りにあるスナックのドアが開き、中から4人の男と1人の女が出てきた。その中のひとりは酒に酔ってはいるもののしっかりとした足取りで、茶色い中折れ帽にグレーのコート、パイプを咥えた“ちょいワルオヤジ”。
それは、3月21日にがん治療から復帰したばかりの、やしきたかじん(63)だった。本誌記者は意を決して声をかけた。

・たかじんさん、ご結婚おめでとうございます!
「ありがと!」

記者の問いかけにそう答えたのは、たかじんの隣にいる男性。当の本人は、突然声をかけられて驚いたのか、無言でこちらをじっと見返すだけ。
たかじんの隣には、かなりの年の差があると思われる若い女性がぴたりと寄り添っている。肩よりも長い髪、オレンジ色の膝丈のスカートにベージュのハーフコートを着たその女性は、右手をたかじんの腰に回していた。その姿は、“ほろ酔い”のたかじんを支えているようにも見える。

・ご結婚を決められたんですよね?
「……」

相変わらずじっとこちらを見たまま、返事がない。

・24歳差の郷ひろみさんご夫婦を抜く年の差婚になるそうですね?
「あかんあかんあかん!」

ここで、見かねた友人の男性が記者を遠ざけ、たかじんと女性を取り囲むようにして去っていった。

実は本誌がたかじんを直撃したのは、“招待状”を受け取ったからなのである。FAXで届いたその手紙には手書きで「30才年下看病妻と婚約、復帰報告パーティ!!」とあり、しっかりと場所や時間まで指定してある。半信半疑で会場に駆けつけてみたところ、本当に出会ってしまったというわけなのだ。送り主は不明だが、本人には内緒で本誌記者を“サプライズゲスト”として招待してくれたのだろうか。
気になる“お相手の女性”はどんな人なのか。在阪テレビ局関係者が語る。
「たかじんさんは、去年『FRIDAY』で写真を撮られた女性とまだ続いています。彼女をコロコロ変えるたかじんさんにしては珍しい(笑い)。病気の時もずっと彼女に看病してもらっていたし、そろそろ結婚となっても自然な感じもします。もう昔のように無茶はできないでしょうからね」
改めてたかじんの事務所に聞くと「復帰を祝う飲み会でしたが、婚約の発表というわけではありません」との回答だった。たかじんは、過去に2度の結婚と離婚の経験がある。3度目を流行の“年の差婚”で迎えることを本誌も応援しています!
(週刊ポスト2013年4月26日号)

たかじんは知らなかったようだが、このFAXは誰がどの様な目的で流したのか。婚約、復帰報告パーティの場と時間がたかじんのそれとして相応しいと思えない。この一件を記事にしたのはポスト誌だけのようだが、正式なものなら多くの媒体に知らせるのがたかじん流であろう。
参加者の名前は不明だが、二人の婚約を既成事実化しようとする人間が介在してたのは間違いないなく、たかじんが復帰したスタジオ収録に呼ばれず、「都合よく使われるのは、終わりにしよう」と決心したさくらの意趣返しなのかも知れない。