【引用: 純愛72P】
翌五日の夜も電話が有ったが、声は前日よりもさらに辛そうだった。
「マネージャーが来て、体調が悪くなった」と彼は不機嫌そうに言った。
「心臓痛いから病院探せと言ったら、知りませんと言いよった。最初から探す気もないんや。ほんま使えん奴や」

【引用: 殉愛85P】
そしてマネージャーのKを取材したが、Kは挨拶もろくにせず、荷物を持ってとっとと歩き去った。たかじんは「せっかちな奴や」と笑ったが、さくらは自分がよく思われていないような気がした。
(中略)
マンションに着くと、たかじんはKに「さくらちゃんを秘書にするから、名刺を作れ」と言った。Kは無言でうなずいた。

【引用: 殉愛98P】
この日、マネージャーのKは「インフルエンザになったため、一緒に行けません。代わりに、Uさんに頼みました」という内容のメールをたかじんに送っていた。たかじんは「役立たずめ!」と怒った。
「せめて電話してくるもんやろう。それに、頼むんやったら、相原がベストやろう」

【引用: 殉愛106-107P】
二月二十一日、さくらはKとUから食事に誘われた。何か話があるようだった。
(中略)
席に着くなり、Uが命令口調で言った。
「あんたにかかってるんやからな。ちゃんとやってや」
「もちろんです。頑張ります。二人の将来もかかっていますし」
UとKは馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
「二人の将来って、あんた、何を言ってるの」Uが言った。「あの人にとって女なんかただの遊び相手やで、今は病気で気が弱っているから、あんたにたよってるけど、病気が治ったら、すぐに捨てられるで」
隣でKがにやにやしていた。
「私はたかじんさんを信じています」
「あんたのために言うてるんやで。あんまり期待せんほうがええで。とにかく、今は復帰することだけを考えて頑張ってや。たかじんさんが元気になったら、あとのことはそれから考えたらええ。あんたも若いんやから」
(中略)
「あんた、たかじんさんのことを何も知らんのやなぁ」

【引用: 殉愛144P】
二日後、見舞いに来たKとUがそれを知り(※たかじんが尿意を催したがさくらは眠っており、看護師が処置した)「100パーセントやれないなら、意味がない!」となじった。さくらは悔しい思いをしたが、今後は絶対に寝たりしないと心に誓った。

【引用: 殉愛152P】
5月16日、KとUが見舞いに来た。たかじんは二人に近況を説明しようとするが、舌が回りにくく、詰まりながらでしか話せなかった。二人は話している途中に、次々に質問を投げかけた。
「Kさん、Uさん、お願いです。じんちゃんが話し終えるまで、じっと聞いてあげてください」
さくらが言うと、二人は無言で彼女を睨みつけた。
たかじんが回復に向かっていると知ると、Uは復帰の話しを切り出した。具体的な日付まで挙げて、今後のスケジュールをどうするかと訊いた。退院がいつになるかわからないのに、そんな話をされて彼は明らかにいらいらし始めた。さくらはたかじんを休ませたいからと言って、二人に引き取ってもらった。

【引用: 殉愛166P】
6月9日、たかじんは退院して六本木のマンションへ戻った。
夕方、「退院パーティーをしましょう」と食べ物を大量に持ったKとUがやってきた。
彼らは早速、今後のスケジュールについて口にした。できれば9月、遅くても年内には番組に復帰してほしい。正月特番の企画も有る、などなど。たかじんはだんだん喋らなくなり、一時間もしないうちに「しんどくったから」と言って二人を帰した。
(中略・・・※たかじんは長女からメールを受け取る「なんかわけのわからん韓国女に世話してもらっているらしいな」)
たかじんは不機嫌になり、さくらのことを長女に言ったのはKしか考えられんと言い、Kに電話し「お前が娘に余計な事を言うたんか」と怒った。
(中略)・・・さくらの携帯にKから電話が入った。さくらは何も訊きもしないのに娘の悪口をさんざん語った。
更に、娘にさくらのことを話したのはP.I.SのS事務員であろうと告げた。


【引用: 殉愛167P】
Kは当初かばん持ちで採用、のちに運転手をつとめた。Kはうっかりミスが多くたかじんに怒鳴られて姿をくらませた。数年後運転手として再雇用され、マネージャーとなったが、誰もKをマネージャーとしては見てなかった。

「仕事の話をした記憶はほとんどないですね。大事な話はたかじんさんと直接話していました」(そこまで言って委員会プロデューサー・相島良樹)

「こんな言い方をして申し訳ないけど、ぼくらは彼を運転手としてしか見ていませんでした」(NOマネープロデューサー・徳岡敦朗)

「胸いっぱい」のプロデューサー・中澤健吾・日置圭信も同じようなことを言っている。

【引用: 殉愛210P】
(札幌に来て)ホッとするもうひとつの理由は、KとUに会わないで済むことだった。彼には言わなかったが、さくらは二人が苦手だった。自分に対する悪意のようなものを感じていたからだ。

【引用:殉愛 210P】
11月26日、KとUがハワイにやってきた。しかしたかじん「来んでええのに」とぶすっとした態度で、その日の朝には腹痛を起こしたほどだった。あまりの激痛に急遽病院へ行くと「大腸けいれん」と診断され、尻に太い注射を打たれた。(中略)・・・久保田医師はストレスからきたのかも知れないと言った。・・・たかじんに伝えると「Kのせいかも」と笑った。

【引用: 殉愛214P】
たかじんは橋下を招き入れた。一緒にいたKも入ろうとしたが、たかじんは「お前はええ。帰れ」と言った。Kは「そうっすか」と不満そうな顔をして帰って行った。

【引用: 殉愛221P】
会話の途中、たかじんを呆れさせた話が出た。それはKが番組収録のスタジオに顔を出していなかったというものだ。Kはたかじんには、毎回収録に立ち会っていると言っていた。そのためにたかじんは「これで差し入れを持って行ってくれ」と金も渡していたのだ。
私の取材に対して、三局のプロデューサーたちは言った。
「たかじんさんの休養中の二年間に、Kさんの顔を見たのは一回か二回です」
(読売テレビ制作局長・山西敏之、制作会社レジスタエックスワン役員・日置圭信、橘庸介)

【引用: 殉愛251P】
スタジオでKに会ったスタイリストの吉田真規子は「さくらちゃんもスタジオに呼んだったらええのに」と言ったが、Kに「なんでお前にそんなこと言われなあかんねん」し言われている。

【引用: 殉愛276P】
さすがに体力の限界を感じたのか、彼はUに電話して、「明日の委員会の収録は無理や」と伝えた。
「Kさんに電話しなくていいの」
さくらが訊くと、彼は「あいつはテレビ局のスタッフと交渉なんかでけへん」と苦笑しながら言った。

【引用: 殉愛294P】
もうひと時も目を離せなくなった。それで買い物にも行けず、何度かはKにも頼んだが、そのたびに嫌そうな顔をされ、千円くらいの買い物にも一万円を渡し、お釣りを駄賃代わりにした。
これまでにもKからは何度も非協力的な態度をとられていたが、さくらにはその理由がわからなかった。師匠のためになぜ働いてくれないのか。
(中略)
それはともかくとして、たかじんがこの二年近くさくらだけを信頼し、反対に期待通りに動かないKをむげに扱ったことも、彼のプライドをいたく傷つけ、さくらへの憎悪を増幅させた可能性として大いにある。

【引用: 殉愛294P】
「男のやきもちですね」とこともなげに言った。(松本哲郎、読売テレビ・相島、関西テレビ・中澤、TV大阪・田中、徳岡、ボーイズ・相原、制作会社・日置)
「はたから見ていても、さくらさんに対する嫉妬ははっきり感じましたね」(中澤、日置ほか)
相原は「そこまで仲がいいなら、あなたがマネージャーになったら、いいじゃないですか」とすねられたことがある。

【引用: 殉愛297P】
さくらはKに突発性難聴になったと診断書を見せた。
「あー、そうっすか。大変すね」
Kは何事でもないかのように言った。さくらは事情を説明して、自分が一週間入院する間、たかじんの看護をしてくれないだろうかと頼んでみた。しかしKの返事はそっけなかった。
「ぼくには無理っすね。何とかならんすか」
さくらはKに頼むのは無理だと諦めた。初めから期待はしていなかった。それに大切なハニーをKなんかに任せられない。

【引用: 殉愛314P】
「たしかに復帰の目がないとなれば、番組は終わった方がいいよなあ。番組があるとプレッシャーになるし」
「本人は終わってほしいとは思ってないですよ」
「いや、本当は終わってほしいと思ってるはずや」
「失礼ですが、Uさんはやしきたかじんのテレビに懸ける気持ちを全然わかってないと思います」
Uはさくらを睨み付けた。
「えらそうな言い方するようになったなあ」
Uはそう言い捨てて、エレベーターに乗った。

【引用: 殉愛313P】
24日の午後、大阪からUがやってきた。
「ちょっと元気になってるじゃないすか」
Uは調子のいいことを言ったが、たかじんは無反応だった。
「そのうち、どっかへ遊びに行きましょう」
「ああ、さくらと温泉にでも行きたいなぁと思っている」
「いいっすね、温泉。ぼくも一緒についていきますわ」
たかじんは露骨にいやな顔をしたが、Uは気付いていない様子だった。

【引用: 殉愛314P】
エレベーターの前でUが口を開いた。
「たしかに復帰の目がないとなれば、番組は終わった方がええよなあ。番組があるとプレッシャーになるし」
「本人は終わってほしいとは思ってないですよ」
「いや、本当は終わってほしいと思ってるはずや」
「失礼ですが、Uさんはやしきたかじんのテレビに懸ける気持ちを全然わかってないと思います」
Uは彼女を睨みつけた。
「えらそうな言い方するようになったなあ」
Uはそう言い捨てて、エレペーターに乗った。さくらは嫌な予感がした。

【引用: 殉愛320P】
この日(9.17)たかじんは上機嫌で、焼肉を食べようと言い、「叙々苑」で食事を摂った。しかし一緒に行ったKが、たかじんの目の前で焼肉をもりもり食べるので、さくらは少しうんざりした。お腹一胃杯食べることができない人の前では、少しは遠慮してほしかった。案の定、たかじんは途中からあまり喋らなくなった。しまいには「もう帰る」と言い出し、Kに向かって「早よ、残りを食え!」と怒鳴った。

【引用: 殉愛409P】
急遽、テレビ大阪の徳岡敦郎たちが調べると、毎日放送に「たかじんが三日に亡くなった」という情報を報せたのはKであることが判明した。しかも驚いたことに、毎日放送から制作協力費がUに入ることになっていた。
井関猛親が毎日放送の常務に電話し、「遺族の許可を取ったのか」と訊くと、常務はKとUから許可を取ったと答えた。井関は「KとUには何の権利もない。これを流すと大変なことになるぞ」と言った。放送は直前で中止になった。

【引用: 殉愛410P】
Kはそれ以外にも嫌がらせとしか思えない事をしている。四月にさくらが東京のマンションに行くと、電気、ガス、水道が彼女に無断で止められていた。六月に札幌のマンションへ行くと、鍵が付けかえられて、中に入れなくなっていた。Kは「札幌のマンションはP、I、Sが借りているから、ただちに立ち退くように」と主張した。

【引用: 殉愛410P】
大阪のマンション、東京のマンション、札幌のマンションから、たかじんの私物のいくつか、それに金庫の中の多額の現金が紛失していたのだ。マンションの鍵を持ち金庫の暗所番号を知っている人物は限られる。札幌のマンション、からは、たかじんのノートが何冊かと記録用の古い携帯電話も消えていた。

※註)上記の記述は全てK氏への取材は行わずに書かれたものである。